ヘンリエッタ嬢とデート【2】
「ほ、本当にごめんなさい、ヴィンセント……うちのアンジュが……」
「い、いいえ」
……結局俺が選んだのはアンジュ同伴。
まあ、馬車の手配は俺がしたので今は車内に2人きり。
とは言えアンジュは普通に御者台におられる。
つまり会話は筒抜けだ。
くそ、こうなったらもうライナス様伝手で頼んだハミュエラの妨害だけが頼りだな。
不安はあるが、あいつがデートに介入すればその時点でデートはめちゃくちゃになるだろう。
デートの主要イベントは観劇のはず。
劇場にはハミュエラが今日も手伝いに入っているはずだから、介入は容易いよな?
期待しているぞ空気クラッシャー!
それに劇場には俺たちも行くわけだし、さりげなーくマーシャたちの席を確認して睨みを利かせておけばなにかあった時にすぐに駆け付けられるはず。
奴らの席はハミュエラに情報提供してもらい、把握しておけばいい。
……今のエディンがマーシャになにかするとは考えづらいが、奴には前科がある! 残念ながら!
完全に信用は出来ない!
「………………」
「?」
なんだろう、ヘンリエッタ嬢がやけに目をそらしながらモジモジとしている。
別にアンジュが付いて来たのは仕方のない事だと思うんだけど。
実際うちのお嬢様がデートの時は俺もサポートで絶対付いて行く! ……し。
あ、もしかして春先に半裸になった時の事を思い出して……⁉︎
「あ、あの、そういえば俺からきちんと謝罪していませんでしたね。あの、春先で南校舎の事……」
「え! あ、ああ!」
「あの時は本当に申し訳ございませんでした」
嫁入り前の娘さんに、汚いものを見せてしまいました。ぺこり。
「それに本日の事も……。きちんとヘンリエッタ様の都合を確認せずにお誘いしてしまいまして……」
「い、いい、いいえ! ……ケリー様にお願いされた時から……わ、わたくしは、別に……」
「…………」
頬が赤い。
潤んだ目を逸らして狼狽える姿……。
こ、これはまさか、あれか?
ヘンリエッタ嬢はケリーの事を……好き⁉︎
な、成る程、お嬢様の見立てはあながち間違いでもなかったのか。
ケリーカッコいいもんなぁ。
なにしろ、乙女ゲームのメイン攻略対象の1人だ。
ちょっとワイルドな見た目とは裏腹に中身はクソ生意気でやんちゃなガキそのもの!
しかし猫を被らせれば立派な紳士。
最近ちょっとだけ腹黒い感じは醸し出ているが、根っこは純粋で可愛い男の子だ。
唯一の欠点として上げるのならシスコンなところかな?
いや、しかしケリーの義姉はお嬢様なのだから仕方ない。
ふふふ、そ、そうかそうかぁ〜、ヘンリエッタ嬢はケリーの事を……そっかぁ〜。
最近お嬢様とも仲良くしてくれていたようだし、そういう事ならうんうん!
……ハッ! 待て、ケリーがヘンリエッタ嬢とくっつけば不安の多いケリールートの破壊確定ではないか⁉︎
ヒロインの誰ともないヘンリエッタ嬢との婚約、そして結婚!
完全なるケリールートの破壊……!
お嬢様の破滅エンドが一つ確実に減る事になるのではないか⁉︎
こ、こ、こ、これだぁぁぉ!
なんで今まで思い付かなかったんだ!
お嬢様の破滅エンドに直結するであろうメイン攻略対象を、ヒロインたち以外とくっ付ける!
特にケリーとエディン!
そしてお嬢様にはレオと結婚して幸せになって頂く!
おお! これだ! これこそ確実にお嬢様を破滅エンドからお救いする必勝法!
マーシャとメグの恋愛関係は俺に相談するようマーシャに言い含めておいたから、残る不安要素は戦巫女。
というか、彼女がメインヒロインだしな。
だが、彼女が例えば追加攻略対象のハミュエラとかアルトとかラスティ……あとついでに若干忘れていたい存在であるミケーレ……あるいは敵国の攻略対象たち! ……と、くっ付けばお嬢様は破滅エンド完全回避!
