番外編【レオハール】7
『王誕祭』翌日。
アミューリア学園のみんなは今日から夏季休みという事で実家へ帰省する。
夏季休みは1週間しかないので実家の遠いライナスやアルト、ハミュエラは寮か『ウェンデル』西区画にある別邸に身を寄せる事だろう。
……ライナスもさすがに別邸には使用人がいる……よね?
僕はというと、普通に学園から馬車で30分の城へと帰ってきた。
近所にはスティーブやエディンの実家もあるので、時間が出来たら遊びに行こうかな。
と、呑気に朝起きて朝食を食べようと思ったらーーー。
「え? 食堂に? え? 誰が?」
「殿下が、でございます。王妃様が本日から朝と夕は共に食堂で摂るようにと」
「…………」
「それと、私どもの中から3人ほど付き人となる者をお選びください。以後、その者たちが殿下の身の回りのお世話をさせて頂きます」
「え、え〜……う、う〜ん……」
う、うわあ。
これは、攻めてきたなぁ……。
着替え終わってから見たことのない使用人がズラリ……。
その中から3人付き人を選べとは……監視役って事かな。
子供の頃はもうそれはもう四六時中べったり監視役は付いていたけど、マリアンヌが「あたくしを差し置いてお兄様に一日中べったりなんて許せない!」とか訳の分からない理屈で外されてから久しく従者的な者はいなかったからなぁ。
「あ! アスレイ」
「お久しぶりでございます、殿下」
アスレイ・マクレラン。
マクレラン伯爵家の長男で、宰相アンドレイ・リセッタ付きの補佐官の息子である。
前年度はアミューリア学園の生徒会会長を務めていた。
そうか、卒業後城勤めになったのか! まあ、それはそうだよねー。
あまり見覚えのない顔の中に1人、言葉を交わした覚えのある者がいるとそれはもう……。
「では付き人はアスレイで頼むよ。他の者はまだよく分からないから、仕事を見て決めよう。それでいいかな」
「かしこまりました。では、まずは食堂の方へ」
「あう……」
アスレイに不思議そうな表情をされたが、僕は昨日まで朝食も夕食もヴィンセント曰く「王族らしくない」この狭い自室で摂っていた。
食堂なんてほぼ使った事はない。
まして、ルティナ妃と、なんて……。
こ、こわぁ……詰めてきたなぁ、一気に。
「どうかされたのですか?」
「あ、ああ……アスレイは知らないんだっけ……。僕、朝食と夕食は部屋で食べていたんだ」
「ええ? 何故ですか」
「うーん……マリーがいた頃は寝坊助に付き合っている時間がもったいなくて……。たまに一緒に食べたりはしたけどね。……彼女がいなくなってからはもっぱら部屋だね」
「な、なんと」
マリーがご飯中はコーヒーを飲んだり紅茶を飲んだりしていた。
彼女が喋りながら食べるのでそれに相槌を打ちながら、一緒にいるだけという感じだ。
エディンやスティーブの家は家族揃って食事をすると聞いた事がある。
多分アスレイの家もそうなのだろう。
……というか、普通の“家族”はそうなのだろうね。
まさか、ルティナ妃が『家族ごっこ』に興味ある方とは思えない。
王太子になった僕の懐柔目的かな。今更、な気もするけれど……。
どこからなにが飛んでくるか分からない。
嫌だなー……。
「⁉︎」
「来たか」
「お、おは……おはようございます、陛下」
「うむ、座れ」
へ、陛下がいるー⁉︎
食堂に入るなり、奥の席には陛下〜⁉︎
その横にはルティナ妃。
え、なにこれ怖い。最近部屋から出る事もなければ朝起きるどころかベッドからも出ないって聞いていたんだけど……⁉︎
さ、さ、最近よくお見かけするなぁ⁉︎
去年まで半年に一度顔を見るくらいだったのに……え、まさか? まさかでしょう?
「え、ええと、きょ、今日から朝をこちらで摂るように伺ったのですが……ま、まさか陛下も、ですか?」
「気は乗らぬが、今日は気分が良い」
お、おおお……?
確かに顔色がいい……心なしか肌艶も……。
こ、これがマーシャの効果?
昨日マーシャに会ったから?
