第48話 貴女の為の敗因を
「失礼。ここに、金色の髪の女子生徒が来なかったかい?」
「知らねぇよ」
「こう、目つきが悪くて、鼻が低くて……」
「そんな女知らねぇよ。疑うなら、中に入って探せばいいだろ?」
「いや、失礼。居ないならいいんだ。悪かったね」
パタンと、扉が閉まる音がする。
「おい、行ったぞ」
「あ、ありがとうございます」
アスランの声に、教壇の陰に隠れていた私は顔を出した。
「いい。用が済んだらお前もどっか行けよ」
「は、はい」
何故、王子に追いかけられているかなんて事は当事者本人でもある私は知る由もないが、それに加えて、何故か突然隠れるために入った教室で件のアスランに出会い、何故か匿って貰ったのも、よく分からない。
ダメだ。
情報量が多過ぎで、自分の中でも上手く消化しきれてない。
言葉が言葉になっていないではないか。
ここらで一つ、手短に整理をつけよう。
リュウに手紙の件で話を聞いたら、新事実が出てきた。
それは、アスランの婚約者は噂されていたフィシストラ・テライノズではなく、学園に住み込みで働いていたメイド見習いのロサ出会った事。
そのロサは学園側の資料にあった孤児出身とは食い違い、アスランの一族の令嬢で、ロザリーナ・グリアートである事。
そして、いつ起きたか分からない王子が、何故か私を追いかけている事。
その王子から逃げるために、空き教室に入ればアスランが居て、なぜか私を匿ってくれた事。
順序立てて箇条書き風に洗い出しても、一体全体、何があったのか何一つ分からないな。
しかも、私はその件のアスランと今、同室にいる。
何の偶然だか知らないが、随分と都合のいいのか悪いのか分からないか展開だ。
こうなってくると、ゲームのご都合主義だって馬鹿に出来ない。事実は何時でもゲームより奇なりだ。
リュウとは王子の突入により、それ以上の話が出来ていない。
先程上げた情報以上が分からない今、下手に動くのも憚れるが、現状リュウの情報が嘘か真かもわからないのならば少しでもここで探りを入れるべきではないか。
それもこれも、行き着く場所はロサだ。
ロサは事件を起こし死んだ。
それを裏付ける物が出揃っている今、その事実を覆す術はないが、ロサが孤児ではなく貴族で、尚且つアスランの一族だと言うのならばロサの死には疑問が残る。
考えても見て欲しい。
一メイドが死んだ所で世界は変わらないない。しかし、貴族が死んだらどうなる? 間違いなく問題にあがるだろう。
しかも、いくら衰えつつあると言っても、ロサにはロザリーナと言う名を使えば、アスランの一族と言う箔が付く。
なのに、何故。何かがおかしいだろう。
微かな、矛盾だ。
微かな、綻びだ。
私は矢張り、知らなければならない。ロサと言う女の事を。
もしかしたら、事件はまだ終わっていないのかもしれないのだから!
「アスラン様、助けて頂き、ありがとうございます」
「いいから早く行け。俺は忙しい」
ゲームと同じで随分とぶっきら棒な言い回しだ。深々と頭を下げた令嬢に投げる言葉ではない。
「あの、助けて頂いたお礼がしたいのですが」
「いらん。去れ」
ああ。普通なら去りたい所だが、今ばかりはそうは問屋が卸さない。
悪いが、暫し此方に付き合ってもらわなくては。
「しかし、それでは私の気が済みません。宜しければ、お手伝いさせて下さいませ」
「手伝い? 何のだ?」
私は頭を上げて、アスランを見る。
「アスラン様は、人を探されているかとお見受けします」
「っ!?」
ビンゴ。
どうやら、流行り私の推理で空いた穴が揃った様だ。
長らく謎だったアスランの探し物。
私は先程の整理の間に一つの仮説を立てた。
その仮説が、見事最期の穴を開けたという訳だ。
「何で、知っている!?」
「あら。簡単な話です。授業中もアスラン様は中庭を見ていた。授業後も、貴方は早々と教室を出ると食堂にも寄り付かず、様々な場所へ赴いている。入学から随分経った今でも。探検にしては、随分と念入りに。では、何故様々な場所へ、それも人が少ない所に行くのか。簡単でございましょう。貴方は、何かを探されているからだ。しかし、何度も中庭を見ているところを見ると、それはものではない事が分かります。また、アスラン様の探される場所は一度来た場所であったり、新しく訪れる所であったり、まちまちだ。そて貴方は必ず周囲を一瞥して新しい場所に向かう。ならば、何を探しているのか。何処にいるか分からず、同じ場所や新しい場所。一目であるかないか分かるもの。即ち、人でございましょう」
答えが分かったら、簡単な辻褄合わせだ。
彼が一瞥してその場を去るだなんて、私は知らない。見たのは精々ゲームの中とあの中庭で。
最早、確率論なんて糞食らえの状態である。