レオを好きだというお嬢様をレオと結婚させればハッピーエーンド!
というかあの2人両思いなんだからさっさとくっ付けねば。
それになによりそこを言うのならヘンリエッタ嬢はお嬢様と同じ『次期王妃候補』の1人。
ケリーとくっ付いてもらえれば、お嬢様のライバルが1人減る!
な、なんという完璧な作戦!
マーシャとエディンのデートの完全妨害はハミュエラの双肩に掛かっているが、それならばそれで俺は今日ヘンリエッタ嬢の恋を応援し隊を結成し、アンジュ辺りに協力を取り付けるーーーヨシ! これだ!
「……ところでヘンリエッタ様、ヘンリエッタ様は本日観に行く劇の……えーと、なんでしたっけ」
「『竜殺しと斧姫』でしたわね、確か」
「え、ええ、それです」
……改めて聞くと本当に物騒な題名……。
いや、この世界の恋愛小説あるあるだけど……それ本当にホラー小説じゃなく恋愛小説なの?
「ど、どのような内容なのでしょうか? 生憎と恋愛小説までは嗜んでおりませんので内容がさっぱり分からないのです」
「ま、まあ……、……普通そうですわよね。わたくしは予備知識があった方がいいかな〜と思って、夏季休み中に読んでみたのですが」
「はい」
「題名の割にしっかりと恋愛物でしたわ。竜を殺した経験のある傭兵に、竜の存在で迷惑していた国の姫君が一目惚れしてしまいますの」
「ひ、一目惚れ……」
「?」
一目惚れ……サクレット・オークランドがマーシャに一目惚れ……。
ぐっ、なんか今ものすごく『一目惚れ』がパワーワード状態だな……。
レオがゲ◯ドウポーズで凹む理由がとても良く分かる。
よりにもよってオークランド家の次男がマーシャに……っ、ぐぬううぅ。
「どうかなさいまして?」
「い、いえ、続けてください」
「そ、そうですか? ……え、ええと、ともかく、その傭兵は自由気ままな生き方を望み、姫の求婚を断り旅に出てしまうのです。姫は諦めきれず傭兵を追い、そして彼の迷惑にはならないようにと斧を手に肩を並べて戦うようになります」
「お、おおお……」
なんというアクティブな姫様……。
どんな思考回路でそうなってしまったのか知らないが、傭兵はさぞやゾッとしたであろう。
「姫が斧一本で邪竜に戦いを挑んだ事を知り、傭兵は姫の想いを受け入れる代わりに斧を二度と持たないよう約束させ、2人は国に戻り結婚し以後幸せに暮らしました……という感じの内容ですわ」
「な、成る程……な、なかなかに壮絶な……」
「そうですか?」
途中から趣旨がよく分かんなくなってるよ斧姫さん。
恋愛物というよりもうそれバトル物なんじゃないの……?
乙女ゲームの世界で恋愛小説が存在するのも気分的に複雑なものがあるけど、内容にバトルが加わっている辺り謎の『フィリシティ・カラー』感を感じる。
俺、乙女ゲームなんて『フィリシティ・カラー』しかやってないけど乙女ゲームってみんなこんな感じなのかねぇ?
「わたくし、2.5次元は初めてなのでとても楽しみです」
「そうなんですね。私は先日なんとかのエリーゼだかなんだとかいうものを観に連れて行かれました」
「まあ、もしかして『薔薇乙女騎士エリーゼ』でしょうか! あれも舞台化していましたの⁉︎」
「そうですね、ハミュエラ様が劇団の方々と親しいようでお誘い頂いたのですよ」
「ま、まあ! あれってなかなかにBL風味といいますか……腐女子にも優しい感じの……んん、ゲフンゲフン!」
「? ヘンリエッタ様?」
「な、な、なんでもございませんわ、失礼いたしました」
「そ、そうですか?」
「そろそろ着きますよ〜」
と、後ろの御者台からアンジュの声。
「…………………………」
ん?
いや、今ヘンリエッタ嬢『BL』って言った?
気のせい、かな?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます