第5話 宿屋にて
【5】
──しまった‥‥‥
俺は今日の最終目的地であった宿屋の受付のカウンター前にて、体を凍らせていた。
少女に逃げられたあと、俺は食と住を確保すべく、行動をした。通りゆく人々は俺のことを外の街から来たのだと思ったらしく親切に宿屋を教えてくれた。
しかし現実世界ではないからか、それともこの街に問題があるのか、(はたまた俺の人選が大間違いなのか)宿探しだけでも簡単にはいかなかった。
最初に教えられた宿屋に行ってみると、そこはもうキラキラとしていた。
明らかに高級感あふれる入り口とロビーのような広間。そして上質な服を着たベルボーイのような人が待機をしている。これは間違えたと思い俺はそそくさとそこをあとにした。
次に教えられた宿屋に行ってみると今度は一転、ホラーハウスだった。
まず今にも物理的に潰れるのではないか、という外観を見てヤバイ! と思い、次に入り口の押し扉を開けた時の「ギギギィィィ~」という音にヤバイ!! と思い、極めつけは受付にいた一瞬、妖怪なのでは? と思わせるような外見の老婆に本当にヤバイ!!! と思い、俺はその宿屋から逃げ出した。
そして三軒目にしてやっと一般庶民学生でも泊まれそうな簡素な宿屋を見つけたのだが‥‥‥
俺の前には差し出した福沢諭吉の肖像が書かれた紙を珍しそうに眺めている三十代くらいの男性がいる。
──まさかジャパニーズ円が使えないとは‥‥‥
どうやらこの国では今まで俺が使っていた日本円が使えないらしい。
確かに少し考えてみればその可能性にたどり着けたはずだ。日本円が使えるのは日本のみ。ここはおそらく日本ではない。というか現実世界であるかどうかすらも怪しい。
そんな中で話す言葉は通じるという状況に安堵したばかりに、そのほかのことに頭が回っていなかった。
どうする? 最悪の場合は宿なしでどこかで野宿‥‥‥だが今日はほぼ半日歩きまわっていたから体もクタクタだ。しっかりとした場所で寝ないと明日からの行動にも影響が出てしまいそう‥‥‥無理矢理頼み込むか? だがこの街から見たら明らかに怪しい俺をまともに相手にしてもらえるだろうか‥‥‥
などと考えていると後ろから声がかかった。
「あ、あの‥‥‥」
振り返るとそこには昼間に少年たちから助けた白いローブの銀髪美少女が不思議そうな顔をこちらに向けながら立っていた。
「お金、ないんですか?」
「え、ええ、まぁ」
「よかったら私、お金かしましょうか?」
「‥‥‥え」
意外な発言だった。こんな昼間一度会っただけの、この街から見れば怪しげな服装をした男にお金を貸してくれる少女がいるのだろうか。何か裏があるのでは、と疑いたくもなってしまう。
だが疲れきった身体と、その少女の何も企んでいなさそうな純粋な顔についつい甘えてしまう。
「いいのか?」
「はい、私いま、少しお金に余裕があるので」
「すまない、それじゃ一晩分の宿屋代だけ貸してもらえるか?」
「はい!」
そういうと少女は布地の袋から五百円玉よりもひと回り大きい銀色の貨幣を取り出し、俺に渡してくれた。
その時だった。
──グウゥゥ~~~
ウシガエルの鳴き声のような音が俺と少女の間にビミョーな空気感を漂わせる。その音の発信源は空っぽになっている俺の腹部だ。恥ずかしくて少女の顔を見ることができない。
「あ、あの、一緒にご飯食べます?」
「‥‥‥‥‥‥すまない」
顔に手を当てた俺はもう俯くことしかできなかった。
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