ラスティの独り立ち
「というわけで、アルト様とハミュエラ様の病を治癒出来ないものかと……」
「そうだったんですね……。分かりました、やってみます!」
昨日の夜、レイヴァスさんと話した事を翌朝即、巫女殿に相談してみた。
場所?
場所は……。
「マリン〜、早く戻らないとマリーがご飯持ってきちゃうよ!」
「あわわ! 今戻るよ!」
「えーと……その、では朝食前に失礼しました」
「あ、いえいえ!」
「では放課後」
「はい!」
……ムッチャ早朝の、女子寮の前。
事情を一緒に聞いていたメグに頼んで、起こして連れてきてもらったのだ。
巫女殿これからご飯か。
「あ、最後に!」
「は、はい?」
「巫女様、マリーの食事になにかご不満でも? あまりお食べにならないと聞きましたが」
それは以前から気になってた事。
それが理由で以前料理教室を開催したのだ。
マリーの奴がクソマズ飯を出している……というわけではないだろう。
一応作る時間が重なる事も多い。
その時に確認したが、マリーの作り方に問題があるようには見えなかった。
では何が問題で巫女殿は食が進んでおられないのか。
「え? えーと……それはあの、普通に量が多くて……」
「え?」
「わ、わたし少食な方なんです。ヴィンセントさんのご飯は美味しいので、自分でも意外なほど食べられるんですけど……洋食は油っこくて、どうも……」
「……そうだったんですか」
「だから、今度また和食を教えてください」
「! ええ、もちろん」
「マリン〜!」
「は、はぁい!」
そうして、メグと共に女子寮に戻っていく巫女殿。
さて、と……俺も朝食作りだな。
今日は巫女殿のところに頼みに行くから、レイヴァスさんとハミュエラんところのジャイルズさんに手伝いを頼んだ。
二人とも普段一人分しか作らないのできっと大変だろう、早く戻らないとな……。
「…………」
しかし、アルトがもし治ったとしてもアルトの母親の方は命を握られたままなんだよな。
なんだろう、この……言い知れぬもやもや。
むかっ腹が立つ、というか、うーん?
そう、なんかこう、腹が立っているのだ。
しかも、普通の腹の立ち方ではない。
ラスティを相手にしている時のエリックを見ている時のような、激しい腹立たしさ。
エリックな。
最近は大分大人しくなっている。
あれだ、ラスティが最近完全無視をするようになっているからだ。
ラスティ、強くなって……ほろり。
いいぞもっとやれその調子だ!
と、そのように思って心の底から応援していたわけなのだが——。
「ヴィ、ヴィンセントさーん!」
「うわぁ! ラスティ様!? どうかしたんですか!?」
「ひどいんです! エリックが、エリックが『スズルギの書』を全部どこかに捨ててしまったんですぅ!」
「……おやおや。…………それはそれは」
お昼時。
薔薇園に先に来て、準備を始めたら突然ラスティに後ろからしがみつかれた。
で、その訴えを聞いた俺はさぞや良い笑顔だった事だろう。
「殺しましょう」
「うわぁ! 待ってください! 学園内で刃物は!」
「チッ……それもそうでしたね」
思わず鈴緒丸を召喚してしまった。
いやぁ、部屋に置いて来ても『来い』と思うだけで来てくれて不思議だけど便利〜。
……さすがにラスティの言う通り、学園内ではまずいか。
というわけで送還。
いやぁ、本当に便利。
シュッと出て来てシュッと消える。
「……し、しかしいつ見ても不思議ですね。それも魔法の一種なのでしょうか?」
「うーん、どうでしょう? 魔法を使う時の感覚に、確かに似ている気は致しますが……」
と、一瞬冷静にはなったものの……。
ラスティはすぐにしゅん、と肩を落とす。
…………おのれ、あのゲス野郎……主人の大切な物を勝手に捨てるとは、学園の外だったらその瞬間俺の手により打ち首だぞ。
「それにしても以前から思っていましたが、奴の言動は目に余りまくります。なぜクビになさらないのですか?」
「……そ、それは、ボクが跡取りとして情けないから……」
「限度があるでしょう?」
「ひ、ひえ……」
あるよなあ? 限度。
もう極刑レベルで無礼千万だろあいつ。
ダメだろアウトだろ。
主人が困る様を笑いながら見てる奴だぞ?
