バレンタインSS
そういえば、乙女ゲームの世界なのに『ウェンディール』にはバレンタインがない。
「…………」
と、気が付いたのはお嬢様に認められ、文字などを教わり始めた頃。
読み書きが出来るようになれば、カレンダーに書かれた予定なども分かるようになる。
俺の前世では二月十四日といえば、呪われたようにお菓子を貰う日だった。
一人で食べきれないホールケーキ。
髪の毛で作られたチョコレート。
絶対チョコ以外の何かが入った色のクッキー。
怖いので手作りはお断りするようになったが、それでも女子ってやつは頑なにチョコを押し付けてくる。
よっぽどお返しが欲しいんだろうなぁ、と呆れて、バレンタインチョコの類は中学から断るようになったけど……この世界に転生してからはそもそもバレンタインがないから楽でいいな〜。
でも、バレンタインはそもそも古代ローマの女神の祝日ーーってなんかの本で読んだ気がする。
戦後の日本に外国人が増え、彼らによって持ち込まれた……らしい。
諸説あるので俺が読んだやつが正しいかは分からん。
まあ、その後日本のお菓子業界によりお菓子の販売促進活動の結果女性が男性にチョコなどのお菓子を手渡し愛の告白をする日……のような紐付けされた、という感じ。
女性が男性に愛の告白とともにチョコを贈る、というのは日本独特であり、海外では男性から女性に日頃の感謝などを込めてお菓子を贈る文化がある。
ただし特別二月十四日限定というわけではない。
「ヴィニー? カレンダーの前で何怖い顔してんだ?」
「怖い顔? してねーよ」
「なんか予定でもあんの?」
「いや、そういうわけではないんだが……」
暇そうなケリーが現れた。
いや、お前ここ厨房だぞ。
次期当主が自然な感じで入ってくんなし。
ただ単に今日、二月十四日が俺の前世の世界でバレンタインだった。
というだけの事。
まあ、それを思い出したらなんとなく……。
「今日のおやつはチョコレートだな」
「おやつ悩んでたのかよ」
「待て、何腕まくりしてやがる」
「え? おやつ作るんだろ?」
「ステイ! お嬢様へのおやつ作りは俺がやる!」
「ケチケチすんなよ。何作る?」
「ごるぁ!」
この後むちゃくちゃおやつ作った。
*********
「まあ、今日はずいぶん豪華ね」
「ヴィニーがやたらとチョコ縛りするから、燃えて」
「なぜかケリーが張り合ってくるのでつい……」
中庭のテーブルの上には俺とケリーの力作が所狭しと並ぶ。
ケリーとお菓子作りをしていたら、だんだん競争のようになり、結果作りすぎてしまった。
ケーキは数種類。
ショコラ、ココア、ホワイト、ミルク、スイート、ビターにルビー。
普通のスポンジ以外にもシフォン、チーズ、パイ、ロールにビスケット。
その他にもマカロン、マフィン、クッキー、生チョコなどなど。
うーん、誰がどう見ても作りすぎぃ。
こんなの絶対食べきれねーよ。
ましてうちのお嬢様の小柄なお体には!
「でもなぜ今日はチョコレートばかりなの?」
「え、ええと、日頃の感謝を込めてチョコを贈る風習があると……何かの本で読んだ気がして……?」
「どこかの地方の風習? 初めて聞くわね」
「日頃の感謝を込めてチョコ贈る風習? なんでチョコ?」
「さ、さあ? ですがお嬢様もチョコレートはお嫌いではなかったと思いまして?」
「まあ、そうね。甘いものは嫌いではないわ。でも……」
ああ、さすがのお嬢様も無表情の中にありあり「こんなに食べられない」と出てる!
すみませんすみません。
「この量はお父様やお母様にも手伝って頂くしかないわね。そうだわ、ローエンスやマーシャも呼んでらっしゃいな」
「ええ⁉︎」
「日頃の感謝を込めて作ったのでしょう? いいのではない? たまには」
「……、……かしこまりました」
まあ、それもそうだな。
お嬢様の言う通りに旦那様や奥様、ローエンスさんやマーシャにも声を掛けて中庭に集まってもらう。
本来のバレンタインがどうだったとかはこの際関係なくーーーたまにはこういうのも、ありかもな。
終
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます