第100話 貴女の為の六人を
「私が、砂漠の国の姫君なんて、そんな、そんな事……」
男子寮に逃げ込んだ私達は、今迄起きた事をアリス様に話していた。
流石に、全員の前で話すわけにも無いかない故に、一階にある寮母の部屋を借り、この部屋には王子、タクト、ランティスにリュウ。私にフィンの七人のみだ。
「だって、私の両親は流行りの病で二人とも亡くなってるって、神父様が……っ」
「私の調べた資料にも、アリス様の両親は流行病で亡くなっていると書かれていました。恐らく、アリス様の記録はどれも学園長が用意したものでしょう」
アリス様がいた孤児院は、学園長が支援している教会。
何らかの理由でこの国で産まれたばかりのアリス様を匿っていたのだろう。
「……本当に、私は砂漠の国の人間なんですか? 彼等の特徴なんて、私には何一つある様に思えないんです。これも、学園長が作り出した嘘なのでは?」
砂漠の国の特徴か。
シャーナ嬢と過ごしていたからか、取り分け彼女は慎重に言葉を選んでいる。
配慮としては実に素晴らしい。
が、ここでは、そんな意味などないのだけどな。
「それは俺も思った。アリスの肌は黒くないだろ?」
そう、王子が手をあげる。
だから、言っただろ。そう言う配慮に欠ける事にだけは定評がある王子がこの場にいる時点で、意味などないのだ。
「驚くほどのクソ野郎ですね」
フィンが顔色すら変えずに王子を見た。
ええ。本当、驚くのはわかる。
良く、はっきりと言えるし、アリス様がボカした意味を汲み取らないばかりが、考えもしないのかと、文字通りのクソ野郎だとは思うが、今回だけは大目にみようじゃないか。
今この場では、随分と話が早くて助かる方を取れるのは悪い事ではないからな。
「……王子の言う通り、アリス様の肌は私達と同じですが、それ故に学園長がアリス様を匿っていたのでは?」
「どう言う事だ?」
「つまり、アリス様は砂漠の国の王とこの国の誰かの子と言う事ですよ。現国王が他国の人間と他国で子をもうけるとなれば、国際問題にも発展しかねない」
砂漠の国と言われるぐらいなのだから、我々が現代人が思い描く砂漠の国ではハレムがある。要は後宮、我々日本人には大奥の方が馴染みが深い。
王は世継ぎを残さなければならない為、沢山の妻を娶り子を設ける。
そんな文化があるならば、この国で王が子を作った所で何の問題もないのではないかと思われるかもしれないが、実際問題そうではない。
ハレムの中での妊娠出産ならばいい。例え、女性側が他国の人間であれど、大凡問題に発展しないだろう。
問題は、他国で生まれたと言う事だ。
こうなってくると、本当に王の子なのかすら分からない。ならば、誰が証言をするかとなれば、王以外いないのだ。
そう、王が認めてしまえば、無条件でその子は王位継承を持った子供になってしまう。他国にいるまま。
これで、随分問題がある事がわかっただろう。
では、逆に王の子だと誰も認めなければ良いのではないか。
確かに、その案は明暗だ。
しかし、それは現代において。
こんな身分が先が行く時代、身分が全ての時代にそれが出来る人間は少ないだろう。
王だって、分かっているのだ。自分の子であると。冷血な男ならば良いが、そうでないのであれば、少なからずこの時代では血は何よりも濃い。情も湧けば思い入れも出てくる。
見捨てる事すら出来ない。
だからこそ、この国で最も中立的で権利がある人間、学園長に砂漠の国の王はアリス様を託したのではないだろうか。
自国に秘密裏に連れて帰っても、アリス様の居場所は無い。最悪、血で血を洗う王位継承戦争に巻き込まれる可能性もあれば、心ない家臣や他の兄弟たちに良い様に利用される未来もあり得なくは無い。
そう、今の様に。
「恐らく、アリス様は砂漠の国の王の子供でしょう。それは、間違い無いかと」
「……ローラ様が言うのならば、そうなのでしょうね」
アリス様は顔を上げ、私を見る。
「でも、だからどうした。と、私は思います。だから、どうした。私が砂漠の国の姫でも、この国でただのアリスでも、何も違わない。そうでしょ? ローラ様」
「ええ。アリス様は、アリス様です。シャーナ様のご親友で、私とフィンの友達のアリス様です」
「……うん。うん、そうだよ。よしっ! うん。ありがとう、ローラ様。色々吹っ切れた! ここで悩むのは、やめる。これからの話、しよっ! ローラ様、砂漠の姫だったとか込み込みにして、私に何が出来るの?」
ああ。
ああ、世界!
ああ、男ども!
目を見開いて見ているかっ!
我が女神の!
我が神のっ! 真骨頂を!!
