第49話 ドサリ
厳戒態勢が敷かれる魔界王立大博物館にて、シーマ十四世殿下はミミに手を引かれて走り出し、五郎左衛門は忍び装束に着替え怪盗のもとへ急行していた。
そんな中、はつ江とモロコシは、研修室で待機しながらミミの母親について話していた。
「そんでモロコシちゃん、ミミちゃんのお母さんはどんな人なんだい?」
はつ江が尋ねると、モロコシは下顎にフカフカの手を当て、うーんとね、と呟いた。
「チョロさんと同じリザードマン族の人でね、何て言ったっけかな……」
モロコシはそこで言葉を止めると、眉間に浅いシワを寄せて天井に視線を向けた。
「えーとね、背ははつ江おばあちゃんくらいで、フカフカした羽が生えてて、指が三本でカッコいい爪が生えてて、長くてカッコいい尻尾があって……あ!あと、羽が生え替わるときは、チクチクした見た目になるの!」
モロコシが懸命に説明すると、はつ江は、ほうほう、と呟きながらコクコクと頷いた。
「ミミちゃんのお母さんは、鳥さんみたいなトカゲさんなんだねぇ」
「うん!魔界でも珍しいタイプの人なんだよ!でも、同じタイプの人が少ないから、中々旦那さんが見つからなくて淋しかったんだって」
モロコシがヒゲを下げて淋しそうにそう言うと、はつ江は再び、ほうほう、と相槌を打った。
「だから、ミミちゃんがお家に来てくれたときは、家族が増えてすごく嬉しかったんだって言ってたよ!」
モロコシが嬉しそうにそう言うと、はつ江もニコリと笑顔を浮かべた。
「そうかい、そうかい!それは、良かっただぁよ!そんなら……」
はつ江はそこで言葉を止めると、どっこいしょ、というかけ声とともに、椅子から立ち上がった。
「はつ江おばあちゃん、どうしたの?」
モロコシが首を傾げて尻尾の先をクニャリと曲げながら尋ねると、はつ江はニッコリと笑った。
「ばーびーさんにとって、ミミちゃんは大事な一人娘さんなんだろ?なら、すごく心配してるだろうから、連れて帰るお手伝いに行くだぁよ!シマちゃんやゴロちゃん達も心配だからね!」
はつ江が笑顔で答えると、モロコシはミミと尻尾をピンと立てた。
「そうだね!じゃあ、ぼくもお手伝いに行くよ!」
そして、ニッコリと笑ってそう言うと、椅子からピョインと飛び降りた。
「わははは!モロコシちゃんが一緒なら頼もしいだぁよ!よろしくね!」
はつ江はカラカラと笑いながらそう言うと、モロコシの前に手を差し伸べた。
「うん!こちらこそー!」
モロコシは返事をすると、フカフカの手ではつ江の手を握った。すると、はつ江はモロコシの手をギュッと握り返し、ニッコリと笑った。
「じゃあ、行くとするかね!」
「うん!」
こうして、二人は手を繋いで、トコトコと研修室を出て行った。
一方その頃、シーマはミミに手を引かれて、ウスベニクジャクバッタの自動人形の展示室へと続く廊下をパタパタと走っていた。
「ミミ!ちょっと待ってってば!」
シーマが大きな声を上げると、ミミはようやく立ち止まった。
「み?」
そして、シーマの顔を見上げると、キョトンとした表情で首を傾げた。ミミに首を傾げられたシーマは、耳を伏せて困惑した表情を浮かべると、腕を組んで尻尾をパタパタと縦に振った。
「み?じゃ、ないだろ。ここから先は、今日はすごく危ないんだから、これ以上行っちゃダメだぞ!それに、親御さんも心配してるだろうから、早くお家に帰らないと」
「みー……」
シーマが叱りつけると、ミミは耳を伏せながら、ションボリとした表情で首を横に振った。その様子を見たシーマは、尻尾の先をクニャリと曲げた。
「うーん、事情がありそうなのは分かるんだけど……一体、なんでそんなにこの先に行きたいんだ?」
シーマが困惑した表情で問いかけると、ミミは耳をピンと立てて短い尻尾をピコッと動かした。そして、シーマの手を放して、手をパタパタと動かす。
「みー!みーみー!」
ミミは、みーみー、と声を出すと、足を揃えて前方にピョコンと跳びはねた。
「みみ!みみみー!」
そして、今度は両手で何かを持ち上げるような仕草をする。
「みー!みみー!みーみ!」
さらに、今度はクルリと方向を変えて再びピョコンと跳びはねる。
「みみみー!みみみみー!」
最後に、胸の辺りで腕を交差し、バッテンの形を作った。
