魔法の実施実験



 結局、巫女殿もレオもあたふたするばかりで何にも教えてくれなかったわけだが……エディンが「とりあえず何から始めてみる?」と聞いてきたので適当に「魔力を込めるイメージでもしてみますか?」と聞いてみる。

 まあ、ミケーレが来るまで他にする事もないから、従者石を握ったまま色々やってみる事にした。

 レオと巫女殿がエメリエラに魔法の使い方を聞くと、『想いを込めれば良いのだわ!』とこれまた抽象的な答えしか返ってこなかったらしい。

 いやー……ええ〜……。


「確か僕の魔力属性は『光』と『火』だったはずだけど、どんな事が出来るのかな?」

「…………へえ、そうなんだ!」

「ふーん、じゃあ試してみようかな」


「……なにやらあそこの二人、意味の分からない形で会話が成立をしていますね」

「そ、そうだな……」

「女神エメリエラ様と話しているのだろうが、やはり側から見ると不可思議な光景だな」


 さて、スティーブン様とライナス様はここぞとばかりに見学用の椅子でペタペタイチャイチャしておられるので存在はいないものとして扱うが、魔力適性『高』以上で従者石をお借りして俺たちはまず、エメリエラの声が分かる巫女殿とレオが更なる情報を得るのを待つ。

 だって『想いを込めれば良いのだわ!』でなんとかするのって大変じゃん……。

 エディン死すべし、的な呪いでもいいの?

 それならいけそうな気がする。


「お待たせー」

「レオハール様、エメリエラ様はなんと?」

「うん、なんか火よ起これー、ってイメージする感じだって」

「「「…………」」」


 忘れていたがそういやレオってちゃらんぽらん王子設定だった……。


「ひ、火よ起これ、というのは、その、レオハール様の場合、ですよね?」

「ああ、うんそうだね。ケリーは……なに属性だっけ?」

「俺は土属性だと判定を受けました」

「エディンは?」

「俺は風だな」

「ヴィニーは?」

「俺は水と闇ですね」


 だが、俺はそもそも『水属性』だけのはずなんだよな。

 メイン攻略対象で『闇属性』持ちはクレイだけのはず。

 ぐっ、その辺ヘンリエッタ様に今度聞こうと思ってたのに……。

 ケリーはなんか聞いてないのかな?

 ちらっと見ると、ケリーも何やら思案顔。

 まあ、あの思案顔はろくな事を考えている時のものではなく、普通に考え事をしている時のものだと思われる。


「レオ、もう少し具体的な、こう、アドバイス的なものはないのか?」

「俺ももう少しやり方が分かりやすい方が嬉しいんですが……。巫女様……」

「え、えーと……やり方……」


 縋るように巫女殿を見るが、巫女殿も困惑気味。

 エディンと顔を見合わせる。

 巫女殿とレオはどうやら感性のようなものが似たり寄ったりのようだ。

 弱ったなぁ。


「確か……」

「?」


 そんな中、ケリーが人差し指を地面に向ける。

 なんだ、何か二人の言うところの『イメージ』が浮かんだのか?

 まさか、とあまり本気にもせず眺めていたのだが、ケリーが指先を空へと勢い良く向けるとその場の土が鋭い山になって盛り上がった!


「なっ!」

「馬鹿な!」

「わ、わあ!」

「!」


 手で口を覆う巫女殿。

 声を上げた俺たちを他所に、ケリーがふら、と後退る。

 その足取りが危なげなくて、背を支えると体が震えていた。


「ケリー」

「……だ、だ、だ、大丈夫、だ……ま、まさか、本当に、こ、こんな……っ」

「あ、あ、ああ……」


 つ、使っておきながら一番ビビってんのかよ……。

 

