人魚とのお茶会【前編】

 

 そうして妖精族領から人魚族領に渡り、真凛様はクレヴェリンデの人魚族流お茶会に出席した。

 人魚族のお茶会は池の中で、浮かぶ水泡に載せられたお盆が個別に用意され、その上の物を飲み食いする。

 真凛様が来たのに最初は驚いた人魚族の代表たちだが、クレヴェリンデのハイテンションなお出迎えで瞬く間にこの席が用意された。

 クレヴェリンデの横にいるもう一人の女人形はエラヴィアーナ。

 女王補佐であり、侍女なのだそうだ。

 で、池の端にいる三人の男人魚。

 その中でも特に黒光りした筋骨隆々の人魚が、人魚族の攻略対象——『シェリンディーナ女王国』で騎士団団長を務めるヤフィ。

 人魚族の男は数が女人魚よりも遥かに多く、繁殖と肉体労働以外価値がないといわれ、奴隷同然に扱われている。

 真凛様もそれはご存じのはずだが、控えている男人魚たちの扱いに今のところ違和感をお持ちでない様子。

 敵国攻略対象の中でもヤフィは男人魚の権利向上を望み、『フィリシティ・カラー』のヒロインが手を伸ばした時に“認められた”ことにより自由への渇望に拍車がかかる。

 同じ男として、奴隷の扱いは可哀想だと思う。

 敬愛する相手に尽くすのはいいが、まるで興味のない相手に尽くせというのは「は? 死ね」ってなるじゃん?

 俺の全能力はお嬢様と真凛様のものなので、たとえばエディンに命令されたら殺したくなるのは仕方ない。

 ……ケリーやレオは……まあ……うん。

 って、そういうことではないか。


「わあ……青いお茶の中に星がキラキラしてる……! カワイイ!」

「でしょー!」


 人魚族のお茶はガラスのグラスに注がれており、色は青。

 中にはラメのような小さな星が漂って煌めいている。

 あれ、美味しいのだろうか?

 俺が毒見した方がいい?

 声がけすると真凛様に「大丈夫です!」と言われてしまった。

 ただ、こうして毒見を断る——クレヴェリンデたちの目の前で断ったことは、相手への信頼を示すものとしては最強だ。

 “あなたたちはそんなことをしないと、とても信頼しています”……と、伝えているに等しい。

 クレヴェリンデもそれを理解してなのか、真凛様の答えを聞いた途端、ぱあああっと、すっごいいい笑顔になった。

 ……この女王、顔に全部出過ぎではなかろうか?


「そういえばそこの黒髪も『ウェンディール王国』の王子なのよね?」

「いえ! 俺は王位継承権を持たないし、王子の位は与えられておりませんので王子ではありません!」


 とてもそわそわ聞かれて即答する。

 いやいや、俺は真凛様の婚約者だからな?

 王族の血は確かに引いてるけど、俺は王子じゃないぞ。断じて。


「だとしても少しくらい話をしてくれてもいいじゃない〜」

「人魚族は王子様いないんですか?」

「そこのヤフィはわたくしの弟よ」

「「え」」


 と、クレヴェリンデが指差したのは、まさしく人魚族の攻略対象。

 え! ヤフィってクレヴェリンデの弟だったの!?

 お、王子じゃん!?

 と、思うのだが、人魚族は男が生まれても王位継承権は与えられず、騎士団に入れられる。

 例外はなく、王族に限らず貴族であっても男はすべて騎士団へ。

 平民の中でも男が生まれたら騎士団へ入ることで、搾取されるだけの奴隷生活から抜けられるという。

 ちょっと男への扱いが俺の想像を絶するほど悪いんですが、人魚族。


「ど、どうしてそんなに男の人の扱いが低いんですか!?」

「そうねぇ……歴史的な話にはなるんだけど、この『ティターニア』が生まれ、まだ『大陸支配権争奪戦争』が開催されるようになる前は男主導の国だったのよ。『シェリンディーナ女王国』の前進となる『海神国』は、陸の支配を行うために脚を作り出す魔法を編み出したの。けれど……」


 そもそも、『大陸支配権争奪戦争』のきっかけとなったのは人間族、獣人族、人魚族は他の種族領地に侵攻を行ったためだ。

 そしてその頃は『女王国』でなく『海神国』。

 当時から女人魚は声に魔力を持つ上、数が少なく、守られる存在。

 蝶よ花よと愛でられるための存在だったらしい。

 けれど『大陸支配権争奪戦争』が始まったら、その蝶よ花よと愛でられる存在だった女人魚たちは半疑翻した。

 すべては——。


「人間の王子に会うために!!」

「「…………」」


 お、思ってた以上に人魚族大昔から“人間の王子”への執着やべぇぇぇぇぇええええぇっーーーー!


「そ、そんな理由!?」

「そんな理由!? そんな理由ではないわ!」

「す、すみません!?」


 思わず声に出してしまった。

 速攻で怒られてしまった。

 そ、そんな理由ではないのか……。


「わたくしたちはね、何年も何年も、それこそ大事に大事に愛されて育てられるわ! それは仕方ないのよ、女は数が少ないもの! 事故で死んだらそれこそ大惨事ってくらい!」

「何人くらいなんですか?」

「今二十七人よ。男の人魚は五万人くらいだったかしら? あ、わたくし含めて二十七人ね」

「「…………」」


 すっ——少っっっくねぇぇぇぇぇぇ!?

 いや、少なすぎやしないか!?

 な、成り立つもんなの、それ!

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