ミミの動きを見たシーマは、片耳をパタパタと動かしながらフカフカの頬を掻いた。
「えーと……詳しくは分からないけど、怪盗を止めたい……のか?」
シーマが困惑しながら尋ねると、ミミはビー玉のように丸い金色の目を見開いた。
「みー!」
そして、コクコクと頷きながら、手を上下に振ってピョコピョコと跳びはねた。すると、シーマが尻尾の先をピコピコと動かしながら、うーん、と呟いた。
「そう言う心がけは偉いと思うんだけど、ミミみたいに小っちゃい子が手伝ったら、危ないし、かえって邪魔になっちゃうんじゃないか?」
シーマは諭すような口調で、ミミに声をかけた。すると、ミミは鼻の下を膨らませて、短い尻尾をピコピコと縦に振った。
「みみー!」
そして、大きな声でそう叫ぶと、シーマにクルリと背を向けて、展示室に向かってパタパタと走り出してしまった。
「あ!だから、待っててば!」
シーマは目を見開いて驚くと、慌ててミミの後を追いかけた。
シーマがミミに困惑している頃、展示室の中では怪盗がウスベニクジャクバッタの自動人形を鋭い鉤爪のついた三本指で慎重に掴み、うっとりとした表情を浮かべていた。
怪盗の見つめる先では、ウスベニクジャクバッタの自動人形が、瑪瑙席のように滑らかな光沢を放っている。しかし、その光沢はどこかくすんでいるようにも見えた。
「うん!この位なら、まだ大丈夫♪」
怪盗は上機嫌に呟くと、白い羽毛の生えた長い尻尾をゆらゆらと揺らして、装備していた黒いウエストポーチを開いた。そして、ウスベニクジャクバッタの自動人形をそっとしまうと、ウエストポーチを閉じた。
「じゃ、ワンちゃんの皆さん!まったねー♪」
怪盗は軽快な口調で、倒れ込んだ警備員達に声をかけ、天窓から垂らしたロープに掴まった。
まさに、そのとき!
「そこまででござる!」
展示室に、五郎左衛門の叫び声が響いた。
それと同時に、白銀に輝く八方手裏剣がロープをめがけて飛んでいく。八方手裏剣はロープを切り裂き、怪盗はドサリと床に尻餅をついた。
「いったーい!もう!何するのよ!」
怪盗が尻尾の辺りをさすりながら目を向けると、覆面を巻いた忍び装束姿の五郎左衛門が、展示室の入り口を塞ぐように仁王立ちをしている。その姿に、怪盗は小さく舌打ちをした。
怪盗が五郎左衛門を睨みつけていると、ロープを切り裂いた八方手裏剣が五郎左衛門に向かって舞い戻ってきた。五郎左衛門は片手で八方手裏剣をパシリと掴むと、ゆっくりと辺りを見渡した。
五郎左衛門の目には、砕かれたショウケースとステンドグラス、倒れ込む警備員達の姿が映る。
辺りの状況を確認した五郎左衛門は、眉間にシワを寄せ尻尾を立てながら怪盗の目を見つめた。
「ふむ、ミミズを煮詰めて作ったイヌ科用の催眠剤か」
五郎左衛門がござる口調も忘れて呟くと、怪盗はニヤリと笑みを浮かべた。
「へー、詳しいじゃん?」
「忍びの間では、常識だ。故に、対処法も確立している」
「なら、アンタには効果ないってことね。ロープは切れちゃったし、出入り口は一つしかないし……」
怪盗がそこで言葉を止めると、五郎左衛門がコクリと頷いた。
「左様。ここを通りたくば、拙者を倒すことだな。もっとも……」
五郎左衛門はそう言うと、白銀に輝く八方手裏剣を構えた。
「貴様ごときにそれができるとは、到底思えぬが」
五郎左衛門の言葉を受けて、怪盗は口の端を上げたまま目付きを険しくした。
「へえ……言ってくれるじゃん!」
怪盗はそう言うやいなや、五郎左衛門に向かって走り出した。 それと同時に、五郎左衛門が怪盗めがけて、白銀の八方手裏剣を投げつける。
「ふん!甘いわね!」
しかし、怪盗は鋭い鉤爪で手裏剣を弾き飛ばした。そして、一瞬身を屈めると、鋭い鉤爪のついた両足を揃えて、五郎左衛門に向かい飛びかかった。
五郎左衛門は瞬時に懐からクナイを取り出すと、怪盗の蹴りを受け止めた。
「ぬん!」
そして、腕をなぎ払い、怪盗を振り払った。振り払われた怪盗は、空中で体勢を立て直し、軽やかに着地をした。そして、感心した表情を浮かべると、口を窄めて短く口笛を吹いた。
「へえ、ちょっとはやるじゃん!」
「ふん。貴様もな」
二人はそう言い合って、見つめ合った。