だが、今の私には正確な調査など、必要がない。
私は、今、彼に自分の利点をアスランに売り込まねばならないのだ。
普通に聞いていたら、こんなものストーカー以外の何者でもない。
警戒させられて当然だ。濡れ衣だと釈明した方が好感度が上がるだろう。
しかし、ここではストーカーかと疑う程の能力の方が必要なのだ。
逆に濡れ衣を着込まなければならない。
でなければ、彼は私を招き入れないからだ。
よく考えて欲しい。
危機的状況で、自分の力は尽くした後に必要な人物は自分の事をよく知らない、お節介なおばさんか、はたまた自分の状況を把握した頭のいいストーカー紛いなおばさんか。どちらが突破口として役にたつだろうか。
普通であれば、何方も願い下げかつ、まだお節介なおばさんの方が利がある。しかし、切羽詰まった人間が欲しいのは、自分よりも有能な脳だ。
私にはアスランの情報が人よりあるが、それはゲームで触れ合った表面上しかない。この世界では、知らぬ存ぜぬが多すぎる。
そんな状態でアスランに私が自分よりも優れているのではないかと思わせる方法は、ストーカーかと疑う程の洞察力を持っている事。
勿論、そんなものなど存在するわけが無いが、答えを手に入れた後は、答えの見せ方をどうとでもに決まっている。
「俺を探っていたのか?」
アスランは鋭い目で私を睨みつける。
乗ってきた。
矢張り、悪い手では無い様だ。
「何を仰いますか。偶然見かけた程度ですよ。私は嫌われ者で居場所がない故、食堂が空くまでの間の時間潰しに貴方をよく見かけますので」
嘘の中の真実は、実に深い味わいを出してくれる。
そうだ。
ストーカーではない。ただ、偶然見ていただけで、私はお前よりも優れた洞察力から答えを正しく導き出せるのだ。
彼は私の言葉に半信半疑だろうに。
だが、それがいい。
半分疑っていようが、少しでも信じてるならば、その藁にも縋りたいと言うお前の心に希望の光を見せてやろう。
「もしかして、貴方様は女性をお探しで?」
私の問いに、アスランは眼を見張る。
分かりやすいな。どうやら正解の様だ。
流石に、ここまでだと少々興が冷めてしまうが、これはゲームではないのだ。それぐらい、広い心で許してやろう。
「何故、そう思う?」
「少し考えたらわかる事では? まあ、簡単な話過ぎて深くは言いませんが……」
分かるわけないだろ。
こっちは、アスランがロサか、当時予想を立てていたフィシストラに的を絞っているんだ。二人とも女だったから、女と答えたまで。
違うと言われたら、方向修正するつもりだったが、その必要はなさそうだ。
そして、次に私は急いで口を開ければならない。
何故なら、先程の簡単な話に突っ込まれたくないから。
ここで私の最大の任務は、アスランに馬鹿だと思われてはいけない事だ。
つまり、私は天才のふりをする必要がる。
だからこそ、相手に駒を進ませるわけにはいかない。
「しかし、普通の女子生徒を探しに空き教室や中庭の奥にまで赴く事は些か不自然ですね。つまり、貴女は普通の女子生徒を探してはいない。相手はこの学園に取って特殊な存在ではないでしょうか?」
お前が答えるのは、この質問だけだ。
疑問をぶちまける事さえ、許してはならない。
特殊な、普通の女子生徒ではない。
存在の分からぬフィシストラ嬢。生徒ではないロサ。
これも二人に当て嵌まる事柄だ。
「何者だ?」
答えとしては不服だが、否定がないのを答えと取れと言うのならば、吝かではない。
「貴方に助けて頂いた、者です。ここに来たのは偶然ですが、これも何かの縁。なんの恩返しも出来ずにここを去るなど、マルティス家の名において許されぬ事。それ故に、私は貴方の力になりたい。私では、力不足でしょうか? 人探しならば、学園長に伝のある私なら微力ですがお力になれましょう」
もっともらしい事を並べ、私はアスランを見る。
「何故、学園長に伝が?」
成る程、これはいい答えだ。疑う所がそこだと言うのならば、悪くない。
証拠が欲しいならば、いくらでもくれてやろう。
「学園長にはよくお世話になっておりますの。私の婚約者の叔父であります故に」
何処を取っても嘘偽りない答えだ。
「身内だと?」
「はい。調べて頂いても構いません。アスラン様がまだ信じて頂けないのならば、学園長直々にご説明させて頂きますわ」
流石に、ティール王子を連れてきて説明させるわけにはいかないからな。
これで、地盤は固まった。
お前を助けれるのは、私だけだ。
私の手を取れ、アスラン。
然すれば、掬い上げてやろう。
代金は、きちんと頂きますけどね。
「……いい。お前がここを出ていかないなら、俺が出て行く」
え?
「あ、アスラン様!? お待ち下さいっ」
「じゃあな」
伸ばした腕は、空を掴む。
嘘だろ?
