君との距離

宮蛍

君との距離

登場人物

・斎藤(17 男子高校生)

・山田(17 女子高校生)

・ナレ(cv.青山穣のイメージ)

※人物名Mは「モノローグ」を表すものとする

※柱は〇の後、会話やモノローグに該当するものは一字下げ、それ以外の文は二字下げとする。


〇学校の図書室 夕暮れ

  図書館の隅には長机と一人用の机がずらりと並んでいる。今日もそのスペースには生徒たちがたむろってヒソヒソ話に興じている。

  最終下刻時刻五分前のチャイムが鳴る。椅子に座っていた人たちは腰を上げ、みんな帰りの準備をする。

  同じように帰りの支度を済ませる斎藤(17)。机に散らかしていた参考書や筆記用具を片付ける。その途中視線を一度斜め前にちらっと動かし、山田(17)のことを見る

 斎藤M「今日も可愛いなあ…」

  山田に気づかれないうちに目線を下げ、手元の消しゴムを見つめる。

 斎藤M「今日こそは、絶対に挨拶してやる」

〇(回想)教室 昼休み

  賑わう教室の中で友達とご飯を食べる斎藤。視界の隅には山田の姿。山田は一人でコンビニのパンを食べ、窓の外を眺めている。

〇(回想戻り)図書室 夕暮れ

 斎藤M「彼女と友達になりたい。でも彼女はあまり人付き合いを好まないらしい」

  手元の消しゴムを強く握りしめ、顔を上げて彼女の方を見据える斎藤。

 斎藤M「だから、俺は彼女と劇的で運命的な出会いを果たしてやるんだ!」

〇斎藤の脳内 時間の概念は特になし

  本や机、勉学に関係しそうなものがドラえもんの四次元ポケットの中のように飛び交っている。その中心に立って腕組みしている斎藤。眼鏡をかけ、白衣を身に纏い、手には文庫本サイズのハードカバーの本を開いて持っている。これらは全て知的な雰囲気を醸し出そうという演出であり、若干スベっている。

 斎藤M「古今東西、男女の出会い方、付き合い方は人それぞれだ。それこそ億を超える方法があったことだろう。曲がり角でぶつかったとか、転んだ拍子で同級生のパンツ見ちゃったとか、気付いたら異世界にいてひょんなことで美女を助けちゃったとか、実に多種多様だと思う」

  斎藤、それぞれの場面をイメージしてから悔しそうな表情を浮かべ、握りこぶしを固める。その怒りや悔しさを振り払うように小さい円を描きながら歩き、なおも考え続ける。

 斎藤M「しかし、俺が思うにこの世の中で最も現実的で、それでいて最も劇的な出会い方は……」

  斎藤、ここで歩みを止め、開いていた本を勢いよく片手で閉じる。そして顔を上げ、眼鏡を中指でずり上げながら一言。

 斎藤M「手と手が重なる消しゴム拾いだ!」

  以下ナレーションの声に合わせてサンプル映像が流れる。絵はやや古臭く、モノクロな感じ。

 ナレ 「手と手が重なる消しゴム拾い!!それは誰もが一度は耳にし、誰もが一度は憧れるボーイ・ミーツ・ガールのシチュエーション!!その起源、発祥は不確定ながらも、昭和から平成にかけて多くの若き学生を魅了してきたのは、疑いようもない事実である。【壁ドン】が攻めの、積極性を感じる接近シチュエーションであるのに対し、この【消しゴム拾い】の最大の特徴は偶然性にあるといえる。この偶然さ故に多くの思春期の男子たちは、「俺にもワンチャンあるんじゃね?」と期待せずにはいられないのである」

  映像終了と共に斎藤がゆっくりとした歩調で中央へと移動。移動中も少し芝居がかった態度で話す。

 斎藤M「でもまあ実際のところ、このシチュエーションが日常生活の中で起こることはそうない。大抵の場合、二人の人間が同時に消しゴムを拾おうなんてしないからだ。普通は一方が拾うような様子を見せたら、もう一方はその様子を静観する。その結果、このシチュエーションは成り立たない」

  斎藤、移動終了。真ん中に立ち、人差し指を立てながらシメを語る。

 斎藤M「でもそこに故意的な意思が、恋的な意図が介入したら、事態の発生は簡単だ。つまり偶然を装って、必然を起こせばいい」

  今度はシミュレーションの映像が台詞に合わせて流される。映像は紙芝居式で、左下には番号が振られている。

 斎藤M「最初に俺が彼女の近くで消しゴムを落とし、次にそれを彼女が拾う素振りを見せるのを確認する。最後に彼女の意識が下に向いた段階でこちらも腰を屈め、消しゴムを拾うために手を伸ばす。そうすれば必ず彼女の手と俺の手は重なり、二人は運命的な出会いが果たせるというわけだ。我ながら完璧な作戦だ」

  腕を組みながら首を縦に大きく振り、自画自賛する斎藤。しかしそれらの動作をすぐに止めてから、ニヤリと笑みを浮かべる。

 斎藤M「待っていろよ、絶対に君と繋がってやる!!」

〇(脳内世界から戻って)図書室 さっきから一分ほど経過

 斎藤M「行ける、何度振り返っても俺の作戦に欠陥なんてない」

  斎藤、カバンを持ちながら立ち上がり、山田のそばを通る抜ける時に手の平から消しゴムをポロっと落とす。第一段階成功に空いた手でガッツポーズをしつつ、何気ない顔で通りすがろうとする。

