この使用人宿舎大丈夫?
翌日。
四角い鞄を横に持ち、神経質そうな顔の男が使用人宿舎の厨房にいた。
その隣にはシェイラさんが微笑んでいる。
で、その奥にはスカート……あのスカート裾に花の刺繍がなされたメイド服はリエラフィース家のものだ。
やはり、アンジュ。
まあ、いいか。
わざわざ話しかけてイラつくのも嫌だし、お嬢様とマーシャとメグの朝食を作ろう。
「おはようございます、ヴィンセントさん」
「ああ、おは…………おはよう……」
後ろの下の方から聞こえた声に、反射的に挨拶を返す。
でも振り向いたら、そこにいたのはマリーだ。
一気にテンションが下がる。
「嫌だわ、ヴィンセントさんったら。お顔があからさまに歪むんだから。少しくらい隠してくださらない?」
「……それは失礼」
「まあ、貴方があたくしを嫌いなのは……あたくしのしてきた事を思えば無理のない事なのですが……反省しているんです。本当ですわよ」
「…………」
しゅん、と落ち込んでみせるマリーに、んぐっと喉が詰まった。
あんな事があったのだから、反省するのは当たり前だろう。
本当なら処刑されててもおかしくないんだ。
まあ、反省はしてるんだろう。
毎朝使用人宿舎の厨房で、巫女殿への朝食を作って持って行ってるのは見てるし。
巫女殿付きになってから二ヶ月、毎日欠かさずだ。
使用人としてはちゃんとやっていると思う。
二年間毎朝欠かさず寝坊しているうちのポンコツと比べるまでもなく……メイドやってるな。
その点はきちんと評価していい、かな?
「だから、あたくしに料理を教えてくださらない?」
「は? 突然なんですか?」
「恥ずかしながら巫女様の世界の料理を作ろうと試みても、あたくしには難しくて作って差し上げられませんの。でも、この世界に来た時にヴィンセントさんは巫女様の世界の料理に似たものをお作りになったとか」
「あ、ああ……」
そうだな、焼き魚に炊き込みご飯……。
がっつり和食作ったな。
俺が和食……イースト地方の料理を作れるのはまるごと『スズルギの書』のおかげって事になっているが、実際はほとんど前世の記憶頼り。
それをこいつに教える。
うん、素直に嫌だ。
「最近、巫女様は食が細くてらっしゃるの。お願い致します。巫女様の為なんです!」
「うっ……」
……でも、理由が「巫女様の為なんです!」とくると……ンンンン……。
「……分かり……」
「おはよー! 義兄さん!」
「!? な、なっ!? なんだと!? マーシャ!?」
「おはようお兄さーん! 見て見て! マーシャが今日は時間より早く起きられたよ!」
「っ」
きちっとメイド服を着た、寝癖も見当たらないマーシャとメグ。
ああ、メグは相変わらず帽子有りだ。
もう亜人とバレてるけど、あるのとないのじゃやはり色々違うらしい。
アンジュやシェイラさん辺りは態度が今まで通りだったらしいが、その他の人々は、まあ、な?
まあ、それはそれとして、マーシャが俺が朝食作りの時間に起きて現れるだと!?
ば、馬鹿な!
二年間で一度も起きられなかったマーシャが!
「具合でも悪いのか!?」
「ち、違うよー! メグに起こしてもらったんだよ!」
「悪い物でも食べたんじゃないのか!? まさか拾い食いはしてないだろうな!?」
「どんだけ馬鹿にしてんさ!」
一応額に手を当ててみる。
う、うん、熱はないな?
「お嬢様には俺から言っておくから、ゆっくり休んだ方がいいんじゃないか? 病院には行けそうか?」
「ほ、本気で言っとる……?」
「お兄さん、目がマジだよマーシャ……」
「だってお前、元気以外特に取り柄ないじゃないか。そろそろルークも来ると思うし、後の事はメグに任せて早めに部屋で休んでおけよ」
「い、嫌だよ! わたしは立派なメイドになるんだから! 今日のお嬢様の朝ご飯はわたしが作る!」
「馬鹿言え! お嬢様の朝食作りは俺がやる!」
「……なんの喧嘩になってんの……」
ああ、こんな事してる間に時間がなくなる。
くっ、仕方がない。
熱もないようだし……。
「じゃあとりあえず自分たちの食事は自分たちで作れるようにしろ。俺はお嬢様のお食事と弁当を作る」
「えー……! じゃあ手伝うよ!」
「いらんわ、時間なくなる」
「ぶーぅ!」
「その通りですよ」
お?
