第58話 ドカン

 シーマ十四世殿下一行は、私立図書館の掃除をしながら、なくなってしまったという雑誌を探すことになった。

 

「じゃあ、掃除道具を持ってくるから、少し待っててくれ」


 オーレルはそう言うと、読書室を兼ねた客間を一旦出ていった。そして、人数分のハタキ手に、再び一同の元に戻ってきた。


「まずは、本棚とか高い所のほこりを落とさないといけねぇからな。これを使ってくれ」


 オーレルはその言葉と共に、一同にハタキを差し出す。シーマは差し出されたハタキを受け取ると、ペコリと頭を下げた。


「ありがとうございます。それで、なくなってしまったのは、どの雑誌なんですか?」


 シーマは、尻尾の先をクニャリと曲げながらオーレルに尋ねた。


「それはだな、先々月出た月刊ヌーの特別号だ」


 オーレルが答えると、はつ江がハタキを受け取りながら、キョトンとした表情で首を傾げた。


「月刊う?お裁縫の本なのかい?」


「違うよ、ばあちゃん。超古代の文明とか、色んな地方の財宝伝説とか、未確認の魔獣とかの記事が載ってる雑誌だよ!」


「みー!」


 バービーとミミが説明すると、はつ江は、ほうほう、と声を漏らしながらコクコクと頷いた。


「そうなのかい。それは、面白そうだねぇ」


 はつ江がシミジミとそう言うと、シーマとオーレルがコクリと頷いた。


「ああ。魔界でも、人気のある雑誌で、兄貴も毎号読んでるぞ。ボクもたまに借りて読んでるけど、すごくワクワクするんだ!」


「ああ、殿下の言うとおりだ。俺も、ガキの頃からずっと読んでたな。埋蔵金なんかの記事が出るたび、庭を掘り返して親父とおふくろに叱られたもんだよ」


 オーレルがシミジミと思い出を語ると、シーマは苦笑しながらフカフカの頬を掻いた。


「ボクと兄も、中庭を掘り返して、リッチーに叱られたことがあります……」


「がはははは!殿下と陛下もか!でも、一度は通る道だよな!伝説の魔獣を探しに森の中に入って、迷子になったりとか!」


 男子達が雑誌の話で盛り上がっていると、バービーが感心した表情で、ヒュウ、と口笛を吹いた。


「おっちゃん、あの特別号って、数ヶ月にわたって雑誌に散りばめられてた超難しい暗号を解いて、しかもその中から抽選で数名にプレゼントだったよね?手に入れられたなんて、すごいじゃん!」


「あれまぁよ!そうなのかい!オーレルさんはすごいねぇ!」


「みみーみ!」


 女子達に褒められると、オーレルは照れくさそうにボリボリとあごひげを掻いた。


「よせよせ、運が良かっただけだから、そんなに褒めるな。まあ、暗号を解くのに、三日くらい徹夜はしたけどな」


 オーレルがそう言うと、はつ江はニッコリと笑った。


「そんなに頑張って手に入れた本なら、なんとしても見つけないとね」


 はつ江の言葉に、シーマもコクリと頷いた。


「そうだな。絶対に見つけよう!」


 凜々しい表情で意気込むシーマに向かって、オーレルはニコリと微笑んだ。


「ばあさんも殿下も、ありがとうな。よし、じゃあ掃除と雑誌探しをはじめるか!」


 オーレルの言葉に、四人は声を合わせて、おー、と返事をした。

 

 一同は書架スペースに移動すると、ハタキを手にほこりを落としていった。シーマは、ほこりを落としながら、目をこらして並べられた本を見つめる。そして、落胆した表情で、小さなため息を吐いた。


