第106話 お願いできるかな?

 シーマ十四世殿下一行は、ヴィヴィアンによって引き抜かれたギンイロトゲアザミを前に、次の勝負の内容について話していた。


「しかして殿下、次の勝負はいかような内容にするでござるか?」


「みみーみ?」


 五郎左衛門とミミが尋ねると、シーマは腕を組んで尻尾の先をクニャリと曲げた。


「うーん、そうだな……」


 シーマはそう呟くと、ギンイロトゲアザミの山へチラリと視線を向けた。


「ギンイロトゲアザミをこのままにしておくのは危ないから、処理しないといけないんだけど……」


 シーマの言葉を受けて、ヴィヴィアンがピョインと跳びはねた。


「殿下、それならアタクシにお任せ下さい! この脚をもって深い穴を掘って埋めれば、再び芽吹くこともありませんわ!」


 ヴィヴィアンが胸を張りながらそう言うと、はつ江が、ほうほう、と声を漏らしながらコクコクと頷いた。


「ベベちゃんは、穴掘りも得意なんだねぇ」


 はつ江が感心していると、肩の上の忠一忠二がピョンピョンと跳びはねた。


「ヴィヴィアン、畑仕事も得意ー!」

「ヴィヴィアン、畑仕事も得意ぃ!」


 忠一忠二の言葉に、モロコシもコクリと頷いた。


「うん! 南の方には、ムラサキダンダラオオイナゴさんがのうちかいたくをお手伝いした、っていう伝説ものこってるんだよ!」


 モロコシが説明すると、シーマとはつ江が感心したようにコクコクと頷いた。


「へぇ……そんな伝説があるんだ……」


「ベベちゃんのお友達たちは、たくましいんだねぇ……」


 二人が声を漏らすと、ヴィヴィアンはほんのりと身体を赤らめた。


「ふむ、まずいでおじゃる。このままでは、またヴィヴィアンの勝ちになってしまうでおじゃる……」


「まあ、力仕事でオオイナゴ亜科の奴らに敵うのは、トラバッタ科の奴らぐらいだもんなぁ……」


 弱音を吐くカトリーヌに対して、ミズタマが未だ登場していない直翅目の科名を口にしながら相槌を打った。すると、シーマが片耳をパタパタと動かした。


「あ、いや。この辺りの地域で決められたギンイロトゲアザミの通常の処理方法は、地中深く埋める、だけど、今回頼みたい処理はそれじゃないんだ」


 シーマがそう言うと、直翅目一同がそろって首を傾げた。


「それでは、何をすればよろしいんですの? ひょっとして、アタクシたちでこの量を食べろとおっしゃる?」


「麻呂とヴィヴィアンの食性はたしかに植物食でおじゃるが、さすがにこの量のギンイロトゲアザミは、胃もたれするでおじゃるよ?」


「まあ、俺もギンイロトゲアザミなら食えないこともねぇけど、三匹で食べるにしても量が多すぎると思うぜ?」


 直翅目一同に声をかけられると、シーマは尻尾の先をピコピコ動かしながら苦笑を浮かべた。


「いや、さすがにそんな無理は言わないよ。ただ……」


 シーマはそこで言葉を止めると、再びギンイロトゲアザミに視線をチラリと向けた。


「兄貴が薬の材料にしたいって言ってたから、乾燥させなきゃいけないんだ」


「ほうほう、そうなのかい。そんなら、稲掛けを作らないといけないのかい?」


 はつ江が尋ねると、シーマはフルフルと首を横に振った。


「いや、この位の量なら魔術で乾燥させた方が早いんだけど、ヴィヴィアンやカトリーヌに頼むことでもないからなぁ……」


 シーマがそう呟くと、ヴィヴィアンは触覚を垂らしながら翅を小さくパサリと動かした。


「たしかに、アタクシたちムラサキダンダラオオイナゴは、魔法を使うことはできませんからね……」


 意気消沈気味のヴィヴィアンの脚を、モロコシはフカフカの手でポフポフとなでた。


「仕方ないよ、ムラサキダンダラオオイナゴさんたちは力が強い代わりに、魔法は苦手だもんね。あれ、でも……」


 モロコシはそこでフォローの言葉を止めると、五郎左衛門が手にしていた虫かごにカゴを向けた。すると、虫かごの中では、カトリーヌが元気よくピョインと跳びはねた。


「うむ! モロコシ、シマネコ、刀自、ここは麻呂の出番なのでおじゃる!」


 カトリーヌの言葉に、シーマとはつ江は首を傾げた。


「カトリーヌに任せる?」


「カトちゃんは、魔法が使えるのかい?」


 二人が問いかけると、カトリーヌは不敵に、ふふふ、という笑い声を漏らした。


「もちろんでおじゃる!」


 カトリーヌの自信に満ちあふれた言葉を受けて、シーマは尻尾の先をクニャリと曲げた。


「それじゃあ、お願いできるかな?」


 シーマが再び問いかけると、カトリーヌは翅をパサリと動かした。


「任せるでおじゃるよ! これ、忍犬、麻呂をここから出すのでおじゃる!」


「承知つかまつったでござる!」


 五郎左衛門がハキハキと返事をしてから虫かごの扉を開けると、カトリーヌはピョインと跳び上がった。そして、虹色の美しい後翅を一同に見せつけるようにして飛ぶと、五郎左衛門の頭の上に、ポフリ、と着地した。


