第59話 ピョコン
シーマ十四世殿下一行は、引き続き図書館の掃除を行いながら、なくなってしまった雑誌を探していた。
「えーと、スイッチを押して……」
シーマがフカフカの手でスイッチを押すと、「
「ほう、面白いもんだな」
「本当だね。一般家庭向けのタイプが出たら、家にも一台欲しいかも」
オーレルとバービーは、感心したようにそう呟いた。すると、シーマは、うーん、と声を漏らしながら、尻尾の先をクニャリと曲げた。
「兄は、まだ試作品、と言っていましたが、二日間使用しても特に問題は起きていないので、近いうちに家庭向けのタイプが出るかもしれませんね」
「ほうほう、そうなのかい。最近、お掃除すると膝が痛むから、家にも一台欲しいだぁね」
はつ江の言葉に、シーマは再び、うーん、と声を漏らした。
「はつ江の世界に持って行くことまでは、できるかもしれないけど……その場合ちゃんと動くのかな?」
シーマが首を傾げると、はつ江はカラカラと笑いだした。
「わはははは!大丈夫だぁよ!きっと、叩けば動くさね!」
はつ江のワイルドな発言を受けて、シーマは尻尾をダラリと垂らした。
「はつ江、一応あれでも精密な魔導機なんだから、叩くのはやめてくれ」
「分かっただぁよ!」
シーマとはつ江がそんなやり取りをする中、ミミは興味津々といった表情を浮かべて、前進する「
「ミミちゃん、『
バービーに声をかけられたミミは、ギクリとした表情を浮かべた。
「み、みーみ!」
ミミが目を泳がせながら首を横に振ると、シーマがにこりと微笑んだ。
「大丈夫だぞ、ミミ。ボクが上に乗っても壊れないようになっているから、ミミくらいの子なら余裕だ」
「そうそう、ヤギさんが治してくれたから、ミミちゃんが乗ったくらいじゃ壊れないだぁよ!」
シーマとはつ江の言葉に、ミミは目を輝かせて、短い尻尾をピコッと立てた。
「みみー!」
嬉しそうにするミミを見て、バービーはにこりと微笑んだ。
「よかったね、ミミちゃん!」
「みー!」
ミミは元気よく返事をすると、「
「みみーみみーみみみーみみー」
そして、「
「じゃあ、おっちゃん、私はミミちゃんが通った後を拭き掃除するから、モップか雑巾貸して!」
「じゃあ、私達は窓の掃除をしようかね」
「ああ、そうだな。オーレルさん、ボク達にも掃除道具を貸してもらえますか?」
三人の言葉に、オーレルはコクリと頷いた。
「おう、分かった。今から持ってくるから、ちょっと待っててくれ」
オーレルはそう言うと、掃除道具を取りに行くために部屋を出て行った。
そして、一行はオーレルから掃除道具を借り、はつ江とシーマとオーレルが窓掃除、ミミとバービーが床掃除という組み分けで、掃除の続きを始めた。
一同は、各々の担当場所で、雑誌が側にないかを確認しながら、掃除を続けていた。そんな中、シーマが窓を拭きながら、うーん、と声を漏らした。その声に気づいたはつ江は、窓を拭く手を止めて、シーマに顔を向けた。
「シマちゃんや、どうしたんだい?」
はつ江がキョトンとした表情で首を傾げると、シーマは、尻尾の先をピコピコ動かしながら、ああ、と呟いた。
「魔界の防犯装置は、建物の入り口に仕掛けて、誰かが仲の物を持ち出したら警報が鳴る仕組みの物が多いんだ。だから、警報が鳴らなかったのなら、ひょっとして誰かが窓から侵入して、『月刊ヌー特別号』を盗んで、窓から逃げていったのかもと思ったんだけど……」
シーマはそこで言葉を止めると、窓ガラスをポフポフと叩いた。
「窓を割った形跡もないし、鍵も壊されてない。それに、窓枠にも異常がないから、窓からの侵入じゃないみたいだな」
シーマがため息を吐きながらそう言うと、はつ江は、ほうほう、と声を漏らしながら、コクコクと頷いた。一方オーレルは、眉間に深いシワを寄せながら、雑巾を持つ手をわなわなと震わせた。
「じゃあ、やっぱり葬式のときに、誰かが隠したんだな。きっとパトリックの野郎だ。アイツめ……」
今にも怒鳴りだしそうなオーレルの姿を見て、シーマはビクッと身を震わせて尻尾の毛を逆立てた。
「オーレルさん!落ち着いてください!」
「そうだよ、おおれるさん。ばーびーさんが言ってたように、まずは十秒数えるだぁよ」
二人に声をかけられたオーレルは、ハッとした表情を浮かべた。そして、目を閉じると十秒数え、深いため息を吐いた。
「悪かったな、殿下、ばあさん」
オーレルがあごひげをボリボリと掻きながら謝ると、シーマは苦笑いを浮かべながら、いえ、と言葉を返した。一方はつ江は、キョトンとした表情で首を傾げた。
「おおれるさんや、そのパックンさんって人と、仲が悪かったのかい?」
はつ江が尋ねると、オーレルはコクリと頷いた。
「パックンじゃなくて、パトリックな。まあ、アイツは俺の従兄なんだが、俺が図書館を始めた頃から、やれオーガが図書館なんか開いてどうする、だの、やれそんなことより家業を継げ、だの、顔を合わせる度に言ってきたわけだ。それで、こっちは、そんなの俺の勝手だろ、って言い返して、いつも怒鳴り合いの大げんかになってた」
オーレルはそこで言葉を止めると、淋しげな表情を浮かべて、深いため息をついた。
「ガキの頃は、一緒に「月刊ヌー」に載ってた埋蔵金を探したり、未確認の魔獣を探したりして、よく遊んでたんだがな」