打ち首だ打ち首。
「……エ、エリックは……父や母の命令でボク付きになったんです……。ボクが歴史や考古学に没頭している事に腹を立てて……ボクをそういうものから遠ざけるよう言われているんだと思います」
「成る程。ではラスティ様のご両親を説得すれば話は早いんですね。レオハール様に一筆書いておいて頂きましょう」
「!? えっ! え!? そ、そんな事!」
「実際ラスティ様の知識には助けられております。歴史や考古学を学ぶ人間がいるのは、国にとっても益なのです。それが分からないのであれば、王家より感謝の言葉で以って分からせれば良い」
「っ……け、けれど……わざわざレオハール様のお手を煩わせる必要は……」
「大丈夫ですよ」
つーか、サウス地方は王家に去年
ハワードご夫妻がそこを分からない系の残念な貴族なら、それは仕方のない事だろう。
だが、公爵の爵位を名乗る以上それが分からないのであれば残念ながらその爵位は身に余る。
巨大なその『借り』を思えばレオが一筆書けばまあ、普通黙るだろう。
何より次期公爵であるラスティを守る為だ。
ぶっちゃけ親より余程期待値が高い。
無能な執事を退け、レイヴァスさんやシェイラさん並みの有能執事を付ければ、ラスティならすぐにケリーくらいになりそう。
…………そう考えるとライナス様に使用人がアメル一人なのはやっぱり手痛いなぁ。
スティーブン様に色々ご教授は受けていると思うんだが……。
ライナス様は根本的に人が良すぎて色々と無駄な気がしてしまう。
まあ、横にスティーブン様がおられれば問題ないか。
で は な く !
「五百年前の戦争に関しても、ラスティ様がお持ちの知識は頼りにさせてもらおうと思っておりましたし」
「え? でもヘンリエッタ様が……」
「はい。けれどヘンリエッタ様は女神に与えられた知識。記録ではありませんからね」
「……そうは言われましても……ボクの持つ戦争の知識も大した事はありませ——あ! そうだ! スズルギの書! アルト兄様に昔貰ったやつを読みなおそうとしてたら……」
「アルト様に?」
今の話の流れで思い出すという事は戦争関連なのか?
期待して見詰めると、ラスティはあわあわとしながら半泣きで「小さな頃に王都で会った時に貰って、昔は読めなくて! えっとだから王都の別宅の本棚にずっとしまっていたんですけど……今なら読めるかもしれないと思って取り出してきたんですが……!」と事細かに事情を説明してくれた。
成る程、子どもの頃にアルトがラスティにくれた思い出の品でもあるんだな。
あのツンデレめ〜。
「…………やっぱりエリックは殺しましょう、サクッと」
「だ、ダメです!」
いやいや、アルトとラスティの思い出を踏み躙る行為だろう?
死をもって償うべきだよな?
「ニコライ、いるか?」
「いるぜ」
「きゃあああぁぁ!?」
お、呼べば出てくる仕事モードニコライ。
最近ストーカーのように側にいるな?
まあいいや。
「エリックが書を捨てた場所とか調べられたりするか?」
「動きのおかしなあの執事だろう? 昨夜こっそり使用人宿舎を抜け出して、どこかへ向かったから気になって付けたんだが……」
……さすが蝙蝠。
夜はお強いですな……。
「西区のある屋敷に入り、荷物を持って川辺に行ったのを見た。それと、煙も」
「!」
「…………燃やしたのか」
「まあ、朝見に行ったら灰が山になっていたからそうだろう。……まさかそんな貴重な書物であるとは思いたくないものだが……」
「……………………」
まあ、ニコライにスズルギの書の回収までは求められない。
燃やされた、とするのなら……いろんな意味でエリック死すべし。
ラスティの落ち込んだ表情……いやもう、これは……。
「暗殺するか?」
「しちゃおうか」
「だ、だめです……」
「ラスティ様、慈悲深すぎですよ」
「……き、きちんと確認したいのです……。エリックが本当にスズルギの書を燃やしてしまったのか……。それはどうしてなのか……」
「「…………」」
ニコライと顔を見合わせる。
個人的にはマジで息の根を止めたい。
けれど、ラスティは……あの子うさぎのように震えるだけだった少年が戦おうとしている。
お兄さんたち、それじゃあ口を出す立場にないや。
「そうですか。分かりました、ラスティ様がそう仰るのでしたら……(必要なら殺す。ぶっ殺す)」
「分かりました(とか、考えていそうな笑顔ですねぇ、ヴィンセントさん)」
「あ、ありがとうございます。あの、それじゃあ、ボク……ちょっと行ってきます」
「「…………」」
まあ、大人しく見送るけれどな。
「尾行けますか?」
「おうともよ」
「では、皆様のお世話はこの私が」
「…………。シェイラさんいつから……」
「『やっぱりエリックは殺しましょう、サクッと』辺りからです」
「…………お、お願いします」
気配ないよさすがだよ。
ニコライの登場からほぼいたって事じゃん。
すごいわマジもんの執事……。
俺もまだまだ気配消すの練習しなきゃなぁ!
あ、ニコライに教わればいいか?
「なあ、ニコライ、気配消すってどうやるんだ?」
「え? そうですね……こう、人の意識から逸れるというか……」
おおう、唐突に仕事モードオンニコライ。
意外と人見知りさんなのか?
初対面の相手の前では基本仕事モードなの?
「ふむふむ?」
「なぜそんな事を?」
「執事として教わるスキルなんだが、義父が教えてくれなくてな」
「……でしょうね……」
「どういう意味だ」
「血筋的な意味で、ですよ」
「むう」
そう、まさにそれを理由にされている。
だが、執事としてやっていくのに必要なスキルなんだから教えてくれてもいいと思うんだけど。
戦闘にも応用出来そうだし。
「とりあえずやってみるか」
「そうですか」
気配消し、上手くなってるとは思うんだが……さて?
