卑劣

 

 真凛様……。


 控え室に来てから、腕を組んで戦場を見下ろす。

 信頼してるさ。

 真凛様だって弱くない。

 ずっと頑張ってこられた。

 うちのお嬢様を、もしかしたら破滅に導くかもしれない“敵”とすら思ってたのに。


「真凛様……」


 どうか死なないでください。

 危うくなったら空間を引き裂いてでも助けに行く。

 それで失格になったとしても。


「!」


 真凛様の前に現れたのは、昨日アニムを一瞥してそっぽを向いた妖精の一人。

 けれど、なんだろう?

 昨日よりも、目が虚ろだ。


「なんだ?」

「なんだか妙だね。なにか手を加えるかもしれないとは、思ったけれど……まさか?」


 エディンとレオも感じている。

 相手の妖精族の、奇妙な空気。

 離れて見てる俺たちでこうなのだから、対峙している真凛様はよほど気味悪く感じていることだろう。


『始め!』


 ゴルゴダの声がした瞬間、妖精が特攻してきた。

 あの小さな体が、突進である。


「え!」


 ケリーが思いも寄らないという声をあげるのも無理はない。

 妖精族は体が小さくて特攻、肉弾戦になど向かないのだ。

 真凛様も驚いて右に避ける。

 けれど、妖精は速い。

 すぐに角度を変えて再び真凛様に特攻してきた。

 その小さな手には小さなナイフ。

 まずい、あれに毒でも塗られていたら——!


「っ! エメ!」

『了解なのだわ!』


 その特攻もなんとか躱し、身を翻した瞬間。

 またスピードを上げた妖精と真凛様との間に透明な壁が現れて、それに見事に激突した。

 ……ちょっとシュールだし、顔面からイっちまったのは「あ……」ってなるな。

 特攻は威力も高いが、このように壁にぶち当たった時のダメージが全部自分に返ってくる諸刃の剣でもある。

 真凛様の戦い方は基本的に防御重視のカウンター。

 なのだが、あの妖精の特攻は真凛様の防御壁相手だと完全なる自爆技だった。

 とはいえ、まさか妖精が特攻してくるとは俺たちも思っていなかったから驚いだな。

 ヘンリエッタ嬢の話の中にも、そんな戦い方はなかったし。

 まあ、ゲームの中で特攻はしてこなかった。

 そういうシステムないからな。

 攻略サイトにも敵の攻撃パターンに特攻はない。

 すべての種族に、だ。

 ってことは、やはり……。


『……』

「エメ? どうしたの?」

『あの妖精……魂がないのだわ……』

「……え?」


 浮かんだままのエメリエラが呟く。

 思わず鈴緒丸を見上げると、厳しい眼差しで相手妖精を見下ろしていた。

 待て、待て、待て。

 まだ戦争は終わってないぞ……!

 まさか!


『喰らいおったな』

「っ!」

「まさか!」


 それに真凛様は殺していない!

 確かに顔面からイったのは……あれは気絶間違いなしだが、衝突死するほどの威力ではなかったはず。

 それとも、妖精族は人間よりも体が脆かったのか?

 体の貧弱さならば、人間族の右に出る種族はいなかったはずだが!


『いや、最初から魂が半分ほどになっていた。今の一撃で完全に消えた。ただ死ぬだけであればああはならん』

「そ、そうなのか? じゃあ……」


 俺らその辺の魂どうのこうのって全然わからんからな。

 その辺のプロがそう言うのならそうなのだろうと思うが……だが、それだと真凛様がトドメを刺してしまったということにも聞こえる。

 真凛様……!


『許せないのだわ……許せないのだわ……魂を、命を、なんだと思ってるのだわ……』

「エ、エメ? ……わ、わたし……この妖精さんを、こ、殺してしまったの……かな?」

『違うのだわ! こんなの違うのだわ! エメは認めないのだわ! 真凛は確かにエメの力を使ったけれど! エメの力だから真凛は殺してないのだわ!』

「エメ……っ」


 残されたのは血まみれの妖精の戦士。

 エメリエラが叫ぶ。

 無慈悲にも遺体はそのままに、べつな妖精の戦士が現れる。

 そいつも目が虚ろ。

 まさかとは思うが、こいつも特攻を……!


『いかん、ゴルゴダの奴、妖精族の戦士に手を加えている。魂を半分に砕いて、一撃でも喰らえば完全に死ぬように仕掛けている』

「なっ!」

「卑劣な……!」

「というか、それだと普通に俺らの勝ちにならないか? もう俺たちを排除するのは諦めたということか?」

「いや、エディン……巫女も僕らもそもそもこの戦争で、死者を出す予定はなかった。ゴルゴダの養分にしてしまうことになるから。この方法、巫女の精神的なダメージもそうだけど、ゴルゴダ自身の“利”を最優先にした作戦だ」

「!」


 クソ野郎、極まれりだな!

 真凛様に妖精族をとは!


「ゴルゴダ殺す!」

「落ち着けヴィニー!」

「止めるなケリー! 卑怯にも程があるだろうが!」


 許さん、絶対に許さん!

 真凛様……真凛様!

 俺だって耐えられないほど辛かった。

 雷蓮の、殺しに慣れた感覚を得た時も、それはそれでしんどかった。

 なのに、なのに!


「……っ」


 真凛様はただの、普通の! 女の子なんだぞ!

 戦いに巻き込んでしまったのは俺たちだが、あの人に殺しをさせるつもりなんてなかった!

 むざむざ殺させるためにけしかけるだと?

 許せるかよ、そんなの!

 ゴルゴダ!

 どこまでも卑怯な!

 本当に、それでも神か!

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