犬と太陽
真名瀬こゆ
断片、記憶、回想
心の在り処
▼side.Dog
身に降りかかる火の粉は、火元から断て――というのは、父が幼い私に叩き込んだ信念だ。
父の職業は弱き者の味方であったり、金の亡者のお守りであったりの弁護士。金と権力のにおいに敏感である父は、最強の名を欲しいままにする手腕と稀なる社交の才能で誰の手も届かないような高く、独りの立ち位置を作り上げていた。
そんな父には、どうにも敵が多い。
そして、そんな敵は狙いやすいところから落とそうとする。
十二年しか生きていない私の短い人生で、誘拐されること五回、刺されること二回、死にかけること一回、暴力を受けることは数えきれない。
私は父の弱点になる。
弱い私は囲って隠され、守られ――なんてことはなかった。本当にこれっぽっちも。
父は逆に私へ力を与えて、私という個人の存在をトロイの木馬に仕立てた。年端もいかぬ少女として敵の懐に飛び込み、父の害となるそれを根絶やすという、人の子とは思えない策略を企てたのだ。
「はぁ、またこれ、いつもこれ。ほんっとーにみーんな揃って考えることは一緒」
最悪だったのは、暴力は私と最高の相性を持っていたらしいこと。
「やべえよ、こいつ!」
「今更ァ?」
人間を越えるのではと思える身体能力に、父から譲り受けた明晰な頭脳。身に染み込ませた護身術の数々と、買い与えられた合法ぎりぎりの防犯武器は人を傷つけることを是としていた。
「可哀想に。こんな子供に負けるとか、恥ずかしくて死んじゃいたくなるネ」
――私は立派な狂犬で猟犬で番犬である。
*****
▼side.Dog
小六。冬。父親が再婚した。
相手は財閥の娘だとか。娘、といっても四十過ぎのババアだし、社会を知らない箱入り娘感が私には受け入れられなかった。
継母ついでに、私のひとつ上の義姉もできた。ほんと、継母を小さくしたような女で、これまた私には合わない。
進学する学校は、絶対違うところを選ぼうと誓った。
中一。初夏。道端で少年を助けた。
礼にと引っ張ってこられたハンバーガーショップでポテトをむさぼる彼は私と同い年らしい。もっと幼いかと思ってた。
「いやあほんと助かった」
「よかったネ」
キラキラと愛想で塗り固められた金髪の少年は、それはもうにこにこと出来のいい笑顔を振り撒く。綺麗な造形。まつげが長すぎて視界に被っていそうだ。
「ええと、俺と飯くってて楽しくない?」
「逆にどこに楽しさ見いだせんだよ」
来たくもなかった店に連れてこられて、お腹も減っていないのにハンバーガーとは。
無感情に少年を観察していたつもりだったが、傍目にはいらつきが隠せていなかったらしい。
せっかくいい暇潰しを見つけたのに、これからというところで、彼に手を引かれて一緒に強制逃走させられたのだ。むしゃくしゃもする。逃げるなら一人で行けっての。
シェイクにささったストローくわえながら、鼻で笑う。
少年はきょとんとして、首をかしげた。
「え?」
「え?」
意外! みたいな顔の彼と、状況についていけない私とが見つめ合う。
――思い付いた事実に、鳥肌がたった。
「……は、まさか礼って飯おごることじゃなくて、あんたと一緒に飯食うことの方?」
「そうだよ?」
しれっと、肯定。呆れた。
「そりゃ、あんたは標的になるわ」
「え? なんで!?」
「……幸せな頭だな」
私は身も心も擦れ切っていて、今更、年頃の少女のような振る舞いはできなくなっていた。それに比べ、目の前の少年は素直に感情を表現していて、羨ましさすら覚える。
でも、こんなバカには死んでもなりたくない。
――これが私と
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