ヘンリエッタ嬢とデート【3】
まあ、正直にいうと……。
「意外と良かったです」
「はい! とても良かったです!」
観劇後、感想を述べるのであればこれに尽きるだろう。
前回の『なんとかエリーゼ』よりは格段に面白かったと言える。
前回のやつは原作読んでないといまいち付いていけない系だったからな……まぁ原作厨にはその方が楽しめるのだろうが俺のように原作読んでない客には今日の『斧姫』の方が楽しかった。
上手い具合に原作の要点シーンをまとめ上げ、最後も原作通りの展開にしたと思われる。
役者も前回の人たちとは全員違っていたし、これがなかなかに戦闘シーンも熱かった。
いやぁ、久しぶりにオタク心が疼く作品を堪能させて頂きました……ありがとう、チケットと席を取ってくれたハミュエラ。
「はぁぁ〜! 本当に素敵だった〜! 姫役の人、女の人なのに戦闘シーンもしっかり出来ててカッコよかったし!」
「ああ、それは俺も思いました。傭兵役の人が普通のおっさん顔だったのも良かったですね。ストーリーも原作を読んでいない層にも分かりやすくまとめられていましたし」
「傭兵は本当にびっくり! 原作だと定番の長身美形の優男なのよ! それがゴッツゴツのおっさんになってて……、でも逆にそれがリアルな感じで味があるというか〜」
「へえ、そうなんですね……」
……。…………。…………ハッ!
俺は何を普通に観劇楽しんで来てるんだ……⁉︎
本来の目的はこっそりエディンとマーシャのデートを邪魔する事だったはずだろう⁉︎
めちゃくちゃ普通に劇を楽しんで来てしまった……‼︎
「ねぇ、あのシーンも良かったと思いません⁉︎」
「え、ど、どの……」
「最初の方なんですけど、傭兵が城を去って行くシーンです。一目惚れしたばかりのお姫様が傭兵の後を追いかけて魔物に襲われ、助けてもらうところ……。あんな事されたらキューンとしてしまいますよね〜」
「そうですね、魔物役の方の演技力はすごかったと思います!」
「ええ! あれもすごかったです! その後の姫の戦闘シーン、重そうな斧をブンブン振り回して」
「そういえば竜役の衣装というか着ぐるみ? もすごかったですよね。きちんと竜の鱗を表現しているところ……まるでねぶたまっ……ンンッ」
「……、……え? ヴィンセント……」
「あ、いえ、なんでもございません」
……あっぶねー、ねぶた祭りの迫力を思い出しました、とか言いそうになったー。
学生の頃に青森にねぶた見に行ってその迫力にテンションだだ上がりした時のことを思い出したもんでつい!
ねぶた祭り、なーんてヘンリエッタ嬢に言っても分かるわけないだろっての、俺のアホめ。
「お嬢様、ヴィンセントさん」
「ぎゃぁぁ!」
「うわああ!」
「立ち話もなんですし、あちらの公園で一休みなさってはいかがでしょうか」
「あ、あ、あああありがとう、アンジュ……」
「お、俺でも気付かない速度の仕上がりだと……⁉︎」
「え?」
さ、さすが使用人宿舎で最も仕事が出来るメイド……!
いつの間にか劇場裏の公園に誘導されていた、だと⁉︎
なんてスムーズかつ主人に気取られない誘導及びセッティングなんだ……!
確かにそろそろお茶の時間だからな……な、成る程、劇場裏の公園にさりげなく誘導してガゼボの中にティーセットや茶菓子、軽食を用意しておく……そしてそこに主人たちを案内して、観劇の興奮冷めやらぬ内にガゼボ内でお茶をしながら先程の劇の感想を語り合う……か、完璧だ!
さすがアンジュ……手際といい、プランといい……俺ではここまでスムーズに出来たかどうか……。
「やるな……」
「…………」
「え? え?」
その上、誘導が終わると気配、いや、存在感を消す……だと⁉︎
な、成る程、一応これはデート!
使用人は2人の空気を壊さぬよう存在感のレベルで己を消すのか……!
