魔法道具屋さんのお手伝い

一ノ清永遠

シイナの大変な仕事

私、シイナ・ライトアークの人生は順風満帆そのもの「だった」

「だった」という事は、私の人生はたった今現在荒波吹き荒れる海のど真ん中にいるという事だ、

こんな事を言えば反感を買いそうだが、私は自分が特別な存在である事を自覚できる程度には恵まれた要素を沢山持っている。

まず、実家が大金持ちであるという事だ。

大金持ちという事は金を沢山持っているのだ。

金が沢山あれば大体なんでも手に入る、手に入らないものは命くらいのものだ。

金で友情や愛は手に入らないと昔の偉い人は言っていたものだけれど、友情や愛のきっかけは手に入る。

金が無くなって離れていく人間がいるとすれば、所詮その程度の存在である。

そして、私の恵まれた要素のもう一つは容姿の良さだ

燃えるような赤毛とは裏腹にクールかつ爽やかな青い瞳、全体的に整った顔立ち——服の上からは目立たないが、服を脱げば大勢の男を魅了出来るであろう抜群のスタイルの良さ!

金が無くても黙っていれば男は寄ってくるだろう。

そして、私の恵まれている要素は更にある。 それは圧倒的才能だ。

勉学・魔法・身体能力・芸術的センス——ありとあらゆる分野で頂点を極められるほど多彩な才能を持っている。

そのお陰か大した苦労もせず学問の頂点と言われる『国立シュダーセン魔法学院』を首席で、しかも16歳という若さで卒業出来てしまったのだ。

全てにおいて完璧な私が、順風満帆は人生を送るはずの私が、荒波吹き荒れる海のど真ん中に(これは比喩表現)いるのか——その原因は私の父にあった。


◆◆◆◆◆◆◆


「で、父親のせいで就職に失敗したからウチの店に住み込みで働きたいと」


アルド・メイルフォールは怪訝そうな表情を浮かべながら聞いてくる。

そう、私はアルバイトを探している。

父が宮仕えの身でありながら失踪したせいで、就職活動など出来るはずもない。

履歴書を読んで名前をデータベースに照会するだけで一発アウトだ。

私がどんな天才だろうと、宮廷から失踪した男の娘など雇いたいはずがない。

なので、就職期間中に試験を申し込んだ企業で面接にたどり着けた企業は20社中に2社だ。


「はい! 私の才能を活かせばこの店をトップへと導けると思います!!」

「アルバイトの面接でそこまでデカい事言ってきた奴は初めてだ。」


褒めているのか呆れているのかよく分からないが、アルドは薄ぼんやりとした態度で淡々と面接を進めている。

彼はメイルフォール魔法具店の店長で、歳は若いがアルバイトのユノと二人でこの店を切り盛りしている。

私の事前リサーチによれば、アルドは22〜3の頃に店を開いてそこから休まずに営業を続けているんだとか。


「ふう、面接を受けたのがこの店で良かったな。 他の店なら多分落ちてたよ」


アルドが履歴書を4つに折り畳み封筒にしまうと、重要書類と書かれた引き出しに入れる。

この店は個人情報などは大切に扱うと見えた、そう言った部分は信用できるらしい。


「魔法も使えて体力も人並みにあるんだろ? 取り敢えず合格って事で」

「ありがとうございます!!」


合格という事は、取り敢えずはしばらくは安定した生活が出来る。

母は寝込んでいてまともに働ける状態ではない(もっとも、勤労の経験など無いだろうが)ので、少しでも給与は欲しかったのですんなり決まって嬉しい。

私は深々と頭を下げる、雇い主と仲間には敬意を示せ

私が学校を卒業する前に母から教わった事だ。


「ユノ、喜べ。 下僕が出来たぞ」

「下僕……!?」


面接が終わったと思ったら、アルドはとんでもない事を言い始めた。

確かに私はこの店では下っ端だが、誰かの下僕になるなど御免だ。


「失礼ですよ店長、私はお手伝いしてくれる人が欲しいと言っただけで下僕が欲しいだなんて言ってません!」


奥で作業をしているらしい女性がユノという人か、彼女はまともな人間らしい。


「なんでもいいだろ、ほら! 自己紹介!」


アルドに促されるまま、私は奥の作業場に行き自己紹介をする。


「初めまして!」

「はい、初めまして」

「私はシイナ・ライトアークと言います! 不束者ですが、これからよろしくお願いします!」

「あら、まるで結婚でもするみたいね。 私はユノ・アリュースよ、よろしくね。 このお店で働くのは、若い子にはちょーっと大変だけどこれからは三人四脚で頑張りましょうね!」