ゲームの世界でも、アリス様は竹を割った様な性格をなされていた。
どんな時にも自分の為に下を向くことは決して無い。
他者のために前を向く。
これこそが、アリス様。
素晴らしきお人なのだっ。
「ええ、それをこれから話し合いましょう。取り敢えず、今わかっている限りでは外に兵は居ない様に見えます。これでは相手の戦力が分からない」
「仮定は建てられているんだろ?」
「ええ。でも、仮定は仮定ですので」
今、見えている敵はギヌスと学園長の二人だけ。
砂漠の国の兵は一体何処にどれだけ隠れているのか。
「ローラ」
「何ですか? 王子」
「本当に、砂漠の国の兵はこの学園にいるのか? それはどれぐらい確かな情報だ?」
「口を慎め、木偶の坊」
フィンが思わず剣を持って立ち上がろうとするが、私はそれを制する。
ふむ。
意外にもまともだな。
正直拍子抜けする程の発言だ。
もっとぶっ飛んだ、突拍子もない質問かと思えば、実にまともで真面目。
そうだ。
今は姿を現さない敵がいる。
なんせ、我々は今から戦わねばならない。それにあたり、情報が何もない王子やリュウ、アリス様にいるから戦えなどどう戦って良いかすら分からない。
冷静に情報をどれ程信用がおけ、どれ程の規模と此方が仮定し、尚且つ確認を出来ているか教えてほしいと言うのは、実に我々にとっても誠実的だ。
そうだ。
我々も王子に、いや、ここに命をかけてくれる全員に誠実にならなければならない。
「そうですね。誇大妄想の類いだと思われても致し方ない。先程、王子は私に何故早く皆に言わないのか仰られていましたね」
「いや、あれは……。すまない。気が動転していて、君のせいではないとは分かっていても、責めてしまった。君は、きっと最善を尽くしてくれたんだろう。今回も、別に僕はローラの誇大妄想だとは思っていない。君がコレだけ声を大にして叫んでいるんだ。何か根拠は必ずあるはずなのは分かっている。だが、多くの生徒の命を預かる身故、それだけでは彼等を危険な目に晒すわけにはいかない。どうか、汲み取ってくれると嬉しい」
本当に王子か? と、疑いたくもなる発言だな。
たが、それ程までに彼の目は醒めたのだろう。
アリス様のビンタによりな。
まったく、良い褒美になってしまっている。
「ええ。分かっています。だからこそ、少しだけ、此処までの経緯をお話ししたいと思います。よろしいですか?」
「経緯?」
「ええ。私が知る限りの経緯を、簡単に」
わたしは簡単ではあるが、主要な部分を掻い摘み、自身に起きた事と調べて分かったことを皆に伝える。
既にタクトやランティス、フィンは全てを把握しているので、二度手間にはなるが、一部のみを関与したリュウと、全く初耳であるアリス様と王子は私の説明を信じられないモノを見る様な目で聴いてくれた。
「まるで、小説だな……」
最初に口を開いたのは、リュウだった。
「事実は小説よりも奇なり、ですよ」
「確かに、そうだな。出来過ぎた話だ」
「そんな事になっていたなんて……。私、何も知らなくて……、そんな、シャロンが……」
「ローラ」
王子は席を立ち、私の前に立つ。
「何か?」
何を言われるだろうか。
普段の彼ならば、私を責めるだろう。
何故、言わないのか。
何故、隠していたのか。
けど、その目は私を責める目ではなかった。
次の瞬間、王子は深く私に頭を下げる。
「有難う」
彼の口から出たのは、感謝の言葉だった。
「アリスを、我々を守ってくれて、有難う。今まで何一つ大きな騒ぎなく生徒達の国民の平和を守ってくれたのは間違いなく、君のお陰だ。ランティス、タクト、そしてフィン。三人にも礼を言う。そして、すまなかった。何も気付かず、のうのうと暮らしていた。王族として、恥ずべき失態だ」
「王子……」
全く。
何で、彼は最後まで悪人になり切れないのか。
何で、最後まで憎ませてくれないのか。
でも、それが彼なのだ。ティール王子なのだ。
生前に私が、お守りの様に、握っていたキーホルダー。本当に、そのお守りが目の前にいる。
全く。
どんな悪よりも達が悪い。
「謝るのは、全てが終わってからで結構。今、我々は出来る事を考えましょう」
「ああ。此方の戦力はどう見る?」
「騎士生徒の大半は此方にいるので、戦えない事はないでしょうが……」
「無傷の勝利は無理だ。良くて、刺し違えて一人一殺。戦場を知る兵士相手に、騎士生徒の良作でもそれだ。それ以下となれば、良くて盾。大半は無駄死になるだろう」
戦闘のスペシャリストであるフィンが口を挟む。
この中で戦闘に対しては誰よりも知識があり、誰よりも目が肥えている。
彼女がそう言うのであれば、それが現実だ。
しかし、言葉にすれば分かっていても絶望にも近いものを覚えてしまう。
