自由な新入生ども



お嬢様たちは2年生になり、ケリーたちが入学して2週間が経った。

穏やかだった昼の薔薇園は、超自由人ハミュエラの存在によりすっかり荒れ果てた…。

魔人か何かかあいつは…。

ルークは優しいので「お料理の練習になります」と、言いながらハミュエラとアルトの分の弁当を作り始める始末。

いや、まあ、俺もおかずは全員分作って持っていくのでルークのことは言えないが…。

なんにしてもハミュエラだ。

ちょっと…かなり自由すぎる!

このままでは俺の穏やかなお嬢様へのご奉仕時間が!

あと、みんなと色々話し合いたいことがあるのにゆっくり話し合いもできない!

というわけで久々に救済ノートを開いて攻略対象を確認だ!

色々と分からないことも増えたし、日記と合わせて整理しておこう。


とりあえず、ハミュエラの事を改めて調べておくか。

なにか黙らせるヒントがあるかもしれない。

っていうか黙らせるヒントあってお願いマジで。

えーと…ハミュエラ・ダモンズ。

ウェンディール王国ウエスト区の公爵家子息。

スポーツ万能で活発な性格。

反面勉強は苦手で、頭は悪くないのに文字や数字を見るなり寝てしまう特殊体質。

乙女ゲーム『フィリシティ・カラー』の攻略対象の1人。

2周目クリア後にラスティ・ハワードと共にルートが追加される。


ストーリーは…………。

学園に通うことになった戦巫女。

学園内を1人散策していると唐突に絡まれる。

…不良に、ではなくハミュエラに、だ。

……えーーー…なにそれあれに突然絡まれるって結構ハード〜…。

そして何故かバスケットコートに連れて行かれ、謎の1on1勝負。

……えーーー…?

遊んでくれてありがとう、とそのまま別れる。

呆気にとられる巫女だが、翌日、同じクラスにハミュエラを発見。

また絡まれる。

……つ、辛いなハミュエラルート…俺は無理かも…。

だが、巫女は巫女で慣れない生活に落ち込む暇もなくハミュエラに振り回されて、それに慣れると日々が楽しく感じ始める。

…人間の順応力スゴイ…。

だが巫女はハミュエラに「従者になってほしい」とはなかなか頼めない。

彼の笑顔に救われているからこそ、言えなくなる。

…え、…なんか切ない…。

そして巫女が他の攻略対象たちに従者を頼み、了承され、従者が集まるとハミュエラに声をかけられても答えられないようになってしまう。

それでもそこは空気クラッシャーハミュエラ。

巫女の事情や気持ちもお構いなしに1on1に誘ってくる。

だが、巫女はその時初めてハミュエラを拒む。

拒まれたハミュエラは呆然となり、その日は別れる。

……あ、れ? せ、切ないな?

続きのイベント、ハミュエラを拒んだ巫女はそのままハミュエラを避けるようになる。

ハミュエラを避けたまま、ぼんやりと剣の稽古をしていると他のクラスメイトからの攻撃を避けるのが遅れてしまう。

あわや、という時巫女を庇うのはハミュエラ。

巫女を庇ってハミュエラは怪我をしてしまう。

保健室で魔宝石の力を使いハミュエラの怪我を治す巫女は、その時に「従者にして」と頼まれる。

巫女に無視されると心が痛いと涙を流す彼に…巫女は………。


「…………ッッッ」


お、落ちる!

これは落ちる!

さすが追加攻略対象不動の人気No. 1…‼︎

無理、しんどい!

レオのルートもそうだがこれはヤバイやつだ!

プレイしたらハンカチ必要なやつだ!

あの元気溌剌キャラに泣いてそんなこと言われたら俺も泣いちゃう…!

あとは以下略!


「…………でもハミュエラを大人しくさせる方法は分からないままだな…」


あまり期待はしていなかったが。


「うーん…」


そうだ。

ついでにアルトルートも見ておくか。

親戚同士だし間接的になにか分かるかもしれない。

えーとアルト・フェフトリー。

『ウェンディール王国』イースト区の公爵家子息。

宗教学に興味を持つ毒舌変人。

人嫌いでヒロインにも最初は特に厳し目。

乙女ゲーム『フィリシティ・カラー』の攻略対象の一人。

容姿は毛先が赤みがかった藍髪、紫瞳。

3周目クリア後にミケーレと共に攻略対象としてルートが追加される。

出会いの場は資料館。

この国のことをよく知らない巫女が、勉強のために訪れると出会うことが出来る。

…さすが攻略キャラの中でも屈指の変人。

出会いイベントさえランダムってメモがある…マジかこいつ。

※…回数をこなすと遭遇率は上がる。

…そりゃそうだろうね。

ではなく…出会うなりきつく睨まれて追い出される。

※…1日の行動時間を一コマだけ使うとイベントが進みやすい。

…俺なんでアルトルートだけ攻略方法メモしてあるの?

