第36話 貴女の為に白い肌を
「何故、タクト様がここに?」
アクトとは犬猿の仲であろうタクトが、わざわざアクトの寝室に入るなんて、どう言った風の吹き回しだろうか。
いや、冷静に考えれば、これは間違いなくアクトの罠だろう。
タクトはアクトに誘き出されたのか?
「貴様、その顔はどうした!?」
私の問いに答える前に、タクトが私の顔を両手で掴む。
そう言えば、殴られる蹴られ暴行を受けた私の顔は酷い事になっているだろう。
しまった。
もし、アクトが私とタクトの仲を疑っているのならば、これは決定的な証拠となってしまう。
「さ、触っ、いえ、気安く触らないでっ!」
私はタクトの手を払いのけると、急いで背を向ける。
アクトが部屋を出てから10分も経っていない。何処かにアクトが隠れていても、おかしくはない状態だ。
何とかして、タクトに現状を伝えたいが、方法がこれと言って思いつくわけでもない。
一体、どうしかものか……。
「何があったんだ!」
タクトは背を向けた私を無理やり自分の方に向けようとする。
説明をしたいのは山々だが、下手に馴れ合えば、アクトに私達の関係がバレるのは明白。
言葉をどれだけ選んだ所で、タクトは現状を知り得ていないのだ。限界は来るだろう。
「アクトか!?」
「アクト様は……」
違う。アクトじゃない。いや、しかし、それを伝えれば何故かと話が発展しざる得ない。
「た、タクト様は何故アクト様のお部屋にいらっしゃるのですか?」
苦し紛れの時間稼ぎ。
頭の悪い自分にこれ以上ないほどうんざりさせられる。
「アクトの部屋?」
「え、ええ。タクト様は、アクト様の部屋に何用で?」
書くものがあればと思うが、ペンを走らせれば、質圧が残る。
文字を書かず、喋らずとなると手話という手もあるが、私には手話は出来ないし、タクトだって手話を会得している可能性も低い。
何か他にいい手でもないだろうか?
「……貴様をここに入れたのは、アクトか」
タクトの質問に、私は少し考えて頷いた。
「はい。そうです」
これぐらいの情報の提示ならば不自然はなかろうに。
しかし、タクトは私の予想に反し、辺りを見渡し首を振った。
「お前が何をしたくて、何を言いたいのか理解した。普通に話せ。アクトはここには居ないし近づかない」
「え?」
何故、タクトは私の思考を分かったのか。
しかし、答えはひどく単純明快であった。
「ここは、俺の部屋だ」
「タクト様の?」
どういう事だ?
アクトは、わざわざ私をタクトの部屋に?
それならば、尚更アクトは私とタクトの仲を疑っているのではないか?
ならば、何処で耳を立てているか怪しいものだろうに。
「安心しろ。アクトは、既に寮を出ている。俺とすれ違ったんだから間違いはない」
「何故、タクト様の部屋に私が?」
「それは、こちらの台詞だ。色々、話を聞いてやるから少し待ってろ」
まったく。タクトの随分と偉そうに喋る態度はアクトと引けを取らないてはないか。
私がそう呆れていると、タクトは言葉通り少し席を外す。
次に戻ってきた時には、彼の手には桶にタオル。
今から何をする気かと目を細めていると、呆れたようにタクトが私の顔にタオルを投げて来た。
「要らん警戒は、不快の元だぞ」
言いたい事は分かるが、お前の弟が元凶ではないか。
そう言ってやろうかとも思ったが、触れたタオルは暖かい。
「いつもより輪をかけて酷い顔だ。悪役と言うよりは、怪物役だぞ」
「女性に向かって怪物などの例えは不快の元となりますわよ」
「口と頭はいつも通りの様だな。それで顔を拭け」
「けれど、血で汚れてしまいますわ」
「そんな泥まみれの服でベッドに横になられている奴がする心配ではないな」
はっと、タクトは鼻で笑い私の持っていたタオルを奪い取ると、驚く程丁寧に私の顔を拭き始めた。
「た、タクト様。それぐらい自分で……」
「そう思って渡したら、余分な口が動いたからな。怪我人は大人しくしておけ」
「しかし……」
「塩を塗られるとでも思っているのか?」
成る程。要らぬ警戒は不快の元、か。
「まさか。そんなまどろこしい事をする人間だなんて疑っておりませんよ」
「血は減っても無駄口は減らない奴だな」
それはお互い様だろう。
前から常々思っていたのだが、どうも、私とタクトは同じベクトルの性格の悪さの様だ。
仲間になる前も後も、彼への言葉に気兼ねはない。
どうやらタクトは私の中で、フィンやランティスの様に守る対象である子供では無く、自分と同等に近い大人と認識しているのだろ。
そのお陰が、嫌味の応酬だって嫌いではない。タクト限定で。
「それで、お前は何があった?」
暖かいタオルが顔を埋め尽くした所で、タクトが口を開く。
「……本当にアクトの心配は?」
「ない。それとも、貴様は魔法の石でも信じてるのか?」
タクトの言う魔法の石とは、この世界の童話に出てくる魔女が使う石の事を指す。
石には不思議な力があり、魔女の悪口を言うと、石が記憶して魔女に教えてしまうと言うのだ。
現代で言うところの盗聴器である。
つまり、タクトは私に盗聴されていると思っているのかと言いたい訳である。
流石にこの時代、この世界に盗聴器と言う文明の機器はない為そんな事はあり得ないわけなのだが、どうもアクトの行動が引っかかる。
何の打算計算もなく、私達の関係を疑わず、何故私をタクトの部屋に?
