レオ救出へ
クレイはニコライを連れ、城の中にいるであろうメロティスを捜しに向かう。
メグにお嬢様たちへ経緯の連絡を頼み、なおかつパーティー会場の様子を探りつつ、混乱しているようなら鎮静化してもらうようにお願いした。
時間的にパーティーも終盤だろう。
だが、王家が一人も戻らないのはどう捉えられるから分からない。
お嬢様やスティーブン様が出るだけでも違うはずだ。
パーティー会場にいたケリーとハミュエラ、レオや国王のいるらしい部屋の前で待機していてくれたラスティとも合流する。
「ここで間違いないのか?」
「はい、王家の血筋の気配がするって、エメが言ってました」
ケリーが真凛様へ確認を取り、頷く。
ふむ、それではどうしたものだろう?
さすがに正面突破は——。
「ケリー、何か策はあるか?」
「ん、じゃあ……」
「おっ邪魔しまーす!」
「ハミュエラ・ダモンズーー!」
……さすが空気クラッシャー。
空気は読むものではなく破壊するもの。
ケリーが、策を考えるよりも先に扉の鍵を破壊して中に入った。
……間違いなく今鍵が『バキッ』っていった。
間違いなく力ずくで破壊したな。
恐ろしい子……。
「…………!」
「! 陛下!」
「父上!」
そこにいたのはバルニール陛下とルティナ妃、宰相様とディリエアス公爵。
床にはルティナ妃とディリエアス公爵。
ソファーには陛下とリセッタ宰相が倒れていた。
……レオは——いない!?
「父上! レオは!?」
…………エディンはブレねーなぁ……。
倒れている自分の父親の襟首掴まえて揺すりながら第一声がそれってお前……。
「ヴィニー、一応お前の闇魔法で陛下たちに『魅了』や『暗示』が掛かっていないか確認して、可能なら解いてくれ」
「分かった」
ハミュエラに色々やらかされたが、すぐにいつものケリーに戻る。
闇魔法は正直水魔法よりも難しかったりするので、不安なところではあるが……。
だって闇って水のように実体化しないんだもんよ。
「…………」
まあ、こんな状況で出来ませんとは言えない。
鈴緒丸の鞘の底を、床に着ける。
闇魔法……解除——記憶を、探る……ああ、これだろう。
「鈴流祇流、『地の組』……
床に水を垂らし、その水面に広がる波紋のように……魔力を部屋中に広げる感じ。
様々な魔法による精神異常を、闇の魔力で吸収、吸い出して水の魔力で洗い流し清める魔法。
「うっ……んん……」
「ルティナ様! しっかりしてください!」
ゴッ。
……目を覚さない自分の父親を床に放り投げ、エディンが反応のあったルティナ妃に声を掛ける。
ソファーの下に倒れていたルティナ妃は、頭を抱えながらエディンの声に上半身を起こそうとした。
俺たちは……一応男なのでルティナ妃に触れる事は許されない。
真凛様に頼んで、彼女を支え起こしてもらう。
「大丈夫ですか? 治癒が必要なら……」
「あ、貴女は……確か……戦巫女……?」
「は、はい! 真凛と申します。あの、大丈夫ですか?」
「……わたくしは、一体……? ここは……」
「ダンスホール側の王家の控え室です」
声を掛けるとまだどこかぼんやりした様子で周りを見回す。
そして、ディリエアス公爵や宰相、陛下も倒れている姿に目を見開いた。
「こ、これは!? 一何があったというのです!?」
「それについては俺から説明します。実は……」
ケリーが簡単に事の経緯を説明する。
パーティーで起きた、『偽マリアンヌ』の『王家への養子入り』の話にはルティナ妃は本気で驚いているようだった。
そして頭を抱えて「そんなバカな」と呟く。
……本当に何も覚えていなさそうだな。
「レオも一緒にいたはずなのですが、ルティナ様、ご存じありませんか?」
「……残念だけど、分からないわ。レオハールが……あの小娘に……!」
小娘。
まあ、小娘ではあるけれど。
すんごい忌々しそうに唇を噛んでおられる。
「………………。……あの、ルティナ様、お願いがあるのですが」
「?」
テーブルの横を通り過ぎ、エディンの後ろに膝をつく。
不思議そうな顔をされた。
まあ、これは俺の我儘なので体調が優れないようなら断って頂いて全く構わない、と前置きをして……手を胸に当て頭を下げる。
「母が……愚かにも陛下やレオハール殿下の命を奪い、俺に王位を継ぐよう迫ってきました。今は別室に捕らえております。……もし、可能であれば、愚かな母に、二度とそのような考えが起きぬよう説得して頂けませんか? 俺には…………あの者の顔を見るのも不快でして」
