お料理教室【前編】



「えー、というわけで第一回で終わらせたい料理教室の開催です。講師を務めるヴィンセント・セレナードです、よろしくお願いします。すでに頭痛がするので分量を守らなかったり勝手に素材を追加したり未確認の素材を入れたり等の勝手な行いはするなブン殴るぞ。あ、巫女様とラスティ様は除きますけど」

「ぶー! 何それ差別ー!」

「じゃかしい。……では、教えるメニューを発表します。その名も『味噌汁』!」


 みそしる……と、呟くメンバーを紹介しよう。

 マーシャ、メグ、ルーク、アメルは強制参加。

 和食を習いたいと言い出した、言い出しっぺのマリー。

 なぜか巫女殿とラスティ。

 見学のアルトとその執事レイヴァス・ディオンさん。

 レイヴァスさんはうちの義父より執事のイメージを固めたような老紳士だ。

 まあ、アルトたちがいるのは別にいい。

 だって今日使う味噌の提供者だもの。

 問題は巫女殿とラスティだよ。

 なぜ?

 なんでいるの?

 いや、本当になんで?


「ヴィンセントさん、大丈夫ですか……? あの、頭痛、酷いようなら……あの……」

「あ、大丈夫ですよ。頭痛の種は巫女様ではありませんので」

「じゃあボクですか!? すみません!? でもスズルギの書にある料理に興味があって!」

「ラスティ様でもありませんよー……」


 ……両方です、とは言えんな。

 それに、頭が痛いのはマリーのせいでもある。

 言い出しっぺなのでいるのは当たり前なんだが……こやつ、なぜか巫女殿を今日の料理教室に誘ってきやがったらしいのだ。

 まあ、確かゲーム内でも料理を学んだり練習したりするミニゲーム的なのがあったような気はする。

 いや、『学習行動』だったかな?

 料理を練習すると、ステータスで『家庭的』だかなんだかが上がるんだったっけ?

 攻略サイトで『エディンとケリーは『料理』のパラメータを上げておかないと苦しい』って書いてあったしな。

 なのでまあ、うん、巫女殿が料理を練習するのは……普通?

 けどな〜、やっぱり巫女殿を誘って連れてくる理由が分からない。

 そして、もう一つの頭痛の種、ラスティ……。


「ルーク、アメル、エリックが来たら足止め頼むな」

「は、はい、お義兄さん。……ラスティ様に合わせちゃ駄目なんですよね」

「昨日聞きそびれたけどなんで?」

「ラスティ様に悪影響しかないからだよ。本当ならハワード家の方で解雇してほしいくらいなのにっ」


 料理教室開催は使用人宿舎の厨房だ。

 そこに貴族のラスティが入ってきて料理するのだって本当はあんまり良くない。

 でも今はエリックが使用人宿舎にいる。

 また会わせてしまえばここ一ヶ月の努力が無駄になりかねないんだよな。

 せっかくラスティから引き離したのに……。

 ああ、それから——。


「けほっ……」

「アルト様、大丈夫ですかな?」

「ん、あ、ああ……少し咳が出ただけだ。大事ない」


 ……アルトの顔色が、悪い。

 ショールは掛けてきているが、まだ三月……ウェンディールは雪が残ってる。

 暖炉も大活躍中だが……何か温かい飲み物でも淹れておくか?


「先日古本屋で買ってきた本を夜中まで読んでおられるからですよ」

「うっ」

「そういえばアルト兄様、最近医学書も良くお読みになりますよね」

「きょ、興味が出ただけだ」


 あー、ハイハイ、ハミュエラのせいな。

 分かった分かったこのツンデレめ。


「蜂蜜茶です」

「は? 頼んでいないぞ」

「まあまあ。喉にも良いのでこれでも飲みながらお待ちください」

「…………。わ、分かった、あ、ありがとう……」


 アルトがデレた。

 くそ、これだからツンデレは!