いくら自分の失態で倒れたと言っても、わざわざ男子寮に運ぶものか?
それに、傷の手当てもせずに、何故自分の部屋だと嘘をついてまで?
「長考をやめろ。時間の無駄だ」
タクトの言葉にむっとした顔を返せば、タクトは低く笑って眼鏡をかけ直す。
「俺と話した方が早いだろ? 貴様一人の脳みそよりも優秀な脳がここにあるんだからな」
「……残念ながら、同意しますね」
「では、話してみろ」
全くもって、不本意だがタクトが言う事は随分と正しい。
私が一人悩むのは大体が出口のない迷路が多い。その為、考えが堂々巡りをしてしまう。約五十年近く付き合ってきた脳みそだ。大体は説明書がなくても自覚しているつもりである。
愛嬌はそれなりにあるが、ポンコツな所がたまに傷。そんな脳みそなのだ。私の脳は。
それよりは、タクトの脳の方が幾分か優秀だろう。
若き天才の脳みそに期待を込めて、私はタクトに牢に入ってから倒れるまでの間について説明をした。
勿論、アリス様に認められたと言う所はとても丁寧に。誰かに話したい欲がタクト相手に解消できるとは思わなかったが、随分と満足である。
「成る程な」
「それで、アリス様ですね……」
「そこはいい。これで三回目のループだ。それにしても、その女が犯人だと言うのも気になるが、それ以上に気になるのは、王子だ」
「王子が何か?」
「何故、命を狙われる?」
「何故って、王子は犯人の狙いを潰す人間で……」
「では、何故今まで狙われなかった?」
タクトの問いかけに、私は顔を上げる。
「王子が悉く彼女達の狙いを外すからでは?」
「では、何故今回は捕まった?」
「狙いが、私だったから?」
「では、何故お前は今回狙われていない?」
「それは、私が毒を飲まず……」
あれ?
タクトの問いかけに答えてきた私は、思わず口を閉じる。
可笑しい。
あの女は、ローラ・マルティスの存在は知っていた。しかし、あの医務室にいたメイドが誰だか知らない。
それは詰まる所、私を狙っていた筈の犯人が、私の顔を知らないと言う事に他ならない。
だとすると……。
「私ではなく、王子を狙って? いや、しかし、あの場に王子がいたのは偶然で……」
「本当に偶然か? お前一人の酷く個人的な思い込みによる推測じゃないか?」
タクトの言葉に、思わず唇を噛む。
その可能性は、とても高い。
「もし、そうであるならば何故今になって王子を狙う?」
「と言うのは?」
「最初はアリスだったはずだ。いつの間に、狙いが王子になった? アリスから王子に繋げる矢印の意味は?」
確かにこれが偶然でないと言うのならば、犯人の目的は急に、タクトの言うようにアリス様から王子に変わった事になる。
何か、私は見落としているのか?
「王子が邪魔だとしよう。一体、何に対してだ?」
「アリス様に関係する事で、何かが王子に?」
「わからん。だが、一つ分かるとすれば、その女は主犯ではないと言うことぐらいだな」
「矢張り、男の方がと?」
「それも、わからん。だが、アリスを狙うのであれば、王子よりも邪魔な奴がいるだろ?」
「……私、でしょうか?」
アリス様を狙う不届き者を見つけようとしているのだ。随分と邪魔だろう。
「隠れてる卑怯者の話はだれもしてないぞ」
タクトは鼻で笑って私の立候補を蹴り飛ばした。
失礼極まりない言葉である。
「シャーナだよ」
「シャーナ様? ああ、成る程」
確かに、彼女の親友であり、彼女と同室で誰よりも長い時間を一緒に過ごしているシャーナ嬢は、犯人にとって王子よりも危険人物だ。
「彼女を差し置いて、何故王子が? そうは思わないか?」
「ええ、確かに。タクト様は?」
「分かっていたら貴様にこんな回りくどく聞くとでも?」
「意見をお求めになるならば、もう少し頭を下げた方が良いですよ。印象が良くなる」
「随分と、元気になったようで何よりだ。今からお前を血だるまにしないといけないだなんて、心が痛むよ」
「あら、怖い」
私がクスクス笑ってるとタクトは大きなため息を一つ、これ見よがしについてくる。
これは、まさか……?
「貴様はここにいるのは不都合なんだよ。悪いが……」
謝るのと同時に、タクトは私の制服のワンピースを引き裂いた。
「思った以上に白い肌だな」
タクトが低く笑う。
ねぇ、嘘、でしょ?
_______
次回は6月25日(火)22時頃に更新予定となっております。お楽しみに!
あと、ご心配ありがとうございました。皆様も風邪等お気をつけ下さい。
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