ハイレベル料理教室【前編】
六月も三週目。
とりあえず明日は城に行って書を翻訳、書き写す。
……つもりなんだが……。
「いやぁ、まさかスティーブン様がこんなにやる気に満ちておられたとは……」
「『斑点熱』予防の料理の開発と聞かされては、次期宰相として参加せぬわけには参りません!」
「とはいっても、やはりこの材料で美味しく、かつ庶民でも食べられる料理というのはわたくしたちには思い付かないのよね……」
「そこでヴィニーにお願いしようかと!」
「……胃が痛ェ……」
場所は城の厨房。
メンツはお嬢様、スティーブン様、レオ……レオォォ! お前もかぁぁぁ!
あと、食材提供でアルト。
体調は良いらしい。
そして、情報と食材提供にクレイとメグ。
参考に亜人たちの予防料理を作って食べさせてもらう事になっている。
効果が見込めれば今後亜人たちから、食材の買取なども行う……まあ、商売にしていけるよね、って話。
西区と東区でヘンリエッタ嬢のお父上とうちの旦那様、あとケリーの仕込み含みで亜人特区の町を作る話も進んでいる。
そこから予防料理に使える食材が生産出来るようになれば、旦那様とケリーの思惑は大当たり。
亜人たちも人間たちに受け入れられやすくなる。
まあ、みんな損しないし、ハッピーじゃん?
なので、亜人族の食材は是非とも使いたいのだが……。
「…………」
ど、どれもこれも見た事ない食材なんだよなぁ!
なにこの派手なピンクのヤシの実。
白いゴーヤ?
とぐろ巻いてるネギ……?
と、とりあえずこれらは亜人たちの穴蔵で生産されている野菜。
「あたしらが罹る『痣熱』はエーラのお乳とリリスの花を混ぜたにっがいスープで一発なんだけど、カボチャがない時期はピヤシとホワゴと巻きネギを煮込んだ『マホリ煮』で予防してるってツェーリ先生が言ってた」
「聞いた事ないな……。美味いの?」
「味は気にした事がない」
「…………」
な?
不穏だろう?
「ちなみにこちらがエーラさんのお乳とリリスの花らしいわ」
「……実物を作って試食、という事ですね……」
「え、ええ……」
お嬢様が差し出したトレイに載った瓶に入っている白い液体とピンクの花。
流れる人間サイドの不安の気配。
ははは、アルトよ、クレイと話してみたくてワクワク顔してる場合じゃねーぜ。
試食担当はテメーだ。
体の弱いお前にぴったりな役目だろう?
そんなワクワクしてられるのも今のうちだ……。
「よ、よし……なんにしても味や調理法が分からなければ改良も出来ませんからね……やりましょう」
「はい」
「ええ」
「うん」
と、意気込んで始めた一時間後〜。
「うっえっぷ……!」
アルトが死に掛ける結果に落ち着きました。
「……まあ、控えめに言って不味い」
「そんなストレートに! 仕方ないじゃん、あたしら人間みたいに調味料とか使わないし味覚が薄いんだもん! 人間の味付けが濃すぎるんだよ!」
らしい。
まあな、前世で幼少期飼ってた犬の餌も味がなかったしな。
あ? 小さい頃なら犬の顆粒とか食べちゃうだろ?
え? みんなやるよね?
やるだろ?
やると言ってくれ。
「…………で、お前はなんで俺の後ろから喋ってるんだ? メグ」
「く、空間が尊いからだよ……!」
「どういう事だ?」
「きょ、今日は眩くて直視出来ないの!」
「はあ?」
クレイの後ろからああだこうだと言われても、俺たちもハテナマークを飛ばすしかない。
いや、何? 空間が尊いって。
振り返って見る。
お嬢様、スティーブン様、レオ。
あ……本当だ尊い……。
最近慣れてきていたけど、やっぱこの三人が揃ってると空間が眩い。
長時間の直視は目が潰れる恐れがある。
メグが正しかった。
「……まあ、けど、これは確かに人間には食べられない、かな? いや、飲み込む事は出来なくはないんだけど、ほんのりとした甘さに絶妙なタイミングで猛烈な苦味が襲ってきて、挙句喉に残る感覚がなんとも言えず辛い」
レオの的確な食レポ。
ちなみにこれは『マホリ煮』の感想。
特効薬と言われる『エーラさんのお乳とリリスの花煮込み』は形容し難い喉の奥まで突き刺さる苦味の塊であった。完。
これは味覚の弱い亜人ならばなんとかイケる。
そんな感想。
人間? 人間は多分無理。
なんだろうなこのヤバい苦味は。
人が死ぬ。
「……舌がビリビリとするわ……」
「は、はい……『エーラさんのお乳とリリスの花煮込み』は…………これは、毒物ではないでしょうか……」
「そ、それほどまでにか? 人間は味覚が鋭いと聞いたがそこまでとは……」
お嬢様とスティーブン様がガチへこみしている。
そこへクレイが心配そうに近付くのだが、謎のもやっと感を感じてしまう。
うう、クレイとお嬢様が接近すると不安になる。
とはいえ、メグは空間の尊さに耐えられず助言しか出来なさそうだしな。
「…………っ」
ぶっちゃけ俺も『エーラさんのお乳とリリスの花煮込み』で机の上から起き上がる気力が足りない。
これ程までに苦味でビリビリとするなんて……。
麻痺毒の類ではないのか?
