同盟締結の日
城壁と水路に囲まれた一部区画を除き、正門から左手に進むと王が国民に生まれた子供をお披露目したり、即位後に姿を見せたりするバルコニーと、その目下に広場がある。
バルコニーは小さく見えて、存外広く、テーブル一つ、椅子二つ、楽に置けるスペースがあった。
ふふん、と俺は胸を張る。
俺の服ではやや(胸囲が)足らず困っていたところライナス様がサイズの合わなくなった服をくださったので夜なべして一昨日買っておいた装飾品を付けたのだ。
クレイの尻尾を出す穴を作るのは少し苦労したものの、これなら『ウェンデル』の民の前に出ても問題ないだろう!
今日の同盟締結は、そのバルコニーで行われるのだ。
亜人の長がこんなに若くてイケメンなのでは『ウェンデル』の女性たちはしばらく話題に事欠かないのではないだろうか。
というか、ダークグレーの礼服が似合いすぎるクレイ。
着慣れない服に困惑気味だが、ライナス様も頷く程によく似合っていると思う。
「うん、良いのではないか? 昨日のパーティーも良かったか、クレイは見目美しい男だな」
「…………」
そんな表情をするなクレイ……言いたいことはなんとなく分かるが多分そういう意味ではなく単純純粋な褒め言葉だ、ライナス様の。
ガチでドン引きはしないでやれ。
耳がへたっているぞ。
「わあ〜、クレイかっこいいねぇ〜」
…と、ゆるい感じで現れたのは王子衣装のレオ。
いや、お前も可愛いよ。
相変わらず僧侶みたいな格好だなぁ。
「ツェーリは来ないのかい?」
「人前は得意な人ではないからな、本番までは人のいないところで人間を観察しているそうだ。……人前が苦手であるところは俺もだが」
「まあそれを言うと僕もあまり得意ではないんだけど」
「おい王子&長」
ぶっちゃけるなよ。
……ちなみに……。
「誓約書は無事なのか?」
「恐らくね。最後にもう一度見直すけれど、本物の女神の力で守られたものをどうこうするのなんて普通無理じゃない?」
「まあ、そうかもしれないけど……」
「それよりも奇襲に注意しろ。公的な場……それも和平を誓う場故、俺も武器は持たない。だが、亜人の爪、牙は人間の武器などより強いぞ」
「大丈夫、僕も強いから」
……呑気か。
と、クレイは思っていそうだが、レオも亜人と遜色ない実力を持つ。
今日の同盟締結には俺とライナス様も一応護衛として、バルコニーへの廊下に立ってる事になっている。
ついでに言うとエディンは別棟から弓矢装備で警備。
あいつの弓矢の腕を、父親のディリエアス公爵が試す意味も込めて配置を決めたそうだ。
何事もなければそれが一番なのだが……。
「……呑気な……」
「そうです、レオハール様! つい昨日、ローナ様とヘンリエッタ嬢の乗った馬車がなにかに引き裂かれたのですよ⁉︎」
「………………」
……ライナス様……引き裂いたというか、斬り刻んだのは俺です。
なぁんて入れたくない訂正は入れないけれど!
襲われたっぽいのは事実なのだ。
あの何百キロもある馬車が傾いて倒れるなんて、何かが衝突したとしか思えない。
そして、あのタイミングで馬車に衝突してくる“モノ”。
馬車を倒すほどの“モノ”なんて、亜人関係しか考えられない。
「ローナ嬢が狙われるなど、レオハール様への影響を考え今日のこの同盟締結を邪魔する目的としか…!」
「まぁ、落ち着きなよライナス。…その件は確かに詳しく調査しなければいけないけれど……だからと言って同盟締結をナシにするつもりは僕にはない。……僕のこの1ヶ月間の努力を思えば尚のこと」
「うっ!」
……学園を何日も休んでようやく作った誓約書だもんな……。
色んな意味でこの日を先延ばしにするなんて考えられないって事だ。
例えメロティス陣営の妨害が考えられたとしても!