「皆のもの! 麻呂の力を見るでおじゃる!」


 カトリーヌはそう言うと、再びピョインと跳び上がり美しい後翅を広げながら、ギンイロトゲアザミの上を飛び回った。

 カトリーヌの飛んだ跡には、虹色の魔法陣が浮かび上がった。


「ほうほう、綺麗だぁね!」


「うん! すっごく綺麗だねー!」

「うん! すっごく綺麗だねぇ!」


「みみー!」


 はつ江、忠一忠二、ミミが感心したように声を出すと、カトリーヌはどこか得意げに飛びながら、再び五郎左衛門の頭の上へと戻った。そして……



「おんどりゃぁっ!」


 

 ……あまり、貴族っぽくない渾身のかけ声を出した。

 それと同時に、魔法陣が光り輝き、ギンイロトゲアザミからは白い湯気が大量に立ち上った。


「うわぁっ!?」


「あれまぁよ!?」


 シーマとはつ江が驚いていると、湯気はだんだんと収まっていき……


「おお、これは凄いのでござる!」


「みみみみー!」


「すごーい!」

「すごぉい!」


 ……五郎左衛門、ミミ、忠一忠二の声とともに、カラカラに干からびたギンイロトゲアザミが姿を現した。


「これは、なかなかの腕前だなぁ」


「カトちゃんの魔法も凄いだぁね」


 シーマとはつ江が感心したように声を漏らすと、モロコシがコクリと頷いた。


「うん! ウスベニクジャクバッタさんはね、まだまだ分からないことが多いけど、さいしんのがくせつでは、いろんな物の湿気を調整する魔法が得意だって、っていわれてるんだよ」


 モロコシが説明すると、シーマとはつ江は干からびたギンイロトゲアザミに顔を向けて、へぇ、と声を漏らした。


「このギンイロトゲアザミの様子を見ると、その学説の信憑性は高そうだな」


 シーマがそう言うと、モロコシは再びコクリと頷いた。


「うん! それに、ウスベニクジャクバッタさんとお友達になると富と名声が手に入るっていう伝説は、宝物を沢山持ってた人たちが宝物庫の湿気の調整をするためにウスベニクジャクバッタさんと一緒に暮らしてたことからできたんじゃないか、っていう直翅目生活文化史のがくじゅつろんぶんもあるんだよ!」


 モロコシが興奮気味に説明すると、はつ江が、ほうほう、と声を漏らしながらコクコクと頷いた。


「モロコシちゃんは、うんとお勉強してるんだねぇ」


 はつ江が感心したように声を漏らすと、シーマがヒゲと尻尾をダラリと垂らして脱力した。


「勉強の内容が偏りすぎている気もするけど……まあ、何かを好きな気持ちを原動力に突き進むのは、大事なことだからな……」


 シーマは力なくそう言うと、姿勢を正してコホンと咳払いをした。


「……ともかく、助かったよ。ありがとう、カトリーヌ!」


「お手伝いしてくれて、ありがとうね、カトちゃん!」


 シーマとはつ江がニッコリと笑ってお礼を言うと、カトリーヌは身体の赤みをほんのりと強めながら、ピョコンと跳びはねた。


「このくらい、麻呂にかかればなんてことないでおじゃるよ! まあ、生き物を生きたままミイラにできた母上に比べるとまだまだでおじゃるが……なんといっても、麻呂はウスベニクジャクバッタの中でも随一の秀才でおじゃるからな!」


 カトリーヌが誇らしげにそう言うと、五郎左衛門がコクリと頷いた。


「うむ、ではこの勝負、カトリーヌ殿の勝利と言うことで、よろしいでござるな?」


 五郎左衛門の問いかけに、シーマがコクリと頷いた。


「ああ。異存なしだ」


 シーマはそう言うと、カトリーヌに向かってポフポフと拍手を送った。


「カトちゃんや、おめでとう!」

「カトリーヌもすごーい!」

「カトリーヌもつよぉい!」

「カトリーヌさんも格好良かったよ!」

「みみーみ!」


 続いて、はつ江、忠一忠二、モロコシ、ミミも称賛の言葉とともに、パチパチと拍手を送る。五郎左衛門はその様子を見てコクリと頷くと、ヴィヴィアンに顔を向けた。


「ヴィヴィアン殿も、異論はないでござるか?」


「ええ、今回はカトリーヌさんの活躍も素晴らしかったですし、見事なまでの完敗ですわ。しかしながら、最後の勝負はアタクシが勝ちますわよ!」


 ヴィヴィアンが意気込みながら翅をバサリと動かすと、カトリーヌも翅をパサリと動かした。


「ふふふ! 麻呂も全力で受けて立つでおじゃるよ!」


 二人のやり取りを見て、ミズタマが力なくパサッと翅を動かした。


「お手伝い勝負とはいえ、ムラサキダンダラオオイナゴとウスベニクジャクバッタの戦いは見ててハラハラするから、早く決着がついて欲しいぜ……」


 ミズタマが力なくそう呟くと、ミミがどこか大人びた表情を浮かべて、虫かごをポフポフとなでた。


「みーみ」


「おう、ありがとな……」


 元気出せよ、と言いたげなミミに向かって、ミズタマはポツリと返事をした。

 

 かくして、若干予定調和っぽい感じになりながらも、直翅目乙女たちの「お手伝い三番勝負」は一対一の引き分けで、最終勝負を迎えることになったのだった。

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