番外編【メグ】12



運命の日。

あたしは朝食を手早く済ませ、女子寮へと急いでいた。

その途中、玄関の前で恐らくお嬢様の朝食を作りに来たであろうヴィンセントさんが使用人宿舎の二大巨頭、シェイラさんとアンジュさんに捕まっているのを見かけた、

すでに数人の使用人が「なんかやばいぞ」「なんだなんだ」と見ているので、間に入って眺めてみる。

すると案の定。


「ええ、そんな訳で……うちの坊っちゃまの妨害を本気でなさるというのなら遠慮なくお相手させて頂きます」


にっこり。

爽やかな笑顔。

シェイラさんの言葉に後退りするお兄さん。

もー! 情けない!


「お兄さん! しっかりしてください!」

「メグ⁉︎」

「あたしこれから女子寮にお嬢様とマーシャのおめかし手伝ってきますけど! マーシャにいかがわしい真似しそうなディリエアス様との仲はぜーっ対に認めません! マーシャが虐められてるのを庇ってくれたアンジュさんには申し訳ないですが、あたしはお兄さんの味方をします!」


と!

言うわけで!


「じゃあそういう事で! お兄さん、妨害活動頑張ってくださいね!」

「えええ⁉︎ ここで俺を見捨てて行くのかよ⁉︎」

「だってマーシャとお嬢様をお待たせしちゃうじゃないですか! じゃ!」

「……………………」


マーシャはお嬢様が自ら叩き起こしに来て、さっき連れて行ってしまったの。

あたしはご飯を食べてから来なさいって言われててーーあ、そうだ!


「…………。いや、やっぱやめよう」


お嬢様の朝ご飯、アンジュさんが作って持って行ってくれたよ、って……伝えようかと思ったが怖いのでやめた。

あの二人に囲まれてる人を助けるなんて自殺行為だもんね!

まあ、お兄さんならなんとかなるでしょ! 多分!

そしてその一時間後。



「う、うわぁ……」

「可愛いマーシャ可愛いマーシャ可愛いマーシャ可愛い……」

「こんな感じかしら?」

「あ、ありがとうメグ。ありがとうございます、お嬢様」


お嬢様のお下がりの紅色のワンピースを着たマーシャ。

銀細工の髪留めと、少し濃いめの口紅。

オレンジの頬紅。

完全なる美少女がそこにいた。

かわ、かわっ、かわっ……!

可愛い、可愛い! 可愛い、可愛い!

あれ、可愛い以外の言葉が出てこない?

可愛い、可愛い!


「完全に楽しんで仕立ててしまったけれど、少し可愛くしすぎたからしら? エディン様を喜ばせる要素を増やしても仕方ないのよね……」

「ハッ! そ、そうですよね⁉︎ ……でもマーシャ可愛い、可愛いマーシャっ」

「あの、あの、デートってどうしたらいいんでしょうか……」

「エスコートは全てエディン様がやってくださるわよ。あの方、デートもこなれてらっしゃるでしょうから大丈夫」

「ぐっ」


複雑そうなマーシャも可愛い!

くそぅ、エディン・ディリエアス!

こんな可愛いマーシャと演劇観に行けるなんてずるい!

あたしもこんな可愛いマーシャと一緒に演劇観に行きたい!

あたしの身分じゃ無理なのは分かるけど!


「それにデートに関してはわたくしもした事がないのでなんとも言えないわ」

「ううっ」


……お、お嬢様……。

うわあ、一気に冷静になっちゃったよ……。

お、おのれエディン・ディリエアス……うちのお嬢様と婚約しておきながらデートにも連れて行かなかったなんて!

そのくせマーシャとはデートするなんて!


「あたしも付いていきたい……心配だよぅ」

「構わないけれど、今日の分のお給料は出さないわよ?」

「休み扱いですか⁉︎ うっ、そ、それはそれでなんとなく……」


それにさっきお兄さんの事も見捨てて来ちゃったからな〜。

どうやらお兄さんはマーシャとエディン様とのデートを妨害するつもりらしいのだ。

あの無自覚シスコン、もしかしたらあたしが見捨てたのを根に持って「はあ? マーシャのデートの為に休むだと? 俺が付いて行くって言ったのに? アホか。どっちもクビにしてやろうか?」くらい言いそうなのよね。

でもデートの妨害とかあの人に出来るのかしら?

心配だな〜。

でもお給料なしはつらいな〜。

穴蔵への仕送り、もう少し欲しいぐらいだしな〜。


「だ、大丈夫! 大丈夫だよ、メグ! 自分の身は自分で守れるさ!」

「そうだよね。あんた強いもんね」

「うぉう! 絶対的な信頼⁉︎」

「まあ、さすがのエディン様も貴女にはそう簡単に手を出したりはしないでしょう。さ、そろそろお迎えの馬車が来る頃よ。玄関の前でお待ちしましょう」

「うっ、は、はい」


普通のご令嬢なら部屋で待っていても、使用人が呼びに来る。

でも、マーシャはメイドの身分。

玄関でお待ちするらしい。

ここ一週間、使用人宿舎のメイドたちに質問攻めと嫉妬の嫌がらせ、悪口無視暴言などのいじめを受け続け、アンジュさんが「あ? オメェ等ごとき立場のご令嬢(あるじ)で嫉妬していいと思ってんすかねぇ?」と一喝した瞬間、その場のメイドたちが震え上がって、そーゆーのは終わったからまあいいけど……。

いやぁ、アンジュカッコいいよ。

メイドって可愛いイメージだったけど、なんつーか、アメルのお母さんのナタル並みの姉御! って感じ。

マーシャも強くてカッコ可愛いけど、アンジュはアンジュでカッコ可愛いよね!


