沈黙と平穏の女神、プリシラ



 はい?

 なんて?

 え?

 マジになんて?

 女神——……


『プリシラ!』

「幻覚……」

『ではねぇなぁ、残念ながら! そう腰引いてんじゃあないよ! それでもアタシの子孫かい!?』

「…………」


 うーん、シャンデリアが眩くて今日も綺麗だなぁ〜。


「…………。いや、え?」

『ところで、さっきから右往左往と何一人でバタバタしてるんだい? 坊や。お腹でも痛いのか?』


 痛いけど今はどちらかというと頭と胃が痛ぇよ……!

 何これ幻覚じゃないなら何!?

 幽霊!? 確かにめちゃくちゃ出そうだけど!

 隠し地下通路の禁書庫とか、めちゃくちゃ出そうなシチュエーションで! す! がっ!


「すいません頭が追い付いていません」

『ああ、なるほどそりゃあそうだな! アタシも子孫と会話したのは…………えーと…………何代目ぶりだったかな? まあ、とりあえずすっごい久しぶりだ! 多分四百年ぶりぐらいかも?』


 テ、テキトー……。

 そしてなんて儚げな容姿とは裏腹に肝っ玉母ちゃん風なんだこの人〜〜……!

 え? 本当に待って。

 クレースって言った?

 女神プリシラって言ったよな?

 は?


「……、……め、女神プリシラ様……と、クレース、女王……は、同じ……人?」

『正解!』


 立てた親指突き出されたよ。

 おっけー、了解そんなノリでくるんだな。

 誰だ『沈黙と平穏の女神』とか語ってたのは。

 これのどの辺りに『沈黙と平穏』があるー?

 クッソ実物見てから言いやがれ!


『いやぁ! 見える、喋れる奴なんて本当久しぶり! テンション上がるぅ〜!』

「…………」


 あまり考えたくないがこれも『クレースの名』を借りた影響なのだろうか?

 ものすごく考えたくないが、もしここにレオや巫女殿がいてもこの『プリシラ』は俺にしか見えないとかそういう状況ではないよな?

 だとしたら俺が今現在進行形で電波受信してる人みたいな事になってんの?

 はあ? 死にたい。


「しょ、少々お待ち頂けますでしょうか? マジで理解が追い付いてこなくてですね」

『それはそうと、今外の世界はどーなってんだい? この禁書庫にくる奴も久しぶりだけど……よりにもよってアイツの著書を引っ張り出すとは普通じゃあねぇな』

「……、……大陸支配権争奪戦争を、あと半年後に控えております。しかし、そんな中現在『ウェンデール』は『斑点熱』という流行病に悩まされておりまして……私は、その終息や戦争に関する情報を求めてここに……」

『はーん、もうそんな時期かぁ。五百年って意外とはえー』

「…………」


 ノ、ノリ、軽……。


「あ、あの、今の口ぶり……その、もしやそれの著者をご存じなのですか?」

『アタシの従者だったからね!』

「…………」


 ほ、本当にそうだったのかー……。

 記録なんてあんまり信用出来ないと思ってたけど。

 それに、女神プリシラはクレースがモデルになっている、という話。

 あれもよもやご本人とは……。


「……その方は異界の剣士であったとお聞きしたのですが」

『そうだね、アイツは異界から来た。大怪我してて、アタシが治した。そうしたらなんて言ったと思う? ……死に損なった、と言ったんだよ! だーから従者にして戦争に連れてったんだ! そしたらクッソ強くて…………、……結局アタシと二人で生きて帰ってきたんだ。いや、うん、本当にクッソ強かった。これ、魔法に関する書。これに書いてある魔法はアイツの世界で使われていた魔法らしい。必要なら写して持っていくといいさ』

「…………」


 異界の剣士の、世界の魔法。

 剣と魔法の世界ってやつだったのか?

 ……ちょっと羨ましいなぁ。

 階段を降りて、テーブルに置いてある『魔法の書』を手に取る。

 プリシラはふわりと宙に浮いて、俺と書を眺められるよう後ろに回ってきた。

 浮くんかい。


「……火、水、風、土、光、闇……そして、雷と氷の魔法?」

『ああ、アイツが言うにはそういう属性があるってさ。魔法は自然の力を借りる。アタシがティターニアと契約して借りた力はまさにその自然の力だった。アイツは水と闇と雷の魔法を使えた』

「!」


 ん!?

 え? いや、なん……今しれっととんでもない事言って……!?

 いや、ヘンリエッタ嬢の話を信じてなかったわけではないが……!

 っ、エメリエラってガチでティターニアだったのかよ!

 それに……!