「君はどう思う? クレイ」
「その馬車の件は俺もメグから聞いた。……恐らく我々が追っていたモノが落下した時に着地場所としてその馬車を使ったのだろう」
「……では、ローナ嬢を狙ったものではないと?」
「殺すつもりなら馬車の中を狙う。……だが、メロティス側に付いた者たちの動きが活発になっているのは間違いない。メロティスはともかく、メロティスの口車に乗った者たちは純粋にこの国の国土を乗っ取ることを目的としているはず。最も狙われるのは王族だろう。……特に……」
「陛下だね。僕は戦争に便乗して君と共に屠ればいい。…………そう考えると“マリアンヌ”と“お兄様”が行方不明なのは好都合、かな……」
「そういう事だ。連中がどの程度の情報を持っているかは分からないが恐らくその2人の居所は掴めていないはず」
「ははは……」
……笑うしかないやー……。
「……必要なら同胞を王の護衛に付けるが?」
「本当? それは頼もしいな。……出来れば陛下が気付かない感じで護衛してくれるととても助かるよ。……陛下は亜人が嫌いなタイプの人だから」
「…………。そうか、分かった。……時に王子」
「?」
「王はお前の父親じゃないのか? 何故父と呼ばない?」
「え」
え、っと固まる。
……俺もレオが陛下を父上、と呼んだところは見た事がない。
しかし、それを言うと俺も陛下の事は『父さん』と呼んだ事もないし呼べる気がしない。
だが、レオは別に俺のように離れて暮らしていたわけでは……あ、でも半年に一度会うか会わないかだったんだっけ?
「……僕にとっての「お父様」という単語が「陛下」なだけだよ?」
「それは地位の名称……」
「さーてクレイ! レオはこれから誓約書を取りに行くんだ! お前は先にバルコニーへ行け!」
「あ、うん、そうして。そろそろ時間だし。……段取りは覚えている?」
「? ……。……王の挨拶のあと、紹介を受けて署名式とやらに移るのだろう? 誓約書にサインをすれば盟約は果たされる」
「うん、そう。この国を乗っ取るにしても戦争がある。……僕はメロティスという亜人は、同盟そのものに手出しする理由はないから妨害は行われないと思うのだけれど……」
確かに。
レオの言う通り亜人の国を作るために必要な国土として『ウェンディール王国』を乗っ取る、という話であってもこのタイミングではちょっかいかけてこないだろう。
やるなら戦後、レオが王位に就くタイミングを狙うはず。
「あからさまな事はしてこないだろう。しかしツェーリ先生は「妖精は人を化かす」と言っていた。俺も奴と戦ったのは二回のみ。匂いは覚えているがこの城の中は匂いが多すぎて分かりづらい。しかし気配は感じる! 奴は近くにいるぞ」
「な、なんと……」
「城の中に、か? 一応一勢力の親玉だろう?」
「メロティスは他の者を信用していない。自分だけは特別だと思っているからだ。……同胞たちが寄せた信頼など便利な小道具くらいにしか思っていない」
「…………」
ああ、居るよなぁ、そういうボスキャラ。
実際相手にするとは思った事なかったけど、実際居ると思うとちょっと気分悪い。
「そんなヤツには負けないよ。僕も、君も。そうだろう?」
「無論」
…………クレイが今日もカッコいい。
「じゃあそんな感じで今日は宜しくね。同盟祝賀パーティーも頑張って」
「うっ」
……ああ、この後にやるパーティーな……。
「人間はなぜあんなに堅苦しいパーティーなるものをこんなに開く」
「情報公開、情報共有、情報交換などなどの場だね」
「そう言われるととてもシンプルで分かりやすいんですけど、今日は亜人族も大勢招いたんですよね? だ、大丈夫でしょうか?」
レッカなどの地下に住まう亜人族の中で、人間と交流してもいいと名乗り出た者が今日のパーティーには大勢来る。
昨日は、クレイとツェーリって人だけだったそうだが……。
混乱は間違いないだろう。
不安だ。
「騒ぎを起こす者は俺がなんとかする」
「挑発する者は僕が諌めるよ」
……うちの王子と亜人の長が頼もしい……。
「……なんとなく個人的に一番トラブルを起こしそうなのは俺の親戚のような気がする……」
「ラ、ライナス様っ! そ、そんなことありませんよ! 多分!」
どこの誰とは言いませんが。
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