旅立つまで【後編】
そうして穏やかに見えて……エディンのじいさんによる地獄の特訓に耐える日々が続き気がつけば三月も末となったある日。
今日も今日とてグラウンドで無限に走らされたわけだが……それを終えて校舎にくたびれて戻った真凛様と我ら従者の元へメグが走ってくる。
「メグ、廊下は走っちゃダメだぞ」
「分かってるけど大変なの! お城に『使者』が来たんだって!」
「!」
「すぐにレオハール様を呼んで来いって、お城から使いが来たの! だから……」
「分かったよ、すぐに行く。みんなも後から来て」
「分かった」
「俺も行く」
そう言ってレオとエディンがメグと共に走り去るのを、タオルで汗を拭いつつ見送った。
残ったのは俺と真凛様とケリーとヘンリエッタ嬢。
顔を見合わせてから、目だけでお互い「ついに来たな」と頷き合う。
戦争は四月一日から六月三十日まで。
総当たり戦で、戦いそのものは毎日ではない。
基本は五体五で、誰かが欠けてもそのままの人数で戦う。
人間には圧倒的に不利な条件。
「問題はゲーム通りになるかどうか、だな」
「そうね……アミューリアの話だと、武神族は人間族を負けさせる為ならルールもねじ曲げそうだし……」
ケリーとヘンリエッタ嬢の心配事。
そう、それなんだよなぁ……。
女神アミューリアのタレコミによると、武神族は人間族をどうにかして負けさせたいらしい。
主に、自分たちのポカを隠す為に。
まったく理不尽極まりないが、相手が神だと思うと「神だしなぁ」という気分になるのが不思議なところ。
まあ、俺の中の『鈴流木雷蓮』は『主人たる主神を酔って落っことすなど切腹もの』と語っているが。
語っているか、というか……俺の一部にそういう思考のようなものが入り込むのだ。
多分これが『鈴流木雷蓮』の思考だろう。
明確に意識があるわけでなく、俺の思考にそういうものが浮かんでくる。
なので明確に「あ、こういう時鈴流木雷蓮はこう考えるのか」「こう考える奴なのか」というのが分かってきた。
まあ、分かってきたからどうってわけでもないんだが。
「…………とりあえず俺たちも行きますか」
「そうだな。巫女殿はヘンリと馬車で来てください。俺とヴィニーは先に行くので」
「あ、は、はい」
今年の一月にスティーブン様に、この現象の事を相談した。
するとスティーブン様はかなり驚いた顔をして、「私は記憶がそのままあるので」と首を横に振ったのだ。
……つまり、俺とスティーブン様の状況は似て非なる、というやつらしい。
どちらかと言うと『
『
そんな奴の記憶がチラチラ入り込んでくるのは、やはり稀なのだろう。
とはいえ、戦いにおいてはこれ以上ないくらいに頼りになる。
「ケリー、馬は俺が預けてくる。先に行ってくれ」
「悪い」
ケリーと馬に乗って城まで行くと、ケリーは使用人にすぐさま謁見の間に通された。
俺も一応馬を厩舎の担当に預けるなり、急かされながら同じ場所に促される。
分かってはいた事だが、いざ、いよいよとなると……変な緊張をするな……。
「ヴィニー」
「レオ」
だが俺が謁見の間前に着くと、扉が開いてレオとケリーが出てきた。
二人とも神妙な面持ち……と、いう事は——……。
「ヘンリエッタ嬢の情報通り、四月一日に『開戦』するそうだよ。謁見の間に迎えがくるらしい」
「迎えが……」
ゲーム通りというわけか。
戦争が終わるまでは、戻ってこれない。
ゲーム通りなら六月末の『決戦』まで、総当たり戦が行われる。
しかし……アミューリアの話だとそうならない可能性もあるんだよな。
「まあ、行ってみてから、という感じですかね」
「そうだね。……まあ、なんにしても来たな、って感じだね」
「そうですね」
沈黙。
レオはいつも通り柔らかく微笑んでいるが、ケリーのその笑みはなんなのか。
めちゃくちゃ怖いわ。
「ちなみにエディンは……」
レオと一緒に先に来ていたはずなのに、謁見の間にはもう誰もいない。
「エディンは陛下とディリエアス公爵と一緒に二ヶ月間の城の守りの話し合いをするって」
「城の?」
「獣人の襲撃があるのではないか、と心配してるんだよ。鳥型の獣人は王都まで来られると分かったからね」
「…………」
なるほど、まあ、確かにな……。
しかし魔法も使わず獣人とこの国の人間が戦えるだろうか?
