第81話 ケホッ

 シーマ十四世殿下一行は、ウェネトが「超・魔導機・改」を使わないように、説得を試みていた。しかし、ウェネトは「超・魔導機・改」を使用してしまい、レディ・バステトの声が出なくなってしまった。

 ウェネトはカタカタと震えながら、喉をおさえてうずくまるバステトの姿を見つめた。


「なんで、声が出なくなっちゃったのよ? 私、そんなこと、願ってない……」


 ウェネトが混乱にしていると、バステトがキッと鋭い目を向けた。そして、何か告げようと口を開いた。


「……ケホッ! ケホッ!」


 しかし、バステト口からは、声の代わりに乾いた咳が出るばかりだった。マロは咳き込むバステトの背中をさすりながら、悲しげな目をウェネトに向けた。


「ウェネトさん、思い出してください。レディ・バステトの身に何か起こった場合は、最終選考で競った相手が代役をする決まりだったでしょう?」


「あ……」


 マロの問いかけに、ウェネトは俯いて言葉を詰まらせた。二人のやり取りを見たシーマは、腕を組みながら小さくため息を吐いた。


「つまり、これでウェネトさんの願いは叶ったというわけか……」


 シーマの落胆した声で呟くと、ウェネトは顔を上げた。そして、シーマをキッと睨みつけると、足をダンッと踏みならした。


「……私は、こんなこと望んでなかったんだから!」


 ウェネトはそう叫ぶと、店の出入り口に向かって走り出した。


「あれまぁよ! ゑねとちゃんや、待っておくれ!」


 ウェネトの背中に向かって、はつ江は大声で呼びかけた。しかし、ウェネトは足を止めることなく、店の外へ走り去ってしまった。残された一同の元には、気まずい沈黙が訪れた。


「……シーマ、はつ江、ひとまず二人を連れて、城に戻ってきてくれ」


 沈黙を打ち破ったのは、魔王の苦々しい呟きだった。


「ああ、分かったよ」


「分かっただぁよ、ヤギさん」


 シーマとはつ江が返事をすると、魔王は手鏡の中でコクリと頷いた。


「では、待っているぞ」


 その言葉と共に、手鏡の中に映った魔王の顔が、ぐにゃりと曲がり消えていった。シーマはその様子を見て、コクリと頷いてからバステトたちに顔を向けた。


「じゃあ、今から魔王城に戻るけど、二人とも大丈夫か?」


「どこか寄らなきゃいけないところは、他にあるかい?」


 シーマとはつ江が問いかけると、マロがペコリと頭を下げた。


「殿下、はつ江さん、お気遣いありがとうございます。衣装を受け取ったので、問題ありませんよ。レディ、動けますか?」


 マロが声をかけると、バステトは無言でコクリと頷いた。二人のやり取りを見たシーマもコクリと頷き、バービーに顔を向けた。


「バービーさん、ミミ、騒がしくしてしまってすまなかったな」


 シーマが謝罪の言葉を口にして軽く頭を下げると、はつ江とマロもバービーに顔を向けた。


「二人とも、ゴメンね」


「お騒がせいたしました」


 シーマに続いて、はつ江とマロもペコリと頭を下げた。すると、バービーとミミはフルフルと首を横に振った。


「ううん! 気にしないで! 他のお客さんもいなかったから、大丈夫だよ!」


「みみみ!」


 バービーがフォローの言葉を口にすると、ミミも同意するようにピョコピョコと跳びはねた。続いて、バービーはバステトたちの衣装が入った紙袋を指さした。


「それと、紙袋の中にはウェネトちゃんの分の衣装も入ってるから、イザコザが落ち着いたら絶対三人で舞台にあがってね!」


「みみー!」


 バービーとミミが励ましの声をかけると、マロとバステトはニコリと微笑んだ。


「……ケホッ」


「ありがとうございます。絶対に三人で舞台に上がるよう、尽力いたします」


 バステトとマロは、バービーとミミに向かってペコリとお辞儀をした。

 