オーレルはどこか遠い目をして、そう呟いた。すると、シーマがおずおずとしながら、口を開いた。
「でも、パトリックさんにとっても楽しい思い出がつまった雑誌を嫌がらせで隠したりするでしょうか?」
シーマが尋ねると、オーレルは目を伏せて、再び深いため息を吐いた。
「俺だって、そう思いたかったよ。だがな、警報も鳴らない、窓から出入りした形跡もないなら、誰かが隠したって可能性が高いだろ」
オーレルがそう言うと、はつ江が再びキョトンとした表情で首を傾げた。
「おおれるさんや、最後にその本を見たのはいつなんだい?」
「ん?ああ、たしか寿命が来る三日前だったな」
オーレルが答えると、はつ江は、ほうほう、と声を漏らしながら、コクコクと頷いた。続いて、シーマが尻尾の先をクニャリと曲げて、おずおずと手を挙げた。
「その日から、「月刊ヌー特別号」がなくなったと気づいた日までの間に、誰か怪しい人は見なかったのですか?」
シーマが尋ねると、オーレルは腕を組んで、うーん、と唸った。
「怪しい客か……そういえば、寿命がくる一日前に、黒いフードを被った見慣れない客が来たな」
オーレルが答えると、シーマは目を見開いた。
「それなら、ひょっとしてその人が持って行ったのでは!?」
シーマの言葉を受けて、オーレルは再び、うーん、と唸った。
「でもなぁ、警報は鳴らなかったしな……」
オーレルが腕を組みながら悩んでいると、今度ははつ江が首を傾げながら手を挙げた。
「その怪しいお客さんってのに連絡して、本を知らないか聞けないのかい?」
はつ江の問いかけに、オーレルはふるふると首を横に振った。
「ソイツは貸し出しカードを作っていかなかったから、どこの誰かも分からねぇんだ。それに、フードを深く被ってたから、顔もよく見えなかった」
オーレルが答えると、今度はシーマが腕を組みながら、うーん、と唸った。
「あんまり人を疑うのはよくないけど……明らかに、怪しいな」
シーマに続いて、はつ江も残念そうな表情を浮かべて、うーん、と唸った。
「連絡先が分かれば、お話を聞けるのにねぇ」
二人の言葉に、オーレルはコクリと頷いた。
「そうだな。せめて、名前が分かれば、ビフロンの野郎にでも探させ……」
オーレルは魔界の高官に対して、使いパシリにするような発言をしようとした。まさに、そのとき!
「みんなー!ちょっと、こっちに来てー!」
「みみー!」
隣の部屋から、バービーとミミの大声が聞こえて来た。
三人はハッとした表情を浮かべて、顔を見合わせた。
「ばーびーさん達に、何かあったのかね?」
「ひょっとして、「月刊ヌー特別号」が見つかったのか!?」
「とにかく、バビ子達の所に行ってみるぞ!」
三人は口々にそう言うと、部屋を後にしてバービー達の元に向かっていった。
隣の部屋に三人が辿り着くと……
「うーん、届かないかー」
「みー」
本棚と壁の隙間にモップの柄を差し入れながら首を傾げるバービーと、それを見守るミミの姿があった。ちなみに、「
「ばーびーさんや、どうしたんだね?」
はつ江が声をかけると、バービーはクルリと振り返り、困惑した表情を向けた。
「あのね、ミミちゃんがこの隙間に何かあるのを見つけたから、取り出そうとしたんだけど、モップじゃ届かなくて」
「みみー」
バービーに続いて、ミミが残念そうに声を上げた。すると、オーレルが目を見開いて、二人にバタバタと近づいた。
「バビ子、ミミ子、それは『月刊ヌー特別号』なのか!?」
オーレルが興奮気味に尋ねると、バービーは目を伏せて首を横に振った。
「それが、暗くてよく見えなくて。もうちょっとで、届きそうなんだけどな……」
バービーが悔しそうな表情を浮かべると、シーマが尻尾の先をクニャリと曲げながら首を傾げた。
「なら、ボクが魔法で引き寄せてみましょうか?」
シーマが声をかけると、バービーは表情を明るくした。
「本当!?じゃあ、殿下、お願いしてもいい?」
「みみー?」
バービーに続いてミミも尋ねると、シーマは凜々しい表情でコクリと頷いた。
「任せてください」
シーマはそう言いながら、バービー達の元にトコトコと近づいた。そして、本棚と壁の隙間にフカフカの手をかざし、ムニャムニャと呪文を唱えた。すると、本棚と壁の隙間から、おびただしい量のほこりが舞い上がり……
「クシュン!」
「ぶえっくしょい!」
「ヘックシ!」
「プチュン!」
「お前ら!大丈夫か!?」
オーレル以外の四人は、大きなクシャミをした。
「は……い、なんとか……クシュン!ん?これは……クシュン!」
シーマはクシャミをしながらも、プニプニの肉球がついた掌を見つめた。すると、そこには白銀色に輝くバッタが乗っていた。
「あれまぁよ!バッタ……ぶえっくしょい!なのかい……ぶえっくしょい!」
「え……ヘックシ!バッタ……ヘックシ!」
「み……プチュン!みー?」
「なんでこんな所にバッタがいるのかも気になるが……とりあえず、ほこりが凄いから部屋の外に行くぞ、お前ら」
オーレルが声をかけると、四人はクシャミをしながらコクリと頷いた。
こうして、「月刊ヌー特別号」ではなく、白銀色に輝くバッタを見つけた一行は、軽快な音楽が流れ続ける部屋を後にしたのだった。
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