第50話 ピシャリ

 王立魔界大博物館にて、シーマ十四世殿下一行は無事に怪盗を捕まえることに成功した。それから、一同は研修室に移動し、怪盗の頭に包帯を巻き、シーマの魔法で身柄を拘束した。

 そして現在、シーマ、はつ江、五郎左衛門、モロコシは怪盗の前に横一列に並び、ミミは怪盗の腕にしがみついている。


「ままー。ままー」


 一同が見守る中、ミミが耳を伏せて不安げな声を出した。そして、三毛模様の小さな手で、怪盗の腕をグイグイと引く。しかし、怪盗は眉間にしわを寄せて、うーん、と唸るだけで、一向に目を覚まそうとしない。

 シーマはそんなミミの様子に視線を送ってから、片耳をパタパタと動かして五郎左衛門に顔を向けた。


「五郎左衛門、麻酔薬の量を間違ったりしてないよな?」


 シーマが不安げな声で尋ねると、五郎左衛門は耳を伏せてオロオロとした表情を浮かべた。


「は、はい。今朝方、用量をキッチリと計って手裏剣に塗りましたゆえ、あと数分もすれば目覚めるはずでござる」


 五郎左衛門が答えると、シーマはホッとため息を吐いてから、そうか、と呟いた。そして、今度は怪盗とミミに顔を向け、尻尾の先をクニャリと曲げた。


「それにしても、ミミが、まま、って言ってるってことは……この怪盗がミミの母親なのか?」


「それが……拙者にも分かりかねるのでござる……」


 首を傾げるシーマに対して、五郎左衛門は困惑した表情を浮かべて言葉に詰まってしまった。すると、モロコシがシーマの肩をポフポフと叩いた。


「ん?どうしたんだ?モロコシ」

 

 シーマが問いかけると、モロコシは片耳をパタパタと動かして、気まずそうな表情を浮かべた。


「えーとね、殿下……その人が、ミミちゃんのお母さんで間違い無いよ」


「そうなのか!?」


 シーマが目を見開いて声を上げると、モロコシはコクリと頷いた。続いて、ミミもシーマに顔を向けて、コクコクと頷く。


「まま!」


 ミミが同意するように声を上げると、はつ江が、ほうほう、と呟きながらコクコクと頷いた。


「そんなら、このドロボウさんが、ばーびーさんなんだね?」


「うん!」


「みー!」


 はつ江の問いかけに、モロコシとミミが声をあわせて返事をした。すると、シーマが口元にフカフカの手を当てて、ふーむ、と声を漏らした。


「そうか。じゃあ、ミミはトビウオの夜に生まれた子なんだな……」


 シーマがそう呟くと、五郎左衛門が困惑した表情で首を傾げた。


「しかし、それにしては種族が違いす……」


「何よ!ヴェロキラプトル種のリザードマン族が、ケットシー族の母親になっちゃ悪いっての!?」


 種族が違いすぎると言おうとした五郎左衛門の言葉は、突然響いた甲高い声によって遮られた。一同が驚いて顔を向けると、いつの間にか「怪盗・俊敏な略奪者」ことバービーは目を覚ましていた。そして、バービーは鋭い目付きで、五郎左衛門を睨みつけた。