これだけお膳立てしたのに、不意にする気かっ!
お前は、会えないかもしれないんだぞ!? お前が望む人に! 二度と!
しかし、そんな叫びを出す前に、アスランは私の前から姿を消した。
読み、間違えたのか?
私が?
何処で間違えた? 何処で気づかれた?
いや、寧ろそこよりも、何故、断ったのだ!
人を探してる。こんな所に来る様では、そろそろ手詰まりだろうに。
何故、私の手を取らないんだっ! アスラン!
「……クソっ」
舌打ちと共に、壁を叩くが私の後悔と共に音が消えて行く。
頭を切り替えるのに、随分と時間がいる様になってしまったものだ。
私が件の教室から出たのは、日も沈む夕暮れ時。
自分のやらかした事の重大さに眩暈を覚えるのも、歳のせいだと思いたい。
誰もいない校舎は、この世の果ての様に静まり返っている。
「……クソっ」
もう一度だけ、全ての後悔を吐き捨てる様に、私は呟いた。
自分の持っているカードをフルに使いきった。もう私には何もない。
アスランと交渉できる素材が、何もないのだ。
今回の敗因は一つ。時期早々過ぎた。
まだ、私には足りないパーツが多過ぎる。それをカバー出来るだけの前世の記憶だと、己の力を過信しすぎたのだ。
いつだって、敗者は同じ過ちを犯し続ける。
情報を集めず、己の力を過信し、状況を冷静に判断できない。
まさに、今の私ではないか。
まずは、アスランの情報だ。
アスランの情報を洗う他ない。
集めなければ。彼を引き込むだけの情報を。彼が喉から手が出る程欲しがる程の情報を。
くよくよしている暇などあるものか。
言っただろ。何があっても、私は断頭台の夢を見ると。
私は、前を向いて歩き出す。
下など、向くものか。
足など、止めるものか。
その時だ。
「ローラ・マルティス……」
ふと、振り返れば、彼がいた。
「あら……」
世界の果てで、会うにはもってこいの相手だな。
「アクト様」
「これはこれは、時期女王陛下ではありませんか」
先程までの、苦虫を潰した様な顔を隠し、嫌味で上塗りした薄っぺらい言葉をこうも簡単に吐く奴だな。
「御機嫌よう。タクト様の弟君」
「っ!」
これぐらい私の言葉に逐一反応を返してくれるのは、こいつぐらいだろう。
私が呆れていると、彼は顔をすぐ様戻し、取り繕った笑顔でこう問いかけた。
「それで、未来の女王陛下がこんな時間に一人で何用で?」
実に回りくどい、遠回しで無駄な詮索だな。
「あら嫌だ。候補生でもない一般生徒の貴方には関係ない事ですわ」
「未来の女王陛下に何かあれば、一般生徒の僕にも関わりはあるのでは?」
「ええ。貴方がおっしゃる様に、未来の女王陛下ですもの。今は貴方と同じでただの一般生徒ですわ」
「随分と謙虚な方だ。まるで、一昨日の鼻から血を垂れ流していた貴女とは同一人物だと思えない程に。矢張り、人の上に立つお方は我々と違うなぁ。魔法か何かでも、使えそうだ」
「あらあら。そんなおとぎ話を信じてらっしゃるの? 子供の様な純粋で一直線な御心をお持ちですのね。お羨ましいわ」
「またまた。魔法か何かを使わなきゃ、部屋から消える事なんて有り得ない。一昨日は、一体どうやって部屋から消えたのです?」
「何を仰っているのか、皆目見当も付きませんわ」
「タクトの部屋から、どうやって?」
「私は、女性なので。男子寮にはは入れませんわ」
「僕は、随分と恥をかいた」
アクトの声のトーンが低く変わる。
「あら、かわいそうに」
「どうやった? 誰にも暴露ず、あそこから脱出するだなんて、不可能だろ!」
誰にもバレずは、確かに無理だ。
でも、特定の人間のみにバレるのみなら、話は別だ。
「アクト様が何を言っているか私には分かりかねますが、一つだけ言うのであれば……」
私はアクトに微笑みかける。
「説明を求める時点で、貴方には聞く権利がないという事よ」
「っ!」
アクトは私の言葉に鬼の形相の様に睨みつけ、足早に去って行く。
はぁ。
何というか、タクトとは違うベクトルで話しやすいな。
さて、私も寮に戻るか。
そう思って、歩き出そうとした瞬間だ。
「あら……?」
私の足元に、何かが当たった。
アクトが落としていったのか?
そそっかしい奴だな。
私はそれを拾い上げ、声を出す。いやしかし、これは……。
「何で、アクトがこれを……?」
_______
26日に菖蒲あやめさんとツイキャスを行うので、次回は7月28日(日)23時頃に更新予定となっております。お楽しみに!
申し訳ないです!
48話アップ予定日を一日待ち間違えて設定してしまいました!
楽しみにして頂いた方々には本当に申し訳ないです……!以後、気をつけます!
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