ユリフィエ様と俺
「ユリフィエ様、どうしてこちらに?」
「まあ! オズワルド!」
あれから約五分ほど扉の前を観察したが、二人に動きはなかった。
一応『元王妃』が二人並んで扉の前に五分以上佇んで会話するという異様な光景。
正直それだけでもなかなかに十分すぎるが、片方は『死人』であり『重罪人』のはずなのだ。
嬉しそうな顔をして、俺に飛び付いてくるユリフィエ様の肩を押して離れさせる。
「ようやくわたくしの元へ戻ってきてくれたのですね」
「…………」
それもなんのその。
手を伸ばしてきたユリフィエ様から目を逸らし、前方の、扉の前に未だ佇む白いドレスの女を見た。
背中の大きく開いた、胸を強調するドレス。
「それで? 重罪人で無期懲役の貴女がなぜ城の中に? マリアベル様?」
「まあ、オズワルド! 彼女は女神メロディマリア様よ」
「メ……」
もう少しマシな設定と名前思い付かなかったのかな、こいつ。
頭が痛いなー、と思っていたら女……自称女神メロディマリアとやらが口を開く。
「信じられないかしら?」
「まあ、女神は信仰心と魔力のない人間には見えないと聞きますからね。まして……その体はマリアベル元妃の体だろう? メロティス」
「ふふふ、そうね。でも、彼女の体を得た事で、わたくしは妖精の血の力を借り、女神にまで至る事が出来た」
頭がイカれてるんだな。
なるほど。
女神になる、いや、なった。
ヤバイなぁ、相当ヤバイ。
「……まあ、何にしてもお体の弱いユリフィエ様をいつまでもこんな薄寒い廊下に立たせておくわけにはいかない。暖炉のあるお部屋に参りましょう。……ああ、こんなに肩が冷えて……」
「オズワルド……」
「お前にも来てもらうぞ」
「いいわよ。たとえ君が何を企んでても、もうわたくしの計画は果たされている。ふふふふふふふふふふふふ」
「…………」
計画は、果たされている?
こいつの目的って妖精の国に行く事じゃなかったのか?
『オズワルドって呼べばいいのか?』
「!」
スッ、と頭上には黒い髪を靡かせた女神プリシラ!
白いワンピースの彼女は、俺を大層不機嫌そうに見下ろした。
そして、睨むようにマリアベル……いや、メロティスを見る。
彼女の不機嫌の理由は奴らしい。
「どうしたの? オズワルド」
「俺はヴィンセントです」
ユリフィエ様に訂正するついでに、プリシラを見上げて告げた。
すると『そうか、ヴィンセント』と意図を汲み取ってくれた様子。
まあ、腕に絡み付いてきたユリフィエ様は「何を言ってるの、貴方はオズワルドよ」と話を聞いてくれない。
はあ……ここは諦めるとして。
『アタシかい? 変な気配がして眺めてたんだ。アレは何だか分かる?』
「…………」
くっ!
答えられるかぁ!
むしろ俺も知りたいわそんな事!
『あ、そうか。アタシの姿も声もアンタにしか認識出来ないんだっけ。じゃあいいさ。とりあえず一緒に行かせてもらうよ。女神、とかほざいてたけど……混ざり物が多過ぎて、おぞましい。あんなのいつまでもアタシの領域にいて欲しくない』
ぷう、と頬を膨らませる女神プリシラ。
その姿に肩を落とした。
あーもーなんだかなぁ、この状況。
自称女神と、王家の守護女神と、実母。
よくよく考えずとも異様な女三人を連れ、用意していた一室に入る。
扉を閉めた後、暖炉で沸かしておいたお湯でお茶を淹れ、ソファーに座ったユリフィエ様に出す。
嬉しそうにお礼を言われたので、なんとか微笑み返した。
無邪気なお方だ。
だが……ルティナ妃を見た後だとしみじみ「この女性に王妃は無理だな」と思う。
無垢過ぎる。……無邪気過ぎる。
「あら、わたくしには頂けないのかしら?」
「ん? 寝言かな?」
「まあ、オズワルド……女神様に失礼よ」
「それで、なんであんな場所に突っ立っていたんです? 仮にも元王妃のお二人が」
さっさと本題に入ろう。
あまり居心地が良いものでもないし、胸がむかむかもやもやする。
これは良くない、とても。
俺の斜め後ろに浮かびながら、自称女神を睨み付けているプリシラの影響が出る前に。
……だってもしかしから……このまま一人で彼女らとこうしていたら……『トゥルーエンド』に——。
「え? そういえばどうしてだったかしら? ……あ、そうだわ! メロディマリア様がここで待っていれば貴方に会えるとおっしゃっていたから……」
「へえ……ではメロディマリア様とやらは俺に用事でも?」
「そういうわけではないわ。『彼女』……わたくしがカゴを与えたわたくしの『戦巫女』が、どうしてもレオハール王子を『従者』にしたいとおっしゃるから、話し合いの場を用意してあげたの。でも、そこに貴方たちがいたら邪魔をするでしょう?」
「…………」
……えーと。
色々突っ込みたいところがたくさんありましたけれど?
