お料理教室【中編】



「イースト地方はやっぱり興味深いです……! 一度行ってみたい……!」

「え? ラスティ様、親戚ですよね? イースト地方には行った事がないんですか?」


 色々根深い事情があるとは聞いていたが、親戚なんだし行った事くらいあると思った。

 だが、ラスティはしゅん、と肩を落とす。


「イースト地方は余程の事情がない限り、王族以外の入領には手形が必要なんですよ。親戚の冠婚葬祭であっても、例え公爵家であっても手形はフェフトリー家と王家両方から個人的に発行されるものなので、これがなかなか……」

「まあ、それとラスティはまだ未成年だからな」

「な、なるほど。……しかし随分厳戒ですね?」

「……それこそ宗教上の理由が強いな……。うちの地方はウェンディール王国の属州ではあるが、最東端は我が家の領内であってもほぼ独自の文化文明を築き、鈴流木刀神という独自の神を崇めている。ウェンディール王国は複数の女神を崇めるが、そのように信仰宗教が違う為あちらはあちらで独立国家を樹立しようとした歴史がある」

「え……」


 人間族の中で国が別れそうだったという事か?

 ま、まあ、良き隣人としてやっていくのならそれもありだろうけど……。


「そうなんです、ヴィンセントさんの考えている通り、独立しようとした東端の人々はウェンディールと戦争をしようとしました。でも、それを当時のフェフトリー家の当主が婚姻を結んで抑え込み、今に至るまで派手な武力衝突は最小限になったんですよ」

「そ、そうでしたか……」


 ラスティの補足で色々納得。

 まあ、それでもフェフトリー家はサウス地方やら何やらに色々小突かれて板挟みという状況なわけか。

 なんという難しい立場……。

 フェフトリー家と王家が個人に対して通行手形を発行するのも頷ける微妙さだな。


「…………」


 しょんぼりするアルトを見ていると……うん、確かにヘンリエッタ嬢が言っていたアルトの親父さんの気持ちは分からないでもないな。

 そこまで難しい立場の家の当主ともなれば、コミュニケーション能力は高くなくてはならないだろう。

 体が弱いプラス、こうも面倒くさげなツンデレでは当主に据えるのに不安がある。

 ……だからってその辺りをアルトに説明もせずシングルマザーを連れ回し、その子どもを養子にしてアルトを放ってそっちを可愛がるのは別な話のような気もするけど!


「なんか小難しくてよく分かんねーんだけど……メグ分かった?」

「うーん、確かにあたしもよく分かんなかったけど……つまり美味しいものがたくさんあるけどイースト地方はそれを隠してるって事だよ!」

「ちっげーよ……」


 ひでぇ解釈だなメグ。


「でも、イースト地方ってお豆腐や、お醤油やお味噌があるんですよね? なんだかわたしの世界と似てるみたいです!」

「そうですね」


 実際イースト地方の話を聞く度に俺も前世を思い出す。

 ……『スズルギ』。

 この言葉も……俺の前世と関わりがないとは思えないし……。

 ラスティじゃないけど俺も行ってみたいな。

 結構行くの大変そうだけど。


「………………」

「? マーシャ、どうかしたの?」

「……え? う、ううん?」


 メグがマーシャを心配そうにしている。

 振り向くと不満そうな表情でこちらを睨むようなマーシャ。


「? どうかしたのか?」

「別になんでもねーよ!」


 はあ?

 なんで急に逆ギレ?