  しかし

 山田 「あの、これ…(手の平の消しゴムを差し出しながら)」

 斎藤 「ああどうも、すいません(愛想笑いを浮かべながら)」

  斎藤、平然とした声でそう言うも、彼女の手の平の消しゴムを見て激しく動揺。

 斎藤M「どうしてっ?!どうして彼女がこの消しゴムを今持っているんだ?!」

 斎藤 「あのっ、この消しゴムは……」

 山田 「ああ、さっき私の横を通り過ぎる時に落としていました。ちゃんと筆箱に入れないと駄目ですよ(人差し指を立てながら、小さい子供を叱りつけるように)」

 斎藤 「あはは、横着しちゃって…(愛想笑いを浮かべながら)」

 斎藤M「どういうことだ!?……まさか彼女はこの消しゴムが地面に着くより先に、消しゴムの落下に反応したというのか!?(愕然という表情で)」

  斎藤、心の中で山田のキャッチの様子を想像して頭を項垂れさせ、トホホな気分になる。

 斎藤M「今日はもう駄目だ……。というか彼女の反射神経を考慮したうえで新しい作戦を立案しないと……」

 斎藤 「すいません、ありがとうございました(会釈しながら)」

 山田 「いえいえ、大丈夫ですよ。消しゴムがないと、いつも一生懸命に取り組んでいる勉強が捗らないですもんね(にこやかに笑いながら)」

 斎藤 「えっ?(出来る限り間の抜けた声で)」

 山田 「いつも放課後は図書館で勉強頑張っているじゃないですか。……それに教室でも。気づいていました?私たち同じクラスなんですよ、話したことはないですけど……」

 斎藤 「あっ、ああ、もちろん。ちゃんと知っていますよ」

 山田 「今さらですけど、これからよろしくお願いしますね(彼女、再び笑顔。今度はちょっと幼くて可愛い感じ)」

  斎藤、笑顔に見蕩れて声が出せない。また自分のことを見ていてくれた、知っていてくれたことの喜びで、心臓のドキドキを必要以上に強く感じる(ドクンドクンという心臓の音がSEとして入る)。

 山田 「どうかしました?(上目遣いで覗き見るように)」

 斎藤 「いやいや、何でもないですよ(両手をブンブンと振って顔を隠しながら。出来る限り焦っている感じで)」

  その時斎藤の手、まだ机に置かれていた山田の筆箱にぶつかり、地面に落としてしまう(かシャン、カラカラという感じのSE)。筆箱からは大量のボールペンや鉛筆がこぼれて床に転がる。

 斎藤 「わっ、ごめんごめん(慌てて屈んで筆記具を拾いながら)」

 山田 「あっ、大丈夫。私も拾うから…(椅子から腰を浮かし、俺同様筆記具を拾い集める)」

 斎藤M「……最悪だ。彼女の前で格好悪いところ見せちまった。彼女が俺のことを知ってくれていることについ舞い上がっちまった。……もっと自分を戒めなくちゃ」

  斎藤、山田、ともに落ちた筆記具をせっせと拾う。

  そして最後の一本を拾うとき、斎藤と山田の手、同じペンに触れる。斎藤の右手はペン先側、山田の左手はノック側なのでお互いの手が触れ合ったわけではない。

 斎藤M「その時、俺は自分の身体がまだ知らない何かで満ちていくのを感じた。それは彼女のペンが媒介としての機能を果たした結果、彼女から流れ込んできたものなのか、俺自身の内から溢れ出てくるものなのか分からないけど、ただ心地いいことだけは確かだった。多分そうして二人の手がペンを握った時間なんて数秒にも満たないんだろうけど、それでも俺にとってそれは永遠にも感じられるような幸福な時間だった」

 斎藤 「はいこれ。筆箱落としてごめんね(ペンから手を放し、腰を上げ、右手に握った彼女の筆記具を差し出しながら)」

 山田 「ううん、気にしないで。拾ってくれてありがとう(同じように腰を上げ、差し出された筆記具を受け取りながら)」

 斎藤 「それじゃあ俺、帰るから(半身になりながら。やや早口で)」

 山田 「うん、バイバイ(筆記具を筆箱にしまい、手を振りながら)」

 斎藤 「うん、また明日(彼女に背を向けながら)」

〇帰り道 夕方

  橙色の夕焼けが道を茜色に染め上げていく中、一人でトボトボ歩く斎藤。

 斎藤 「ああああぁぁぁあぁあああぁぁああぁああああぁぁぁぁーーーーー!!!」

  斎藤、足を止め、頭を抱えて激しく上体を揺らしながら絶叫。

 斎藤 「中途半端に関わって、明日からどういう顔して彼女のことを見ればいいんだ!どういう距離感で接していったらいいんだ!?」

  斎藤、叫ぶのに疲れてため息を吐き、右手をじっと見つめる。そして一息ついてから一言。

 斎藤 「どういう距離感も何も……」

  穏やかな風が吹く。斎藤、ここで顔を上げて空を見上げる。

 斎藤 「ボールペン一本分の距離、なのかな……」

 斎藤M「今はまだ、俺と山田は手が重なるほど近くない。これが現実、これが事実だ。でもいつか、絶対に君と手を繋いでみせる」

 斎藤 「だからまずは……」

  斎藤、呟いた後、笑みを浮かべる。吹っ切れたような顔つきに変わる。

 斎藤 「教室で挨拶するところから再出発だな(しっかりした姿勢で歩きだしながら)」

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