お嬢様とレオの初デートですよ!【1】



「で、どうですか? エリックさん。少しはご自分の愚かな行いを理解出来ましたか?」

「愚かな行い? はてさて一体何の事なのでしょうか? 私にはさっぱり分かりませんね?」

「おや、まだご理解出来ていないと? これは驚きましたね。ご自分の主人へのご奉仕の仕方が間違っていると、まだ分からないんですか?」

「分かりませんねぇ。私は間違ってなどおりませんから!」


 ああ言えばこう言いやがって、このゲス野郎!


「お兄さん! そんな人に構ってる場合じゃないよ! そろそろ出かける準備しないと!」

「ああ、そうだったな! ふん!」

「ふん!」


 メグに呼ばれて、エリックに背を向ける。

 あんな野郎に構ってられるか。

 今日はお嬢様の大切な日——そう! レオと初デート!

 予定としてはケリーがハミュエラにもらった音楽会のチケットで、音楽を鑑賞。

 こちらはすでにレオハール王太子殿下がご鑑賞される、と劇場に通達済み。

 ……もちろんとんでもなく大騒ぎになったらしい。

 ハミュエラが「俺っちも手伝って来ますが警備が心配なのでディリエアス公爵にお城の騎士様を派遣してもらいまーす!」と何やらしれっとすごい事を言っていたような……?

 今更だがやつの人脈どうなっとんじゃ。

 まあ、それはそれとして、その後は話題のクッキー専門店に行って、お茶と軽食。

 その後は各自のデートコースへ……という流れだそうだ。


「それにしてもさー……お嬢様、せっかく初めてのデートなのに二人きりじゃなくて良いのかなー?」

「俺はよく分からなかったんだが、エディンとスティーブン様が『二人きりはまだ早いというか、見張らないと進展もない』って言ってたからな。……どういう意味だろう」

「え、お兄さんそれ本気で言ってる?」


 なんかメグにものすごい顔で見上げられた。

 なんだその未知の生物やおぞましいものを見るような、かつ蔑むような目は。


「だってデートで二人きりにせず見張ってどうするんだよ? それこそ進展しなさそうじゃねーか」

「あ、一応デートの意味は理解してるんだね。良かったよ」

「え、俺そんなレベルでやばいと思われてたの?」

「え、逆に思われてないと思ってたの? ああ、いや、その辺ちょっと自覚が出て来たなら何よりだけどさ」

「…………」


 あれこれ藪蛇の予感しかしなくない?

 よし、これ以上この話はやめよう。

 俺が死にたくなりそうな予感しかしない。


「こほん。まあ、なんにしても今日はお嬢様とレオの初デートだからな! アンジュのように気配無き者となり、影に徹する」

「任せて! 亜人の極意を見せてやるんだから!」


 むふー!

 と、俺とメグがそんな誓いを交わしつつ、女子寮の玄関に向かう。

 まあ、俺は女子寮に入れないので表から回り込むけど……で、門の前で合流。

 今日のデートにはなぜか話の流れでスティーブン様とライナス様、エディンとマーシャ、ケリーとヘンリエッタ様も同行……というか途中まで同じデートコースなのだ。

 ……もうこれただのみんなでお出かけじゃね?

 と、思うんだが……まあいい。


「ついでにマーシャとエディン様のデートはがっつり邪魔してやろうね、お兄さん……!」

「はは、何を当たり前な事を……!」


 もちろんシェイラさんにバレない範囲で!

 クックックッ、音楽会はそれぞれ二階の個室だから、飲み物を持っていくフリをしてめちゃくちゃ邪魔しまくってやる! クックックッ!

 その間、お嬢様とレオは俺やメグが付いていないが多分お城からレオ付きになったアスレイ先輩が最低限お世話するだろう。

 先輩は執事家系ではないが伯爵家貴族だし、レオ付きとはいえお世話されて来た人だから適度に戻ってフォローは必要だと思うが……。

 問題はシェイラさんだが、俺かメグの片方が気を引いている最中に邪魔すれば問題ない。

 あとはクッキー専門店での妨害だが、それは簡単だ。

 みんなの席を近付ければいい。

 そうすればいつもの薔薇園で昼食を摂る時のような賑やかで和気藹々とした、とてもデートらしからぬ雰囲気になる事間違いなし!


「完璧だね!」

「だな!」

「なーにが完璧、っすか」

「「ぎゃーーー!」」


 音もなく背後にアンジュが現れた!

 ば、馬鹿な……全然気が付かなかった……!

 音に敏感なメグですら……そんな馬鹿な事ある!?

 その気配消しの極意教えてほしい……!