牛の亜人というから普通に牛乳みたいなものが出てくるのかと思ったら軽やかに想像を超えてきた。
これはヤバい。
ある程度心の準備とハードルをクッソ上げしておかないとショック死するレベルだ。
「ど、どう思う、ローナ……」
「そ、そうですわね……一度水分を蒸発させて、粉状に出来ないか試してみますわ。粉から錠剤に出来れば、多少飲みやすくなるかと思います……。ですが、その過程で成分が失われてしまうかもしれませんわ」
「そうか、やはり色々試してみるしかないようだね。特効薬は……人間族には……ええと、これはかなりハードルが高いかな」
「なんだかもうこれを飲むくらいなら『斑点熱』の方がマシのような気さえ致しますぅ……」
俺も同意見です、スティーブン様。
げ、解熱の薬湯のなんと優しい味だった事か……。
解熱の薬湯で治るんだし、これほど強烈な『良薬口に苦し』を体験して生死の境を彷徨う必要はないんじゃなかろうか。
これ程ならばいっそマジで生死の境を彷徨ってる人限定に解禁される劇薬に指定した方がいい。
いや、うんマジで。
「ヴィニー、大丈夫?」
「だ、大丈夫ですが……若干『お嬢様に頂いた薬湯の味が恋しい……』と思いました」
「それは……相当辛い思いをしたのね……」
「お分かり頂けましたか……」
「解熱の薬湯も結構苦いものね……」
お嬢様に背中をポンポンされるが未だ起き上がる気力は出ない。
健康な人が飲むものではない、とだけは結論付けようぞ。
「ヴィニー、ダウンしているところ申し訳ないんだけど……ここから人間が食べられるように改良する仕事が残ってる……!」
「っく……、そ、そうでした……!」
レオに言われて、えいこらしょ、と気合いを入れ直す。
せっかくお嬢様のお手伝いが出来るのだ、根性見せなければ。
……でも出来ればもう少し普通のお手伝いとご奉仕がしたかった……!
「しかし、この苦味はどうしたら良いものでしょうか……」
「まずは苦味の原因を探りましょう。もしかしたら相乗効果で苦味が増しているのかもしれません。あと、こちらの『マホリ煮』に関しても苦味を出す食材……(絶対に白いゴーヤだと思うけど!)から苦味を和らげられるよう、調理法を変えましょう……」
「苦味を和らげる調理法なんてあるの?」
「ありますよ」
アルトは未だ俺よりも重いダメージに起き上がれなくなっている。
ごめん。
俺もこんなにダメージがあると思わなかった。
だから本当にごめん。
「苦い食材ってどれでしょう?」
「一つ一つ試食してみましょう」
というわけで、全ての食材……リリスの花込み……に火を通して、一点一点試食。
「グッ……!」
やはり!
白いゴーヤとリリスの花ヤッベェ!
苦味というかもう……いや、うっぐっ!
「……………………」
……99%カカオのチョコレートチャレンジを同僚とした時の地獄を思い出した。
うん、でも、正直アレよりも苦い。
食えない無理。
むしろ煮込んだ事で苦味が柔らかくなっていたと思われる。
リリスの花は苦味の上限がわからない。
なにこれヤバい、マジ毒草じゃねーの……!
「…………」
「…………ヴィ、ヴィニー……これ、ほ、ほんとうに……はふっ、苦味が、取れ、るの?」
「取ります。お任せください……」
「ヴィニー、少し意地になっていない? 大丈夫?」
「大丈夫です、お嬢様」
ゴーヤか、ゴーヤね。
この世界の白いゴーヤ、ホワゴ。
こいつがボスだ。
リリスの花はもうこれ裏ボス。
まずはホワゴを片付けよう。
「まずホワゴは中の種を取り除きましょう」
ゴーヤと違ってがっつり種が入っている。
いや、ゴーヤも中身は種だけどな。
なんかカボチャみたいな種が入ってた。
それを取り除く。
「出来るだけ薄切りにしましょう」
ゴーヤチャンプルならある程度食感を残したいものだが、こいつは別だ!
どうせ煮込むんだから徹底的に可能な限り薄切りにしてくれる!
「塩で揉みます。大体大さじ一杯分で試してみましょう」
で、更に三十分程この状態で漬け込む。
その間に裏ボスの処理を考えよう。
相手は薬草……の括りと思われる。
こちらも良く洗った後、塩で揉み込み、そのまま塩茹で!
山菜のノリで苦味が和らげば良いんだが……多分無理だろう。
なので、リリスの花は天ぷらにします!
「ヴィニー? 何を作るの」
「物は試しといいますか……」
小麦粉、片栗粉、水。
これらをかき混ぜ、玉も潰して滑らかな天ぷら粉にしていく。
塩茹での終わったリリスの花は、しっかりと水洗い。
フライパンに注いだ油を温め、天ぷら粉で温度を確認。
ぱち、と鳴り揚げ玉が出来たら温度は十分。
花に軽く衣を付け油で揚げていく。
パチパチという音が少し変わったら、箸で持ち上げ、フライパンの縁に沿うようにして油を切り、紙の敷いた皿でもう少し油を切る。
塩茹でしてあるのですでに味は付いているが……。
「どうぞ」
「え、終わり? なんか珍しい調理法だけど……」
「スズルギの料理書に載っていました」
にこり。
和食は大体それで通る。
レオも「へえ?」と納得してくれたので、とりあえず試食してみよう。
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