巫女殿とレオの不思議空間



 まあ、そんなラスティの独り立ちを見送った放課後。

 場所は魔法研究所の訓練場。

 本日も魔法のイメージ固めである。


「ダメだったんですか?」

「えーと、ダメというか……体質は治せないそうです。ハミュエラくんも先天性なので、もうそれが彼にとっての『普通』だからエメには治せないみたいでした。治癒の力は『健康な状態に治す』ものなので、元々そういう体質の人には効果がないんだそうです……」

「……そうでしたか……」


 つまり基準がすでに『それ』な場合は治せない。

 新しく病に罹ったり、怪我をした場合のみ『治癒の力』は効果を発揮する、という事か。

 むむむ……それなら『お嬢様ルート』で巫女殿がお嬢様の怪我を治せないのは何故になのか……。

 新たな謎だ。

 ますます『お嬢様ルート』に巫女殿やメグを入れるわけにはいかなくなったな。


「すみません、力になれなくて」

「いえ、レイヴァスさんも納得してくれますよ。ちなみに……アルト様はそれを聞いた時、どうでした?」

「……ハミュエラくんの方を治せないのかって……自分は体質だから仕方ないけど、ハミュエラくんの方は病気だから」

「……良い子なんですよねぇ」

「はい、すごく良い人ですよね」


 何その光景、心がえぐり取られそう。

 つらい。


「なになに? 何の話?」


 混ざってきたのはレオだ。

 いやあ、それがかくかくしかじか……。


「『スズルギの書』か……成る程、そういえばそんなのが東の方にあるんだったね。城の禁書庫に何冊かオリジナルが寄贈されていたはずだけど」

「え!」

「読むかい? ヴィニーなら入れるよ。あそこは『クレースの名』を持つ者だけが入れるから、まずは『クレースの名』を借り受けないといけないけど……」

「……………………」

「そんな死にそうな顔にならなくても……」


 えー……知らない人、忘れている人の為に改めてご説明しよう。

『クレースの名』とは、初代女王『クレース・ウェンディール』の名前の事だ。

 王家の者はこの『クレースの名』を借り受け、特別な血筋に与えられた力を引き出す事が出来るようになる。

 一つ、魔力の向上。

 一つ、女神の声を聴く力。

 一つ、不老。肉体が老いなくなる。

 一つ、他者の『記憶継承』を強奪。

 一つ、他者より『記憶継承』を剥奪。

 ……『強奪』と『剥奪』は、かつてとある王子が乱用した為、貴族より恐れられて以後『禁忌の力』に指定された。

 今この国でこの『クレースの名』を借り受けているのはレオと国王バルニールのみ。

 俺とマーシャは生まれてすぐに行方知れずとなっている為、『クレースの名』は借りていない。

 そして恐らく、レオは『声を聴く力』、バルニール王は『魔力の向上』の力を持っていると思われる。

 つまり、俺とマーシャが『クレースの名』を借り受けて得られる特別な力はヤバめなやつ三つのうちのどれか。

 いらんわ! そんなもん!


「……それってやっぱり持ち出し不可?」

「不可」

「だよなぁ……」


 でも読みたい。

 ……そうか、しかし、禁書庫という存在があったか。

 城……盲点だったが……城、城ねえ?


「城といえば、最近マリーが城に出入りしていると聞いているんだが?」

「……それか。僕もアスレイに聞いているよ……」

「! あ、あの、レオハール様……マリーちゃんと仲直りって出来ないんですか?」

「っ!?」


 み、巫女殿〜〜!?

 まだ諦めてなかったんですかぁぁあ!?


「ん? 仲直り? 僕はマリーと仲違いした覚えはないよ」

「え? で、でも、マリーちゃんはレオハール様に直接謝りたいって……」

「……謝る? 何の事だろう……?」


 首を傾げるレオ。

 それに、巫女殿が困惑した顔になる。

 ……はあ、だから言ったのに。


「あのね、巫女。僕とマリーはもう会ってはいけないんだ」

「……え?」

「それが僕らが傷付けてきた人たちへの贖罪だからね……。……僕はマリーを止めなかった。僕がマリーを……あの子をきちんと導けなかったせいで、たくさんの人が傷付いた。あの子は、とても多くの人を傷付けてしまった。これはその報いだし、償いだ。……だから会えないんだよ……僕らは……会ってはいけないんだ」

「…………。……そう、だったんですか……」

「あの子が僕に直接何を謝ろうというのかは分からないけど………………まさかね?」


 レオの表情が曇る。

 俺も、あまり考えたくはないが……レオに対する行いを直接謝りたいとでも言うのだろうか? 今更。

 ……いや、問題はそこではないか。

 レオは、多分……マリーとすでに折り合いを付けている。

 そうでなければ『贖罪』や『会ってはいけない』などの言葉は使わないだろう。

 レオとマリアンヌだった少女の中で、答えは出ていて……折り合いもついている。

 それなのに、その上でマリーは直接会って謝罪したい、と言う。


「…………?」


 変だな?

 なんだ? この違和感は……。

 レオとマリーの間に……ズレが生まれている?


「……エメ、それじゃ分からないよ。なに? その、ズルしてるって」


 あ、いつの間にかレオとエメリエラも会話を始めたっぽいぞ。

 俺が分からない世界が繰り広げられる予感……!


「……全然分からない……」

「ですよね。わたしもエメが何を言っているのかさっぱりで……」


 俺もさっぱりだよ。

 そもそもエメリエラの声が聞こえないからな。

 やばい、逃げるタイミングを失った。

 み、みんな早くきてぇ……!

 エメリエラ参戦のこの不思議空間に巻き込まれて無事でいられる自信がない〜!