矢張り、随分と厳しいものがあるな。
「それは、此方が攻める場合か? それとも、守りに徹している状態か?」
「……馬鹿のままでいれば良いのに。勿論、攻めに入った場合。しかし、守りに入ったと言ってもこの結果とそれ程大差はない。だが、先方一つでその問題はある程度は解消出来る。例えば、この寮の中まで侵入を許した際に、狭い廊下で限られた場所での戦闘であれば、少しはマシになる。が、私が砂漠の国の兵であれば、そんな馬鹿なことはしない。この寮にすら入らない」
「つまり?」
「火矢を放つ。燃やす。向こうも限られた戦力なら、兵士が減る行為を如何に減らすかをまず考える。そうなれば、戦わなくてもいい方法は必然的にこの寮を燃やすと言う選択になる。火を放てば籠城していた人間は慌てて出てくるし、ある程度戦力も削げ、ある程度は安全な状態で場の鎮圧が出来るからな」
確かに。
わざわざリスクを犯す理由が何一つ向こうにはないわけか。
「フィン、向こうの兵が今姿を見せない理由は何が考えられる?」
「そうですね。恐らくは、アリスでしょうね」
「私!?」
自分の名が上がり、思わずアリス様は立ち上がった。
「戦争には何事も切っ掛けがいるんですよ。意味なく攻め込む事は、出来ない。その切っ掛けであるアリスが生きているか死んでいるか彼等にはまだその情報が回っていない」
「もし、生きているとわかったら?」
「ローラ様、残念ながらローラ様の想像通りで御座います」
成る程。
「殺しに、来るわけね?」
「ええ。確実に。此処は火の海になるでしょう」
「そ、そんなっ! なら、私ここから出るわ! 私一人が出ていけば……」
「アリス様、お待ち下さい」
「止めないで、ローラ様っ! 私のせいで皆んなを危険な目にはあわせれないよっ!」
「アリス、ローラ様の言葉を最後まで聞きなさい。ローラ様は貴女がそんな事をした所で何の解決にもならないと言いたいんですよ。よく考えてみろ。彼等がアリスの姿を知っていれば、アリスを差し出せばある程度の犠牲で済むとは思いますが、知らなければこの寮にいる全員殺す迄安心しないでしょうね」
「そ、そんな……」
「アリス様、フィンの言う通りです。そして、残念ながら彼等は貴女の顔を知らない可能性が高い」
「な、何でっ!? 私、あの国の姫なんでしょ!?」
「ええ。だからこそですよ。他国の人間にこの国の人間の見分けが付くとは思えないですし、もし貴女の姿を知っているのであれば、わざわざ貴女の生死をギヌスや学園長に確認せずとも行動が起こせるとは思いませんか?」
「……っ」
残念ながら、現実はいつだって残酷だ。
我々には、救いたい者の為に払えるだけの対価は何もない。
「それに加えて、ここには王子がいるからな」
「タクト?」
「何だ? その事は考えてなかったのか?」
小馬鹿にした様な鼻につく笑いをすると、タクトは言葉を続ける。
「王子がアリス殺しの犯人に仕立て上げなければならないんだから、王子も生きていたら分が悪い。敵には王子も死んでもらわなければならないわけだ」
「確かに……」
そうか。アリス様だけを考えていたが、敵が殺さなければならない人物が此方には二名いるわけか。
「敵は、王子の顔を知っていると思うか?」
「一般兵ならともかく、下っ端は分からないだろうな。その為に王子に正装をさせたんしゃないか?」
フィンが、そんな事も分からないのかと鼻で笑う。
こんな時でも、二人は変わらない様だ。
「気が合うな。俺も貴様と同じ考えだ」
「後出しなら何とでも吠えれるな」
「タクト、フィン。それぐらいにして頂戴。それどころではないでしょうに。時間的に、敵に情報が周り此方がいつ攻撃されてもおかしくは無いでしょう。取り敢えず、どう持ちこたえるかを考えるのが先決です。皆、何か知恵はある?」
「それならば……」
ランティスが口を開いた。
「王子っ! 敵兵が、本当に砂漠の国の兵がっ! 攻めて来ましたっ!」
話し合いも佳境に入ったところで、騎士生徒が慌てて部屋に入ってくる。
矢張り、それ程時間に猶予はないか。
話し合いの落としどころは見つかったが、今はそれだけ。
しかし、我々ならば十分だ。
「来たか」
王子は静かに席を立った。
もう、腹は括った。
どんな結果になろうが、もう誰のせいでもない。
「さあ、皆立ち上がれ。戦の時間だ」
誰かが誰かの為の犠牲になれば、誰かを救うなんて幻想を抱くのはやめた。
生きてる人間が、生きてる人間を救う。
それだけだ。
この残酷でクソみたいな世界か、今も昔もそれだけなのだ。
_______
次回は1月18日(土)23時頃に更新予定となっております。お楽しみに!
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