「みっ、三つの属性の魔法を使える?」

『ああ、奴はそういう意味でも化け物じみた強さだったね。実際戦争でも一人無傷さ。あの四種族全部相手にだよ? ……武神もヤバイと思ったのか、三戦目からはルールを個人戦に変えやがった程さ! ……アイツはアタシの代わりに三人が死んだ後全ての戦いを全部一人で行った。それでも、人数差で負けた。生きて帰ってきただけ儲けだとは、言ったけどね……人間族は最下位……』

「……っ」


 ゴルゴダ……!

 あっ、くっ……また、胸に痛み……苦しいやつがっ!

 ゴルゴダの話を聞いたり、名前を見たりすると起きるって、これ、まさか……。


『! ああ、そうか……アンタ、アイツの魂の転生者だね? ……趣味悪いね、全く。確かにまた会おうとは約束したけど、こんな形、アタシは望んでないっつの』

「……え? あ……」

『一応アタシの効能は沈黙と平穏だ。効果は?』

「……あ、お、治りました。ありがとうございます」


 胸の部分を触れられたら治った。

 あ、ちゃんと効能は沈黙と平穏なんだな?

 性格からはとてもそうは思えなかったけど。


「……と、いうか、じゃあ、やはり俺は彼の、この著者の……」

『そうだろう。その腰にあるのは鈴緒丸だろう? アイツの愛刀さ。いや、神刀と言っていたかな。アイツの主人あるじに強い守りの力を与えられている刀だと聞いているよ』

「主人?」

『アイツはその主人を守れず、みすみす死なせたのだとさ。アイツにとっては思い出すのも辛いようだったから……詳しくは知らない。でも……アンタが苦しいと感じるそれはアイツの生前の苦しみそのものだろう。そうか、アンタは弊害が出るタイプか』

「……………………」


 血の、滴る音が聞こえた気がした。

 もちろん気のせいだろう。

 だが、背中を迫り上がるようなぞわぞわとした感覚。

 吐き気。

 手足の先から凍るような冷え。

 息が詰まる。

 苦しい。

 主人を…………。


「っ!」

『考えるな。アンタはアイツじゃあない。そうだろう?』

「…………っ……、ぐっ……」


 主人、を、守れない。

 死なせてしまった。

 お…………お嬢様……は……!

 俺が、守る、お救い、する……破滅の未来なんて俺が!

 違う、違う、お前の主人じゃない。

 俺はお前じゃない。

 俺の主人は俺が守る。

 一緒に、するな!


「っ……はあ、はあ、はあ……!」

『…………。……もうアンタはここには来ない方がいいな。久方振りに話せる奴と会えたのは、嬉しかったが……ここの、特にこの書はオリジナルだ。アンタに及ぼす影響が強すぎる。アタシという存在も良くないだろう。何しろアタシとアイツは主従関係だった。心は伴わなくともな。……だから、きっとアンタにはとても苦しいはずだ』

「…………」


 っ、て、事は……『クレースの名』ってあんまり関係ない?

 息も絶え絶えに、それを問いながら机に手を掛けて立ち上がる。

 ああ、気が付いたらしゃがみ込んでた。

 クッソツッレェ……。

 プリシラは割とあっさり目に『うん、カンケーねーな』と言ってくれやがった。

 関係ないんかい!


『確かにアタシの名で記憶継承の発現は強くなった。けど、場所のせいで箍が外れ掛けたんだろう』

「場所……」

『そして読んでたもんも悪い。よりにもよって一番怨念が強かった野郎の遺した物を引っ張り出して見てるんだ。全く悪い方にロイヤルストレートフラッシュ!』


 言いたい事はなんとなく分かるけど何言ってるのかはよく分からない。

 いや、言いたい事はなんとなく分かる、うん。

 あと仮○ライダー変身的なそのポーズいらねぇ。


「……いわゆる重なった、という事ですね」

『まあ、そうともいう』

「治るのでしょうか?」

『精神力で抑え込むしかない。あとは、剥奪や強奪で記憶継承の発現そのものを消すしかないだろう。……けどアンタ、王家の血筋の中でもアタシに近いな? だってアタシが見えるし喋れるものな? つー事は候補者だろう? アタシの血筋でしかもアイツの転生者ともなれば反則並みに強いはずだ。候補から外れてるとは思えねーな』


 ……現役戦巫女様よりもタノモシー……。

 くそう、その通りだよ!


「そうですね……ええ……」

『やっぱりな! ……じゃあ戦争が終わってから他の王家の者に記憶継承を奪ってもらうしかないね! これを好機と思ってアイツの力を引き出せば多分アンタ一人でも戦争は勝ち抜けるはずだよ!』


 絶ッッッてーーーに嫌だ!