そんなことを考えていたら馬車が女子寮の前に来る。

大きな門の前に小さな馬車。

御者の人はディリエアス家の執事のシェイラさん。

使用人宿舎玄関でお兄さんに圧かけてた人とは別人のような澄まし顔……!

馬車を停めると降りて来て、扉を開く。

中からはダークブラウンのタキシードに身を包んだクズ野郎……もといエディン・ディリエアス。

キッッッッザ!


「…………」

「……?」


マーシャをジロジロと見やがって〜!

気持ちは分かるけど!

マーシャ可愛いから見ちゃうのは分かるけど!

でもなんかムカつく!


「やはり可愛いな」

「…………」


くぁあぁぁぁ!

照れたマーシャが今日も可愛いいいぃ!


「マーシャ、ご挨拶は?」

「は! ……あ、え、えーとぉ、この度はお誘い頂きみにあまるこうえいです……本日はなにとぞよろしくおねがいいたします……」

「ほお、一応噛まずに言えたな?」

「そうですわね。棒読みが気にはなりましたが、お辞儀もきちんと出来ていましたし今のは合格点をあげても良いでしょう」

「わ、わぁい!」

「…………」

「…………」


え、えぇ……?

ええええぇ〜……マジで採点始めた……⁉︎

あ、まだ玄関だから、他のご令嬢たち……が、窓から見てるし……への牽制かな?

一応マーシャの淑女としての振る舞いをテストする、触れ込みをしていたし。

まあ、あんまり意味なかったけど。

マーシャはどこまで本気なのかしら?

単純に喜んじゃってるけど……本当に大丈夫かなぁ〜?


「坊っちゃま……」

「俺がレオのように甘やかすわけがないだろう。ローナもアイツもいるのだからな、“二の舞”にはならんさ。こほん、さて……」

「?」

「今日一日は俺のお姫様だ。しっかりエスコートさせて頂きますよ、マーシャ姫」

「は?」

「いきなり不細工になるな。顔。顔が諸々台無しにしているぞ」

「マーシャ」

「うっ!」


こ、このナンパ野郎!

とあたしも手が出そうになるが、お嬢様の一喝で押し黙るし拳も下げる。

あ、やば。

シェイラさんも笑顔でこっちを見てた。

やば。


「今日のデートもマナーのお勉強の一環だと思って真面目になさい。エディン様のような方が付きっ切りで淑女の立ち居振る舞いを見てくださる機会なんて、そうそうないのよ」

「おいローナ、それもどうなんだ」

「まあ、なにかご不満が?」

「はぁ……。まあ、確かに色々不足しているのは分かる。そうだな……じゃあそれも兼ねて行くとしよう」

「え、ええぇ〜……」


……エディン様は今『テスト』の事を知ったっぽいんですけどお嬢様。

もしやお嬢様の願望であって、別に事前にお願いしていたとかではなかったの?

お嬢様そーゆーところあるからなー⁉︎

でも……。


「……アミューリアに通うってそんなに大変なんですか? お嬢様……」

「もちろんそれもあるわ、メグ。ただ、マーシャは特にしっかり身に付けさせておかないとすぐに訛りや、なにもないところで転んだりするでしょう? ……正直今の状況ではこちらの頭が痛いくらいなのよ……」

「なるほど」


もんのすごく納得。


「判定基準は?」

「厳しめでお願い致しますわ」

「おおおううぅ〜⁉︎」

「が、がんばれ、マーシャ……」






*********



そうしてマーシャを送り出した数時間後、マーシャが使用人宿舎の部屋に帰ってきた!


「マーシャ! 変な事されなかった⁉︎」


今日はあたし、一日お嬢様に勉強教わったりしてたのよね。

その時、エディン様の事を聞いたりもした。

浮いた噂がものすごく多いのは、特に何もなかった令嬢がエディン様の気を引きたくて『何かあった』ように誇張したりものすごーく話を盛ったりして噂を流すせいらしい。

お嬢様がご本人から聞いた話だと、そういう事があまりにも多いので訂正するのを諦めた、との事。

とはいえ「エディン様が女性を好きなのは本当だけど、マーシャには何もしないでしょう」。

うん、信用出来ない。

人間の男は亜人よりもケダモノだって、ナタル姐さんが言ってた!


「う、うん、全然。むしろわたしの方が失礼千万だったさ……」

「え? ええ?」


髪を下ろし、服を着替たマーシャは楽な格好になってベッドにダイブする。

お化粧も落として、いつものマーシャ……?

あれ? いつもの、マーシャだよね?

ベッドの上でなにやら開封していて興味を惹かれた。

その中身を、一緒に覗き込む。

金のチェーンだ。

ネックレス?

いや、マーシャの名前が入ったタグが付いているから、ネックレスじゃない、か。


「なにこれ」

「…………」

「マーシャ?」


ベッドから降り、マーシャがお嬢様に貰ったという懐中時計を手に取った。

時間にルーズというか、ドジなマーシャへのお嬢様からの誕生日プレゼント。

そのチェーンを、今箱から取り出した金のチェーンと付け替えた。

ああ、なるほど、だからタグが付いてたのか。


「懐中時計のチェーンだったの?」

「うん………………」

「マーシャ?」


がばり。

マーシャが突然抱きついて……え、ええ⁉︎

なんで⁉︎ なんで⁉︎ なんで⁉︎

いや、嬉しいけどなんでー⁉︎


「明日早起きする! 絶対早く起きる! 寝坊しそうになったら叩き起こしてけろ!」

「え? どうしたの急に!」

「わたしは立派なメイドになりたいの! アンジュみたいな!」

「……え……⁉︎」


り、立派なメイド⁉︎

一体どうしたというの!マーシャ⁉︎

お、おのれエディン・ディリエアス!

うちのマーシャに何をした〜〜〜⁉︎

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