コミュニティ
「すみません、お先に失礼します」
だいたいの人に聞こえるよう、声を投げた。少しして先輩が、パソコン画面から目を外す事なく、右手をひらひらと振った。
“お疲れ”
先輩の中では、それが挨拶。別に、話に花を咲かせる、までは求めてない。でも、ちゃんと返す事くらいはすべきだと思う。
仕事と家の往復。窓から見えた夜景にも、ときめきは消えた。
スーパーの安売り。または食材をひとつ用意して、混ぜたら完成する素などで済ませる。一人分が、めんどくさい。
ひとり喋り状態のテレビ、自分だけの、生活音が出にくい独り暮らしには、持ってこいのモノ。
「なにか、おもしろいコト……」
自然と手が伸びた先には、スマートフォン。指先が覚えていて、呟くのが目的のSNSを開く。投稿はしなくて、動画で有名な人とかをフォローしている。リアルの友人に、ありふれた日々を公開するなんて、できない。
「……オークション? 友達をつくる、SNS」
友達ってあるけど、連絡先を聞く人は絶対にいる。IDやメールアドレスの記載を禁止にしたとしても、ゲーム感覚で文字を変えて送信するんだから。穴だらけ。
「………」
馬鹿馬鹿しい、呆れる。そうは思っても、渇ききった喉、水が欲しくて仕方ない。そんな衝動に駆られた。たった独りの部屋に、温もりが欲しい。
指示された通りに記入、進み、あっという間に登録はおわる。
「とりあえず、ランキング上位」
はじめて見るサイトではあるけど、学生時代にやってたブログの経験から、仕組みを理解するのにたくさんの時間は必要なかった。
プロフィール画像に力を入れているようで、清楚系や風俗系。何かに熱中しているオタク系があった。好みのタイプを分かりやすく、といった具合なのかな。
この中で言えば、強いて言うなら、清楚系。
「自撮りとか懐かしい。光入れて、肌白くさせるくらいは良いよね」
設定して、割りと早く反応がきた。ユーザーの多さ、だろうか。
オークションという名だけある。サイト内で使えるお金が手に入った。自分の評価に対するお金。使い道は、アバターを可愛くしたり、格好よくしたり。サイト内でデートさせる為の仕様。自分たちの代わり。
「やっば、もうこんな時間。楽しすぎる……」
髪がしっとり濡れてるのも、そのまま。明日の荷物や予定を確認して、布団にもぐり込んだ。
昨晩は遅かったにも関わらず、サイトの楽しみが私を起こした。バスに揺られて、架空の世界ながらも、確かにいる相手に想いを寄せた。
「
爽やかで、年下だよねー。同じ顔ぶれの社内、トラブルが起きないよう必死だった毎日に、風が通った。
「紛失を防ぐために、提出用と保存用、必ず二つ用意すること。一番上の引き出しに絶対入れとくこと。細かいよね、うちの会社」
覚えるばかりでは、集中が欠けてしまう。あと、同じく面倒なんだと少しでも、気持ちが軽くなったらと、小声で添えた。
高橋くんも、真似て「対策だからと、頷けますけど……やっぱ面倒さが勝ちますね」と、共有できた。
大人になってから感じる、年下との差。何に感動、怒り、大事にしているのか……学ぶことが多い。
「
「うん、大丈夫だよ。どうぞ」
頻繁にではないけど、見かけたら昼食時に、声がかかった。仕事の際も、デスクが近くて経験から、その場の流れから教える側。話しかけやすい印象でもついたかな。
「……あの、違ったら、すみません」
「なにが?」
本人以外に聞かれたくないんだろう、口許を手で覆いながら距離を詰めてきた。そして、彼から出た言葉に、まわりの音が遠くなる感じがした。
「すみません、言うべきではないですよね。転職先に選んでたので、菜穂子さんが居るからって事ではないので……」
「プライベートは何も書いてないし、偶然って事は分かってる。びっくりしただけ。ごめんなさいね」
持っていた割り箸を置いて、両手は膝に。背筋が伸び──…
「一緒に居たい。考えていただけませんか?」
「おばさん、じゃないかな?」
「お姉さん、というのは……怒られますかね?」
これは、諦めそうもないかな。年下彼氏……か。
「手作り弁当でも、してこようかな」
「本当ですかっ!?」
テーブルの少し下の方で、ガッツポーズの仕草が伺えた。遊び心で登録したサイト、フレンド登録にケンっていう男性が居たっけ。程よい距離で、紳士的な印象だった。
実際は、なんにでも真剣で、健気な男の子。
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