ヘンリエッタ嬢とデート【1】



「おい」

「は、はい!」


週明け最初の日曜日。

の、早朝。

……お嬢様の朝食を作りにいつも通り使用人宿舎に行くとアンジュが仁王立ちして腕を組んでおられた。

しかも、なんか機嫌が悪い……?

思わず敬語で返事をしてしまった。


「今日、うちのお嬢とデートだそうですねぇ」

「っ」


あ、そ、それ……!

デートというか、デート妨害というか……。

どうしよう、どう説明したらいい? えーと……。


「あの、それは誤解で……」

「ほう?」

「実はうちの義妹(いもうと)がディリエアス家のエディン様とデートに行くというので……」

「知ってますよ。ここ1週間その話題で使用人宿舎は持ちきりっしたから」

「⁉︎」


え、そ、そうなの⁉︎

……いや、けど、あいつセントラル唯一の公爵家ご子息(しかも一人息子)……だもんなぁ。

狙っているご令嬢はそりゃあ多いはず。

レオは高望みかもしれないけど、エディン様は女性がお好きだから側室の1人くらいには! ……なーんて考える令嬢はいそう。


「あの娘を妬んで、虐めてる奴らもいたくらいですからねぇ」

「え⁉︎ そ、そうなのか⁉︎ ……誰だそんな事する奴は……?」

「ヴィンセントさん、顔がマジになってますよ。落ち着け」

「う……い、いや別にそんな事は……」


俺がマーシャごときにマジになるわけがない。

いかんいかん、これからデートをぶち壊しに行くから気が立っているのかもしれないな?


「そーゆー連中はとりあえず黙らせときましたから」

「あ、ありがとうございます……」


アンジュさん今日もかっこいいです……。


「じゃ、ねーんすよ。うちのお嬢とデートするっつー話です」

「あ、は、はい。いや、あの、実はですね……」

「?」


デート妨害に協力して頂く、と説明した。

だってアンジュを敵に回すというのは使用人宿舎に居づらくなるって事だ。

なにしろアンジュはセントラル西区の領主家、リエラフィース家のヘンリエッタ嬢付きメイド。

エディンんちのシェイラさんと双璧を成す、使用人宿舎のヒエラルキーの頂点!

敵対はしたくないとても!

お嬢様の朝食を運んでもらっていたりもするし……仲良くしたいんだよ。

なので!


「お宅の大事なお嬢様には指一本触れないので安心してくれ!」

「はぁ〜? バカですか〜?」

「…………⁉︎」


え、の、罵られるの⁉︎

なんで⁉︎ そういう釘を刺しに来たんじゃないのか⁉︎


「テメェ、うちのお嬢をデートに誘っておきながら他人のデートの妨害に利用するってかぁ? はぁ? 死なすぞ?」

「ひぇ! ……い、いやあの、で、でも……」

「もしオタクのお嬢様が似たような事に巻き込まれたらアンタどーゆー気持ちになりますー?」

「え?」


う、うちのお嬢様が?

…………うちのお嬢様が、もしも他人のデートの妨害に協力してほしいと誘われたら……?

それは、もちろん……。


「全力で協力するな!」

「頭の中身生ゴミでも詰まってんすかねぇ?」

「…………な、なまご……」


え? なに、今日のアンジュ、棘が極太なんだけど……。

俺、意外と罵られ慣れてないから結構くるんですけど?

お嬢様にならいくら罵られてもいいんだけど……こ、これはなかなかに効くなぁ。


「しょーがねぇっすねぇ〜、まーだ立場が分かってねぇ……」

「え? え?」

「おーい、シェイラさーん、出番っすよー」

「おや、やはり駄目でございましたか」

「シェ、シェイラさん?」


う、うえ……二大巨頭……!

使用人宿舎玄関前がざわつき始める。

というか、この2人に絡まれる俺の姿に使用人達が人垣を作り始めたぞ。

ヤバイ、目立つ!

というか、シェイラさんまで出てきて一体……?


「うふふ、ヴィンセントさん……うちの坊っちゃまのデートを邪魔なさる気満々だとか……」

「ーーーー!」


にっこりと妖艶に微笑む人妻オーラの出てる執事シェイラさん。

あ、はい、察しましたよ。

そういえばそうですよね、シェイラさんはエディンの執事でしたね。

そしてアンジュはヘンリエッタ嬢のメイド。

お、おおおお……! こんな状況になるまで理解出来ないとは、なんという愚鈍なる俺よ!

どうしたどうした! いつもならもっとスマートに察する事も出来ただろうに俺よ!

この2人が揃うまで気付かないとはど、う、し、た、お、れ、よ!


