第128話 しっかりな一日・その二

 魔王城の玄関で、シーマ十四世殿下は、「よい子のニコニコお手伝いボード(仮称)」を操作していた。


「えーと……、これで、受注処理完了っと」


 シーマはそう言いながら、ものすごく久しぶりに登場した「よい子のニコニコお手伝いボード(仮称)」から、顔を上げた。すると、ポシェットを肩にかけたはつ江が、首をかしげた。


「シマちゃんや、ピコピコは終わったかい?」


「ああ。しばらく使わないと思うから、また、ポシェットにしまってもらえるか?」


「任せるだぁよ!」


 はつ江はニッコリと笑いながら「よい子のニコニコお手伝いボード(仮称)」を受け取り、ポシェットにしまった。そんな二人の様子を見て、扉の前に立った魔王がコクリとうなずいた。


「ふむ。では、二人とも、今日も、無理しない程度に頑張ってくるといい」


 魔王がそう言うと、シーマとはつ江はニコリと笑った。


「ああ! じゃあ、いってくるよ、兄貴!」


「いってきます! ヤギさん!」


 二人はそう言って魔王に手を振ると、ものすごく久しぶりに「シマちゃんのどこへでもドアみたいな魔法(はつ江談)」を使って、目的地へと向かっていった。魔王は二人を見送ると、コクリとうなずいて、城の中へ戻っていった。


 魔法の扉で二人がたどり着いたのは、森の中にある小道だった。


「ほうほう、なんだか淋しい所だねぇ」


 はつ江がそう呟くと、シーマは片耳をパタパタと動かしてうなずいた。


「そうだな。ビフロン長官いわく、音楽教室をしていてるから近所迷惑にならないようにこの辺に住んでる、っていうことらしいぞ」


「ほうほう、そうなのかい」


 シーマが答えると、はつ江は再びコクコクとうなずいた。すると、シーマも、ああ、といいながらうなずいた。


「それじゃあ、目的地はここからもうちょっと進んだあたりだから、行こうか」


「分かっただぁよ!」


 そうして、二人は手をつないでトコトコと歩き出した。

 しばらく歩くと、はつ江がキョトンとした表情をうかべた。


「ところで、シマちゃんや」


「うん? どうしたんだ?」


「今日は、びふろんさんはいないんだぁね?」


 はつ江が尋ねると、シーマは片耳をパタパタと動かしながらうなずいた。


「あ、うん。さっきメッセージをもらったんだけど、なんか、朝から大事な会議があるらしくて、来られないみたいだよ」


「ほうほう、そうなのかい」


 はつ江がコクコクとうなずくと、シーマは尻尾の先をピコピコと動かした。


「多分、反乱分子の件について、会議になってるんじゃないかな」


「ふんふん、あの頭巾ちゃんたちのお友だちのことを話し合ってるんだぁね」


「ああ。まあ、兄貴も手荒なことはしたくないと思ってるだろうから、あんまり物騒な話にはならないと思うけど……」


 シーマはそう言うと、ヒゲと尻尾をダラリと垂らした。


「やっぱり、『超・魔導機☆』が向こうの手にあるっていうのが、どうも心配なんだよな……」


「大丈夫だぁよ、シマちゃん。ヤギさんも、段田さんも、心配することはない、って言ってたじゃないか」


「まあ、そう、だよな……」


 シーマが不安げに呟くと、はつ江は肉球のついたフカフカの手をさらにギュッと握った。


「そういやよぅ、頭巾ちゃんたちのお友だちは、偶然こっちに来てそのままずっと暮らしてるのかい?」


 はつ江が首をかしげると、シーマはコクリとうなずいた。


「そうみたいだな」


「そんだと、家族とか、お友だちが心配してないのかね?」


 はつ江の問いかけに、シーマは尻尾の先をクニャリと曲げた。


「うーん。どうなんだろうな……。兄貴いわく、悪いことをしていた奴はいない、ってことだったけど……、なんか事情があって帰りづらいと思ってるとか……」


「ほうほう、そういうもんなのかねぇ……」


 二人がそんな話をしているうちに、小道の突き当たりに建った、小さなレンガ造りの家が見えてきた。


「……まあ、今回の依頼にあったヒトも、きっとそんな感じなんだろうな」


「そんじゃあ、さっそく事情を聞きに行こうかね」


「ああ」


 二人はそう言うと、トコトコとレンガの家に駆け寄っていった。


 家の前までたどり着くと、シーマは扉についたノッカーをトントンと鳴らした。


「おはようございまーす! どなたか、いらっしゃいますかー!」


「はーい。少々お待ちくださいね」


 扉の内側から、女性の穏やかな声が聞こえてきた。


「ほうほう、女の人だったんだね」


 はつ江がコクコクとうなずくと、シーマが片耳をパタパタと動かした。


「ああ。詳しい内容は聞いてなかったけど、そうみたいだな」


 二人がそんな会話をしているうちに、パタパタという足音が近づいた。


「お待たせいたしました」


 扉から現れたのは、深緑色のチュニックを着た、長い鳶色の髪の女性だった。

 女性はシーマとはつ江の姿を見ると、鳶色の瞳をした目を軽く見開いた。


「貴方は……、シーマ十四世殿下、ですか?」


 女性が尋ねると、シーマはコクリとうなずいた。


「はい。えーと、それでこっちが……」


「つきそいの、森山はつ江だぁよ!」


「あ、え、えーと……、わ、私は葉河瀨はかせ 絵美里えみりと、も、申します!」


 はつ江が元気よく自己紹介をすると、女性はワタワタとしながら自己紹介を返して、頭を下げた。


「ほうほう、絵美里さんだぁね! 今日はよろしくね!」


「は、はい、よろしく、おねがいいたし……、ます?」


 元気ハツラツなはつ江に絵美里が混乱していると、シーマがヒゲと尻尾をダラリと垂らしてため息を吐いた。


「あー……、すみません。まずは、要件を言わないと、混乱しますよね」


「あ、えっと……、そ、そうですね」


 ワタワタと絵美里がうなずくと、シーマは片耳をパタパタと動かした。


「今日は、霊魂庁のビフロン長官からの依頼で、こちらに来ました」


「霊魂庁の……、ビフロン長官……」


 森の中には、絵美里の戸惑った声が響いた。

 かくして、シーマ十四世でんかとはつ江ばあさんの、しっかりめの仕事が幕を開けたのだった。

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