「そうか……お前の目的……全種族の支配か」
「……」
ニィ、と笑む自称女神。
俺の背後が騒ついた。
気持ちは分かるがまだ落ち着いていて欲しい、プリシラよ。
はーあ、と溜息を吐きたい。
そんな事が可能だと思っているのだろうか。
色々考えるのが面倒になるレベルでくだらない。
「色々聞きたい事が増えたが、クレイに負けたお前が俺たち……ひいては他種族の代表に勝てると思ってるのか?」
「……」
今度は一瞬自称女神の方がザワッと凄まじい顔で睨み付けてきた。
だが俺としては後ろの女神様の方が怖い。
俺がそう言い放つとプリシラの方は鎮まったので、彼女も言いたい事は同じのようだ。
まあ、メロディマリア……メロティスもまたすぐに落ち着いた顔に戻る。
「ふふ……あんな一度の敗北で、わたくしの全てが決まるはずもないでしょう? 最後に勝つのはわたくしよ。いえ、もう勝っている。勝利したの。わたくしの『戦巫女』はこの国で最強の手札を『従者』にした。そして、この国も……。あとは他の種をねじ伏せて、手に入れるだけ」
「…………」
「王太子レオハールが手に入れば、クレイもお前も、他の優秀な従者もわたくしの言う事を聞かざるを得ないでしょう? ほら、わたくしの勝ち。ふふふ、ふふふふふふ!」
なるほど……レオさえ手に入れば、か。
確かに考え方としては間違ってないな。
俺もクレイも、そしてエディンも、レオが望むなら従者として戦う。
レオの為ならばお嬢様もケリーもスディーブン様も……みんなが動く。
こいつはそれを見越してレオを引き離し、お得意の『魅了』や『暗示』で洗脳した、という事なのか。
だが、エメリエラは言っていたな。
「まさかとは思うが、お前の『戦巫女』はあのマリーの事か?」
「そう」
陛下が養女に迎えると言っていたあのマリー。
メロティスが目の前にいる事を思うと、あのマリーはやはり本人だったと思うべきだろうか。
心配して損したか?
でも、なぁ……なんだ、この違和感。
ニヤニヤと楽しげに笑うメロティス。
そこで、黙ってお茶を飲んでいたユリフィエ様を見下ろす。
のほほんとお茶飲み過ぎだろ、この人。
もしかしてこの人も……。
「……」
試してみるか。
「ユリフィエ様、お茶のお代わりは?」
「まあ、嬉しいわ! オズワルドの淹れたお茶は美味しいもの」
「ではお淹れしますね」
カップを受け取る時、さりげなくその指先に触れる。
闇の魔法。
魔法の、無効化!
「…………」
メロティスの『魅了』と『暗示』は魔法の一種だとクレイが言っていた。
たが、ユリフィエ様に触れた時なんの感覚もなかった……って、事は……ユリフィエ様は別にメロティスに洗脳されているわけではない。
素であれ、って事だ。
マジか、この女性。
「メロディマリア様とのお話は終わった? ではわたくしとお話ししてくれる?」
お茶を手渡す時、ユリフィエ様が期待に瞳を輝かせながら見上げてくる。
全く、一切話は終わっていない。
むしろこれから物理的に終わらせようかな、くらい思っていたのだが……。
「ユリフィエ様は俺に用があったのですか。それは失礼しました、お聞きいたします」
出来れば手短にお願いします、割とマジで。
「ねえ、オズワルド……貴方はこの国の王太子になるべきなのよ。その為に生まれてきたの。なぜ執事姿のままなの?」
「俺はリース家の執事となるべく修行中の身です。この姿はその決意の表れ。この国の王太子はレオハール様です」
「……そう言う、という事は、貴方は自分がこの国の王家の血筋と自覚の上で生きているの?」
「はい」
全て承知の上だ。
俺の生まれも、生まれた後にどうなったのかも。
知らないのはその事に関して貴女がどう思っているのか、だ。
洗脳もされておらず、壊れたはずの時計の針を時間を進めたというのなら……俺と真正面から向き合って、今度こそ貴女は俺に何を望むのだろう。
「彼は相応しい血筋ではないわ。貴方はこの国で最も選ばれた血筋であるわたくしと陛下との間に生まれた、最もクレース様に近い子なの。クレース様の子と言っても過言ではないわ。王家に黒髪黒目の子が生まれるなんて数百年ぶりなのよ。そのくらい、貴方は素晴らしいの。王太子……いいえ、次期王には貴方がなるべきだわ」
『ブフォォォ! ……っっ!』
「…………」
やべぇ、振り返ってその『クレース様』のご尊顔を拝したい。
今どんな顔してらっしゃるんだろう。
確実に噴き出しておられたぞ、音的に。
俺も笑い堪えるの大変になってんですけどプリシラ様よおおぉ!
