第137話 しっかりな一日・その十一
シーマ十四世殿下一行は、ピアノを囲むように集まっていた。
「えーと、みなさん、準備はできましたか?」
絵美里が声をかけると、一同はコクリとうなずいた。
「ええ、任せてください」
そう言って凜々しい表情を浮かべるシーマは、カスタネットを持ち……
「バッチリだぁよ!」
ニッコリと笑うはつ江は、タンバリンをかまえ……
「よーし! がんばるぞー!」
「みみー!」
……モロコシとミミは、リングベルを手にしてピョインと跳びはねた。
一同の準備ができたところで、シーマが尻尾の先をクニャリと曲げて、首をかしげた。
「それで、曲は何にするんですか?」
「はい、夫との思い出の曲にしようかと……」
絵美里が答えると、モロコシとミミがピョコピョコと跳びはねた。
「やったー! バッタさんの歌だー!」
「みっみー!」
二人が喜んでいると、シーマはヒゲと尻尾をダラリと垂らし、はつ江はコクコクとうなずいた。
「なんで、絵美里さんの思い出の歌に、バッタが出てくるんだ……」
「ほうほう、絵美里さんと創さんも、バッタが好きだったんだぁね」
二人の言葉を受けて、絵美里はワタワタとした表情を浮かべた。
「あ、いいえ、半来はバッタに関係のない歌なんですが……、モロコシちゃんたちには歌詞の発音が難しい部分があるので……」
「だから、この前ぼくたちで、歌いやすい歌詞を考えたんだよ!」
「みみー!」
モロコシとミミが、得意げな表情で言葉を続けた。
「ほうほう、そうだったのかい!」
「うん! きっとはつ江おばあちゃんも、すぐに歌えるようになると思うよ!」
「みーみみみー!」
「わはははは! それは楽しみだぁよ!」
はつ江、モロコシ、ミミ、のやり取りを見て、シーマは脱力したまま片耳をパタパタと動かした。
「まあ、歌いやすい方がありがたいのはたしかだけど……、思い出の曲にバッタの歌詞がついてても大丈夫なのかな……」
「えーと……、きっと夫と息子も、メロディーで思い出の曲だと気づいてくれるはずですから、多分、大丈夫じゃないかなと……」
絵美里が不安げに答えると、はつ江がニッコリと笑ってコクコクとうなずいた。
「うんうん、一生懸命歌えば、きっと創さんも明君も気づいてくれるはずだぁよ!」
はつ江のフォローの言葉に、シーマは、そうか、と呟いてから、コホンと咳払いをした。
「それじゃあ、今から向こうの世界に歌を送る魔術を始めるんで……、絵美里さん、演奏をお願いします」
「分かりました。それでは……」
そう言うと、絵美里はピアノを奏ではじめ、他の面々も手にした楽器を鳴らしはじめた。前奏が終わると、モロコシとミミが尻尾のサキをピコピコと動かした。
「バーッタさんがー、月までーとぶーよー♪」
「みーみみみみー、みみみみーみみみーみー♪」
二人の歌声を聴いて、シーマは片耳をパタパタ動かした。
「この曲……、前に兄貴がハマってたはつ江の世界のアニメで、使われてた気がする……」
「ほうほう、そういえば、孫が見てたマンガで、こんなお歌が流れてねぇ」
一同はそんなこんなで、バッタが月まで飛んでいく歌を歌うことになった。
一方そのころ、「よい子のニコニコお手伝いボード(仮称)」の画面の中では……。
「明、もう一度だけ言おう、実験に協力しなさい」
うずくまる明に向かって、創がどこからか取り出した拳銃を向けていた。
「……ふざけるな」
明がそう言ってにらみつけると、創は深くため息を吐いた。
「昔はもっと聞き分けがよかったはずだが……、まあいい。もしも、私を止めたいのなら、迷いなど捨てて命を奪う……」
奪うつもりできなさい、と創は口にしようとした。
しかし、そのとき!
「バーッタさーん、キーラキラ-、バーッタさーん、キーレイだねー♪」
「みみみみー、みーみみみー、みみみみー、みーみみみみー♪」
聞き覚えのあるメロディーに、不可思議な歌詞がのった歌が耳に入った。
「この曲は……、いや、しかし……、バッタ?」
戸惑った創が動きを止めていると、明が勢いよく立ち上がり――
「このっ!」
「うわっ!?」
――渾身の回し蹴りを放った。
明は床に倒れ込んだ創の右肩を踏みつけ、メスの切っ先を向けた。
「仲間に迷惑をかけ、姫子を傷つけようとした以上、望み通りに命を奪ってもいいのですが……、親子のよしみです。せめて、残りの人生、ずっと幸せな夢の中に送る程度にしてあげますよ……」
明は苦々しい表情で、メスのような物をかまえた。
しかし、そのとき!
「絵美里さんや、二番もこの歌詞のくりかえしかい?」
「は、はい。 ちょっと転調するところはありますが……」
「転調……、難しそうですね……」
「大丈夫だよ殿下! 楽しく歌えばそれでいいんだよ!」
「みーみみーみ!」
「そうか……、じゃあ、バ~ッタさんが~、月ま~でとぶよ~♪」
ピアノを弾く絵美里と、それを囲むようにして楽器を鳴らしながら歌を歌う老女と仔猫たちの姿が、明の目に映った。
「母さん……、と、おばあさんと猫……?」
明が困惑していると、創も困惑した表情で首をかしげた。
「明……、何か見えたのか?」
「ええ、まあ……」
「そうか……、なら、まずは状況を整理しないか?」
「……そう、ですね」
そうして、明は創の肩から脚をどけ、創は服についたほこりを軽く払いながら、ゆっくりと立ち上がった。
かくして、仔猫殿下とはつ江ばあさん一行は、遠く離れた世界で繰り広げられるイザコザを、一時休戦に持ち込むことに成功したのだった。
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