「うちのお嬢はまだ婚約者もいないんですよ〜? それをデートに誘っておきながら他人のデートの邪魔に協力〜? はぁー? ふざけてんのかテメェ、ですよ〜」

「はい……仰る通りですね……」

「確かにうちの坊っちゃまは気の多いお方ではありますが、マーシャさんの事はそれはもう坊っちゃまの好みドストライクでございますからねぇ……。というかぶっちゃけうちの坊っちゃまにもいい加減落ち着いていただきたいのでございますよ。割と本気で」

「……まぁ、はい、仰りたい事は分かりますが……」

「惚れた腫れたは当人同士の問題でしょう〜? 義妹が心配な気持ちは分からんでもねぇですけどねぇ、相手が相手だから。けど、それにうちのお嬢を巻き込むとぁ、いい度胸してやがんなテメェ、ですよ〜」

「はい、はい……それはもう……本当に……」

「ヴィンセントさんも主人のデートを妨害されるとなるとどうですか? ふふ、私と同じ結論に至ると思うのですよ。ねえ?」

「……そ、それは、まあ、はい、そ、そうですね……」


…………あ、圧が……圧がヤバイ……。

なんで俺クレーム対応の営業マンみたいになってんの……いや、理由は明白なんだけどさ。


「そんな訳でうちのお嬢をしっかりエスコートしてくれてもいいんすよ?」


にっこり。

……アンジュよ、その笑顔はもはや脅迫の域だぜ……。


「ええ、そんな訳で……うちの坊っちゃまの妨害を本気でなさるというのなら遠慮なくお相手させて頂きます」


にっこり。

……さ、爽やかな笑顔の中に般若が見える……これはヤバイ、正直ガチ正統派執事家系の2人と対峙して勝てる気がしない。

くっ! 迂闊!

デートを妨害してやる事しか頭になくて事前に手回ししておくのをガッツリ忘れていた!


「お義兄さん! しっかりしてください!」

「メグ⁉︎」

「あたしこれから女子寮にお嬢様とマーシャのおめかし手伝ってきますけど! マーシャにいかがわしい真似しそうなディリエアス様との仲はぜーっ対に認めません! マーシャが虐められてるのを庇ってくれたアンジュさんには申し訳ないですがあたしはお義兄さんの味方をします!」


メ、メグ!

正直戦力としては全然頼りにならないが心意気だけはありがとう!

つーかおめかし手伝ってくんの⁉︎

それってデートの手助けなんじゃ⁉︎


「じゃあそういう事で! お義兄さん、妨害活動頑張ってくださいね!」

「えええ⁉︎ ここで俺を見捨てて行くのかよ⁉︎」

「だってマーシャとお嬢様をお待たせしちゃうじゃないですか! じゃ!」

「……………………」


お、思っていた以上に戦力にならなかった。


「…………」


よ、弱ったなー……アンジュの事もシェイラさんの事も敵に回したままにはしたくない。

この場合、なにが最善なのか?

いや、それはもう言わずもがなだ。

ヘンリエッタ嬢と普通にデートする。エディンとマーシャのデートを妨害せずに、普通に。

……そ、そんな事出来るかぁ〜⁉︎

ヘンリエッタ嬢だってエディンにこっ酷く振られた復讐を兼ねているんだぞ!

シェイラさんの前ではとても言えないけど。

あんまり期待していないが一応ライナス様にハミュエラに妨害工作を頼んでもらったが、どういう風に伝わっているか分からない。

先回りしてハミュエラに色々指導しておこうと思ったんだが……くぬぅ。

まさかこんな所に強敵が待ち構えていたなんて!


「わ、分かりました……」

「おや、分かっていただけたのですか?」

「ええぇ……言い出したのシェイラさんたちじゃないですか……」

「そうですけど、えらくあっさりと納得して頂けたので驚きました。どうでしょう、アンジュさん?」

「まあ、ここでは信じてあげますよ。……帰ってきたお嬢から根掘り葉掘り聞けば真実は分かりますからねぇ……」

「……………………」


キューーー……と、心臓が縮んだような胸の痛み。

う、うっ、い、胃が痛い……なにこれ、こんなの初めて……。

アンジュは小柄な少女だ。

なのに、この圧よ……!

ま、まるで空手の全国大会決勝戦前の兄貴と対峙している時のような気迫と威圧感……。

うん、要するに怖いこの子。


「ヴィンセントさんがヘンリエッタ様に口止めなさったらどうされるのですか?」


っておおいシェイラさんなに聞いてんの⁉︎

そんな事しませんよー⁉︎


「うちのお嬢はあたしに嘘なんかつけませんよ。……ついでに言うと別に付いていかねぇとは言ってねぇっす」

「付いてくる気なのか⁉︎」

「必要なら?」

「うっ」


そ、それは勘弁願いたい。

隙を見てマーシャのデートの妨害を、とか思ってたのにそれじゃ絶対無理だろ……!


「まあ、ご令嬢の逢引でしたら使用人の1人2人、付いて行っても問題ないですよね? ましてヘンリエッタ様は侯爵家のご息女……メイドの1人も連れて行かない方がおかしい」

「ですよねー」

「い、いや、あの……」

「見通しが甘いっすねぇ、ヴィンセントさん……さあ、どうするんすか? あたし同伴で行くか……」

「私の“本気”……ご覧になりますか?」

「……………………」


きゅ、究極の二択……?



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