「…………、……、っ……」
少し、どんな言葉を言えば良いのか悩んだ。
そして、一番酷い言葉を選ぶ。
それだけの事をしたのだ、あの人は……。
目を閉じて、思う。
辛かったのは分かる。
いや、俺には想像もつかない程に辛かったんだろう。
でも、それでも、それはいけなかった。
……やらないで欲しかった。
「……そう……、……ええ、分かりました。二度と、そんな事を考えないように、わたくしが……しっかりとお説教して参ります」
「……ありがとうございます」
「よくユリフィエを止めてくれました。感謝します、オズワルド」
「いえ、俺はヴィンセント・セレナードと申します」
「……分かりました。この礼は後日必ず。……それで、レオハールは?」
ルティナ妃が焦ったように周りを見回す。
しかし、ルティナ妃が知らないのであれば……。
「……」
暖炉、は……使われている。
という事は——。
「ヴィニー?」
「…………あぁ……行きたくねぇなぁ」
頭を掻きながら呟く。
広い部屋。
暖炉は……二階の隠し部屋行きだったはず。
その部屋にはもう一箇所だけ隠し通路がある。
行き先は『王墓の檻』だ。
展示された騎士の鎧を正面から左に動かすと、旗の後ろに木の扉が現れる。
……のだが、その騎士の鎧は、すでに左に向いていた。
つまり、旗をこのようにめくれば良いだけの状態になっている。
「! 隠し通路か! この部屋にもあったとは……」
「仕掛けが半分解除されている。……使ったな」
「どこに続いているんですかぁー?」
「…………」
「……まさか……」
さすがにエディンは察しがいい。
俺が「行きたくない」と言う場所。
それも、城の隠し通路。
ケリーの表情も明らかに険しくなった。
マジで行きたくねぇ。
この先は……きっと俺とレオが『兵器にされた』場所。
まして今回はプリシラの気配もないだろう。
『王墓の檻』……あそこは、多分——俺が一度死んだ場所なのだ。
「ハミュエラ、お前はここでハワードと陛下たちが目覚めるまで待っててくれ」
「えー、俺っちも行きたいー!」
「ハワードはハミュエラがルティナ妃をユリフィエ様の部屋に案内してる間、ここの方々を介抱しててくれ。俺たちはこの通路を調べてくる。なにもなければ戻ってくるが、殿下の部屋や怪しいと思う場所の捜索をディリエアス公爵が目を覚ましたらして頂くように伝えるんだ」
「え、待ってケリー、なんで俺っちよりラスティへの指示が詳細なのー」
「分かりました! お任せください! ハワード家の汚名を灌ぐチャンス、ありがとうございます!」
「え〜〜〜……」
……まあ、そういう事である。
「隠し通路をいじり倒されては困るからな」
「うんうん!」
エディンに強めに同意しておく。
いや、マジで。
「わたしも行きます」
「……本当はご遠慮願いたいですが……」
ちらり、とケリーが俺とエディンを見る。
俺とエディンは顔を見合わせ、ケリーの言わんとしている事を……まあ、察した。
真凛様がいれば、『従者』は魔法が使える。
レオは『従者石』を持ったままだ。
つまり真凛様が一緒に来てくれれば、比較的どんな状況にも対応出来る。
エディンは特に、武器など持ってきていないから魔法頼みになるだろう。
あと、魔法が使えるとうちのケリーが最強過ぎるし。
「そう、ですね……」
あまり、この人に汚らしい場所やモノなど見せたくないのだが……。
「ヴィンセントさん!」
「!」
「わたしも! 行きます!」
「…………。はい」
多分、何を言ってもこの方は聞いてはくれない。
そんな強い意志のこもった瞳。
まだ十六歳の女の子なのに……真凛様は、なんとお強いのだろうか。
本当なら普通の学生として、平和な日本で、友達と楽しく遊んで勉強していただろうに。
血腥い戦争に巻き込まれて、それも受け止めて、この先どんな残酷な展開があるか分からないのに……それさえも受け止める強さを宿した瞳。
「何があっても俺がお守りします」
「……、……あ、は、はい!」
ならばせめて、この方は俺が必ず守り抜こう。
戦巫女は、守る。
それは俺と『あの男』の共通の認識だ。不思議な事に。
「よし、では決まりだな。行くぞ」
エディンの声に、隠し通路を振り返る。
待ってろよ、レオ。
今助けに行くからな。
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