第105話 どうしたものかな
シーマ十四世殿下一行がヴィヴィアンの活躍に沸いているころ、魔王とクロは城の応接室に移動していた。
「今、お茶を淹れてきますので少々お待ちください」
魔王がそう言って頭を下げると、クロは毛羽立った尻尾をピンと立ててニコリと微笑んだ。
「あら、陛下直々にお茶を淹れてくださるなんて、光栄だわ。凝り性の貴方が淹れたお茶なら、さぞ美味しいのでしょうね」
クロが胸の辺りで手を合わせながらそう言うと、魔王は苦笑を浮かべて頭を横に振った。
「いえ、本当ははつ江が淹れた緑茶の方が、ずっと美味いですよ。しかし、彼女に依頼した仕事は、あくまでもシーマの身の回りの世話なもので」
「なるほど、殿下ではなく貴方への客人である私への対応は業務の範囲外だから、おいそれと呼び出すわけにはいかないというわけね」
「はい。はつ江のことなら、そんなことを気にせずに手伝いにきてくれるとは思うのですが……だからこそ、甘えて労働契約以外の業務を任せたくないというか……」
「ふふふ、貴方は本当に真面目よね。ちっちゃなころから、変わらないんだから」
クロの言葉に、魔王は不服そうに唇を尖らせた。
「一体、どれほど昔の話をしているのですか……ともかく、今お茶をお持ちいたしますので」
「ええ、ありがとうね」
クロが優しく微笑みかけると、魔王は軽く頭を下げ、応接室を出て行った。それから、やや間を置いて、魔王はティーカップとポットの乗ったお盆を手に戻って来た。
「お待たせいたしました……どうぞ」
魔王がカップに紅茶を注いで差し出すと、クロはニコリと微笑んだ。
「ありがとう、いただくわ……あら」
クロはカップの中身を一口飲むと、目を見開いた。
「キャットニップティーだなんて、嬉しいことしてくれるじゃない」
「ええ、せっかく友愛……いえ、マダムがいらしてくださったのですから」
「うふふ、嬉しいわね。なら……」
クロはそこで言葉を止めると、半月型をした金色の目をキラリと光らせた。
「お礼に、反乱分子のリーダーの話を、もう少し詳しくしないといけないわね」
「はい、よろしくお願いいたします」
魔王はクロの言葉に返事をしながら、ゆっくりと席に着いた。それから魔王はキャットニップティーを一口飲み、訝しげな表を浮かべて首を傾げた。
「それで、反乱分子のリーダーは、一体どのような人物だったのですか?」
「あら? 向こうは貴方のことをよく覚えていたのに、貴方はもう忘れてしまっているのね」
茶化すようなクロの言葉に、魔王は不服そうに唇を尖らせた。
「仕方ないじゃないですか、トビウオの夜以外でこちらに来てしまった人には、知らない人怖いのに、全員面談を行っているんですから。よっぽど特徴がある人じゃないと、覚えていませんよ」
魔王が言葉を返すと、クロは片耳をパタパタと動かして、クスクスと笑った。
「ええ。まったく、その通りよね」
クロはそこでキャットニップティーを一口飲み、深くため息を吐いた。
「結論から言うと、大したことのない坊やよ」
「そう、ですか」
魔王が相槌を打つと、クロは再び深いため息を吐いた。
「まあ、たしかに、異界の人間にしては魔力がある方……というよりも、反乱分子の中では一番魔力があるし、こっちに来てからすぐにある程度の魔法を使えたみたいだから……ちょっと、だけ勘違いしちゃったみたいね」
「ということは、戦力は本当にたいしたことないのですね」
「ええ、そうよ。ただ、ちょっと厄介なのが『超・魔導機☆』が向こうの手に渡って、改造されてることよね」
「ええ、そうですね」
魔王はそこで深くため息を吐き、キャットニップティーを一口飲んだ。
「ただ、『超・魔導機☆』も人々には分かりやすく、何でも願いがかなう魔導機、と説明されていますが……実際のところは、願いを口にした者の魔力を一時的に増幅させて超強力な魔術を反動も無しに放つことができる魔導機、ですからね。手順を踏めば魔術を解除することもできましたし、防護魔術を魔界全域にかければそれほど脅威ではないですよ」
「解除することもできた、ということは『超・魔導機☆』が使われた実績でもあるのかしら?」
クロが半月型の目を光らせて問い返すと、魔王はギクリとした表情を浮かべた。
「あー、えーと、まあ、その……ちょっとしたイザコザ、みたいな、ものがありまして……使ってしまった者も、使わせてしまった者も、充分に反省していましたし……魔術の解除にも協力してくれましたし……」
魔王が言葉を濁しながら答えると、クロは尻尾の先をバサバサと動かしながらため息を吐いた。
「まったく、あいかわらず甘いのね。アタシなら、そんな馬鹿なことをする子は、ひっぱたいて自分がしたことの重さを分からせてやるんだから」
「いや、ひっぱたくくらいで許してくれるあなたも、大概に甘いと思うのですが……」
「あら、何か言ったかしら?」
「い、いいえ、なんでもありません」
魔王がタジタジとしながら返事をすると、クロはキャットニップティーをまた一口飲んだ。
「ともかく、実際に使われたところを見て、脅威ではない、と判断できたのならよかったわ」
