偽戦巫女

 

 ランプを持った俺が先頭を歩き、間にケリー、真凛様、一番後ろはディリエアス公爵の剣をかっぱらってきたエディン。

 いや、まあ、緊急事態なのでいいとは思うけどディリエアス公爵の扱いが最近ひどいような?

 薄汚れていてじめっとした通路は、冬場のせいで足下がとても冷たい。

 底冷えする、というのはこういう事だろう。

 今回はプリシラの加護も恐らくは届かないだろうから、メロティスの『女神の力』にエメリエラがどの程度対抗出来るのかが鍵になる。


「……寒くありませんか? 真凛様」

「え、えーと、は、はい、寒いです……」

「ですよね」


 十分程歩いた辺りで一度立ち止まった。

 ドレスの真凛様にはさぞ、お寒いだろうと思ったのだ。

 案の定顔色が悪いので、鈴緒丸の鞘底を通路に押し当てた。


「我を隠し水。温もりを抱き、流れろ。熱水ねっすい


 脳に浮かぶ呪文を唱えると、上下左右の天井、壁、床に薄い水の膜が流れ始める。

 ……ほんと、こういう時はものすごく協力的な男である、鈴流木雷蓮……。

『記憶』の出し惜しみゼロというか……自分から『使え』と差し出してくるようだ、と言えばいいのか……。

 戦巫女様関係過保護ではないか、こいつ。


「わあ、温かいです……!?」

「なんだこれ?」

「……水音がしない。足音まで消えるのか」

「らしいな」


 らしいな、って。

 と、エディンとケリーには不満げな顔をされたが、使った事のない魔法なのだから仕方ない。

 俺……と、雷蓮は『火属性』と『光属性』が極端に苦手なのだが……この魔法は『水属性』の温度調整で温かくしているっぽい。

 お湯が周囲を流れる為とても温かいが、どちらかというとその効果は足音を消す方が本来の用途。

 温度の方は追加サービスだ。

 ……不意に頭にこの魔法の事が浮かんだのだ、多分『記憶継承』で雷蓮の『記憶』に基づく判断が現れたのだろう。


「あったかいです。ありがとうございます、ヴィンセントさん」

「うっ」


 かわ、かわっ……!


「「…………」」

「いっ、いっ、いいえ! さ、さ、ささ先を急ぎましょう!」


 あるぇ、直視出来ないほどに真凛様が可愛い。

 この方、そりゃ元々可愛い人ではあったけどここまで眩しい程可愛かったっけぇ?

 くっ、ケリーとエディンの冷め切ったあの眼差しなんなんだよ!

 まるで——……!


「……………………」


 まるで、まだ自分の気持ちに気付いてないのかこいつとでも言わんばかり。


「————……」


 ああ、気付いてる。

 さすがの俺も、これが、この気持ちがなのだろうと……。

 信じられない。

 前世の年齢合わせたら四十過ぎのおっさんのはずなのに、俺。

 さすがに犯罪くさくない?

 ……いや、ヴィンセントは十九歳設定だから、あり、なのか?

 …………うわ、俺いつの間にか精神年齢五十近い……はっ! やめろ、俺、その先は現実だ、進んではいけない。

 ではなくて。

 好きなアイドルを追いかけてる時の気持ちとも、お嬢様を敬愛するこの気持ちともまるで違う。

 ああ、これが恋というやつなのか。

 俺は——まんまと攻略されてしまったんだなぁ。

 それなのに、悪い気がしないというか、なんというか。

 真凛様は『オズワルドルートおれ』の『ハッピーエンド』に入ってるから、そのつまり、このまま無事にエンディングまでいけば、普通に………………こ……………………っ、ふおおおおおおおっ! 言えるかそんな恥ずかしい事おおおおぉっ!


「ん? ……下りの階段となります。足元にお気を付けください」

「分かった」

「はい」


 真凛様とケリーにはしっかり声掛けしつつ、先に『熱水』を先行させて様子を伺う。

 階段の先には誰もいない。

 足下をランプで照らしながら二人が無事に降りだのを確認して、また俺が先頭になり進む。

 エディン?

