お嬢様とレオの初デートですよ!【4】



「お願いします、レオハール様に直接謝罪させてください!」

「…………」


 必死な様子のところ申し訳ないが、アンジュと顔を見合わせてお互いの表情を確認してから溜息をついた。

 このお嬢さんは、どうも自分の立場を正しく理解出来てないな。


「マリー、君は本来極刑だったのは自覚があるのか?」

「え? ……あ、ええと、ええ、まあ、はい……。けど……」

「けどじゃないんですよ。巫女様のご慈悲でアンタをルコルレへ送り帰すのは見送りましたけど、その時に殿下への接触は禁止しましたよね?」

「え?」

「ん?」


 アンジュが腕を組んで睨みつけると、マリーは驚いたように声を上げる。

 その事が意外だったのかアンジュが聞き返す。

 その様子に、マリーは狼狽うろたえる。

 え? まさか本当にアンジュの提示した禁止事項を理解してなかったか……忘れていたのか?


「……す、すみません……でも……」

「デモもヘチマもだけどもですがも全部なしなんすよ」

「…………」


 ルークがすすす、とアンジュの後ろから俺の後ろに移動してくる。

 気持ちはとても良く分かるが俺もアンジュには頭が上がらないので無意味だぞルーク……。


「お城での生活が長いから、いまいち身分についての知識や自覚が希薄なのかもしれませんけどね……本当ならお目にかかる事さえアンタは許されないんですよ。謝罪? 会わないように心がける事が一番の謝罪でしょうね」

「……そ、そんな……」

「これ以上言うのなら巫女様が何と言おうとルコルレに返しますよ?」

「…………っ」


 アンジュさんカッコいいです。

 よくぞ言ってくれました。

 ちらりと巫女殿を見ると、申し訳なさそうな表情。

 巫女殿はマリーの為を想って連れてきたのだろうが、逆効果なんだよな。


「あの、ヴィンセントさん……やっぱり、どうしてもマリーちゃんがレオハール様に謝るの、難しいものなんですか?」

「…………」


 ちら、とルークが俺を見上げてくる。

 そのなんとも複雑そうな表情。

 まあな、ルークはレオがこの偽姫のお陰で日々どんな目に遭わされていたのか、よく知らないだろうしな。

 マリーがルコルレ街に追いやられたのと入れ替わりで、ケリーが拾ってきてアミューリアに来たわけだし。

 まあ、ルークはともかく巫女殿の無垢な眼差しだよ、問題は。

 俺、言いましたよね?

 それを踏まえた上でそう仰るのであれば……。


「難しいというよりも、謝って許されるものではないのです。お嬢様のマリーへの処置は、彼女の命を救う為でもありました。以前も申し上げた通り本来ならば極刑やむなし」

「もっと言うと晒し首レベルなんすよ〜」

「っ!」


 ギョッとする表情のお二人。

 巫女殿はともかくお前もその自覚なかったんかい、マリー。


「わざわざ掘り起こしてもマリーの身が危険にさらされるだけです。それともマリーは死にたいんですか?」

「そ、そんなんじゃありません……!」

「まあけど、実際レオハール殿下が王太子になられて損をした貴族は少なくありませんからね〜。ルティナ妃が裏から手を回して、マリアンヌ姫派の貴族を根こそぎ左遷したり爵位下げたり中にはお取り潰しになったところもありますし〜」

「ええ!? ルティナ様、そんな事してたのか!?」


 俺それ知らないんですけど〜!?


「でしょうね。あまり表立って行われませんでしたから。先月の『忠誠の儀式』でこっそりごっそりやられてましたよー」

「こっそりごっそり……」


 それが一番怖い気がするのは俺だけか?

 つーか、ルティナ様容赦ねぇな……!

 マリアンヌ姫派だった貴族って、つまり自分の弟、ゴヴェスの仲間みたいなものだろうに……。

 本気で自分の実家を解体した挙句、その派閥まで根絶させてのか!?

『忠義の儀式』とか興味なかったけど、今後は注視しておいた方がいいかも。


「ルークは知っていたのか?」

「はい、お父さんにお聞きしました。家も売り払うので、あとは残った執事や使用人達とひっそり暮らすって……」

「…………」

「あ、でも、ルティナ様がいるので生活は困らないそうですよ! ぼくも必要ならお給料を仕送りしますねって、約束したんです!」

「そ、そうか……」


 ルーク……なんて優しい良い子なんだ。

 とてもゴヴェスと、そして実の家族にもまるで容赦のないあのルティナ妃の異母弟とは思えないな……。


「まあ、そんな感じでマリー、あなたはいろんな貴族からものすごーく恨まれてるんですよ」

「さ、逆恨みじゃありませんか!」

「そうですよ。使用人宿舎でもよくまだ虐められてないなー、と思ってます。いや、虐められてんなら助けてはやりますけどね? マーシャが本物と発覚してから使用人達も虐めの対象には出来なくなってるだろうし……新しい獲物としては申し分ないから、個人的にはマジでルコルレ街に帰った方が良いと思ってるんですけど〜」