「ご、ご冗談を」
耐えた。
俺、偉い。
「本当よ! 貴方は自分がこの国の王家の血筋と知っていると言ったけど、一体どのように過ごしてきたの? わたくしは……貴方が陛下の『人間兵器』の実験で死んだと聞かされてから……記憶が曖昧。でも、貴方が生きていた……わたくしの前にこうして現れた! もうこれは、運命だわ!」
「…………」
俺は多分、笑いを引きずっていたんだろう。
だいぶ柔らかく微笑み返したと思う。
ユリフィエ様はそれをどう受け取ったのか、少し驚いた顔をした。
運命、ねぇ。
確かに運命なのだろうけれど。
「存じております。レオハール様も……
「っ……」
「…………」
剣呑な空気がメロティスの方から流れてくる。
お前の事も忘れてはいない。
横目で見ると、おお、やたらとすごい睨み付け。
なんでお前の気分が悪くなるのか。
「!」
そうか、こいつ……いや、ユリフィエ様とメロティスは同じ目的があったのか。
それで手を組んでいた。
そして、それが……俺が向き合うべき——『真実』。
「知って……」
「知っています。そして、今ようやく貴女方が俺にやらせたかった事も理解した。…………ふざけるなよ、元王妃でありながら……よくそんな事を考えましたね? 軽蔑しますよ」
「!? な……何を!」
驚いてソファーから立ち上がるユリフィエ様を一瞥する。
メロティスとユリフィエ様。
いや、もう一人いたな……マリアベル。
この女たちの共通点——『国王バルニールが消えて欲しい程に邪魔である』。
自業自得すぎて笑えるんだが、マリアベルは復讐の為、メロティスは乗っ取りの為、そしてユリフィエ様は
そして、ユリフィエ様としてはレオを『従者』にして戦争で死んできて欲しい。
メロティスとしては、俺もレオも『従者』にして自分と自分の『戦巫女』は安全なところ——まあこの城だよな——で人間族優勝という朗報を待つばかり。
そして多分、実際に戦地へ向かわせる『戦巫女』は真凛様。
美味しいところだけを持っていくつもりだろう。
浅はかだが、メロティスの能力を駆使すれば難しくはない。
その為の『偽戦巫女』だ。
「……あ、貴方が玉座に座る為には……仕方がないのよ!」
「いつ俺が王になりたいと?」
「違うわ! なるべきなのよ! 貴方は!」
「俺は国を……この国に住む全ての命を背負う覚悟はありません」
無理!
なのできっぱり言い放つ。
ユリフィエ様、貴女の望み通りの息子でなくてすまんな。
前世は親父の期待を裏切ったが……今世は母の期待に応えられないか。
まあ、しかし清々しいくらい罪悪感がない。
心の底からレオの方が王に相応しいと思ってる。
というか、レオ以外、この国の王にはなれない!
「俺はこの国を大して愛していない」
俺が仕えるべきはお嬢様であってこの国の民全てではないのだ。
「レオハール様よりもこの国を愛している者などこの国にはいないでしょう」
お嬢様もこの国をとても愛しておられるけれど、それでも……自分を『国を守る兵器』とまで言う王子が他にいるだろうか。
死んでもいいと。
この国の為に死ぬのだと。
あれ程の覚悟を持つ者が相応しくないと言われたら、他のどんな奴も相応しくない。
「貴女はそんな事も知らずに、血筋だけで俺を王に据えたいと? この国の事も、俺の事も何にも分かっていない。はあ、話がそれだけなら——お前の話に戻しましょうか……メロティス」
『! おい!』
手に刀。
座り込むユリフィエ様とは反対に、メロティスは立ち上がった。
その表情は平静を保とうとしているが、どこか焦っている。
もう遅い。
この部屋は結界……俺の水魔法がすでに発動している。
「黙っていてくださいね、クレース……国の成り立ちを見てきた者として、これ程の不敬は首一つでは足りません」
——……あれ?
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