「はい。反乱分子の子たちには、『超・魔導機☆』の改造は失敗している、という情報を流しているので、またすぐに『超・魔導機☆』を使うことはないでしょう。その間に、各地の領主に連絡して自分の領地に防護魔術を使ってもらうようお願いして、私は向こうのリーダーと会談なりなんなりをして全面衝突を避けるように動いて……」
魔王はそこで、再び深いため息を吐きながら、頭を抱えてテーブルに突っ伏した。
「ああ、もう、魔王の座に就く前も就いてからも色々と無茶をして、ようやく民たちが安心して暮らせる世の中になってきて、コミュニケーション能力でどうこうしなきゃいけない機会も減ってきたというのに……もうやだ、面倒くさい、いっそのこと、シジミになりたい」
魔王が弱音を吐くと、クロはニッコリと微笑んだ。そして、少しひび割れた肉球で魔王の頭を、ポンポンとなでた。
「ほらほら、陛下がシジミになっちゃったら、殿下が泣いちゃうでしょ?」
「……そうですね」
クロにあやすように声をかけられ、魔王はやや落ち着きを取り戻して顔を上げた。
「でも、本当にどうしたものかな……あ! そうだ、友愛お……いえ、マダム」
「あら、なにかしら?」
気を取り直した魔王に声をかけられ、クロは微笑んだまま首を傾げた。
「会談的なことをするにあたり、彼らが魔界に対して望んでいることを知っておきたいと思っているのですが……何か、ご存知ですか?」
「ふむ、そうね……」
クロはそこで言葉を止めると、片耳をパタパタと動かしながら、キャットニップティーを一口飲んだ。
「新規顧客開拓も兼ねていたから、素晴らしいですわ、なんて相槌を打ちながらご高説を拝聴してたけど……今の魔界は絶対に今のままではいけない(原文ママ)って言葉を、何度も繰り返してただけだったわ」
「ぐ……具体的に、今の魔界が今のままではいけない部分を教えて欲しい……いや、たしかに、俺だって完璧な君主じゃないけどさ……これでも、シーマに叱られながら日々頑張ってるのに……」
魔王が拗ね気味にそう言うと、クロは苦笑を浮かべた。
「まあまあ、陛下。古今東西、報われない若者が考えることなんて、自分が上手くいかないのは全て周りのせいだ、だから周りが自分に合わせるべきだ、に集約されるんですから」
「それなら、わざわざ魔界でイザコザを起こさないで、自分の世界で世の中を変える努力をすればいいじゃないか……」
魔王はそう口にしながら、再びテーブルに突っ伏した。クロは苦笑を浮かべたまま、魔王の頭を再びポフポフとなでた。
「まったくよね。でも、彼らも身近に、上手くいかなくても頑張ったことを褒めてくれて、成功したら一緒に喜んでくれて、悪いことをしたらちゃんと叱ってくれる、そんな人がいれば、ここまで色々とこじらせなかったのかもしれないわね」
クロがどこか遠い目をしながらそう言うと、魔王もわずかに顔を上げて頷くように頭を動かした。
「たしかに、そういう人材は貴重ですよね……」
「いっそのこと、はつ江さんをあちらに派遣したらどうかしら?」
クロが冗談めかして問いかけると、魔王はガバッと起き上がり、勢いよく首を横に振った。
「ダメですよ! いや、たしかに、はつ江もそういう奇特な人材ですし、なんだかんだで上手くやってくれそうな気もしますが……さすがに、危険すぎます!」
魔王が慌てて反論すると、クロは口元に手を当ててクスリと笑った。
「うふふ、冗談よ。はつ江さんに何かあったら、それこそ殿下が泣いちゃうものね」
「本当に、そうですよ」
クロの言葉に、魔王はため息まじりに返事をした。
一方そのころ、魔王城の中庭では……
「ぶえっくしょい!」
「クシュン!」
……大人たちに噂をされたはつ江とシーマが、大きなクシャミをしていた。
「殿下、はつ江おばあちゃん、大丈夫?」
「みみみー?」
「殿下、ばあちゃん、風邪ー?」
「殿下、ばあちゃん、風邪ぇ?」
モロコシ、ミミ、忠一忠二が心配そうに問いかけると、二人はハンカチで口元を拭いた。
「わははは! ちょっと、鼻がムズムズしただけだから、大丈夫だぁよ!」
「うん、多分土ぼこりが鼻に入っちゃっただけだと思うから、大丈夫だ」
はつ江とシーマが返事をすると、一同はホッとした表情を浮かべた。
「それならば、よかったでござる! でも、無理をしてはいけませんでござるよ!」
「うむ、体調が優れぬということであれば、お手伝い勝負をしている場合ではないでおじゃるからな!」
五郎左衛門とカトリーヌが声をかけると、はつ江はニッコリと微笑んだ。
「ゴロちゃんもカトちゃんも、気ぃ使ってくれて、ありがとうね。でも、この通り、ピンピンしてるから大丈夫だぁよ!」
はつ江が上腕二頭筋を見せつけるポーズをしながらそう言うと、シーマもコクリと頷いた。
「ああ、ありがとうな。僕も大丈夫だから、次のお手伝いに移ろうか」
「殿下、次もお任せくださいませ! きっと、お役に立って見せますわ!」
「また、迫力満載の光景に遭遇することになるのか……」
シーマの言葉に、ヴィヴィアンは意気揚々と返事をしながらピョンと跳ね、ミズタマはどこか疲れたように返事をして翅をパサリと動かした。
かくして、大人たちが不穏な話を続けつつも、「お手伝い三番勝負」の二番目が幕を開けるのだった。
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