「いや……別に、悪いと言ったわけではござらぬよ」


 五郎左衛門が困惑した表情でタジタジとしながら答えると、バービーは、ふん、と鼻を鳴らして顔を背けた。そんなバービーの胸に、ミミがギュッとしがみつく。


「ままー!」


「もー、ミミちゃんてば、心配しすぎなんだから」


 しがみつくミミに向かって、バービーは目を細めて優しく声を掛けた。その様子を見たシーマは、尻尾の先をピコピコと動かしながら、コホンと咳払いをした。


「まあ、トビウオの夜で近縁種じゃない種族の赤ん坊が家族になることも、なくはないからな」


 シーマはそう言うと、尻尾の先をクニャリと曲げ、改めてバービーを見つめた。


「それで、貴女がちまたを騒がせていた怪盗の正体で、ミミのお母さんということでいいのか?」


 困惑した表情を浮かべてシーマが尋ねると、バービーはムッとした表情を向けた。


「そんなの見れば分かるじゃん!」


「そ、それもそうだな」


 シーマは耳を伏せておずおずと相槌を打った。しかし、バービーは鋭い目付きでシーマを睨み続けている。


「バービーさん、ちょっとおちついてー」


 見かねたモロコシが耳を伏せて声を掛けると、バービーは目を見開いた。


「ちょっと、モロコシじゃん!なんで、こんなところにいるの?」


「えーとね、みんなのおやつに、リンゴを届けに来たんだ」


 モロコシが困惑した表情で答えると、バービーは口を窄めて短く口笛を吹いた。


「お家のお手伝いしてるんだ!偉いじゃん!」


「あ、ありがとー……」


「あ、そうだ!今度、家に遊びに来なよ!ミミちゃんも待ってるからさ!」


「う……うん」


 自分の状況を把握していないかのように話を進めるバービーに対して、モロコシは困惑した表情のまま返事を繰り返した。バービーの胸では、ミミも困惑した表情を浮かべている。

 その様子を見て、五郎左衛門は呆れたような表情でため息を吐いた。


「まったく、どうしたものでござるかな……」


 五郎左衛門の言葉に、シーマもコクリと頷く。 


「そうだな……」

 

 シーマはそう呟くと、何気なくはつ江に視線を送った。

 その瞬間、シーマは目を見開いて尻尾の毛を逆立てた。


 はつ江の顔からはいつもの笑顔が消え、代わりに険しい表情が浮かんでいる。


「は……はつ江?」


 以前叱られたときのことを思い出し、シーマは怯えた表情ではつ江に声を掛けた。すると、はつ江は一旦ニッコリと笑い、大丈夫だぁよ、とシーマに声を掛けた。そして、またすぐに険しい表情に戻ると、バービーとモロコシの間に割って入った。不意に視界を遮られて険しい表情を向けられたバービーは、ビクリと身震いをした。


「ばーびーさんや」


「な、なによ?婆ちゃん」


 はつ江に声を掛けられたバービーは、引きつった笑みを浮かべて問い返した。すると、はつ江は腰に手を当てて、すぅっと息を吸い込んだ。はつ江の様子を見た、シーマ、モロコシ、五郎左衛門は前回の記憶を思い出し、咄嗟に背中を丸め、手で耳を塞ぐ。ミミも三人につられて、キョトンとした表情を浮かべながらも、小さな手で耳を塞いだ。



「これ!いい加減にしなさい!」



 はつ江の大声に、バービーは目を白黒させながら全身の羽毛を逆立てた。


「相変わらず迫力があるな……」


「うん、そうだね……」


「あの華奢な体のどこから、あんな大声がでるのでござろうか……」


「みみー……」


 シーマ、モロコシ、五郎左衛門、ミミは、示し合わせたように顔を洗う仕草をしながらそう呟いた。一方叱られたバービーは、パチリと瞬きをしてからはつ江の目を見つめた。


「何か事情があるのかもしれねぇけど、物を盗むことは良いことなのかい?」


 はつ江がいくらか声を抑えて問いかけると、バービーは目を伏せて俯いた。


「……悪いことです」


 バービーが呟くように答えると、はつ江は厳しい表情のままコクリと頷いた。


「それに、人が大勢いるところでガラスを割ったりなんかしたら危ねぇだぁよ」


「そうですね……」


 バービーが再び呟くように答えると、はつ江も再びコクリと頷く。


「最後に……」


 はつ江はそう言うと、再びすぅっと息を吸い込んだ。



「親が悪いことしたら、子供が悲しむだろ!」


 