拗ねるマーシャを制するようなこの声は……。
「まずはテメェの飯を作れるようになりな、マーシャ」
「あ、アンジュ! おはよう!」
「はい、おはよう。早起きしたのは褒めてやります」
「やったーあ!」
なでなで。
先程までエリックたちの横にいたアンジュが近付いてきた。
そして、マーシャの頭を撫でて褒めてやる。
……なるほど、飴と鞭……こうやって褒めれば良いのか……でもなー、こいつが二年間で初めて自分で起きてきたんだぞ。
やはり体調が悪いんでは……。
「おはようございます、ヴィンセントさん。ちょっと良いですか? 例の件で話があるんすけど……」
「ああ、例の……。すまん、まずは俺も食事と弁当を作りたいんだ。ああ、けど例の件については俺も話したい事があるから……」
「分かりました。じゃあ休み時間にこちらから伺います」
「助かるよ」
「「「?」」」
ヘンリエッタ様にラスティの事を相談しようと思ってたんだ。
ラスティのルート、追加設定や追加シナリオ的なものがあるのなら事前に押さえておきたい。
戦巫女が召喚されて、ゲームは開始されているはず。
今のところゲーム補正は感じられないが……恋愛イベント的なものはこれから始まっていくはずだからな。
ゆっくりじっくりルートに関しての講座的なものを一度お願い申し上げたい。
「おはようこざ……え? マーシャさんが起きてる!?」
「おはようルーク! ふふーん、わたしだってやれば起きられるんさ!」
「いいからさっさと自分たちの朝飯作って仕事に行きな。まずベーコンと卵を焼く!」
「「は、はい!」」
さすがアンジュ。
マーシャとメグをすぐさま厨房の一角に連れて行ってくれた。
俺も朝食と弁当作り。
やや眠そうなアメルも来た事だし、ささっと作ってしまおう。
「今日のメニューはなんですか?」
「今日の朝食はパンにチーズと鮭、アボガド、春キャベツを刻んだものを載せて焼いたものと、新玉ねぎ入りサラダ、新じゃがのポタージュだ。ポタージュは昨日のうちに仕込んでおいたから温めて、サラダはアメル、頼む」
「はい!」
アメルに料理を教えるようになってから、うちのお嬢様とライナス様の朝食と弁当のメニューが毎日一緒になってしまっているんだが……まあ、そこはあえて突っ込むまい。
別に悪いものは食べさせてないし。うん。
「お弁当は何にしますか?」
「ガーリックチキンとアスパラと桜海老の炊き込み混ぜご飯おにぎり! ご飯の方も仕込み済みだ。おにぎりにするのはルーク、頼むよ」
「はい! お任せください!」
「…………」
こちらをじっと見つめる視線。
マリーだ。
ああ……そういえば料理を教えてくれと言われていたな。
巫女殿はまだ学園に通っているわけじゃないから、昼食は寮で食べてる、だっけ?
「…………手伝えるなら手伝ってくれてもいいですよ」
「! ……は、はい! お邪魔致しますわ」
ルークに微妙な表情をされる。
俺だって複雑なんだよ。
でも、巫女殿の食事じゃあ仕方ない。
ついでに巫女殿の様子について探っておくか。
「えっと、マリー、巫女様の食が細くなっているというのは……その、大丈夫なのか? 健康的な意味で食欲がないとか?」
「え? あ、いえ……残さず食べようとしてくださるのだけれど、量を減らして欲しいと言われたの。言われた通りにしたら、最初の半分以下になってしまったんですわ。自分で自分の料理を食べてみたのだけれど、普通だと思うので……他に理由があるのか、あたくしの料理の味付けが気に入らないのか……」
「ふむ……」
食文化が違うからな。
とはいえ、俺の前世のような世界から来たのであれば、洋食はそんなに珍しいものではないはず。
ファミレスを知っていたところから、俺が生きていた時代とさほど変わらないだろうし。
この世界の料理は前世の世界の中世よりは、現代の洋食に近い。
となると……。
「…………」
ちらりと、藍色の髪の少女を見る。
うん、原因はこの子の料理としか思えない。
礼節などは確かにきちんとしている。
マーシャと比べるまでもなく、さすが姫としての教育は一通り受けてきただけあると言えよう。
しかし、姫としての教育を受けてきたのならば尚更料理は学んでいないだろうなぁ。
パッとみた感じ料理の手際は悪くないのだが……。
「お義兄さん、こちらの茶色いものは鶏肉ですか?」
「そう、こっちは俺たち用。昨日の夕飯に出たガーリックチキンが余っていたのを貰って、米と炊き込んでおいたんだ。鶏肉の旨味がしみてて美味しいぜ」
「わあ! お義兄さん、相変わらずすごいです! お昼ご飯が楽しみ……あ、ハミュエラ様にバレないようにしなくちゃ……!」
「…………そうだな」
「いいな! 俺も食べたい!」
「わ、分かった分かった、アメルにも少し置いておくよ」
「やった!」
ルークは見付かったら絶対奪われるな。
バスケットは絶対別にしておけよ。
……因みにガーリックチキンの炊き込みご飯はフライドチキンやファ◯チキなどを米やコンソメまたは中華風調味料と一緒に炊飯器で炊けば出来上がり。
大変に楽チンな、まあチキンライスだよな。
俺も学生時代、手抜きしたい時はよく作った。
ケチャップとも相性抜群なので、溶き卵を薄く伸ばして焼いたものを載せ、オムライスになんかも出来る。
なかなか使い勝手が良いのでオススメである。
しかし今日はあえておにぎりにして持っていく。
お弁当なので。
そして、あまり美味しいものにするとハミュエラやケリーに奪われかねない。
一応残り物を炊き込んだので、貴族連中には絶対に見付かってはダメだ。
あの人たち貴族なのにその辺り気にせず「食べたい!」と言いだしかねない。
「…………」
そしてマリーも羨ましそうにゴクリ、と生唾を飲み込んでいる。
城で贅沢三昧していた時に比べればかなり細くなっているから、庶民の質素な食事で意図せずダイエットに成功したのだろう。
そんな彼女に……チキンライスはどうなのかな?
いや、量的にもマリーにお裾分けするのは難しい。
作り方はサラッと今ルークに説明したし、覚えていれば自分で作るだろう。
マリーの事より巫女殿だよな。
ふむ、一度全員に料理研修でもさせるか。
マーシャも料理は練習中だし……。
「ぎゃー!」
「ぎゃああぁ! メグの手首に包丁があぁ!」
「えええ!? お、お義兄さん大変です! マーシャさんとメグさんのまな板が血まみれに!」
「……そのようだな……アメル、メグの止血を手伝ってくれ」
「既に救急箱が……! い、いつの間に!?」
「さすがお義兄さん!」
……必要かな、料理研修……。
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