第95話 チラッ
シーマ十四世殿下一行は、お喋りをしつつおやつの時間を楽しんでいた。
「……さて、ボクたちはそろそろ会場に向かおうか」
りんごアメを食べ終わったシーマは、ハンカチで口元を拭きながらそう言った。すると、同じくりんごアメを食べ終わったはつ江も、タオルで口元を拭いながらコクリと頷いた。
「本物の舞台でも、練習もしておきたいからねぇ」
二人の言葉に、モロコシは尻尾をピンと立ててニッコリと笑った。
「うん! いってらっしゃい! 殿下もはつ江おばあちゃんも頑張ってね!」
モロコシに応援された二人も、ニッコリと笑った。
「ああ、モロコシ、ありがとうな!」
「ありがとうね、モロコシちゃん! うーんと頑張るだぁよ!」
二人の言葉に、モロコシは笑顔で、うん、と元気よく返事をした。
それから、二人はユキにりんごアメのお礼を言い、魔法の扉で会場まで移動することとなった。扉をくぐると、そこは野外特設会場の舞台の上だった。
はつ江は観客席をグルリと見渡すと、ほうほう、と感心したように声を漏らした。
「今日は、本当に沢山のお客さんが来るんだねぇ」
はつ江の言葉に、シーマがコクリと頷いた。
「ああ、この近くに住んでる人たちは、ほぼ全員観に来るんだ。それに、魔界全域に中継を流すんだぞ」
シーマはそう言うと、尻尾の先をピコピコと動かしながら、上目遣いにはつ江の顔をチラッと見た。
「はつ江、緊張したか?」
シーマが心配そうに尋ねると、はつ江はカラカラと笑い出した。
「わはははは! 全然! むしろ、やる気が出てきただぁよ!」
「そうか」
はつ江の返事に、シーマは安心したように微笑んだ。すると、舞台袖からカツカツと二人分の足音が響いた。
「あ! 猫ちゃんとおばあちゃん! 二人も、もう来てたんだね!」
「出店巡りは楽しかったか?」
舞台袖から現れたのは、黒ローブと灰色ローブの二人組だった。
「ああ、楽しませてもらったよ」
「頭巾ちゃんたちの方は、もう準備をしてたのかい?」
はつ江が問いかけると、黒ローブと灰色ローブはコクリと頷いた。
「うん! 魔王に送ってもらって、さっきまでここで練習してたんだ!」
黒ローブが答えると、灰色ローブがフードの上から後頭部を掻いた。
「しかし、思ったよりも遠くまで観客席があるんだな。これだと、後ろの方のヤツまでちゃんと見えるかどうか、分からないな」
灰色ローブが不安げにそう言うと、シーマが得意げな表情で、ふふん、と鼻を鳴らした。
「安心しろ! この映像魔導機でアップの映像を同時に流すから、後ろの席の人たちにもバッチリ見えるぞ!」
シーマはそう言いながら、舞台の奥に設置された巨大なガラス板のような物を指さした。すると、黒フードと灰色フードは安心したように微笑んだ。
「よかった! それなら細かいところもちゃんと見えるね!」
「ああ。八割方が細かいネタだから、本当によかった」
安心する二人を見て、はつ江はニッコリと微笑んだ。
「二人とも、良かっただぁね。私も楽しみにしてるから、頑張るだぁよ」
「ああ。ボクも期待しているぞ!」
はつ江とシーマが声を掛けると、黒ローブと灰色ローブは凜々しい表情を浮かべた。
「うん! 精一杯頑張るよ!」
「ああ。ここまで来て逃げ出すような真似はしないから、安心してくれ」
ローブの二人組の返事を聞き、シーマとはつ江は安心したようにコクコクと頷いた。
そうこうしていると、再び舞台袖からパタパタと足音が聞こえた。
「皆様、お疲れ様です」
「殿下たちも来たのね!」
そして、白い長めの腰巻きに緑色の宝石が散りばめられた胸飾りという格好のマロと、白いノースリーブのワンピースに瑠璃色の宝石が散りばめられた胸飾りをつけたウェネトが登場した。
「ほうほう、二人ともとっても素敵な格好だぁね」
はつ江が感心したように声を漏らすと、ウェネトは得意げな表情でフスフスと鼻を鳴らした。
「そうでしょう!」
「ただ、ちょっと露出が多いので、気恥ずかしくもあるんですが……」
胸を張るウェネトに続いて、マロも照れくさそうに苦笑を浮かべながらそう言った。
「大丈夫、マロさんも凄く似合っているさ!」
シーマはマロを励ますと、尻尾の先をクニャリと曲げた。
「ところで……バステトさんの容態は、どうなんだ?」
シーマが尋ねると、マロとウェネトは顔を見合わせた。そして、どちらともなく微笑むとコクリと頷き、シーマに顔を向けた。
「大丈夫! バッチリ声が出るようになったわ!」
「今は、控え室で楽譜の確認をしつつ、安静にしています」
ウェネトとマロが答えると、シーマとはつ江は目を輝かせた。
「そうか! それなら、本当によかった!」
「バスちゃんの声も治ったんなら、一安心だぁね!」
シーマとはつ江が喜んでいると、黒ローブと灰色ローブは気まずそうに頬を掻いた。
「最初は邪魔しようとしておいてなんだけど……歌姫の声が戻って、ホッとしたね」
黒ローブの言葉に、灰色ローブはコクリと頷いた。
「ああ。本当だな……」
灰色ローブはそこで言葉を止めると、夕日に照らされた客席をグルリと見渡した。
「……これだけ沢山の人が楽しみにしている舞台を潰すことにならなくて、本当によかった」
灰色ローブが噛みしめるようにそう言うと、はつ江はニッコリと笑った。そして、ローブの二人に近づくと、二人の頭をポフポフとなでた。ローブの二人組は、突然のことにキョトンとした表情を浮かべた。
「頭巾ちゃんたちは、悪いことをしてもちゃんと謝れたし、お手伝いも買って出てくれて、本当によい子だぁね。二人とも、ありがとうね」
はつ江が穏やかに微笑みながらそう言うと、黒ローブと灰色ローブは照れくさそうに頬を赤く染めた。
「そ、それほどでもないよ、おばあちゃん」
「あ、ああ。俺たちは、自分たちがしてしまったことにたいして、尻拭いをしただけなんだから」
二人の言葉を聞くと、はつ江は、そうかいそうかい、と言いながらニッコリと笑った。そんな様子を見て、シーマ、マロ、ウェネトもニッコリと微笑んだ。
一同が穏やかな空気に包まれたところで、シーマがキリッと凜々しい表情を浮かべた。
「さて、皆そろったところで、本番に向けて最後の練習をしようじゃないか!」
シーマが声を掛けると、一同も凜々しい表情でコクリと頷いた。
「バスちゃんの出番まで、皆で頑張ろうね!」
はつ江が元気よくそう言うと、一同は声をそろえて、おう、と返事をした。
こうして、色々とバタバタした音楽会が、いよいよ本番を迎えるのだった。
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