願わくば

 机にある時計が、チクタク。


「先生、解けました」


 ベッドに腰掛け、少年マンガを読んでいた先生が立ち上がる。


「おっ、早いじゃん。俺もう必要ないんじゃない?」


 赤ペンを片手に採点していく……とはいっても、間違ってたらチェックを入れるくらいで、ノートに赤が入ることは減っていった。


「うん。充分、大学受かるよ。もう終わりにしよっか」


「はーい」


 必死に頑張るようになったのは、正解数が多かったら、先生との会話が増えるから。

 はじめの印象は、お兄ちゃんだった。わたしが問題を解いてる間は、本棚からマンガを取って読んでる。


「大学受かったら、サークルとかどうする?」


 お兄ちゃんの印象だった──でもやっぱり、年上……大学生で、男性特有の低い声。ふつうにしとくの、大変なんだよ?


「先生と同じところが、いいな。楽しそうですし」


「科学のどこが楽しそうに思えるんだよ。本当にやりたい事するように。いいね?」


 理科の問題、楽しそうに説明するんだから、得意になれるものが増えたらって思うの。


「少女マンガは読まないの? 男ものばっか」


 本棚を眺めて、先生は結論を述べる。


「現実と比べちゃうと……やっぱ違うし、冷めちゃうかな。少年マンガで恋愛が入ってるものは、憧れますね」


「なるほどねぇ」と、先生は距離をつめて……かお、近いっ、「こういう展開のことだよね? 冷めちゃうかな?」


 びっくりして下向いちゃった……急に甘くなる感じは、少女マンガにありがち。


「酷いです」


「ごめんって。さて、そろそろ時間だな。また来週」


 スマホで時間の確認。ふいに見えた画面には、幸せそうなふたりが。

 誰にも邪魔されない時間は、今だけだ。大学に受かったとして一緒に居られることはない。


「わたしと先生が付き合う可能性は、ありますか?」


「……びっくりした。急にそれ言うの?」


「急にだと思います? 以前から想ってた事ですよ」


 先生は少し考える仕草をして、


「問いかけるのは、答えが怖いから? それか、もう答えはわかってる──」


 先生の腰の辺り、服をきゅっと掴む。「好きです。これからも、すき……なんです」


 片手でぐいっと抱き寄せて、やさしく撫でられた。


「どうでもいい奴には、絶対にするなよ。俺に対して、本気なんだな?」


「ほんきでっ…本気ですよ……」


 あーぁ、堪えきれなかった。泣いちゃうなんて。


「気持ちはしっかり受け取る。ありがとうな」


 家庭教師と教え子。受験シーズン。それだけの期間で、突然にふわっと芽吹いた恋。何度も迷った、気持ちをごまかした、でも無理でした。

 先生が楽しそうに話すサークルの事。彼女さんも居るんでしょ? 表情が違う。この期間だけ。わらったり、照れたり、いじけたり──いろんな表情を、わたしだけに。


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