 まあ、あいつ一人でなんとかするんじゃね?

 普通に付いてきているし……。


「ヴィニー、この道どのくらい続くんだ……?」

「飽きてきたな? ケリー。……大体城から直進で『王墓の墓』まで二十分くらいだ。あと少しで——ああ、見えてきたな」


 扉がある。

 古びた扉だ。

 そこを開けると、別な通路に合流した。

 ん、見覚えがあるな。

 後ろの三人が扉を潜った後、閉める。


「うわ、石壁に偽装してあったのか」

「前に来た時は気付かなかったな。だが、なるほど、こうやって合流するのか。さすが隠し通路」


 エディンと共に『隠し通路』のロマンを噛みしめつつ、更に進む。

 そして最後の扉だ。

 前回来た時よりあまり気分が悪くならない。


「…………」


 多分、真凛様とケリーがいるからだ。

 この二人は、守る。

 ケリーはまあ、俺が守らずとも強いのは知ってるけど……リース家の執事としてはしっかりお守りしなければならない対象だ。

 真凛様は従者として。

 ……あとは、個人的にだな。


「さて、行きますよ」

「ああ」

「は、はい」

「…………」


 エディンが無言で頷くのが、妙に怖い。

 つーか完全にキレているので触らぬ次期王の騎士に祟りなしだ。

 扉を開くと、巨大な二つの穴を隔てる通路に明かりがついている。

 そして、話し声。

 まあ、ほぼ一人の——女の声しかしない。

 反響してとても分かりやすい。

 つまりここで当たりという事だ。

 気付かれても困るので、ランプは『熱水』の上に置いてきて、中央まで進む。


「!」


 左の穴の中にも松明が置かれ、明るくなっている。

 下にいたのはレオと藍色の髪の少女。

 絨毯の敷かれた地面。豪勢な革張りソファー。

 不似合いすぎる装飾のテーブルと、素晴らしい絵柄の入ったソーサーとカップ、そしてティーポット。

 茶菓子の積まれたケーキスタンド。

 キャッキャうふふ、と一人でマシンガンのように話し続けるその姿は、かつての『マリアンヌ』そのものだが……。


「!」


『マリアンヌ』はレオに抱きついて一人で話し続けているのだが、レオは早速俺たちに気が付いたようだ。

 紅茶を飲みながら、目線だけ合わせてきた。

 まあ、無事通り越してのんびりティータイムとはさすがというかなんというか。

 とりあえずどこから降りたらいいものだろう?

 と、少し先の方を見れば縄梯子なわはしごが固定されている。

 とはいえ、降りてたらさすがにバレるだろうな?


「…………」


 ケリーを見てみると肩を竦めて半笑い。

 親指立てて「俺に任せる?」と聞いてみると一応ケリーはエディンの方を見てみる。

 さすがケリー……俺と違ってたかだか一年程度の付き合いなのに、エディンがレオを大好きな事に気が付いていたのか。

 だが、エディンは答えもせずにジッと藍色の髪の『マリアンヌ』を見下ろす。

 そして——。


「いや、俺が行く」


 と呟いた。

 その呟き声でこちらに気が付くか、と見下ろしたが彼女はレオしか見ていない。

 一歩、エディンが穴に近付く。


「これはこれは、生きておいでとは驚きましたよ」

「!?」


 大声で声を掛けおった。

 俺たちは一歩下がって見学だ。

 なぜならエディンの笑顔がキレてる時のアレなので。

 ま、サポートが必要な時はするけれど、パッと見た感じ戦闘能力はこっちが上だと思うし何より『女神の力』は微塵も感じないのだ。

 むしろなんか隣に真凛様がいる事の方が胸がドッキドッキする。


「あ、貴方は——っ!」

「そういえばレオをいやらしい目で見ていましたものね、貴女は。年甲斐もなく!」


 …………ん?

 年甲斐もなく?