「は、はい! ……頑張ります!」


ユノという女性はおっとりしており優しそうな女性だ。

このタイプの人はきっと親切丁寧に仕事を教えてくれる事だろう。

アルドはまだよく分からないが、怠そうにしているアルド店長よりはまだ信頼出来る。


「このお店、普通のお店よりちょーっと大変かもしれないけど、頑張りましょうね!」

「ちょーっと?」

「そう、ちょーっと!」


◆◆◆◆◆◆◆


魔法道具屋のお手伝いなど、掃除をしたりレジ打ちをしたりだとかそんな仕事を想像していた。

この仕事が「ちょーっと大変」だと実感するのが勤務初日だとは思っていなかった。

いや、勤務開始が朝の6時だという時点で何かがおかしいとは思っていた。

勤務時間は原則8時間、それ以上は残業となり残業代を支払わなければならない。

しかし残業代を支払えばそれでいいという話でもなく、残業は1日4時間までというルールが定められている。

そして残業は月に40時間まで、勤務日数は日に20日までだ。

なんでそんな勤務時間だ残業だと騒いでいるかというと、メイルフォール魔法道具店は朝9時から19時までが営業時間だ。

朝の6時から働けば定時は15時だ、19時に閉店といっても閉店後の作業が残っているから19時に帰れるわけではない。

という事はだ、自然と残業時間は80時間を超えてしまう。


「それで、これからどこに向かうんですか?」


私は今、旅装束を身につけている。

柔軟性に長けたストレッチパンツに、頑丈で快適なブーツ、インナーウェアの上に鎖帷子、その上には肌の露出を隠すためのコートを羽織っている。

はっきり言ってちょっとダサいが、こんな格好でもスタイリッシュに着こなしてしまうのが私という人間だ。


「オルソン山ですよ」

「オルソン山!?」


オルソン山といえば首都圏の秘境と言われるほどの危険な山であり、険しい上に魔物が出現するのだ。

とても女性2人だけで登るようなところではない。


「あの、アルド店長は?」

「店長はお店に残って作業をしています」

「作業……ですか」


彼は女性に肉体労働をさせて、自分は涼しいところで呑気に作業をしているのだろう。

人間は下の位置に立つ人間を持つとそうなってしまうのだろう、人間の悲しいサガだ。


「それじゃあ、私達は山に登りましょうか。 開店前までには終わらせましょうね」

「山に登って何をするんですか?」

「木材の採取です」

「は……?」


木材の採集……? 一体何を言ってるんだこの人は。

そもそも私達のような女子で木を切るとでもいうのだろうか?


「あの、木材の採集って……斧とか使えませんよ?」

「魔法があるじゃないですか」

「ま、魔法……確かに使えますけど、木を切るために……?」


木を切るなら斧を使って切った方が遥かに早いし負担も少ない。

魔法と一口に言っても、いちいち詠唱が必要だし発動するにはそれなりの体力が必要になってくる。

つまり、非効率だ。

というより、ただ疲れにいってるようなものだ。


「じゃあ、斧を使えます?」

「いえ、使ったことないですしそんな腕力はありません」

「それなら魔法を使いましょう」


◆◆◆◆◆◆◆


さて、私は今度斧を振るう練習をしてみようと思う。

はっきり言って風の魔法で木を切るというのはあまりに非効率だった。

帰り道はユノさんが切った木材を背負ってくれるから良いものの、私は既にクタクタだ。

というか、ユノさんが切った木材の7割を背負っているが私は残りの3割は私が背負っている。

残りの3割といってもかなりズッシリくる上、足が重く鉛のように感じる。

というより、木材の大半を背負っているユノさんは何者なのだ。

私も学生時代に格闘術と剣術を学び、それなりに体力に自信がある。

仮に木材を切っていなくても半分ずつは運べなかっただろう。


「あの、ユノさんはどうしてそんなに余裕そうなんですか?」

「うーん……慣れ、かしら?」

「慣れでどうにかなるものですか」

「何年も働いているとね」


ユノさんは私と年齢はそう変わらないように見えるが、一体何歳なのだろうか?