 はつ江は良く通る声でピシャリと言い放った。すると、バービーはギョッとした表情を浮かべながら一旦顔を上げ、すぐさま胸にしがみつくミミに顔を向けた。


「みー!みー!」


 すると、ミミはコクコクと頷きながら、みーみー、と声を出した。その様子を見て、シーマが片耳をパタパタと動かしながら、フカフカの頬を掻いた。


「たしかに、騒ぎのあった展示室に行く道中、バービーさんが盗みをするのを止めたがってたな」


「みみー!みー!」


 シーマの言葉を受けて、ミミは再びコクコクと頷いた。バービーはミミを見つめると、悲しそうに微笑みながら、そっか、と呟いた。そして、意を決した表情を浮かべると、ミミを振り落とさないように気を付けながら深々と頭を下げた。


「ごめんなさい!」


 バービーの謝罪を受けて、シーマ、モロコシ、五郎左衛門は安心したように微笑むと、コクコクと頷いた。バービーは顔を上げると、今度は五郎左衛門を見てペコリと頭を下げた。


「噛みつこうとしたりして、悪かったわね」


「や、いやいや!拙者の方も、暴言を吐いてしまい申し訳のうござった!父上との思い出が詰まった博物館を荒らされ、カッとなってしまったゆえ……」


 五郎左衛門がシュンとした表情でうな垂れると、バービーは目を伏せて首を横に振った。そして、最後にミミの方に顔を向けると、苦笑いを浮かべながらペコリと頭を下げた。


「ミミちゃんも、悲しませちゃってごめんね」


「みー!」


 バービーの言葉に、ミミは目を細めて嬉しそうに、みー、と声を出した。その様子を見たはつ江は、ニッコリと笑いながら、うんうん、と頷いた。


「ばーびーさんがちゃんと謝ってくれて、よかっただぁよ」


 はつ江は優しい声でそう言うと、穏やかな表情でゆっくりと首を傾げた。


「それで、一体なんでバッタのお人形さんを盗もうとしたんだい?」


 はつ江が問いかけると、シーマも尻尾の先をクニャリと曲げて、腕を組みながら首を傾げた。


「それに、他の博物館でもキラキラした物を盗んでたっていうし……」


 すると、今度はモロコシもシーマの真似をして、腕を組もうとしながら首を傾げた。


「でも、バービーさん、アクセサリーも作ってるから、キラキラした物いっぱい持ってるよね?」


 最後に、五郎左衛門も困惑した表情で首を傾げた。


「他の博物館からの伝聞ゆえ違うのかもしれないでござるが……盗んだ物は数日後に返却しているのでござるな?」


 四人に問いかけられたバービーは、目を左右に泳がせて、えーと、と呟いた。しかし、四人はバービーから顔を反らさない。


「みー、みみみみー」


 更に、ミミも不安げな表情を浮かべて、何かを訴えるように、みーみー、と声を出している。

 五人の様子を見て、バービーは諦めたように軽く目を伏せた。そして、軽くため息を吐くと、視線を上げてシーマ達を見つめた。


「……修理をしたかったのよ」


「みみー!みみみー!」


 バービーがそう告げると、ミミもシーマ達に顔を向けてコクコクと頷いた。一方のシーマ達は、キョトンとした表情を浮かべて、示し合わせたように同時に首を傾げた。


「修理がしたかったのか?」

「修理がしたかったのかい?」

「修理がしたかったの?」

「修理がしたかったのでござるか?」


 そして、四人は再び示し合わせたように同じ質問を口にした。すると、バービーはコクリと頷いた。


「そうよ。まあ、この際だから……過去の件も含めて、色々と事情を話しとくわ」


「ああ。じゃあ、お願いするよ」


 バービーの言葉に、シーマは真剣な表情で頷いた。はつ江、モロコシ、五郎左衛門も同じように頷く。

 かくして、バービー本人の口から、事件の真相が語られることになったのだった。 

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