 何それ怖い。

 お、俺の前世の人ヤバすぎだろ!


「こ、個人に全てを頼るのはいかがなものかと……。やはり戦力はある程度分散させるべきです」

『ああ! また勝手に個人戦なんてルール変えられても困るしな!』

「…………」


 ぐうの音も出ない正論と説得力……!


「しかし、武神……が、勝手にルールを変える事があるなんて……」


 ヘンリエッタ嬢がアミューリアの話としてそんなような事は言ってたが、前回の戦争もそうだったんだな。

 勝手に途中から個人戦にされる。

 最悪かよ……。

 人数的なもので最下位になったって事は対戦相手が不在なら、相手が不戦勝って事?

 …………。

 いかん、また胸がもやもやしてきた。

 考えるのはやめよう。

 もやもやする気持ちはとても理解出来たので。


『ああ、だから……色々な事に備えておきな! ゴルゴダは平然とルールを変える! ゴルゴダがこうと言えば、全てがそうなるんだ。最後なんてクソ食らえみてぇな展開だったよ。エルフが勝者として支配権を得た後に、ゴルゴダが最下位だった人間族……つまりアタシとアイツを殺すようにエルフ以外の種族に命令したんだ。死ぬかと思った、あの時は!』

「そ、そんな事までするんですか!? そんなの、嬲り殺しと同じではありませんか!」

『そうさ! アイツの方が化け物だっただけで!』

「…………」


 本当に俺の前世の人どんだけ化け物だったの……。

 嘘だろ、そっから生き延び……いや、さっき無傷で帰ってきたって言ってたから……生き残ってた獣人、妖精、人魚全員相手に無傷で勝利したって事?

 は? マジそれ人間?

 俺の前世の人めっちゃヤベェ……。


『アイツはこの戦争を武神の遊びだと言っていた。アレはゴルゴダの姑息な遊戯にすぎないって。どういう意味なのか聞いても、胸くそ悪いとかで教えてくれなかったが……』


 そんなような事、書いてあったな。

 姑息な遊戯。

 胸くそ悪いか……さっきのあの感覚、胸くそ悪いとかで済む感じじゃねーんだけど。


『……なんにしても、また具合が悪くなる前にアンタ帰りなよ。もうここには来るんじゃないよ! あ、けど、本はちゃんと片付けて行きな! アタシは物に触れられねーからな』

「え、あ、はい」


 確かにそろそろ帰ろうと思ってたんだ。

 あ、けどレシピ…………いや、無理はやめよう。

 アレをまた、というのはちょっと……マジでキツイ。

 幸い『鈴流祇流』の本読み終える事が出来た。

 使えるかどうかは試してみねーと分からんが……他の本は本棚に揃えて返して……と。


「しかし、ここに来てはいけないとはどういう……」

『アタシの影響下だからさ。アイツとアタシは一応、主従だったからね。アイツにとっては不本意極まりないニュー主人! それがアタシさ!』

「…………」


 その、親指で自分をドヤ顔で指差すのなんとかならなかったんだろうか。

 心強すぎて『信仰の対象』になった理由がとてもわかりみしかなくなってきて、俺は別な意味でつらくなってきたぞ。

 というか、なぜか猛烈に泣きたくなってきた。

 これも前世の影響か?

 違うとしたら俺が泣きたいの?

 わけが分からないよ。


『まあ、だからアンタの体にアタシは良くないって事さね! ……一応言っておくけど、アタシの名をアタシに返してもその影響は残るよ。記憶継承の弊害症状だからね! ソレ! 癒しの力でもそれは治せない。病気ってわけじゃあないからさ! それは女神の奇跡により、契約に基づいて発現してんだ。その症状が出るのはアンタの体質って事!』

「っ……」

『むしろ戦争に行くのならアタシの名は持っておいき! 身体能力も強化されるから役に立つよ! アイツの魔法と剣技だけでも、十分な気はするけど……ないよりあった方が心強いはずだ。戦争だもんね!』

「…………そう、ですね」


 正論だ。

 だが……ここに来るな、という事は……薬の本が写せない。

 いや、まあ、写すくらいならレオに頼んでもいいと思うが。


「分かりました。お暇致します」

『ああ! ……生きて帰っておいでよ』

「…………」


 書き写したノートを持ち上げ、禁書庫の扉を開ける。

 振り返ると、それを言い残してプリシラは消えていった。

 奥の方から順に灯っていた火も消えていく。

 先程までの騒々しさが一瞬で……。

 これもまた『沈黙と平穏』なのだろうか。

 だが……俺はさっきの騒々しさの方が、妙に愛おしい。


「また来ます」


 そう言い残して扉を閉めた。



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