「さて、では本格的に始めるな? まず……やり方だが全員分の味噌汁を味見なんぞしていられないので一つの鍋で作る。……互いに余計な事をしないように見張る意味も込めて」

「そ、そこでなんでわたしたちを見るんさ!」

「そ、そーだよー! 前回のお茶の淹れ方でお砂糖とお塩間違えたりはしたけどー!」

「という余計な実績がある奴がいるので十分に気を付けるようにー。まあ、最低限の材料はこちらで揃えておいた」


 と、テーブルの上を指す。

 まず、市場で仕入れた小魚を乾燥させた煮干し。

 これは出汁に使う。

 そしてアルトが持ってきてくれた味噌の小樽。

 ぶっちゃけこれだけでも味噌汁にはなる。

 というか、俺が見よう見まねで作った味噌とはやはり色も味も旨味も深みも全然違うんだよな。

 はあ! 大変に良い物を頂いたぜ!

 味噌おでんとか味噌コンとか味噌焼きおにぎりとか作りたい!

 ふふふ、まあ、それはまた別な機会に……。

 新しく醤油ももらったから今度こんにゃく作って玉コン作ろう。

 俺の再現した醤油では到底故郷の味にはならなかったが、この醤油ならば——!


「ヴィンセントさん?」

「はっ! あ、すまん、あまりにもアルト様の持ってきてくださった味噌と醤油の使い道が幅広くて想いを馳せていた」

「それ程までに……?」


 いかんいかん、アメルに引かれてしまった。

 ふふふ、それ程までになんだよ。

 まあ、いずれ分かるだろう。

 その最もたる恩恵は唐揚げと生姜焼き辺りか?

 そりゃ、俺の見よう見まね自作醤油もそれなりのもんだったけど、やはり本場の醤油には敵わないからな!


「? ねーねー、義兄さん、材料はこんだけなんさ?」

「意外と簡単そうだね」

「馬鹿どもめ。シンプルな料理だからこそ奥が深いんだ。まずは出汁を取る」

「「えー、あのめんどくさいやつ〜?」」

「はっ倒すぞ」


 この駄メイドどもめ。

 出汁を疎かにするとその時点でダメダメになるのだぞ!

 ……やはりマーシャとメグは料理向いてないんじゃ……。

 あれ?

 さっきゲームの中に料理でステータスが上がる的な事を思い出したけど……こいつらもヒロインだよな?

 じゃあこいつらもそういう項目あるよな?

 なんでコレなんだ?


「ダシ、とはどう取りますの?」

「えっとね、マリーちゃん。出汁はお鍋に水を入れて、お湯を沸かすんだよ。確か昆布出汁は沸騰前の水に入れて出汁を取るんだけど、鰹出汁と煮干し出汁は沸騰後、だったかな?」

「!」


 へえ、巫女殿、多少知識はあるものなんだな?

 まあ、大体合っている。


「本当はもう少し手順ややり方があるんですが……そうですね、概ね巫女様の仰る通りです」

「あ、ありがとうございます。……えっと、手順ややり方……?」

「ええ、残念ながら王都では鰹や昆布は手に入らないんです。なので、小魚を仕入れて数日干すんですが……本来ですと煮干しで出汁を取る場合、臭みの元となる頭や内臓は取り除いておかねばなりません」

「! それでここに用意してある煮干しは砕かれてるんですか?」

「はい、下働きの方々にお願いして頭や内臓を取り除いてもらいました」


 貴族の口に入るものだから、このぐらいはしなければならんのだ。

 あ、もちろん給料は出してるぜ?


「煮干しは昆布や鰹節に比べて出汁が出づらい。ので、本来ですと一晩ほど水に浸けておいた方がよいのです。今回は俺とルークとアメルで昨夜のうちに準備していたこちらをお使い頂きますが」