「っ……」


 俯くマリー。

 アンジュの言う事を、どう受け取っているのやら。

 俺たちも実際、マリーはその標的になるだろうと予想している。

 それが嫌で帰るだろう、とも。

 ふむ、アンジュの口ぶりから、虐めは起きてないって事か。

 しかしそれも時間の問題だろうと。


「そんな時にレオハール殿下に会うとか、これまで黙ってた奴らの怒りが噴火しますよねー」

「それはするな」

「……っ……!」

「…………。レオハール様自身はやっぱりマリーちゃんに会いたくないんでしょうか?」


 む……レオ自身の話か。

 普通に考えればされてきた事がされてきた事だけに顔も見たくないだろう。

 でもレオだしな。

 しかし、巫女殿お優しすぎではなかろうか?

 そんなご慈悲、この娘に必要ないですよ?


「……? ルーク、さんの、お父さん?」

「ん?」

「ル、ルークさんは、えっと、ルコルレ街の孤児院で育ったんじゃ……」

「え? あ、はい。そうですよー」


 入れ違いだが、マリーもまだ未成年。

 住む場所はルコルレ街の孤児院か。

 なんだ? 変なタイミングで拾ってきたな?

 話を逸らそうってのか?


「でも去年、ケリー様にアミューリアに連れてきて頂いて、おかげで本当のお父さんに会えたんです! 事情があってお家は爵位が下がってしまいましたけど……これからは長い休みの時会いにおいでって!」

「……! え、まさか……ルークさんも……!?」

「は、はい……ぼくのお父さんも貴族の方でした」


 …………。

 うん、そうだな、ゲームの都合上なんだろうけど、確かに俺ら世代ちょっと王族貴族行方不明になりすぎだよな。

 これは巫女殿にも言われたし、うん、マリーが驚くのも無理ないか。


「…………。そう、なんですね……。…………」

「マリーちゃん?」


 なんだか急に黙り込み、険しい表情で考え込み始めたマリー。

 首を傾げ、覗き込む巫女殿。

 ……巫女殿、あまり顔を近付けて並ばないでやった方が良いんではないだろうか?

 その、あまり言いたくないんだがマリーの顔のデカさが際立ってしまう。

 痩せたとはいえ巫女殿の方が顔小さいし可愛いし、並ぶとマリーが普通(以下)なのがとても……ンンンン。


「…………分かりました! 今日は帰ります。巫女様、どこか寄りたいところなどありますか?」

「へ? ……え、えーと……」


 突然の手のひら返し!?

 はあ? なんで?!

 今の会話の流れでその結論に至った経緯を説明しろ!?

 何一人清々しい感じになってんの!?

 巫女殿もオロオロしてるじゃん!

 いや、その流れで俺を見上げられても困ります巫女殿。


「わ、わたし、町は初めてだから……」

「そうですよね。あたくしも初めてです。探検してみます?」

「ええ!? ……け、けど……」

「…………」


 分からん。

 どういうつもりだ?

 アンジュを見下ろすと、アンジュも眉を寄せて俺を見上げる。

 つまり、アンジュにもマリーの考えの変化が読めなかった、と。

 女の巫女殿やアンジュに分からないとなるとマリー自身がやはり変という事か?


「…………。はあ、分かりました。俺が同行します」

「え! ヴィンセントさん!?」

「寄り道もよろしいですが、マリーはきちんと宿舎まで送りますからね?」

「あら、そんなに心配しなくても本当にもうレオハール様に会うつもりはなくてよ?」

「…………」

「あらやだ、ヴィンセントさんたら怖い顔。淑女をそんな顔で見下ろすものではなくてよ」

「……それは、どうも失礼しました」

「…………」


 巫女殿が俺とマリーを見比べて、やっぱりオロオロしておられる。

 だが、この奇妙な手のひら返し。

 俺がこうなってしまうのも無理ないだろう?

 だって俺は実際この小娘が何をしてきたのかを見ている。

 アンジュやルークよりも、近くでな。


「というわけでアンジュ」

「ええ、まあ、妥当ですね」

「えっと、あの、お送りするのならぼくが……」

「巫女様の護衛も兼ねてるのでヴィンセントさんの方が良いですよ」

「あ……そ、それは、はい、確かにお義兄さんの方が、ハイ……」


 とりあえず…………この思考の読めない元偽者姫を確実に宿舎に送り帰す!

 即!

 そしてすぐにお嬢様の初デートを見守りに戻る!

 えぇい、余計な手間をかけさせおってからに!



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