まぁ、たまたま覚えていたんだろうけど…いらねー…。

資料館によく足を運ぶ巫女に折れたアルトは自分の邪魔だけはしないようにキツく言って自分の勉強を始める。

巫女は彼にあまり関わらないようにして、この国のことを調べ始める。

しかし、一応クラスメイト。

女神について調べ始めると、アルトの方から声をかけて色々解説を始める。

…アルトは女神について詳しいのか…?


「! …宗教…」


この国は…大凡500年と少し前くらいに女神エメリエラと契約した。

エメリエラと契約したのはクレース・ウェンディールという貴族の令嬢…という事になっている。

…その後ウェンディール家は王家となり、国にその血筋を守られるようになった。

女神と契約した一族…その血の力が代を重ねるごとに如実に現れ始めると、一部では信仰の対象として王家を崇めるようになったらしい。

だが、王家に力を与えすぎることを危惧した一部の者たちによりクレースをモデルにした女神『プリシラ』が信仰されるようになり、その信仰は他の女神信仰と共に民にも根付いてゆくことになった。


「…………女神信仰か…」


昨年バルニール王により女神エメリエラは人間族の守護女神として新たに信仰の対象に加えられたな。

レオはエメリエラは人間の信仰心で力を得て、存在が安定化すると言っていた。

…だから下手な奴らの邪な心が入った信仰が広まればエメリエラは歪んだ存在になるのではないか、とも。

確かにその通りだ。

エメリエラの存在の安定は戦争の勝敗にも関わってくるけど、下手な信仰心は彼女を逆に歪めてしまうだろう。

なんつー面倒な、と思っていたが…。

アルトに相談すれば、エメリエラの存在を正しく安定させる方法が分かるかもしれないな?


「よし!」


ノートと日記をしまい、部屋を出る。

公爵家だから四階…あ、いや、アルトの寮は別棟か。

ケリーの様子見るついでにアルトに相談してみよう。

………あ…ダメだ…この時間外出禁止だ。

寮の棟は全部繋がっていないから、外から回らないと行けねーんだ。


「…………」


普通はな。

しかし、俺には俺にしか使えない裏技がある。




全ての貴族寮に繋がる使用人宿舎である。






「あれ! お義兄さん!」

「よう、ルーク。ケリーは大人しくしてるか?」

「はい。今はお部屋でお勉強なさってます。お義兄さんどうしたんですか?」


使用人宿舎から今年の1年が入る寮の棟に入ると食堂でルークが1人本を読んでいた。

覗き込むと、レシピ本。

…そういえばローエンスさんからルークの教育も頼まれていたんだよな。

くっ、忙しい。

少なくとも土日は城で王族の勉強…。

平日は学生としての勉強とプラスルークの教育。

これではますますお嬢様へのご奉仕が出来ないのでは…⁉︎


「お義兄さん?」

「あ、すまん。ロー、…、…義父さんにお前のことも頼まれていたから、ケリーが勉強中ならお前の今の実力を見せてもらおうか」

「わ! ほんとですか! き、緊張します〜」


問題山積だが、とりあえず出来るところから一つ一つだよな…。

明日の弁当の準備ということで、ルークの料理の腕を見せてもらう事にする。

ふーん、意外とちゃんと包丁も使えているし、手際もいいな。

これはケリーと互角……そもそも貴族なのに…しかも跡取りなのに料理を覚えるケリーが変なんだけど。


「明日はチーズをチキンで巻いた物をサンドしようと思ってるんです」

「ハミュエラ様がチーズ好きって言ってたからか?」

「はい〜」


え、なにこの子、天使なの?

…そもそもハミュエラも使用人は連れてきているだろうに…なんでお前がハミュエラの分も弁当拵えてるんだよ?