「…………」


 だ、だが、いや、うん、これは、仕方ないな。

 間近で見れば確かに土が盛り上がっている。

 しかも先端は鋭い。

 ケリーを支えながら、鋭く盛り上がった土を突いてみる。


「ど、どうなんだ? ヴィンセント……」

「か、硬いですね……石のようです……」

「す、すごいね……こ、これが魔法?」


 エディンとレオも好奇心には勝てなかったのか、俺が触ったところとは別なところを突く。

 しかし、少しするとまるで役目は終わった、とばかりに土はゆっくり沈んで消えていった。

 これにはまた驚愕。


「……ヘ、ヘンリに……聞いてはいたんだが、まさか、本当に、こんな事が出来るものとは……」

「そ、そうだったのか」


 ヘンリエッタ様に魔法について事前に聞いていたらしいケリー。

 だが、聞くとやるとでは大違い。

 今にも腰を抜かしそうになっている。

 俺たちも顔を見合わせる。

 ……従者石を持っていれば、俺たちもこんな事が出来るのか。

 だが、これは……なるほど、使い方によっては危ないよなぁ。

 い、いや……戦争の為に得るべきものだから、危ないのは、まあ、当たり前なんだが……。


「……あ、み、巫女様、体調にお変わりは?」

「え? だ、だ、大丈夫ですよ? び、びっくりしましたけど……」

「そ、そうなんですね。……『従者』が魔法を使っても、巫女様には特に影響がないのなら……」

「あ、ああそうか、その心配もあるのか。今は平気かも知れなくても、時間差で何か起きるかも知れないよね」


 うちのケリーで腰を抜かすのだからと巫女殿の体調を案じたが、それは特に大丈夫のようだ。

 だが、確かにレオが言う通り時間差という心配もある。

 ケリーも腰抜かす寸前だし、一度ベンチの方へと全員で移動した。


「だ、大丈夫ですかケリー様!」

「す、すごかったな今の! 今のが魔法か!?」


 ベンチには見学中だったスティーブン様とライナス様。

 お二人とも駆け寄ってきて、ケリーを支えてくれる。

 とりあえず座らせて、背中をさすってやると「大丈夫だ」と嫌そうな顔で止められた。

 大丈夫そうな顔色ではないんだが……。


「だが……」

「い、いや、本当に驚いただけだ。……なんというか、半信半疑だったから……」

「そ、そうだな、まさか本当にあんな事が起きるとはな。あれが魔法なのか……」


 みんなでジーッと、ケリーが魔法を使った場所を眺める。

 シュールではあるが、今までどこか斜に構えていたエディンですらあの様子なんだ。

 それほどまでに、今の出来事は衝撃が大きい。

 いや、まあ、そりゃあ、俺だって魔法には、憧れというか、使えたらかっこいいな〜、みたいな思いはあったけれど……。


「よ、妖精やエルフはあれを自在に操るのか……」

「ケリー……」


 使ってみた本人が、顔を青くして自身の腕をさする。

 それを言われて、俺たちも言葉が出なくなった。

 人間族は魔法など使えないもの。

 前世でも今世でも、俺はそういうものだと思っていた。

 だが、いざ、それを前にした時に感じたのは恐怖。

 多分、未知のものへの畏怖、というものだろう。


「巫女殿は、体調はやはり特に問題ないのか?」

「は、はい」


 エディンが巫女殿へと確認をしてから、ベンチから少し離れる。

 まさか、やるの?

 チャレンジしちゃうの?

 まさか?


「イメージだったな? ……では、こう、か?」


 手を差し出して、ほんの数秒。

 エディンの周りに風が吹き始めた。


「っ!」


 しかし、すぐにエディンはやめてしまう。

 ……いや、今の風は……エディンが起こしたものなのか?

 自然の風では、ちょっとありえない吹き方ではあったけど、まさか?


「え、エディン! 今の風はエディンが起こしたの!?」

「……お、恐らく? だが、扱いが難しい……」


 マジか!

 エディンへ駆け寄ったレオは瞳をキラキラさせているが、俺は引き続き恐ろしいと思った。

 立ち竦んで、ジッと己の手のひらを眺めるエディン。

 その表情は険しい。


「人間が魔法を使うなんて……まさか本当に……」

「し、信じられんな……」


 スティーブン様とライナス様の意見に俺も頷く。

 しかし、レオが「僕もやってみよ〜」となんとものほほんと言って手のひらを上に向ける。

 なんか、微妙に嫌な予感が……。


「えい」

「うぎゃあああああぁぁ!?」


 俺の嫌な予感は的中。

 エディンは盛大に腰を抜かした。

 レオが手のひらの上で発したのは直径十センチばかりの火柱だ。

 天高く、何メートルか分からんほどに立ち昇って…………レオが大慌てで消した。



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