まあ、女性同士とはいえ年齢をいきなり聞かれるというのは気持ちのいいものではないだろう。

だからしばらくは聞かないでおく。


「もうそろそろ着くわね、着いたら朝ご飯を食べましょう」

「ご飯を食べた後は何をするんですか?」

「天然水の汲み取りかしら、ざっと20Lほどね」

「よ、20……」


改めて思う、女子がやる仕事内容ではない。

というより無理だ。



◆◆◆◆◆◆◆


店に戻ると、店長は店の掃除と備品の手入れなどを完璧に終わらせていた。


「ただいま戻りました!」

「も、戻りました……」


元気良く挨拶をするユノさんに対して、私は声に覇気がない。


「お帰り、採集してきた木は裏庭に置いといてくれ」

「分かりました」

「……? 元気がないな」

「そりゃあ、疲れてますから」

「それが普通なのか」


なるほど、この人はユノさんのせいで感覚が麻痺しているんだ。


「それじゃあ、朝ご飯を用意しますね」


そんな話を聞いてもユノさんは一切リアクションしない、自分の事だと分かっているのか分かった上でスルーしているのか。

私は裏庭まで木を運んでから、一息つく事にした。


「水も、頼んだぞ」

「はい……」


私は今日、生きて帰れるのだろうかと心配になってきた頃にアルドは静かに語り始めた。


「あの木は、魔法の杖の原材料になる」

「えっ? 採集してきたの、どこにでも生えているようなただの木ですよ!? あれが魔法の杖になりますか!?」

「魔法の杖は一般的に霊木と呼ばれるほどの高位の樹木でなければならないが、その理由は魔力の錬成効率にある。 ただの木では満足に魔力を錬成出来ない」

「そうです、それじゃあ何のために?」

「工夫さえすれば、ただの木で作られた杖も立派な魔法の杖になるからだ。 魔法の刻印を施し、天然水で清め、精霊の集まる場所で祈りを捧げれば上等な杖が完成する」

「そこまでするなら、普通に霊木で作った杖にすれば——」

「霊木で作った杖は高い、というか霊木が高い。 霊木で杖を作ったらどうしても売値が30万G近くなる、社会人の給料2ヶ月分だ」

「社会人の給料……2ヶ月分」


アルドの語り口調は相変わらず淡々としている。

淡々としているが、真剣に語っているのが分かる。

かつての私の家と一般的な家庭では給料2ヶ月分の価値が違うのだ。

金を稼ごうとすれば人はその人をみっともないと言うけれど、夢を追うのも金が必要だ。


「貧乏な家の子が家事を手伝いながら、必死で勉強して、魔法学校に入っても粗悪品の杖で何とかするしかない……そうなったら、最悪だ。 努力だけが無駄になる、だからこういう杖が必要なんだ」

「そのために……」

「だから、天然水を頼んだ」


◆◆◆◆◆◆◆


右手に10リットル、左手に10リットルのウォーターボックスを持つが木を背負って山を降りた時ほど苦痛じゃない。

私の双肩には魔法使いを夢見る少年少女の夢がかかっているのだ。

ユノさんが店の客を捌きつつ店長が杖の製作に入る、入学シーズンまでになんとか仕上げたいとアルドは言っていた。

そのために私が出来ることをやりたい。


「よしっ……!!」


ウォーターボックスを持つ腕に力を入れ、歩行速度を速める。

少しでも早くこの仕事を終わらせてユノさんの手伝いをしよう、店を1人で回すのは大変だ。

そして時給を上げてもらって少しでも生活を楽にするのだ。

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