お嬢様とレオの初デートですよ!【3】
「そうだね、何か予防効果になるものがあればいいんだけど……」
「わたくし、調べてみますわ。医療関係でしたら得意分野ですので」
「ありがとう、助かるよ。それから、出来れば古い薬をサウス地方に出荷して欲しいな、格安で。そう言えばあっちは買取やすいと思う」
「なるほど、分かりました」
「お前らなんて色気のない会話しながら現れるんだ」
……と、劇場前にいたエディンとスティーブン様の表情が引いている。
ライナス様とマーシャは絶対分かってない顔だが……ケリーの場合は困り顔。
し、仕方ないじゃないか、俺とメグは後ろの席で、二人の会話に混ざれないんだから。
むしろ久しぶりにちゃんと二人が会話した事を喜んでくれよ。
「い、色気のない会話……? い、色気のある会話って逆にどんな会話なの……?」
「はあ、仕方のない。では今度じっくり俺が——ふぐっ!」
「まあ、レオ様! それならば今度私がオススメの恋愛小説をたくさんお貸しします! それより皆さん揃いましたし、劇場の方に参りましょう! ハミュエラ様にせっかくチケットを頂いたのですし!」
エディンの
いや、本当にお強くなられて……ほろり……。
二年前の出会いシーンが嘘のようだ……。
ヘンリエッタ様がお嬢様に近付いて挨拶を交わしたり、ライナス様とレオとケリーとエディンが魔法について話し始めたり、マーシャとスティーブン様がお嬢様におススメする恋愛小説を検討し始めたりと……本当にあっという間にいつもの感じだ。
俺とメグはルーク、シェイラさん、アンジュと合流して、それぞれの主人のデートを見守るのだが……なんか早くもデートではなくなったような……?
「あ、いらっしゃいませー!」
「い、いらっしゃいませー」
だが、劇場入り口受付にて、並ぶ公爵家貴族に全員が立ち止まって表情を固まらせる。
待て、おかしい。
「は? ラスティ!? なぜお前がここに!?」
と、ライナス様が叫ぶ。
……もはやハミュエラがいる事は想定済みなのだが、ラスティまでがいると誰が思うだろう。
いや、ハミュエラもいい加減劇場手伝いをするのはやめた方がいいんじゃなかろうか……?
多分今日もいるんだろうなー、とうっすら思ってたけどいるのが当たり前になるぞ?
こ、公爵家貴族がなぜ休日も働いている……。
レオもそうだけどお前も社畜予備軍か!?
「え、えーと……ハミュエラ兄さんに暇だろうと誘われて……」
「とか言いつつラスティの目的は年代物のヴァイオリンでーす。今日の演奏には千年前に作られたストラティールというヴァイオリンが二つも独奏するんですよー! 見所なのでお楽しみに!」
「そうなんです! 千年前の業物が今も現役で使用されているんです! すごいんです! リハーサルを見せて頂いたんですが実に深くなめらかで、奥深く、そしてどこか懐かしい音色で、弾き手の実力を倍以上に響かせています! なによりあの深い色合いは当時の技術力がうかがえ、現代に継承されていないのが無念でならないいわゆる失われた技術をこの目で見る事が出来るという実に貴重な……はっ! ……も、申し訳ありませんん〜!」
なるほど……。
そういえばラスティは古美術品にも目がなかったな。
楽器か……確かにヴァイオリンは美術品としても価値がある。
でも、お前ら公爵家貴族なんだから普通に金払って鑑賞すれば良くない?
「あ! ヴィンセントさん! 実は新しい『スズルギの書』を王都で手に入れる事が出来たんです! 今度一緒に読みませんか!?」
「是非!」
「あるぇ? ヴィンセントオニーサマも歴史好きだったんですかぁ? それなら良い古本屋さんを知ってますよー! 俺っちこの一年で王都の隅々まで探検しましたから! おかげさまで座学は学年最下位です!」
「は!? どういう事だハミュエラ!」
「ヤベ、ライナスにいにがいたの忘れてた! ヘッヘへへへへ!」
「…………」
ハ、ハミュエラ……相変わらずツッコミどころが多い……。
「あ、けど確かにあのお店は素晴らしい品揃えでした。まさに宝の山……。アルト兄様が動かなくなるのも分かります」
さてはアルトは古本屋に根を下ろしたな?
