第94話 パリッ

 シーマ十四世殿下とはつ江ばあさんとモロコシは、出店の前でおやつを取ることになった。


「パリパリしてて、とっても美味しいだぁね」


 はつ江がりんごアメを一口パリッとかじってからそう言うと、同じくりんごアメをかじっていたシーマがハッとした表情を浮かべた。


「……そういえば、はつ江、りんごアメは結構硬いけど、歯は大丈夫なのか?」


 シーマはりんごアメを飲み込むと、不安げな表情で問いかけた。すると、はつ江はニッコリと笑った。


「大丈夫だぁよ! 元々歯は丈夫だったし、ヤギさんにすごく使い勝手がいい入れ歯安定剤をもらったからね!」


「そうか」


 はつ江が元気よく答えると、シーマは安心したように小さくため息を吐いた。そんな二人のやり取りを受けて、モロコシが口の端にアメの破片をつけてニッコリと笑った。


「おじいちゃんも、魔王さまのおかげで最近の入れ歯安定剤はどんどん使いやすくなってる、って言ってたよ!」


「たしかに、兄貴は民の健康に関わるような研究を支援するだけじゃなく、自分が率先して研究してたりするからな」


 モロコシの言葉に、シーマはコクリと頷いて同意した。


「ほうほう。ヤギさんはやっぱり優しいんだねぇ」


 続いて、はつ江が感心したように声を漏らすと、シーマはそっぽを向いて、尻尾の先をピコピコと動かした。


「べ、別に王が民のことを大切に思うのは、当然のことだろ。ま、まあ、たしかに、兄貴は問題があるなりに頑張っている方かもしれないけどな」


 シーマが照れ隠しをしながら魔王のことを褒めると、はつ江とモロコシはニッコリと笑った。二人の笑みに気づいたシーマは若干不服そうな表情を浮かべたが、気を取り直すように、コホン、と咳払いをした。


「まあ、兄貴のことは置いておいて……今日の音楽会、モロコシも来るんだろ?」


 シーマが話題を変えると、モロコシはニッコリと笑って頷いた。


「うん! お店の片付けが終わったら、みんなでいくよ!」


「そうか! 今回は、歌姫の出番の前に、はつ江の踊りと、竪琴と笛の演奏と、変身手品も予定してるから、楽しみにしていてくれ!」


 シーマがそう言うと、モロコシは目を輝かせながら、耳と尻尾をピンと立てた。


「わぁ! すごく面白そう!」


「手品の方は、私と同じ所から来た子たちが頑張るから、是非見てやって欲しいだぁよ!」


 はつ江が声をかけると、モロコシはりんごの被り物が吹き飛びそうなほど勢いよく頷いた。


「うん! 楽しみにしてるね!」


「ああ、そうしてくれ」


 シーマがそう答えると、モロコシはりんごの被り物の位置を直しながら、うん、と元気よく答えた。その姿を見て、シーマは尻尾の先をクニャリと曲げて首を傾げた。



「ところで、モロコシ、さっきから気になってたんだけど、そのりんごの被り物は本物なのか?」


「そうそう! とっても本物ぽいから、気になってただぁよ」


 改めて問いかけるシーマに、続いてはつ江も声をかけた。すると、モロコシは被り物を揺らしながら、フルフルと首を横に振った。


「ううん、違うよ! お母さんが作ったの!」


「へぇ、そうだったのか。ユキさんはすごい特技を持ってるんだなぁ」


「ユキちゃんは、被り物を作るのが上手なんだねぇ」


 モロコシが答えると、シーマとはつ江は感心したように声を漏らして、りんごアメをまた一口かじった。モロコシもりんごアメを一口かじると、コクリと頷く。


「うん。えっとね、お母さんトビウオの夜で生まれたんだけどね、お絵かきをしたり工作をしたりするのがすごく好きだったのをなんとなく覚えてるんだって」


 りんごアメを飲み込んだモロコシは、ユキについてざっくりとした説明を口にした。すると、りんごアメを飲み込んだはつ江が、目を見開いた。


「あれまぁよ! ユキちゃんは昔、お絵かきや工作ができる猫ちゃんだったのかね!?」


 はつ江が驚いていると、シーマが尻尾の先をクニャリと曲げた。


「はつ江、何を驚いているんだ?」


「だってよう、シマちゃん。私がいた世界だと、猫ちゃんがお絵かきや工作をするのは、すごく難しいことだったんだぁよ」


 はつ江が問いかけに答えると、シーマは納得した表情を浮かべて、ああ、と呟いた。


「なるほど、それで驚いていたのか。あのな、はつ江、たしかに、トビウオの夜では前の世界でネコ科だった人がケット・シー族に生まれることが多いけど、必ずってわけではないんだ」