「アンジュさんいつの間に! なんで!? あたしの耳で接近に気付かないなんてありえないよ! アンジュさん実は亜人なんじゃないの!?」

「アホ言わないでください。年季が違うんです〜、訓練の〜」

「ど、どんな訓練をしたらそんな気配や足音の消し方が出来るようになるんだ!?」

「それは自分ちの師匠に聞いてください〜。つーか、ヴィンセントさんとメグはマーシャのデートの邪魔とかぶっこいてる場合なんですか〜?」

「「え?」」


 何が?

 と、多分俺とメグはあからさまに顔に出ていたんだろう。

 めちゃくちゃ呆れられた。


「……ああ、そうか。おたくら主人のデートに付いて行くのは初めてなんですねー」

「あ、ああ」

「言っておきますがデートのサポートは我々使用人の全スキルで以って、全力を尽くさねーとなりません。なぜか? その日に主人の人生が決まる事があるからですよ」

「「!」」


 ア、アンジュの、その目——!

 完全に、暗殺者の……それじゃねぇ?!


「ましてローナ様は本日が初デート……失敗したらどうなるか分かりますよね?」

「うっ!」

「そ、それは……」

「テメェらよくそんな日に他人様のデートの邪魔の事考えられますねぇ? あたしにはとても無理っすよ。好きな人が一日中側にいて浮かれまくってる主人が、いつどんな凡ミスかますか分からねぇ。そしてその凡ミスのせいで、デートが台無しになって次すらなくなったら……?」

「そ、そんな! っ……そ、それは……っ」

「言っておきますがエディン様は別です。そもそも凡ミスどころじゃねぇ諸々込みで受け止めようってんですから。実際それだけの器の貴族の殿方は少ねぇーっすよ」


 うっ。

 そ、それは、まあ、確かに……。

 ぐぬぬ……アンジュの説得力ヤベェ!


「まあ、そんな感じで主人のデートのサポートは従者侍女メイドの腕の見せ所。いかに気配を消し、いかに音もなく、いかに先回りをし続けられるか……。ありとあらゆる可能性を想定して、快適に、かつ気兼ねなくお相手と楽しんで頂けるか……。それは日頃の生活の中の当たり前とは違う、非日常でもあるんです。その貴重な非日常を、いかに最高の一日に仕上げるか……それは相手の方のデートプランは元より、我々のような影で支える者たちの実力が試されると言っても過言じゃあないんですよ」

「デ、デートってそんなに……そんなに大変なんですかぁ?」

「当たり前でしょう? 良いですか? 馬車で移動中、うっかり喧嘩になったりしたらその日のデートはキャンセルか台無しのどちらかです。親しくなれば喧嘩もするでしょうが、親しくねえうちの喧嘩なんて目も当てられねぇ」

「うっ! た、確かに……」


 レオに限ってうちのお嬢様と喧嘩をするような事はないと思うが!

 しかし、うちのお嬢様が緊張しすぎて寡黙になり、レオが話題に困り果ててあわあわする様子なら容易に想像が出来るーーー!

 他にもうちのお嬢様が緊張しすぎて寡黙になり、レオにいつも以上にきつめに当たってしまう光景。

 お嬢様が緊張しすぎて馬車に酔ったり……。

 お嬢様が緊張しすぎて、途中で帰りたいとか言い出したり……さ、最悪失神したりとか、し、しない、よな?


「そりゃ二人の問題なので進展具合はそれぞれだとは思いますよ? レオハール殿下は存外奥手な方のようですし」

「そうだな!」

「…………(あれー? なんかお兄さんがそれ言うの納得ならんのはあたしだけ〜?)」


 全く両想いになった途端意識しまくって態度が変わってしまうんだから中学生かよ!

 あ、いや、今時の中学生はもっと進んでるのか?

 ……そもそも今の時代の中学生が分からねーな、俺は。

 ここ異世界だし。

 これは前世の話だし。

 うちのお嬢様も……うちのお嬢様だしなぁ。

 エディンに……理由がレオの為とはいえ婚約以来、婚約者と婚約者らしい事を何一つやってこなかった反動なのか、恐ろしくピュアというか、耐性が水に浸したティッシュみたいなんだから困ったものだ。


「と、言うわけで他人様のデートなんかに構ってる場合じゃねぇーんすよ、おたくら。気合い入れ直して神経尖らしといてください。ああ、あたしから言えるのは一つ。『良い雰囲気になったら、消える』事。…………メグ、頼むっすよ」

「了解ですアンジュさん。お兄さんの回収はお任せください」

「待て。どういう意味だ?」


 俺が空気分からないみたいじゃん。


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