若い感性を否定してはいけない

 若さとは未熟という事だ。そしてそれは、不可逆的性質であるので、当然取り戻すことが出来ない。「美魔女」が若い娘に敵わないのと同じように。外側をいくら磨いても改造しても、じっさい仕方が無いのだ。若さとは、感性だから。


 モスキート音が聞こえなくなる年代になったら、ある程度の諦めが肝心に思う。そして、若さの対岸に渡り、対峙するのだ。決して、向こう側で叫ぶようであってはならんのである。たまにそういう手合いを見ると、「お前はこっちだろうが」と腹が立つ。気持ちは分からないでも無いんだけど、何だろなあ。だから、ロリコンの事は嫌いだ。たぶん、倫理とかそういう問題を抜きにして考えても、カッコ悪いと思う。


 拙著「天狗に攫われたおっさん」は、大人になれない男の話だ。女に変えたとしても、また別の情けなくて悲惨な話が出来上がると思う。何で大人になれないおっさん・おばさんが誕生するのか思うに、思春期・青年期にしっかり大人と戦わなかったからだ。もしくは、いい「敵(かたき)」役がいなかったんだろう。主人公・山田の親たちは、どこにでもいる田舎の夫婦だ。そして、一人息子を何となく育てた。衣食住に困らず、本人の欲しがるものは、あらかた買いそろえる。学業も、「お前は家業(農業)をやればいいんだ」という事で、地元の学校を勧めたんだろう。結果、よそに出ないまま年を取って、気が付いたらああなっていたのである。本人ののんきな性格もあって、親に反発する理由もなくただただ生きている。そんな、田舎ならどこにでもあるような家族の風景。そしてそれが今、引きこもり中年として社会問題になっているのである。今更かよ、である。


 山田が包丁を持ち出した場面の先をどうするか、それが問題だ。世間のステレオタイプは御免だ。たぶんまた、天狗の登場だろうな。ファンタジーが、現実を救うようにしないと、絶望しか無いのだ。


 

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