「そ、そんな事より続き!」

「あー、はいはい、そうだったな。マーシャは具材は何がいい?」

「お肉!」


 …………どこの脳筋公爵家子息と女好きのクズ公爵家子息だお前は……。


「だめだ、アク取り面倒くさいだろ。野菜の中から選べ」

「えー。じゃあキャベツ!」

「キャベツな。メグは何がいい?」

「えー……あたし野菜嫌いなんだよな〜……お魚がいい」

「出汁をとった煮干しなら添えてやるよ……」

「ほんと!? やったあ!」


 それ喜ぶのかよ。

 ……味なんかほとんどしないと思うんだけどな。


「無難に人参にするか。あとはネギ……」

「ネギはだめ! あたし苦手なの!」

「…………海藻があったな。ワカメでいいか」


 玉ねぎ、と言いかけてメグがだめだったな、とも思ってネギにしたけどそういえばネギも玉ねぎと同じネギの一種か……アハハ。

 亜人といってもネギだから、苦手なものが多いんだよな。

 去年の同盟締結後のパーティーでも『ネギや玉ねぎ、ニラなどの野菜は苦手な種が多いのでNG』って言われてた。

 クレイはレオと違う意味で甘いものが食べられないんだったっけ。

 主にチョコレート類。


「じゃあ各自野菜を切って煮立ったら入れてくれ。……えーと、巫女様とラスティ様、ちなみに包丁を持ったご経験は……」

「わたしは自炊してたので大丈夫です。あ、でもいつもはピーラーで野菜の皮剥きしてたから、包丁で皮剥きは少し不安かも……」

「ボ、ボクは初めてです……」

「では巫女様はマーシャたちと一緒に皮を剥いた野菜を一口サイズに切る役をお願いします。ラスティ様はキャベツを」

「は、はい!」

「はい、分かりました」


 ピーラーか、懐かしいなぁ。

 そんな道具もあったっけ。

 しかし、巫女殿自炊してたのか、ちょっと意外だな。


「巫女様は料理が得意なんですか?」

「え? いえ、あんまり……。作るには作るんですけど、簡単なものだけですね……おひたしとか野菜炒めとか……。いつも一人で食べるから冷凍食品とか出来合いのお惣菜とかが多かったです」

「? 巫女様はお兄様がいらっしゃると仰っておられませんでしたか?」

「え? はい。あ、でも一番上のお兄ちゃんは実家にいないし、二番目のお兄ちゃんはお母さんとお父さんと外食したり、部屋で食べる事が多いんです。わたしはあんまり……構われないというか……」

「…………」


 ん、んん?

 どういう家庭? それ。

 複雑なご家庭、なのかな?


「えっと、そのわたし、本当に平凡なんですよね〜。得意な科目も特にないですし、運動神経はどちらかというと悪い方だし、取り柄もないですし……。それに比べてお兄ちゃんたちは色々凄いんですよ。だから、親の期待はお兄ちゃんたちに偏ってるというか……。二番目のお兄ちゃんはそのせいでなかなか捻くれちゃってますけど」

「ああ、それは少し分かります」

「え、分かるんですか、ヴィンセントさんも?」

「ええ。あまり父と上手くいっていませんので」


 実父の方とな!

 義父の方は別な方向で上手くやれている自信はないが。

 前世の父親はより微妙だし。

 しかし、お母さんともか。

 …………うん、かく言う俺も実母と関係が微妙だわ。


「え、そうなんですか?」

「まあ、会話が成立しないというか……」


 バルニール王とはそもそも会話した事がない気がする。

 ローエンスさんは会話難易度が高すぎるっつーか、面倒くさいっつーか……。

 ……それに、前世は兄貴がいたからな。

 うちの兄貴は強くてなんでも出来る人だった。

 そりゃ、俺も器用な方だったけど料理の腕は未だに敵わないと思う。

 優秀な兄貴に恵まれてしまうと、親はなんとなくそっちに構い倒すもんな。

 まあ、うちの親父は妹可愛いだったけど。

 ……あ、今世もか。


「そ、そんな事ねーよ! 義兄さんと義父さんは仲良いべさ!」

「うわっ」

「マ、マーシャさん、危ないですよ!? 包丁使ってるんですから……」


 突然マーシャが俺と巫女殿の間に割って入ってきた。

 はあ? 急になんだ!?

 巫女殿の言う通り包丁使ってるんだぞ!? あっぶねーな!


「切り終わったよ!」

「あ、ああ、そうかよ。……それなら別に声をかければ良いだけだろうに……どうしたんだよ?」

「別に!」

「なんで怒ってんだ?」

「うるせーさ!」

「? ? ?」


 ……メグはマーシャが怒ってる理由を知ってるんだろうか?

 ちらりと見るとものすごくどうでも良いものを眺める目なんだけど何ソレ。

 本当に何ソレ……!?

 全く、マーシャの奴なんなんだ一体。

 あ、もしかして月のものか?

 それなら豆……大豆とかがあれば良かったな?

 うーん、でも味噌汁に大豆はな〜。

 味噌が大豆で出来てるし、まだこっちでは貴重だしな〜?


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