しかし確実に主人と相手にお茶を淹れ、ベンチにマットを敷いて快適さを演出。
す、すごい…なんて技だ、アンジュ……さすが名士リエラフィース家の執事家系……まるで義父さんのごとき仕事ぶりだ……!
今日は学ぶ事が多いぜ!
「…………えー、と、では、あの……」
「あ、失礼しました。……お邪魔いたします」
おっと、アンジュの仕事ぶりに魅入ってる場合じゃなかった。
……だってあまりにも素晴らしい仕事ぶりでつい……。
だがアンジュでこれなら、シェイラさんも相当……、……今度俺もデートの際に執事がやるべき事なんかを聞いてみよう。
「…………」
「ええと、それで、なんのお話でしたっけ?」
「! あ、あの…………、……、……え、ええと……」
「斧姫が旅立った辺りのお話、でしたっけ?」
「いえ! あの! き、きききき、きき……」
「?」
猿?
「ききききたい事があるのよ!」
「え? あ、はい? な、なんでしょうか?」
「……ヴィンセントは…………………………」
……溜めが長いな?
「どのシーンが好きだと思いましたか⁉︎」
「ちっ」
「(舌打ち⁉︎)……え、ええ、と……わ、私は原作を読んでおりませんので、始終新鮮で面白かったですね……」
アンジュが舌打ちしたぞ⁉︎
今の今まで完璧に存在感を消していたパーフェクトメイドが舌打ち⁉︎
な、なんで⁉︎ 俺なんかした⁉︎ こ、怖いんですけど〜?
「……こ、こほん」
「?」
え? そしてなんでこのタイミングでヘンリエッタ嬢が咳払い?
この主従もよく分からないなぁ?
「え、えーと、そ、そうだわ、劇のことばかりでなく、学園の事をお話ししません事? せ、せっかくですもの、じょ、情報交換的な」
「え? え、ええ、そうですね。リエラフィース家のご令嬢であるヘンリエッタ様に、ご満足頂ける話など出来るかわかりませんが……」
「いえいえ、そんな……、……」
「………………」
「………………、ええと……」
わ、話題が出てこないな?
これは俺の方から話題を振るべきか?
でもなにを……あ、そうだ!
「そういえばヘンリエッタ様はケリー様とダンスの練習をなさっていたんですよね? いかがでしたか?」
「ぶふぉ!」
「⁉︎」
げほ、げほ、と咳き込むヘンリエッタ嬢。
こ、これは……もしや……いや、間違いなく……。
ケリーの話題に、照れた⁉︎
「大丈夫ですかお嬢……」
「げほ! げほ! ……だ、大丈夫……」
「も、申し訳ございません?」
「ご、ごめんなさい。ちょ、ちょっと思いも寄らなくて……」
よほど苦しかったのか、ヘンリエッタ嬢の顔が少し青白くなったな?
し、しまった、せめてなにも飲み食いしていない時に聞けばよかった……すまん、ヘンリエッタ嬢。
「けほ、けほ、え、ええと、なん、け、ケリー様? え、ええ……と、とても親切で優しくわたくしのダンス練習に付き合ってくださいましたわ……はぁ……」
「そうですか。あいつが、ん……ケリー様が特定の女性と親しくされているのを見るのは私も初めてですので、いやぁ、実に新鮮といいますか……」
「そ、そうですか?」
「もし宜しければ、ケリー様についてお話ししてもよろしいでしょうか⁉︎」
「え? …………。ええ! 是非!」
食い付いた!
やはりヘンリエッタ嬢はケリーに……!
よし! ここはケリーのカッコいい話をたくさんして、より一層ヘンリエッタ嬢には頑張ってもらおう!
ヘンリエッタ嬢は最近お嬢様とも親しいし、侯爵家のご息女……ケリーにはもってこいだよな。
なにより、メイドのアンジュはパーフェクトメイド!
きっとリース家にヘンリエッタ嬢が嫁いで来ても一緒について来てくれるはずだ。
彼女がリース家に来てくれれば、万が一俺が戦争で帰ってこれなくなっても…………、……あ、これは考えないようにしよう。
とにかくケリーのいいところをヘンリエッタ嬢に、刷り込む!
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