二人はそのまま、身動き一つせずに互いの出方をうかがっていた。しかし、怪盗の方がしびれを切らした様子で、意を決した表情を浮かべた。
「こうしていても、らちが開かないわね」
怪盗が笑みを浮かべながら言葉をこぼすと、五郎左衛門は冷ややかな目を向けた。
「なら、早々に諦めて投降することだな」
「はは!冗談じゃない!」
怪盗はその言葉とともに、鋭い鉤爪を構えながら五郎左衛門に向かって走り出した。五郎左衛門も、クナイを構えながら怪盗に向かって走り出す。
先に攻撃を仕掛けたのは、怪盗の方だった。
「このっ!」
怪盗はかけ声とともに、鋭い鉤爪のついた手を五郎左衛門に向かって振り下ろす。五郎左衛門は再びクナイを使い、その爪を受け止めた。
「何度飛びかかろうと、結果は同じだ。諦めろ」
五郎左衛門が半ば呆れたように声をかけると、怪盗は目を細めてニヤリと笑った。そして、鋭い鉤爪で、クナイを力一杯に握り込む。
「なっ!?」
五郎左衛門が焦りの表情を浮かべると、怪盗は更に笑みを深めた。
「悪いけど、私らの武器は爪だけじゃないのよ」
怪盗はそう言うやいなや、口を大きく開いた。
口の中には、鋭く尖った牙が細い牙が何本も並んでいる。その牙を目にした五郎左衛門は、苦々しい表情を浮かべて怪盗の手を振りほどこうと、腕に力を込めた。
「くっ……」
しかし、怪盗の力は凄まじく、五郎左衛門は腕をピクリとも動かすことができない。
焦る五郎左衛門の鼻先に向かって、怪盗は大きく開いた口をゆっくりと近づけた。
しかし、怪盗が齧りつこうとした瞬間……
「ままー!!」
「こ、こら!待ってってばミミ……って、ママ!?」
……廊下の方向から、悲しそうなミミの叫び声と、シーマの驚愕の声が響いた。
その途端、怪盗は五郎左衛門の鼻先から顔を離し、廊下の方へ顔を向けた。
「え、ちょと、ミミちゃん!?なんでここに!?」
怪盗が驚いていると、背後から弾き飛ばされたはずの八方手裏剣が飛んできた。
そして、白い羽毛が生えた怪盗の後頭部に、浅く突き刺さった。
「うっ!?」
怪盗は短くうめき声を上げると、五郎左衛門にのしかかるように倒れ込んだ。
「ぬわっ!?」
慌てて五郎左衛門が怪盗を受け止めると、ミミがパタパタと駆け寄ってくる。
「ままー!ままー!」
ミミはダラリと垂れた怪盗の腕を両手で握りしめると、耳を伏せながら目に涙をためて声をかけ続けた。
「だ、大丈夫でござるよミミ殿!今は麻酔薬が効いて、眠っているだけでござる!」
五郎左衛門がオロオロとしながらミミを宥めていると、三人のもとに息を切らせたシーマがやってきた。
「よ……ようやく追いついた……あれ?五郎左衛門、その人は……」
シーマは呼吸を整えながら、尻尾の先をクニャリと曲げて怪盗を見つめた。
「はい、件の怪盗なのでござるが……」
五郎左衛門が言いよどんでいると、ミミがシーマに顔を向けて、怪盗の手をグイグイと引っ張った。
「まま!」
そして、ミミはシーマに説明するように、そう叫んだ。
「えーと……ちょっと待ってくれ、色々と情報が多すぎて、上手く整理できないんだ……」
シーマがヒゲと尻尾をダラリと垂らしながら脱力していると、一同のもとにパタパタという足音が近づいて来た。
「シマちゃん、ゴロちゃん、ミミちゃん、大丈夫かねー?」
「みんなー、お手伝いに来たよー!」
足音とともに、はつ江とモロコシの声も聞こえてくる。その声を聞いたシーマは、腕を組んで尻尾の先をピコピコと動かした。
「もう、あいつら……危ないから来るなって言ったのに……」
不服そうなシーマに向かって、五郎左衛門は苦笑を浮かべた顔を向けた。
「ま、まあまあ殿下、お二人とも拙者達を心配してのことでござるから。ともかく、ここで詳しい話をする訳にもいかないゆえ、場所を移すことにしましょうでござる!」
「ああ、そうだな」
「みー!」
五郎左衛門の言葉に、シーマとミミは声を揃えて返事をした。そして、シーマ、ミミ、怪盗を担いだ五郎左衛門は、はつ江とモロコシのもとに向かって歩き出した。
こうして、怪盗騒動は一段落を迎えたのだった。
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