 シーマが答えると、はつ江は、ほうほう、相槌を打ちながらコクコクと頷いた。


「そうだったのかい」


「うん! そうだよ! 前の世界では、はつ江おばあちゃんみたいな種族だったけど、今はケット・シー族とか、クー・シー族とか、ゴブリン族とかの人もいるんだって!」


 モロコシが説明を付け加えると、はつ江は再び、ほうほう、相槌を打ちながらコクコクと頷いた。


「へぇ、そうなのかい」


 はつ江が感心したように声を漏らすと、シーマとモロコシはコクリと頷いた。


「元の世界での種族がどうであれ、次の世界での幸せを心から願われた魂がトビウオの夜にこの魔界にやって来る、といわれているな」


 シーマはトビウオの夜についての言い伝えを口にすると、りんごアメをまた一口かじった。シーマの言葉を受けて、はつ江はニッコリと微笑んだ。そして、はつ江はシーマの頭をポフポフとなでた。すると、シーマは目を細めてゴロゴロと喉を鳴らしたが、すぐにハッとした表情を浮かべた。


「うわ!? い、いきなり何するんだよ!? はつ江!」


「あー! いいなー、殿下! はつ江おばあちゃん、ぼくもなでてー!」


 シーマが尻尾をパシパシと振りながら抗議し、モロコシが目を輝かせながらはつ江に顔を向けた。すると、はつ江はカラカラと笑いだした。


「わはははは! なんとなく、シマちゃんをなでたい気分になってよう! 年寄りのきまぐれだから、許しておくれ!」


 はつ江は、モロコシの頬をフカフカとなでながらそう言った。すると、シーマは片耳をパタパタと動かしながら、ふん、と鼻を鳴らした。


「まあ、それなら仕方ないけど……あんまり子供あつかいしないでくれよ」


「分かっただぁよ!」


 照れくさそうに言うシーマに対して、はつ江は元気よく返事をした。すると、シーマはヒゲと尻尾をダラリと垂らして脱力した。


「本当に、いつも返事だけはいいんだよな……」


 シーマが力なく呟くと、モロコシがキョトンとした表情で首を傾げた。


「殿下、はつ江おばあちゃんになでてもらうのが嫌なの?」


 モロコシが問いかけると、シーマは尻尾の毛を逆立ててギクリとした表情を浮かべた。


「べ、別に嫌ってわけじゃないけど……」


「なら、なでてもらっても、いいんじゃない?」


 モロコシが続けて問いかけると、シーマは尻尾の先をピコピコと動かした。


「でもな、モロコシ、あまり子供あつかいされるのは、ちょっと、なんというか、気恥ずかしいというか……」


 シーマが口ごもりながら答えると、モロコシは再びキョトンとした表情で首を傾げた。


「えー、でも、殿下だって仔猫じゃない」


 モロコシの発言を受けて、シーマは一瞬だけ動きを止めた。しかし、すぐに不敵な笑みを浮かべると、急いで残っていたりんごアメを食べ終えて、尻尾をパシパシと縦に振った。


「ほーう? モロコシ、生意気なことを言うのは、この口か!」


 シーマはそう言い放つと、モロコシの頬をワシワシとくすぐりだした。


「あはははは! や、止めてよ殿下! くすぐったいよ! あははははは!」


「どうだ、参ったか! ボクのことを子供あつかいすると、こうなるんだぞ!」


「あはははは! 殿下、ごめんね! あはははははは……えーい! お返し!」


 モロコシはそう言うと、りんごアメを持っていない方の手を伸ばして、シーマの鼻の辺りをくすぐった。


「わっ!? ははははは! や、止めろモロコシ! ははははははは!」


「あはははは! 殿下がやめるまでやめないよー! あはははは!」


 シーマとモロコシが無邪気にじゃれ合う姿を見て、はつ江は目を細めてニッコリと笑った。そして、満足げにコクコクと頷いた。

 こうして、シーマが童心に返りながらも、おやつの時間は過ぎていったのだった。

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