「うーん……どこかの本棚に紛れ込んでると思ったんだけど、なかなか見つからないな」


 シーマが片耳をパタパタと動かしながら呟くと、少し離れた場所でほこりを落としていたはつ江がカラカラと笑い出した。


「まあまあ、シマちゃんや。まだまだ探し始めたばっかりなんだから、そんなにガッカリすることねぇだぁよ!」


 はつ江がそう言うと、バービーとミミがコクリと頷いた。


「そうそう、本棚はまだいっぱいあるんだから、諦めるにはまだ早いって!」


「みみー!」


 三人の言葉を受けて、シーマは尻尾の先をピコピコ動かしながら、そうか、と呟いた。


「まあ、俺も何度も探したから、本棚に紛れ込んでる可能性は低いのかもしれないが、まったくあり得ない話じゃないからな」


 オーレルもハタキを動かしながら、のんびりとした口調でそう言った。しかし、オーレルの顔は段々と険しくなり、赤くなっていった。


「まったく、大事な本を隠しやがって……」


 オーレルは怒りに満ちた声で、忌々しげにボソリと呟いた。そして、苛立った様子で、ドカンと足を踏みならした。すると、シーマとミミは、尻尾の毛を逆立ててビクッと身を震わせた。

 その様子を見たバービーは小さくため息を吐くと、オーレルに呆れたような目を向けた。


「おっちゃん。大事な物がなくなってイライラする気持ちは分かるけど、少し落ち着きなよ」


「そうだぁよ、おおれるさん。あんまりカリカリしてると、体に悪いだぁよ」


 バービーに続いて、はつ江もニコニコとしながら声をかけた。すると、オーレルはハッとした表情を浮かべてから、バツが悪そうにボリボリとあごひげを掻いた。


「ああ、そうだな……悪かった」


 オーレルはペコリと頭を下げると、深くため息を吐いた。


「生きてた頃は、ばあさんの言ったとおり、怒りすぎると血圧が上がって目眩がしてたから……休んでるうちに気持ちが落ち着いて、反省するってことが多かったんだがな。幽霊になってから、そういうのがなくなったから、歯止めが利かなくなっちまったのかもな」


 オーレルがどこか遠い目をしてそう言うと、シーマがほこりを落としながら、ああ、と声を漏らした。


「そういえば、兄にそんなことを聞いたことがあります。生きているうちは、怒りすぎると頭が痛くなったり、悲しみすぎるとお腹が痛くなったりして、体が感情を暴走させないように危険信号を出してくれるって」