「…………」
複雑というよりヴィニーじゃないけどちょっと気持ち悪いな。
「規則正しい生活をなさらないから、体調を崩すのですわ。次回お会いになる機会に備えてしっかり体調を整えるべく、朝と夕は決まった時間に食堂でお食事されるようお勧めしたのです」
「な、なるほど」
との弁はルティナ妃。
そうか、マーシャをダシに使えば陛下の操作は可能なのか。
陛下……なんてチョロくなられたのだろう……。
貴方そんな人ではなかったでしょうに……。
「貴方もですよ、レオハール」
「うっ」
「聞けば食事もよく残すとか」
「そ、そんな事はありません。……量を減らしてもらってはいましたが……」
「成長期の男児たる者きちんと適量を食さねばなりません」
「……う……」
……残すというか、砂糖が使われている料理が苦手なだけであって……。
シェフにこっそりそれを伝えて僕だけ砂糖不使用のあんまり美味しくない食事になっていたから食が進まなくて結果少なめにしてもらっていただけです。
ヴィニーのご飯は最初から砂糖不使用でも美味しい料理なので、最近はお昼多めに食べてる。
でも確かにお城では小食になっているかも。
……まあ、ぶっちゃけお城のご飯って豪華だから妙に口に合わないというか……美味しく感じないんだよね。
「おはようございます」
「! え? ……あ、こ、これは……!」
驚いた。
僕の後に入って来たのは黒髪の美女。
ユリフィエ様だ!
わあ、何年振りだろう、お姿を見るの。
……改めて見るとヴィニーにそっくり……あ、いや、ヴィニーがユリフィエ様にそっくりなのか。
…………。
もしユリフィエ様を見慣れていたならすぐにヴィニーがユリフィエ様の子供だと気付くレベルでそっくりだなぁ。
「おはようございます、ユリフィエ様」
「おはよう。あら? あなたは?」
「レオハール王子よ、ユリフィエ」
「まあ! あなたが新しい王子様ね!」
「…………?」
会話したのは初めてだ。
な、なんだ、今日は……状況が掴めない。
ルティナ様はなにを始めるつもりなんだ?
「オズワルド、あなたの弟王子よ」
「…………」
「レオハール王子、この子はわたくしの息子でオズワルドというの。仲良くして下さいませね」
「……は、はい。初めまして、よろしくお願い致します……」
黒い毛糸の髪、黒いボタンの目。
ベージュのフェルトの肌。
それに豪華な赤ん坊用の肌着が着せられた……人形。
「オズワルド、お兄様」
「うふふ! よかったわね、オズワルド、素敵な弟で。もう少し大きくなったら一緒に遊べるはずよ」
「はい、そうですね」
……。
ユリフィエ様。
彼女を席に促して、自分も用意された席に座った。
物言わぬ人形を大切に腕に抱き、笑顔で話しかけるお姿に陛下は目も向けない。
凡そ17年前からユリフィエ様はあの様子だという。
17年前、オズワルドお兄様が“亡くなった”直後から。
普通の、極々普通の良家の箱入りご令嬢だったユリフィエ様にとって……お腹を痛めた初の我が子が“亡くなった”ことはそれ程までにショックだったのだろう。
話に聞いていたけれど、成る程……この有様では確かに表には出られないな……。
「ユリフィエは明日、ディリエアス家に戻る事になったの。今日は最後の日になるので、付き合ってくださいませ」
「! ……そうでしたか。もちろん、喜んで」
「ありがとう。陛下もよろしいですわね?」
「好きにしろ」
「…………」
この茶番はそういうこと、か。
ルティナ様はユリフィエ様と幼馴染の親友。
そうだな、僕も……もしスティーブやエディンがこんな事になったなら、それでも何かはしてあげたい。
ごっこでも、血の繋がりもない相手でも、多少最後くらいはそれらしい形でお送りするべきだろう。
席の横に乳母車を置いて、そこへ人形を寝かせるユリフィエ様。
笑顔の絶えない、愛らしい『お嬢様』だな、と思った。
ルティナ様はユリフィエ様が話しかけると笑顔を浮かべてお答えしている。
ある意味、ルティナ様の弱点となるのがユリフィエ様なのだろう。
そんな彼女を、城からディリエアス家に戻す……。
弱点をなくすという意味でもあり、姉の帰還を願うエディンのお母様、ひいてはユリフィエ様ご自身のためでもある。
「…………」
時間の止まってしまったユリフィエ様に……ヴィニーを会わせなかったのは正解なのかな。
ヴィニーはこんな風になった自分のお母様を見てどう思うのだろう。
結構抱え込むタイプだから、会わせないのが一番いい気がする。
……多分……ユリフィエ様もヴィニーに会っても分からなかっただろう。
だって彼女の“息子”は横の乳母車で寝ているもんね……。
「……………………」
久しぶりに全く味のしない食事をした気がする。
楽しそうにお話しするユリフィエ様の笑顔は大変に愛らしいのだが……継母2人と陛下……この絵面はなかなかにきついものがあると思う。
もうこの際偽物でもいいからマリーにいて欲しいくらいだよ……。
あ、でもそれはそれで地獄絵図な予感。
……早く学園始まらないかなぁ……寮に帰りたい……。
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