「ケリー様はご自分で自分の好きなものを自分の好きな味付けで食べたいそうなので…ハミュエラ様がなにが食べたいってリクエストしてくださると嬉しいです〜」

「…うん、でもお前…ケリーの従者だからな?」

「はっ! そ、そうでした…」


心配だ…。


「? ルーク、お前ネックレスなんか付けてるのか?」


シャツの隙間から金のチェーンが見えた。

寝るだけの時間のはずなのに。

つい気になって聞いてしまうと、ルークがへにゃりと笑いながら「あ、これはですねー」とチェーンを引っ張る。

…先端にはなんだかゴツめな…チェスの駒みたいな指輪が付いてた。

これは…?


「チェスわかりますか?」

「すまん、よく知らない」

「えへへ、ぼくもです〜」

「あはは…」


…レオもゆるいけどこいつもゆるいな〜…。


「……母の形見なんですよ〜…」

「え…」


…あれ、急に…。

ゆるい笑顔はほんのり影を増す。

ルークの母は斑点熱で亡くなっている。

俺とルークがあのスラムで過ごした時間は半年にも満たなかったと思う。

…あのスラムに斑点熱を持ち込んだのは、ルークの母だと言われているから。

とはいえ、あの街はゴミ溜めだった。

誰も彼女を悪く言う者はいない。

彼女にも事情があったのだろう。

そうでなければ、幼い子供を連れて病に苦しみながらもあんな場所には来ないはずだ。

きっと死に場所を探して、流れ着いたのだろう。

…お嬢様が解熱薬を持って医師団とスラムにやってきて…助かった大人はみんなそう言ってルークを受け入れた。

そう考えると、ゴミ溜めはゴミ溜めなりに人情に厚い場所だったと思う。

俺だってあの街の人たちに墓の中から助けて貰わなければ…。


「チェスの駒がモデルみたいです」

「そうなのか…。そういえば…ルークっていう駒があった気がするな?」

「はい〜…。…母はぼくにこれをくれて…その時になにか言ってたんですけど…」

「なにか?」

「なんだったかよく覚えてないんですよね。えへへ…」

「えへへって…」


…もしかして、ルークの出自が分かったりするのか?

多分、こいつ絶対そこそこいいところの貴族の血を引いてそうだもんな。

でなきゃ『記憶継承』がここまで現れない。


「ちょっと見せてもらってもいいか?」

「いいですよ〜。でも、あの…」

「すぐ返すよ」


というか、チェーンに付いたままの状態で俺が少し屈んで覗き込んだ。

…表はツルツルとした白い石の様。

内側には……あった、家紋だ。

…やばい、めちゃくちゃ見覚えある…。


「…………ありがとな」

「なにかありましたか?」

「う、うーん…」


なんと言っていいのやら。

…王家の者としての最低限の教養…ってことで、色んな家の家系図とか家紋とかを最近覚えさせられているんだ、俺は。

そして、この家紋はそれを抜きにしても見覚えがある。

マジか、ルーク…。


「貴族の家の家紋があるな」

「え? どれですか?」

「内側だ、ほら」

「あ、これ家紋なんですか〜」


知らなかったのかよ。

…どうしたもんかな…言っていいものか…。

でも、こいつの母さんがルークに何を言ったのかがはっきりしないなら俺から言うのも…。

もし、最悪盗んだものとかだったりしたら…。


「…とりあえず自分で調べてみろよ。…あと、それをお前の母さんがくれた時の言葉? ちゃんと思い出した方がいい」

「思い出せるかな〜」

「頑張れ」

「…そうですね、はい! 頑張ります!」


…うーん…そろそろ夜9時を回るな…。

仕方ない、やはりアルトには明日相談してみよう。

女神のことだしレオも居てくれた方がいいな。

マーシャの件はタイミングを見ながら、俺とお嬢様で話すって事になっているし、その話もいい加減お嬢様としないと。

あと、お嬢様とエディンの再婚約問題。

…ハミュエラが邪魔なんだよなぁぁぁ…!

そして新たな問題…ルークの出自。

あの家紋、間違いない…セントラル南の領主、オークランド家の家紋…!

や、やだなー…オークランド家…。

オークランド家の現当主ゴヴェス・オークランド侯爵は…マリアンヌ姫派。

あのマリアンヌが偽物と分かって今は大人しいが、オークランド侯爵はそれだけではない。

魔法研究所の後ろ盾であり、魔法研究所の利権を現時点で独占している人物でもある。

簡単に言うと…魔法研究所による予算圧迫問題の要因たる人物なのだ。

はぁ…なんてこったー…ルーク…。


「! そうだ、ルーク!」

「へ? はい?」

「お前に重要な任務を与える!」

「え?」


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