第80話 ピカッ

 シーマ十四世殿下一行は、おしゃれ泥棒・ウェロックスの店内で魔王から諸々の説明を受けていた。しかし、そのとき、「超・魔導機☆」の入力端末を手にしたウェネトが、店内に乗り込んできたのだった。


「ウェネト、相談したいことっていうのは、何なのかしら?」


 ウェネトと対峙したバステトは、ミミを後ろに反らしながら、ゆっくりとした声で尋ねた。バステトの声に、ウェネトは耳をピンと立てて、引きつった笑みを浮かべた。


「明日の音楽会、最後の曲を私に歌わせて欲しいの」


 バステトの表情に怯えながらも、ウェネトは挑発的な口調で答えた。すると、マロが耳を伏せて目を見開いた。


「いけません、ウェネトさん! これ以上歌ったら声が出せなくなるかもしれないと、お医者様にも言われていたでしょう!?」


 マロが焦りながら声をかけると、ウェネトは足をダンっと踏みならした。


「そ、そんなこと分かってるわよ! でも、どうしてもあの曲を歌いたいの!」


 ウェネトはそう言うと、ふん、と鼻を鳴らして腕を組んだ。そして、バステトとマロをキッと睨みつけた。


「本当なら、この『超・魔導機・改』を使って、今すぐにレディ・バステトの名を奪ったっていいのよ? でも、話し合いの猶予をあげたんだから、感謝しなさいよ! あ、べ、別に『超・魔導機・改』を使って、アンタたちに何かあったら嫌だから、とか、そう言うのじゃないんだからね!」


 必死に言い訳をするウェネトを見て、シーマはヒゲと尻尾をダラリと垂らした。


「つまり、『超・魔導機☆』はできる限り使いたくないんだな?」


 シーマが脱力しながら問いかけると、ウェネトはギクリとした表情を浮かべた。


「べ、別にそんなことはないわよ! なんなら、今すぐに使ってやってもいいんだからね! でも、交渉の余地があるなら、使わないで済む方向で考えてあげてもいいって言ってるだけよ!」


 ウェネトがワタワタと言い訳をすると、バステトが反らしていた耳を元に戻してため息を吐いた。


「まったく、何がしたいのよアンタは」


 バステトが呆れたように呟くと、ウェネトはムッとした表情を浮かべた。そんな二人の様子を見て、はつ江はキョトンとした表情を浮かべた。


「ゑねとちゃんや、ちょっといいかね?」


 はつ江が挙手をしながら声をかけると、ウェネトはハッとした表情を浮かべた。


「ん? おばあちゃん、どうしたのよ?」


 ウェネトが問い返すと、はつ江はキョトンとした表情のまま首を傾げた。


「ゑねとちゃんは、なんでその曲を歌いたいんだい?」


「みみー?」


 はつ江の質問に続いて、ミミも不思議そうな表情を浮かべて首を傾げた。すると、ウェネトはふん、と鼻を鳴らした。


「別に、おばあちゃんたちに教える義理はないけど……今回は特別に教えてあげるわ!」


 ウェネトはその言葉と共に、得意げな表情を浮かべた。そんなウェネトを見て、バステトは深いため息を吐いた。


「相変わらず、前振りが長い上に、恩着せがましいわね」


「ま、まあまあ、レディ。そこが、ウェネトさんの芸風……ではなく、個性ですから」


 バステトとマロの会話を受けて、ウェネトは再びムッとした表情を浮かべた。しかし、すぐに気を取り直して、コホンと咳払いをした。


「トビウオの夜には毎回、魂を送る歌と、魂を迎える歌を歌うんだけど、今回からもう一曲新しい歌を歌うことになったのよ」


 ウェネトの言葉に、はつ江は、ほうほう、と声を漏らしながら、コクコクと頷いた。


「それは、どんなお歌なんだい?」


「みみぃー?」


 はつ江とミミが尋ねると、ウェネトは得意げな表情を浮かべながら、両手を腰に当てて胸を張った。


「それはね、トビウオが向かう世界の人たちに、私たちはここで幸せに生きているって伝える歌よ! 三人で、一所懸命作った力作の歌なんだから!」


 ウェネトの答えを聞いて、はつ江は再び、ほうほう、と声を漏らしながら頷いた。


「前に一緒に暮らしていた家族に、私は元気にしとるだぁよ、って伝える歌なんだね」


 はつ江の言葉に、ウェネトはコクリと頷いた。


「そうよ。だから、これだけは譲れないの。他の世界まで歌が届くかどうかは、まだ分からないけど……」


 ウェネトが真剣な表情で答えると、はつ江は首を傾げた。


「でもよ、ゑねとちゃん、無理に歌って喉を痛めたりしたら、家族の人は悲しむんじゃないのかい?」


 はつ江が問いかけると、ウェネトはギクリとした表情を浮かべた。そして、視線を左右に動かしながら、もごもごと口を動かした。


「それは、その、そうかも、しれないけど……」


 ウェネトがうつむきながら口ごもると、バステトが深くため息を吐いた。


「そうよ、ウェネト。はつ江さんの言うとおり、今無理をして声が出なくなったら、元も子もないじゃない。もしも、ウェネトの体調が万全になったら、もう一度レディ・バステトの名をかけて勝負をいいわよ?」


