人魚とのお茶会【後編】
「ちなみに人魚族の繁殖は産卵よ」
「そ、そうなんですか!?」
「だから男の価値がないに等しいの。わかるでしょう?」
わかりたくないけどそこまで差があるとわからざる得ないというか……。
産卵、ということは大量の卵を産むのか、この上半身美女の人魚が。
まあ、人魚だもんな。
人魚なんだから……だから、まあ、そういう生態なのは、うん、仕方ないというか、別の種族だから、うん——。
特殊性癖じゃん……!
ま、まあ、いい。
とにかく人魚はそのように繁殖し、そのすべてが男の時すらあるという。
それほどまでに格差があるので、女は大切に大切にされる。
無理もない。
が、大切にされる方はその監禁に近い生活に飽き飽きして、せめてもの娯楽である物語に夢中になる。
それ以外の娯楽がないから、のめり込んでしまうので仕方ない。
その物語の中では、囚われた人魚姫を人間の王子が連れ出すのだという。
物語といっても事実を元にしたノンフィクションらしい。
すべての種が戦火に呑まれたその時代に、人間の国も複数あった。
そのうちの一つの国の王子が敵対していた人魚の国の姫と恋に落ち、なにもかも捨てて、彼女だけを連れて行方を晦ましたのだという。
種族の差も、身分も、敵も味方も関係なく、“彼女”だけを選んでくれた王子様。
愛する人と自由を手に入れた人魚の姫。
クレヴェリンデとエラヴィアーナは拳つきで「その物語はもはや生きる糧!」と力説。
そ、そうなんですね。
「ですが……ならばこそ優秀な男はもっと重用すべきでは? その、あまりにも権利がなさすぎるのも、可哀想と言いますか……」
「あら、優秀な人材は重用しているわよ。というより、わたくしだって雄どもがいなければ国が成り立たないことくらいわかっているわ」
「!」
ヤフィが顔を上げる。
いや、他の男人魚たちも驚いた顔をしていた。
女王クレヴェリンデ曰く、女人魚は確かに貴重だ。
けれど、たった二十七人しかいない女だけで一億人近い人魚族と、広大な海を支配できるはずがない。
確かに厳しい縛りと権利を奪い、男人魚は支配されている。
けれどそれは人魚族の過去の過ち——他種族への攻撃や大陸の支配という野心を持った男人魚への抑制でもあるのだと。
「そもそも男人魚が陸を求めたのは女人魚が少ないからなの。他種族の雌を犯すために陸に上がったのよ。だから今、脚を与える魔法は女王しか使えないようにした。他の種を守るためでもある」
「そ、そうなんですね」
「男人魚は歴史を知らなすぎる。ちゃんと学校で教えているのに、過去のことだと馬鹿にして! 自分たちの権利をどんどん減らしてきたのは自分たち男だという事実を理解しない! わたくしだって、男たちがもっと過去を正しく受け止めて学習して、間違いを繰り返さぬように自分たちで自分たちを諌められるようになるのならばここまでの権利剥奪などしないのよ! 義務も果たさず権利ばかり主張する内はダメよ! 認めないわ! 強制的にしないと働かないし、指示がなければ動かない! もう! もう! もおぉ! 本当! 人魚族の男って雑魚!」
熱弁である。
思わずヤフィたちの方を見ると、めちゃくちゃ目が泳いでる。
お、おぉい……。
俺、せめてものフォローをしようと思ったんだぞ?
なんだよその顔ォ!
「うーん……じゃあご褒美制にしてみたらどうですか?」
「ご褒美制?」
「頑張れば頑張った分だけ使える権利が増える、みたいな。人魚族がどんなシステムかはわからないんですけど……ランクを設定して、そのランクまで頑張ったら、お休みできる日が増えるとか、おかずを一品増やせるとか!」
多分真凛様の中の人魚族の生活が学生寮みたいな感じなんだろうなぁ。
おかず一品増やせるとか可愛すぎる。
「なるほど、それは面白いかもしれないわね。優秀なもの、努力家なものが上がってくるというわけね? いいわ、採用しましょう。エラヴィアーナ、すぐに制度を構築するわ。精査や調査も必要だから他の子たちにもそいだんするけど、まずは大まかに十五の段階を作ります。紙とペンを持ってきて」
「は、はい! かしこまりました!」
「え……」
えっ、と、俺も声が漏れた。
エラヴィアーナさんがクレヴェリンデの魔法で脚を獲ると、建物の中に入って紙とペンを持ってくる。
盆の上でさらさらと文字を書いて、時折エラヴィアーナさんや真凛様に「こんなのどう?」と聞く。
し、仕事が早い。
判断も早い……!
「ヤフィ、お前はどう思う? 他になにか望みはあるかしら?」
ざっくりとした制度の基盤ができあがると、クレヴェリンデは当事者となるヤフィたちにも質問した。
女王クレヴェリンデ。
人魚族すべての権利を持つ者。
だが、俺が持っていた独裁者のイメージはもうない。
この女王はまさしく女王だ。
一刻を背負う覚悟と実力がある。
どことなくプリシラを彷彿とさせるほど。
ヤフィは目を見開いてクレヴェリンデを見たあと、震えた声で「旅をしてみたい」と呟いた。
国を出て、世界を見て回りたいのだと。
「そう、それは面白そうね。では最大級の褒美を『一ヶ月間の自由』としましょう。いえ、まずは一週間にして様子を見るべきかしら? 一ヶ月の間に犯罪を行う者も出るかもしれないしね。よその国に行って犯罪を犯す可能性もあるから、それに伴う罰則も付け加えなければ」
「ク、クレヴェリンデ女王陛下……それは、本当に……いただけるのですか……?」
「まだ未定よ。けれどお前の意見も参考にしてもう少し精査するわ。悪用する者が必ず出る。それをお前たちがしっかり取り締まるのなら、一日が一週間、一週間が半年、半年が一年……永遠の自由だってありえるでしょう。すべてはお前たち次第よ」
「っ!」
人魚族はクレヴェリンデが女王でよかったな。
ヤフィの表情から、多分、人魚族はもう大丈夫。
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