「だからそのズルっていうのが良く分からないんだよ。どういうズルなの? …………ええ? なにそれ、エメが分からないのなら僕らにも分からないよ」

「そうだよエメ。えーと、疑惑だけで人を有罪にしちゃいけないんだよ。エメにとっては有罪でも、わたしたちには疑惑の内容が分からないんだから」

「……ええ、そこで拗ねられても……」

「もー……」


 どうやらエメリエラは二人に信じてもらえなくて拗ねたらしい。

 まあな、怪しいのは分かるけど……ズルの内容がどんなものなのか分からなければ確かに対処のしようもないしなぁ。


「「…………」」

「……なんで突然黙るんですか……!」


 しかも真顔で。

 めっちゃ怖い、なに、この状況……!

 エメリエラ二人に何を言ってるんだ!?

 怖い! 会話に混ざれないって思ってるより怖い!


「……いや、エメに……その、愛が足りないって言われてね……」

「愛が足りない〜? そうだな、確かに。じゃあ補充しないとな? レオ、お嬢様とデートすれば良いだろう? 先月は予算関係で休みが潰れてたけど」

「え! と、とと突然な、っな、に!? え!?」

「……そうですよ、ほら、エメもそう言ってますし?」

「ちょ、ちょっとやめてよそんな突然言われても……! こ、心の準備とか色々あるし! そ、それにどこにいけば良いとか良く分からないし、ロ、ローナにも予定とかあるだろうから、め、迷惑かもしれないし……!」


 ……うちのお嬢様とほぼほぼ同じ事を申しております、この王子。


「お嬢様の予定なら問題ないぞ。オールグリーン。お嬢様はお前が連れて行ってくれるところならどこでも嬉しいはずだから…………仕事関係以外のところに連れて行け、仕事関係以外のところへ!」

「うう……そ、そりゃ仕事関係以外のところが好ましいのは分かるけど……仕事以外の話とか、何を話せばいいのか良く分からないし……会話が続かなくてどうして良いのかも分からないし……」

「なんでだよ! 去年はあんなに普通に話せてたくせに!」

「そんなの僕だって分かんないよ〜! 緊張の度合いが半端じゃなくなったんだよ! 僕が知りたいよ〜!」


 くっ!

 前世も今世も彼女なし童貞の俺にはとてもじゃないが良いアドバイスが思い付かない!

 兄貴として恥ずかしい!

 でも仕方ないじゃないか!

 俺もそれどうして良いか分かんない!

 でも、お嬢様の為にもやはりデートはしてもらわねば!

 周囲にレオがお嬢様を軽んじていないというアピールは、絶対に必要だし!


「ま、まあ、時間があるなら色んな場所を検討してみれば良いんじゃないんですか?」

「そ、そうかな? そ、そうだよね? でもどうしたら……」

「ちなみにその日は俺がマリーの見張りを請け負いましょう」

「「…………」」


 前回のような事になっては困るからなァ……!


「う、うん……ヴィニー笑顔が怖い」

「あははははは」

「え、えーと、マ、マリーちゃんならわたしが見張ってます! ……よ?」

「ああ、その日は巫女様にアルバイトもお願いしようと思っておりまして」

「アルバイト?」

「え! 本当ですか!?」


 …………アルバイトという単語に目を輝かせる国賓。

 俺とレオは複雑です、巫女殿。


「え、ええ? み、巫女? アルバイトって、あれだよね? 短期の仮仕事の事だよね? ええ? なんで巫女がそんな事したがるの……?」

「だって……何にもせずに衣食住のお世話になっているのが心苦しくて……。この学園に通ってるのも、タダだし」

「いやいやいやいやいやいやいやいや。君には国からお願いして戦争に参加してもらうんだから気にしなくて良いんだよ!?」

「き、気になっちゃうんですよ!」


 レオ、そこは俺たちが折れるべきだ。

 多分、何を言っても通用しないぜ。

 と、いう意味で首を横に振るう。

 変な顔をされたが、仕方ない。

 これが日本人だ……。


「……まあ、そのような感じで……巫女様の罪悪感を少しでも軽くする為にお仕事を手伝って頂こうかと思いまして。……マリーの監視も出来るし一石二鳥でしょう」

「そうですね! 頑張ります! 何をするんですか!?」

「ふふふ……ドレスの仕立て直しです」

「「ドレスの仕立て直し?」」


 実はやろうやろうと思って溜まっていたドレスがあるのだ。

 主にマーシャへ陛下が大量に贈った、偏りのあるドレス。

 それを軽く仕立て直して、売り捌く。

 これも上流階級の貴族の嗜み。

 本来なら一度着て下に流すだけで十分なのだが、さすがに掃除や洗濯を巫女殿にさせるのは心苦しい。

 辺境の子爵や男爵、伯爵家のご令嬢に流す分に裾を足したりする程度ならまあ、しても構わないだろう。

 あと、何着かはメグ用にサイズ直ししたい。

 メグもクレイのパートナーとして『王誕祭』や『同盟祭』に参加して欲しいからな。

 巫女殿もその中で気に入ったドレスでも見付けてくれれば自分用にして頂いても構わない。

 ……お下がりを国賓に着せるのはいかがなものかと思うが、なんか、その方が巫女殿はご自分の気が咎めないだろうし?

 それならそれで俺がもう少し手を加えて別物みたいにしてやれば良いし?

 一日でせいぜい二、三着程度出来れば上々だろうし?

 名案だろう?


「分かりました、頑張りますね!」

「巫女……」

「なのでレオは俺の存在など気にせず、がっつりうちのお嬢様とイチャイチャしてきてくれ」

「ぅっ!」

「「!?」」


 レオが燃えた。

 いや、冗談でなく物理で。

 すぐ消えたけど。

 …………これからは従者石持ってない時にしないとこっちまで燃えるかもしれない。物理で。

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