魔法を使った俺ですら、真凜様のお力を借りて拘束が精一杯だったんだぞ。
「荷物は使用武器、武具のみ、持ち込み可能。他は認めないそうだよ。着替えなどはあちらで用意するが、必要なら二着まで。食事もあちらで用意する、らしいね」
「若干嫌ですね」
「ああ」
「うん、ちょっとね……」
食事とは資本の一つ。
その一つを敵かもしれない奴らに握られるのはシンプルに嫌だ。
とはいえ、ルール違反して漬け込まれる隙を与えてやるのも嫌なんだよ。
武神族はどうしても人間を『通例通り最下位』にしたい。
自分たちのミスを、隠したいからだ。
そのミスというのが本気でひどい。
酔って女神ティターニアのかけらを落っことした、というものなのだ。
まあな、確かに隠し通したい恥だろうさ。
それに巻き込まれる方は冗談じゃないだけで!
「まあ、俺もヴィニーもいつでもいけるよう準備は終わっていますので」
「僕とエディンもだよ。城と王都もね。ただ通達は国中に行わなければならない。早馬を飛ばしても二週間はかかるんだよね」
「鳥型の亜人に頼めば良くないか?」
「あ、その手があったか」
城の中がいよいよ慌ただしくなってくる。
この慌ただしさは、感染するように国中へと伝えられるだろう。
六月の末まで、たったの二ヶ月。
その結果によって、隣国の『獣人国』から攻め込まれるか海側から『シェリンディーナ女王国』が攻め込んでくるか、が分かる。
この二ヶ国が優勝した場合はバッドエンディング。
俺たちも全員殺され、エピローグの二行で『ウェンディール王国』も滅んだ事になっている。
バッドエンドの中でもエルフの国『星霊国』と、妖精の国『カンパネルラ』が勝てば『ウェンディール王国』は自治を認められて放置。
まあ、けど……代表五名は死亡エンドだ、国が生きるか死ぬかって違いだけ。
『ほう、いよいよか』
「!」
現れたのはプリシラだ。
黒い長い髪を靡かせながらによによしている。
すでに実体はなく、以前のように俺にしか見えない。
プリシラの事はみんなにも話してある。
レオや真凛様はエメリエラと会話するので、俺にしかプリシラが見えない話せないってのは意外と受け入れられた。
それでも、未だに空中と話してる俺、という図を想像すると心が痛む。
『ほとんど雷蓮が殺したが、エルフや妖精は前回参加者もいるかもしれない。エルフにドゴルフという者がいたら、前回参加者だ』
「……分かりました、気をつけます」
「? プリシラ様?」
「ああ、エルフや妖精は寿命が長いから、前回参加者がいるかも、ってさ」
「……! そうか、寿命……。僕らとは違うんだよね……」
レオもケリーも顔が強張る。
俺はすでに一度、鳥の獣人と戦っているからその表情の意味はなんとなく分かるよ。
これから会う奴らは、俺たちの常識などまるで通じない、まったく別の生き物。
未知への恐怖というやつだ。
「仲良くなれるといいな……」
「…………。……ふふふ」
「え、なに? ケリー。なんで笑ったの?」
「いえ、貴方が次期王で良かったな、と思った次第です」
「ええ?」
「そうだな」
『うむ! 王の資質が十分だな!』
あ、プリシラからも太鼓判もらったぞ、レオ。
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