 シーマが説明すると、はつ江は、ほうほう、と声を漏らしながらコクコクと頷いた。


「そういえば、娘も大変なことがあった時期は、胃が痛いってずっと言ってたねぇ。でも、大変なことが終わったら、すっかり元気になってただぁよ」


 はつ江がシミジミとした表情でそう言うと、バービーが、ふーん、と声を漏らした。


「そういうもんなんだね。なら、おっちゃん。取りあえずさ、怒りそうになったら十秒数えてみたら?昔から、そうするといいって、よく言うじゃん」


 バービーが提案すると、ミミもコクコクと頷いた。


「みーみー」


 バービーとミミに声をかけられたオーレルは、そうだな、と呟いて、あごひげをボリボリと掻いた。


「殿下とミミ子を逐一怖がらせちまうのは悪いからな、バビ子の言うとおりにしてみるわ」


 オーレルの言葉を受けて、シーマとミミは不服そうな表情を浮かべた。


「べ、別に怖がってはいませんよ」


「み、みみー」


 シーマは尻尾を横にブンブンと振り、ミミも短い尻尾をピコピコと振りながら、オーレルの言葉に抗議した。すると、オーレルは豪快に笑い出した。


「がはははは!俺の怒った顔が怖くねぇってんなら、頼もしいもんだ!その調子で、雑誌探しの手伝いを頼むぜ!」


「分かりました」


「みー」


 シーマとミミは不服そうな表情を浮かべながらも、オーレルに返事をした。そんな二人を見て、はつ江、バービー、オーレルは穏やかに微笑んだ。

 そうこうしながら、一同は書架コーナーのハタキがけを続けた。しかし、全ての書架コーナーのハタキがけを終えても、目的の「月刊ヌー特別号」は見つからなかった。


「本棚には、紛れてなかったか」


 シーマが残念そうに呟くと、はつ江がニコリと笑った。そして、肩を落とすシーマの頭をポフポフとなでた。


「大丈夫だぁよ、シマちゃん。床のお掃除をしてる間に、見つかるかもしれねぇんだから」


 はつ江の言葉に、オーレルもコクリと頷いた。


「ばあさんの言うとおり、俺も床まではちゃんと探してなかったからな、どっかの隙間に紛れてるといいんだが……」


 オーレルが心配そうに呟くと、バービーはニッコリと笑った。


「大丈夫だよ、おっちゃん!絶対見つかるって!」


 バービーに励まされたオーレルは、そうだな、と呟くと、ニコリと微笑んだ。


「励ましてくれてありがとな、バビ子」


「いいの、いいの!じゃあ、今度は床をホウキではいて、モップがけして……あと、窓掃除もしたいところだけど、時間がかかっちゃうかな?」


 バービーがそう言うと、はつ江がハッとした表情を浮かべた。はつ江の顔を見たシーマは、尻尾の先をクニャリと曲げて首を傾げた。


「はつ江、どうかしたのか?具合でも悪くなったか?」


「みみー?」


 シーマに続いて、ミミも心配そうに首を傾げた。すると、はつ江はニッコリと微笑み、二人の頭をポフポフとなでた。


「大丈夫だぁよ、二人とも。ただ、今日のお出かけの準備をしてるときに……」


 はつ江はそこで言葉を止めると、肩からさげた白いポシェットを開き、中身をゴソゴソと探した。


「えーと……床のお掃除に使う、あのアレ……!あった、だぁよ!」


 はつ江はそう言うと同時に、ポシェットの中身を取り出した。はつ江の手には、厚さ十センチほどの白くて四角い物体が握られている。それを見たシーマは、目を見開いて驚いた。


「それは!『全自動ぜんじどう集塵しゅうじん魔導機まどうき祝祭舞曲サンバかい』じゃないか!」


 シーマの言葉を受けて、はつ江はニッコリと笑いながら頷いた。


「そうだぁよ!ヤギさんから、古いお屋敷に行くならお掃除になるかもしれないから持っていくといい、って言われて、ポシェットに入れてただぁよ!」


「そうか……兄貴の心配性も、ときには役に立つんだな……」


 シーマが感心したように呟くと、バービー、ミミ、オーレルが、キョトンとした表情で首を傾げた。


「殿下、ばあちゃん、それは一体なんなの?」


「みみー?」


「掃除に使うもんなのか?」


 三人が尋ねると、はつ江はコクリと頷いた。


「そうだぁよ!この、えーと……なんとかなんとかは、ヤギさんが作った床の掃き掃除をしてくれる機械だぁよ!」


 はつ江が説明をすると、シーマは尻尾をダラリと垂らして、ため息を吐いた。


「はつ江、なんとかなんとかじゃなくて、『全自動ぜんじどう集塵しゅうじん魔導機まどうき祝祭舞曲サンバかい』だ。名称が長いから仕方ないのかもしれないけど、説明するならもうちょっと名称を覚えててくれよ……」


 シーマが脱力していると、バービー、ミミ、オーレルは感心したように、ほう、と息を漏らした。


「魔王陛下って、魔導機研究のスペシャリストって聞いてたけど、そんな実用的な物も作るんだ」


「みみみー」


「そういえば、色んな所で使われてる生活必需品の魔導機は、陛下が原型を作った物が多いって聞いたことあるな」


 三人が感心していると、はつ江は、ほうほう、と声を漏らしながら、コクコクと頷いた。


「そうなのかい。ヤギさんはすごいんだねぇ」


「まあ、すごいのは確かなのかもしれないけど……人見知りと引きこもり体質が、もうちょっとどうにかなって欲しいところなんだよな……」


 シーマはそう言うと、再び尻尾をダラリと垂らして小さなため息を吐いた。

 かくして、「全自動ぜんじどう集塵しゅうじん魔導機まどうき祝祭舞曲サンバ」がまさかの再登場を果たしながら、一行の掃除を兼ねた捜索は続いていくのだった。

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