 バステトが諭すように声をかけると、ウェネトは不服そうに頬を膨らませた。


「それだと、遅いのよ! 明日を逃したら、次のトビウオの夜がいつになるか、分からないじゃない!」


 ウェネトが反論すると、マロがおずおずと挙手をした。


「ウェネトさん、声楽が不得手な僕が言うのも筋違いなのかもしれませんが、思いを伝える方法は歌だけとは限らないのではないでしょうか?」


「じゃあ、他にどんな方法があるって言うのよ?」


 ウェネトはムッとした表情で、マロに問い返した。すると、マロは、そうですね、と呟きながら尻尾の先をピコピコと動かした。


「たとえば、心を込めた竪琴の演奏、なんて方法はどうでしょうか? 当代で、ウェネトさん以上の竪琴の名手はいませんし」


 マロが答えると、手鏡の中で、魔王がコクコクと頷いた。


「そうだな。熱砂の国の音楽院から、君たちの個人演奏が入った音源をもらったことがあるが……ウェネトさんの演奏を聴いたときは、感涙がとまらなくなったものだ」


 魔王がしみじみとした口調で呟くと、シーマはハッとした表情を浮かべた。


「ああ、あの竪琴の奏者、ウェネトさんだったのか。聞くとすごく穏やかな気分になれるから、寝る前によく聴いてたな」


 シーマがそう呟くと、はつ江とバービーが感心した表情を浮かべた。


「ほうほう、ゑねとちゃんは、そんなにお琴が上手なんだねぇ。是非、聴いてみたいだぁよ」


「魔王様たちも認める実力なんて、相当すごいじゃん! 明日の音楽会、楽しみだねミミちゃん」


「みみー!」


 はつ江とバービーに続いて、ミミもニッコリと笑いながらピョコピョコと跳びはねた。一同の反応を受けて、ウェネトは戸惑った表情を浮かべた。すると、バステトがため息を吐きながら、片耳をパタパタと動かした。


「ウェネト、ここまでアンタの演奏を楽しみにしてくださるお客様がいるのに、あくまでも歌うことにこだわるつもりなのかしら?」


「ウェネトさん、あの曲はウェネトさんの演奏がなければ、完成しないんです。それは、一緒に作曲したウェネトさんも、分かっているのでしょう?」


 バステトとマロに問いかけられたウェネトは、戸惑った表情を浮かべて、半歩後ずさりをした。しかし、すぐに眉間にシワを寄せ、足をダンッと踏みならした。


「うるさい! それなら、交渉決裂よ!」


 そして、ウェネトは顔の前に「超・魔導機・改」の入力端末をかざした。


「待つんだ! ウェネトさん!」


 咄嗟にシーマが呼び止めたが、ウェネトは深く息を吸い込み……



「私を当代の歌姫にしなさい!」



 ……力強い声で、願い事を叫んだ。

 すると、「超・魔導機・改」の入力端末についた星形の飾りが、ピカッと目映い光を放った。あまりの眩しさに、ウェネトも含めた一同は、硬く目をつぶった。

 光がおさまると、一同はゆっくりと目を開いた。


「随分と眩しかっただぁね」


 はつ江がパチパチとまばたきながらそう言うと、シーマが不安げな表情で尻尾の先をクニャリと曲げた。


「はつ江、目が痛くなったりしてないか?」


「大丈夫だぁよ、シマちゃん」


 シーマの問いに、はつ江はニッコリと笑いながら答えた。シーマがホッと胸をなで下ろしていると、バステトがウェネトに向かって、鋭い目付きを向けた。


「……!?」


 ウェネトに向かって、注意をしようとしたバステトだったが、その口から声が出ることはなかった。


「ちょと、バステト! どうしちゃったのよ!?」


 ウェネトが慌てて駆け寄ったが、バステトは困惑した表情で口をパクパクと動かすだけだった。


「レディ、まさか、声が出ないのですか!?」


 マロが慌てながら尋ねると、バステトは困惑した表情でコクリと頷いた。


「あれまぁよ!?バスちゃんや、大丈夫かね!?」


「バステトさん! 大丈夫なのか!?」


 はつ江とシーマも慌てて声をかけたが、バステトは苦々しい表情を浮かべて、首を横に振った。その様子を見たウェネトは、カタカタと震えだした。


「え……? うそ……私、そんなつもりじゃ……」


 愕然とするウェネトを見て、バービーは不安げな表情を浮かべて、手鏡の中の魔王に顔を向けた。


「魔王様、これって、かなりヤバい状態だったりするの?」


「み、みみぃー?」


 バービーに続いてミミも不安げな表情で首を傾げた。すると、魔王は冷や汗を浮かべながら、コクリと頷いた。


「ああ。かなり厄介な状態だな……」


 店内には、魔王の苦々しい声が響いた。

 かくして、仔猫殿下とはつ江ばあさんの歌姫護衛大作戦は、重大な局面を迎えてしまったのだった。

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