 それから、シーマがドアの魔法を使い、一行は魔王城へと戻って来た。そして、一行は魔王に連れられ、城の医務室へと移動した。

 医務室に辿り着くと、魔王はバステトを椅子に座らせた。それから、白衣を羽織り聴診器を首にかけると、バステトの向かいに椅子を用意し、自分も腰をかけた。


「……ふむ。喉に、炎症などの異常ができている、というわけではないようだな」


 魔王は舌圧子を使ってバステトの喉を覗き込みながら、コクリと頷いた。続いて、魔王はバステトの胸元と背中に聴診器を当てた。


「呼吸音にも、異常はないな」


 バステトを診察する魔王の姿を見て、はつ江は、ほうほう、と声を漏らしながらコクコクと頷いた。


「ヤギさんは、お医者さんにもなれるんだねぇ」


 はつ江が感心したように声を漏らすと、隣にいたシーマがコクリと頷いた。


「ああ。色々と問題も多いけど、魔界の全ての知識を身につけている者の一人だからな」


「あれまぁよ! そうなのかい! ヤギさんは、すごいんだねぇ」


 シーマの説明にはつ江が感心していると、魔王は頬を赤らめながらコホンと咳払いをした。


「まあ、これでも魔界を統べる者だからな。それは、さておき、バステトさんの容態だが、体に異常が起きて声が出なくなっているわけではなさそうだ」


 魔王がバステトの容態を説明すると、マロが肩を落とした。


「それでは、お薬などの治療で、ことが解決するわけではないのですね……」


「残念だがそのようだ」


 意気消沈するマロに向かって、魔王が悲しげな声で答えた。すると、シーマは片耳をパタパタと動かしながら、眉間にシワを寄せて腕を組んだ。


「つまり、バステトさんにかかった魔術を解析して、それを解除する必要があるわけか」


 シーマが苦々しい声で呟くと、魔王はコクリと頷いた。


「ああ、そうだ。しかし、改造された『超・魔導機☆』が関わっているとなると、解析にも解除にも時間を要するだろうな。明日の音楽祭に間に合えばよいのだが……」


 魔王が悲しげにそう呟くと、シーマ、バステト、マロも目を伏せた。しかし、はつ江だけは、キョトンとした表情で首を傾げた。


「ヤギさんや、ちょっといいかい?」


 声をかけられた魔王は、視線を上げてはつ江を見た。


「どうした? はつ江」


「さっき、ゑねとちゃんが使った、なんとかなんとかなんとか、でお願いして、バスちゃんの声を元に戻すことはできないのかい?」


 はつ江の問いかけを受け、魔王は口元に指を当てて、ふむ、と呟いた。


「可能性は、ゼロではないな」


 魔王のがそう呟くと、シーマ、バステト、マロはにわかに表情を明るくした。


「兄貴、本当なのか!?」


「レディ・の声が元に戻る可能性があるのですね!?」


「……!」


 三人のキラキラとした視線に気圧されながらも、魔王はコクリと頷いた。


「あ、ああ。確証はないが、試す価値はあるだろう」


 魔王の答えを聞いて、はつ江はニッコリと微笑んだ。


「そんなら、さっそくゑねとちゃんを迎えにいかないとね!」


 はつ江が声をかけると、シーマとマロが凜々しい表情でコクリと頷いた。


「ああ! なんとしても、明日の音楽会が始まる前に、バステトさんの声を元に戻すぞ!」


「はい! 僕も尽力いたしますので、絶対にレディの声を元に戻して、ウェネトさんもつれもどしましょう!」


 意気込む二人の姿を見て、はつ江と魔王はニッコリと微笑み、バステトは目を潤ませて俯いた。マロはそんなバステトの姿を見て、穏やかに微笑んだ。


「それでは、僕たちはウェネトさんの捜索にいってきます。レディは、安静にしていてください」


 マロの言葉に、バステトはコクリと頷いた。二人のやり取りを見て、魔王は、うむ、と声を漏らしながら満足げに頷いた。


「この城にいる限り、バステトさんの身に何かが起こることはあり得ないから、三人とも安心して行ってくるといい」


 魔王が声をかけると、シーマ、はつ江、マロは姿勢を正した。


「ああ! 行ってくるよ兄貴!」

「行ってくるだぁよ! ヤギさん!」

「陛下! 行ってまいります!」


 三人の返事を聞いて、魔王は満足げに頷き、バステトは目をこすりながら微笑んだ。

 かくして、なんとなく解決策が見え始め、シーマ十四世殿下一行はウェネトを探しに、再び街に繰り出すことになったのだった。

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