今日誘われてここに来る前に古本屋に寄ってきたが、アルトはそこに居座り仕方なくこの二人だけで受付の手伝いに……。
「まさかアルトは古本屋に置いてきたのか?」
「はい」
ライナス様の質問にラスティが困った笑顔で答える。
頭を抱えるライナス様。
なんて行動の読みやすい……。
「ライナス兄様、その本屋さん教えるのでクッキー屋さんの後にスティーブン様と行くといいです。絶版の恋愛小説も置いてありましたよ」
「絶版の恋愛小説!」
「!」
スティーブン様が食い付いた!
「あ……い、行くか? スティーブン」
「良いのですか!? 是非!」
お二人の予定が多分変更された。
「興味深いですわね。わたくしも行ってみたいですわ」
「ええ!? ローナも絶版の恋愛小説に興味あるの!?」
「いえ、医学書などがあればと思いまして」
「お、お嬢様……」
多分さっきの斑点熱の予防策に何かないかなー、という話の延長だろう。
ど、ど真面目……さすがうちのお嬢様……。
「? 医学書でしたら新しいものの方が情報は新しいのではないのですか?」
「そうですね。ですが、古い医学書にも知恵の類は多くありますの。そもそも、古くからある病で根絶したものもあったりしますから興味深いのですよ」
「へえ、病ですか。そういえば獣人族が人間を支配していた頃のお話の中に斑点と熱が出る病について書いてあるものがありましたね。あれ、ボクは斑点熱ではないかと思っているんですが……」
「! 特徴が似ておりますわね、そのお話是非詳しく……」
ゴス、とアンジュに後ろから小突かれる。
え、と振り返るとジロリと睨み上げられた。
口パクで『後ろ、つっかえてますよ』と言われてハッとする。
「お嬢様、そのお話は後ほど。演奏会が始まってしまいます」
「あ……ああ、そうだったわね。ごめんなさい」
ふむ、なるほど……アンジュの言う通り……デートなのに現状実にデートらしくない。
脱線要素が多すぎる。
こういうのを修正するのも、俺たちの仕事というわけだな!
「あ……レ、レオハール殿下……!」
「!?」
劇場の受付がある玄関ホールから、会場であるAホールへ行こうとした時だ。
後ろから少女の声がする。
血の気の引くその声と、レオの驚いた表情。
劇場入り口へと通じる階段の下には……巫女殿と、マリー……!?
「マ、マリーちゃん!? 約束と違うよ! 話しかけないって言ったじゃない!」
「っ……ちょ、直接謝らせてください、巫女様っ」
「え、そ、それは、けど……皆さんに相談してからの方が良いよ。ほ、ほら、だからもう帰ろう!」
「レオハール様……!」
「…………」
グイグイとマリーの腕を引っ張る巫女殿。
何やら焦った様子でマリーを引き留めている。
だがマリーはレオから目を逸らさない。
あの、必死な表情。
レオは……困ったような悲しいような表情だ。
もうマリーとレオは話をして良い身分ではない。
そうしているとアンジュが人でも殺しそうな目で見下ろしてから、階段を降りていく。
あ、あれはヤバイ……。
「お嬢様」
「ええ」
「メグ、頼む」
「は、はい、分かりました」
二人に許可をもらい、アンジュの後を追いかける。
俺の後ろを、多分ケリーに指示されてだろう、ルークも付いてきた。
その間にアスレイ先輩がレオに耳打ちし、会場の中へと促す。
「レオハール様!」
「やめなさい。あんまり騒ぐと兵を呼ぶ事になりますよ」
「! アンジュさん! でも、あたくし!」
「黙れ」
ヒェ……アンジュサンコワイ……。
はっ! いやいや、俺も仕事仕事。
「巫女様、どういう事ですか? これは」
「あ、ご、ごめんなさい、ヴィンセントさん……。マリーちゃんが使用人宿舎で今日、レオハール様がここに来るって聞いて、どうしても一目お目にかかりたいって言うから……。声はかけない、遠くから見るだけって……約束したんですけど……」
「…………」
使用人宿舎の連中か。
そうだな、確かにレオが動けばそりゃあ噂にはなるだろう。
なるほど?
で、巫女殿がわざわざ『レオハールに話しかけない』と約束して連れてきてしまったのか。
その辺りの配慮はありがたいが、相変わらず我慢弱いようだな?
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