「っ! な、んの事、かしら?」

「その上、年甲斐もなくそのような姿になってレオに近付くとは見下げ果てたものだな。クレア元メイド長!」

「!」


 え?


「!? は?」


 うっかり声に出して聞き返してしまった。

 な、なん、なんだとぅ?

 今なんて——っ!


「…………なぜ分かった?」


 甲高い声が消えた。

 少女の声ではない。

 成人した女性の声だ。

 そして、宙に一人の女が浮かび上がってくる。

 茶色い髪を靡かせた、ドレスを纏った一人の女。

 俺も、話した事のある、人物……。

 去年まで城でメイドを束ねていた人物だ。


「馬鹿な、生きて——!?」

「そもそも死んでいなかったってところだろう。だがまさか、メロティスの『偽の戦巫女』とやらになっていたとは……。王家の事もだいぶ前から裏切ってたのか?」

「私は! 王家を裏切った事などないわ!」

「っ!?」


 キン、と耳に深く響く不可思議な感覚。

 なんだ、今のは?

 脳髄の奥を揺さぶられたような……形容し難い……強い、不快感。


「と、いうか、なんで貴方たちが? メロティスは失敗したの?」

「…………まあ、俺たちが来た時点でお察しだろう?」

「チッ! 使えない! 所詮は女神もどきね!」


 ゆっくり降りてきたのは、ああ、『マリアンヌ』の影も形もない女。

 クレアメイド長……去年、ここで死んだものと思われていた。

 だが、生きている。

 煌びやかなドレスに身を包み、あの化粧っ気のない顔とは別人のような美しい化粧を施した姿。

 長い髪を垂らして、赤い口紅を引いた唇を手袋をした指先がなぞる。

 手袋の指先に着く、赤い色。


「でも、邪魔なんてさせないわ。だってようやくレオハール様を手に入れたんですから! 貴方達は戦争に行って勝利をもぎ取ってくればいいのです。だってそうでしょう? 次期王であるレオハール様を、なぜわざわざ死地に送る必要があるの?」

「それは概ね同意見だが、だからレオを貴女のものに出来るとはならんでしょう。大体、だったらどうするつもりだ? 貴女にその権限があるとでも思っているのか? 陛下が貴女を養女にするとは宣言したが、手続きが完了しているわけでもない。メロティスの企みは我々に露呈している上、すでに亜人族の長殿がメロティス本体の居場所も捜索中。詰んでるんだぜ?」

「…………」


 強く、エディンを睨み付けるクレアメイド長。

 いや、もうメイド長ではなかったな。

 ……しかし、この期に及んでなんて堂々とした振る舞い。

 自分の立場が分かっていないの?


「それに、レオハール殿下の婚約者はうちのお嬢様ですよ」

「ああ、実に不快だな!」


 俺とケリーが不快さを口にすると、フン、と鼻で笑われる。

 ああ、本当に立場が分かってないんだな、この人。


「…………お分かりでないようだが、貴女方の行いは反逆行為だ。この場で処断する事も可能なのですよ?」


 口許が、自然に笑みを浮かべていた。

 あ、これはまずい。

『主君への無礼』は……『雷蓮』の『タブー』だ。

 まあ、俺も嫌いだけど。

 特に——『謀反』『反逆』『裏切り』の類は!


「ヴィンセントさんっ」

「!」


 ああ、無意識に刀を抜きそうになってた。

 真凛様が腕を押さえてくれたので…………う、腕を、真凛様が、ま、まま、真凛様の手えええぇっ!


「あら、わたくしを殺してもいいのかしら?」

「なに?」


 何やら自信満々に笑うクレア。

 エディンが低い声で聞き返すと、得意げな顔で言い放つ。


「わたくしは『ティターニアの悪戯』でこの世界に落とされた異世界人の心を抱えているの。彼女はこの世界の未来を知っていたのです。つまり、わたくしを殺すと異世界の民まで殺す事になりますし、未来の情報も手に入らなくなる!」

「…………」


 ん?

 それって?

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