「さ、3分クッキング……!」

「さんぷんくっきんぐ?」


 俺が取り出してきた鍋に、巫女殿がそんな例えを出すものだからマーシャが変な顔で聞き返す。

 巫女殿、そのネタこの世界の人には通じませんよ。


「え? じゃあこっちのテーブルのやつは? もしかして食べていい……」

「それは現物の見本として置いておいたんだよ。砂糖と塩を間違えてお茶に入れたメグの為に!」

「そ、そのネタ引きずるのやめてよぉ〜!」


 さすが猫の亜人。

 食う気だったのか。


「でも、煮干ししか出汁がないんですね」

「時折昆布は……アルト様に頼んだんですが、大体秋頃なんですよね」

「はい。ヴィンセントさんに頼まれましたので昨年夏場に収穫したものをいくつか……」


 レイヴァスさんが食堂側から頷いてくれる。

 まあな、頼んだのは去年だ。

 昆布っぽいものならあったがやはり昆布そのものとは違うので出汁の味がイマイチ。

 悪くはないんだが……うん。


「しかしあまり数が集まらなかったんだ。確保出来たのは十枚程度だな」

「……特別な時にしか使えませんね」

「…………うっ」

「送ってくださるだけで十分ですよ、アルト様」


 こうして煮干しは確保出来てるしな。

 さて、いつまでも出汁の話はしてられない。


「! うわあ、かまどなんですね……初めて見ました」


 と、巫女殿が俺が鍋を竃にかけるとしみじみ言う。

 そうなんです、竃なんです。

 火加減が難しいので本当はマーシャやメグには早い気もするのだが……。


「巫女様の世界は竃ではないんですか?」

「はい。コンロっていう機械で作るんです。うちはプロパンだったからガスコンロですね」

「がすこんろ?」


 ああ、懐かしいな〜、ガスコンロ。

 こちらの世界で竃には慣れたけど、やっぱ弱火中火強火をスイッチ一つで調節出来るガスコンロが欲しい……。

 ルークはやはり俺と同じように毎日料理するから興味深そうにしてるな。


「さて、これを沸騰させるのですが、その前に味噌汁の具を用意しましょう。マーシャとメグは火の扱いに慣れてないだろうから…………ルークと具材を切るだけでいいからな?」

「義兄さん、今の間はなんだべさ?」

「今絶対バカにしたでしょ?」

「バカになんかしてねーよ、不安が詰まってるだけだ」

「「むむううう〜〜!」」


 そんな顔しても無駄だ。

 お前らに包丁での皮剥きなどさせられるか。

 手の皮までザシュッといく未来しか見えねーわ。


「ルークと、アメルは野菜の皮剥き大丈夫か?」

「あ、それでマーシャさんとメグさんには……」

「うんまあ、そういう事だよ」

「な、ナルホドー。俺は多分出来ると思います!」

「ちょ、ちょっとー! 野菜の皮剥きならあたしも出来ますからねー!?」


 頬を膨らませたまま黙るマーシャは俺の心配に心当たりがあるんだろう。

 うん、賢明だな、お前にしては。


「野菜は何を入れるんですか?」

「特に決めていませんが、巫女様は何か好きな具材はおありですか?」

「あ、わたしはジャガイモが好きです!」

「ああ、いいですね。では一つはジャガイモにいたしましょうか」

「いいんですか? ありがとうございます」


 味噌汁にジャガイモは定番だよな。

 本当は油揚げや豆腐なんかもいいんだけど……豆腐はな〜……にがりの入手方法が……。

 あと、豆腐を作る手間を思うと難しい。

 大豆は畑も広げてもらったから去年よりは収穫出来ると思う。

 まあ、それでもやはり貴重という他ない。


「…………。アルト様、ふと思ったのですがイースト地方に豆腐とかあるんですかね?」

「豆腐? あるぞ。なんだ、お前、豆腐まで知っているのか?」

「じゃあまさか油揚げとか」

「あるぞ」


 イースト地方最高かよ。


「え! お豆腐があるんですか!」

「あ、ああ。巫女も知っているのか?」

「わたしの世界ではお味噌汁の定番です!」

「な、なるほど。まあ、確かに時折うちの食卓にも出るな。……し、しかし……」

「そうですね、豆腐を王都まで運ぶのは……」

「それならば職人を連れて来た方が早い気もするが……可能なのか?」

「どうなのでしょうね? 材料はともかく道具なども必要でしょうし」


 と、アルトとレイヴァスさんが顎に指を当てがいながら天井を仰ぎ見る。

 むむむ、やはり豆腐の入手は困難か。

 まあ、どのみち今日は無理だしなー。



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