ラスティの後を
「……習得が早すぎて気持ち悪いですね」
「それ褒めてんの?」
「はい、まあ、かなり」
自分ではよく分からないが、プロに褒められたという事は出来てるんだろうか?
ん? ラスティが使用人のクラスに……。
「!」
使用人クラスの女の子が、教室からエリックを呼んでくる。
廊下で対峙するラスティとエリック。
エリックのあのニヨニヨとした顔よ……!
腹ァ立つな!
「エリック、ボクの大切な本を……捨てたんですか? 今朝、別宅のメイドが君が昨夜別宅にあったボクの本を持っていったと言いに来ました。ボクが必要としているから取りに来たって言って……本当かって……。ボクはそんな指示は出していませんし、本ももらっていません。捨てたんですか?」
ラスティ……。
苦手だったはずのエリックに、しっかり正々堂々真正面から問う姿。
それはとても立派だ。
だが、対してエリックは嬉しそうに笑う。
まるで「ようやく気付いたか」と言わんばかり。
「ええ……」
からのドヤ顔。
「……………………」
「ヴィンセントさん、殺気が漏れていますよ」
「……そうだな、悪い」
せっかく気配を消しても、殺気が漏れては位置がバレるか。
要練習だな。
……だが、この……胸に溜まるどす黒い感情はなんだろうなぁ。
腹が立って、腹が立って……こんなにむかっ腹が立つ理由が、どうにも……。
許せない。
許せない。
許せない……。
主人を蔑ろにする。
主人を裏切る。
主人を悲しませる。
主人を守ろうともしない。
主人を傷付けようとする。
『そんな輩には——死を——』
「……ヴィンセントさん?」
「!」
……なんだ、今の感覚は。
ニコライに呼ばれて……『戻ってきた』ような感覚がした。
「私は旦那様と奥様に頼まれていますからね! ラスティ様がいつまでもくだらない歴史や考古学にうつつを抜かして、大切なお勉強を蔑ろにしないようにしっかり見張るように! と!」
「勉強はやっている。それに、歴史や考古学についての知識はこの国に必要です。五百年前の歴史を今に伝え!五百年後の戦争の為に、今の歴史を記す事は大切な事だから!」
「無駄ですね! そんな事をしても! それが正しく伝わる保証などどこにもない! 無駄! 無駄なのです! 無駄無駄! ラスティ様のやっている事は無駄以外の何者でもない! いい加減ご理解頂きたいものです! 一体何度言わせれば理解出来るんですかねぇ! 貴方様は!」
「っ」
ラスティが、エリックに怯えるように肩を縮める。
背が高く、ラスティよりも大きな体躯が覆うように、大声で畳み掛けるのだ。
目を瞑るラスティに、気付けば鈴緒丸を手に立ち上がっていた。
『殺す』
……人を殺す事があれ程怖いと思っていたのに。
今は
あいつを、すぐに、今この瞬間にも、息の根を……。
「じゃ、じゃあ、ボクの本を……スズルギの書を……燃やしたというのも……」
「燃やしましたよ!」
生き生きと言い放つエリックに、右手が柄を掴んだ。
その瞬間。
「クビです!」
「は?」
え、と体が止まる。
ガクッとしたから引っ張られ、壁際に押し込まれた。
二、ニコライだ。
「何しているんですか本当に」
「え、あ……?」
「殺気が漏れていると、言っているでしょう。それに、今にも飛び出しそうになっていましたよ。暗殺するのなら今ではありません」
「うっ……」
「それに、どうやら風向きも変わったようですし」
「…………」
壁際からもう一度気配を消して覗き込む。
ラスティがエリックを睨み上げていた。
睨み上げられているエリックは、思わぬ反抗でも食らったのか、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になっている。
「な、何をいきなり、い、言い出すかと思えば……あ、貴方に私をクビにする権限は……」
「いいえ、もう結構。主人の私物を勝手に燃やす執事など必要ない。父と母には手紙で断っておきます。家にももう帰れないと思ってくださいね」
「……な……っ」
「当たり前でしょう! あれがどれほど貴重なものなのか! 君は理解していない! そんな価値の分からない者はボクには不要です! 不必要です! 二度とボクの前に現れないでください。では!」
「わ、私がいなくて! 今夜の食事も! 明日の食事も! ええ、そ、それに! 身支度だって! あ、貴方一人では生活の何も出来やしないでしょう!」
背を向けられ、慌てて叫ぶエリック。
しかしラスティは振り返る事もなく言い放つ。
「そうでもないです。ライナス兄様は使用人を連れてきていませんし、王都で雇う事も出来る。だから君はもういらない」
「〜〜〜〜!?」
「さようなら」
かつ、かつ、かつ、かつ……。
気配を消したまま、去っていくラスティの背中を見送る。
座り込み、それを見送った俺とニコライはアイコンタクトを取った。
((スカッとした))
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