二年生になりました



ケリーたちの入学式、翌日。

本日から俺とレオは復学だ。

レオはこれまで政務で公休、という事になっている。

だが、例の『星降りの夜』の事件で大体の人間はなにかしらを察しているだろう。

それよりも、俺としては今年度から王族の1人として学ぶ事がドッと増えたことの方が心配でならない。

なにしろ、今年から更なる攻略対象たちが入学してくる。

その筆頭はーーー。


「わあ、スッゲーやばい顔」

「楽しそうだなぁ、ケリー…」

「おはようございます、ヴィンセントさん! あ、お、義兄さん…」

「おはようルーク。好きな呼び方で構わないぜ?」


…ケリー・リース。

お嬢様の義弟で、リース家の跡取り。

うーん…しかし、ルークがケリーの目に留まるとは思わなかったな〜。

それにまさか『記憶持ち』だったとは。

俺が男子寮から出てくると待ち構えていたかのように2人に声をかけられる。

というか絶対待ち伏せしていたな…。

そんなに俺と一緒に登校したかったのか?

…あ、そういえば…。


「ルーク、入試の成績すごかったんだって?」

「は、はい。ぼくなんかが申し訳ない感じです」

「いやいや…。…何位だったんだ?」


こっそりケリーに耳打ちする。

するとケリーの目が少し遠くなった。

あ、これは…成績負けやがったな…?


「19位」

「お前は?」

「23位」


わ、わあ…。

勉強始めたての庶民に成績抜かされとる…。

…ケリーはかなりの努力家。

それ故の成績だろうが…そんなケリーですら勝てないってルークの奴もしかして貴族の隠し子?

いや、でも普通に俺と一緒にスラム生活してたんだよなー…こいつ…。

ルークのお母さんが元貴族で、駆け落ちの末旦那に先立たれてスラムにたどり着いて産んだ子供、とか?

どちらにしてもそれなりの爵位ある貴族の子供の成績だぞ…?


「…ちょっと平民の『記憶持ち』にしては異常なレベルの成績だなそれ」

「ああ、だから義父様が出自を調べさせている。…母親は斑点熱で亡くなっているらしいから、少し時間はかかりそうだけどな」


やっぱりか。

もしかして俺じゃなくてルークがオズワルド、という可能性は…………ないんだよなー…エメリエラに診断された結果「王族の血筋なのだわ」認定されてしまっているから〜…。

はーい、あきらめまーす…。


「? あのう?」

「こほん。…という事はルークも貴族たちと同じクラスだな」

「お、恐れ多いです〜っ」

「大丈夫大丈夫、結構なんとかなるって」

「そうそう、お前の成績ならヴィニーくらい図太く生きても問題ねーよ」

「一言多いんだよなぁ、ホント…」

「ところで、ヴィニーはまだあの狭い部屋なのか?」


訳……四階の王族と公爵家が使う部屋に移動しないのか。

…するかボケェ…‼︎


「しねーよ」

「隠しておくつもりか」

「どちらにしても、今公表するのは避けるべきだろうって」

「そうだな…」

「例の件ですか?」

「そう」


ルークも一応、俺が王族なのは知っている。

そして、俺とケリーはルークもどこぞの貴族の落とし胤ではないかと思っているので…素直にセレナード家ヤベェなと思う。

元を辿れば俺とマーシャをリース家に拾ってくれたのはお嬢様。

……と言うことはお嬢様が一番凄い…。

知らずにのたれ死んでいたかもしれない王族を2人も救済って、あの人凄すぎるだろ…!

これがゲーム補正だとしても、そんなお嬢様にあんなエンディングしか用意していない製作会社、万死に値する。


「わ、わかりました! ぼくも誰にも喋りません!」

「そもそも聞かれないと思うぞ」

「そうそう。あんまり深く悩まず普通にな」

「は、はい!」


…………大丈夫か?

あ、大丈夫かといえば…。


「寮での生活は大丈夫そうなのか?」

「そうだな、平気そうだなー。キッチンは綺麗だし、材料も悪くないし」

「うん、なんの話?」

「は? 飯の話だろう?」

「生活って括ったよな?」

「ああ、別に掃除は各自でやるから平気だろ」

「はい! お掃除、ぼく大好きです!」

「…………」


だ、大丈夫は大丈夫そうなんだがあんまり大丈夫ではないなコレ…。


「せ、洗濯は?」

「各自でやるから平気だろ」

「お洗濯も大好きです、ぼく!」

「…………」


頭を抱えた。

だから…、いや、まあ、こうなる気はしてたけど…。


「昨日昼食どうしたんだ?」

「弁当作った」

「ぼくも作りました!」

「今日も作ってきた」

「はい、一緒に作ってきました!」

「…………」


うん…………頭いてぇ…。

2人揃ってバスケット持参。

自慢げに見せてくる姿は素直に可愛いと思うのだが…違う、そうじゃない。

ケリーよ、お前は貴族なんだぞ。

なんで家事が完璧なんだ。

ルーク、そうじゃない。

お前一応ケリーの従者だろう?

一緒に仲良くお弁当作ってきちゃダメだ。

…しかしこの場合、どちらを叱るべきなのか…。

先が思いやられる…。








【改ページ】

********




そんな頭の痛い朝が過ぎ、昼休み。

ふう、ようやく一息つける。

怪我と王族としての勉強でまるまる3ヶ月以上休んでいたが、さすが貴族様、全然突っ込まれなくて助かった。

でも「お怪我大丈夫ですか?」っていうのは他クラスのご令嬢たちにも心配されまくって心苦しかったんだよな…。

別に全治3ヶ月、みたいな大怪我ではなかったので…騙してるみたいで申し訳ない。

クラス中からの同情の眼差しに謎の気疲れがした。


「本日はケバブです」

「また見たことのない食べ物だな」

「久し振りなので何かが振り切れました」

「どういう事だ?」


ライナス様とエディンが大好きなお肉だ。

差し出すと2人は興味津々に覗き込む。

いや、まあ、つまりだ。

久し振りに寮に帰って来て…明日お嬢様に俺の作ったものを食べてもらえると思ったら気合いが異様に入って気付いたら肉を巻いて焼いていた。

削ぎ落とし、日付が変わる頃には今日の弁当ケバブサンドの完成である。


「でも美味しそうだね〜」

「どのように食べるものなのですか?」

「普通に手で食べてくださって大丈夫です。あ、スティーブン様とお嬢様の分はお切りしますね」

「ありがとう」

「ありがとうございます」


ああ…なんて穏やかで幸福な日常…。

コレだよコレ、俺はコレが一番幸せなんだよ…!

お嬢様のために料理を作り、お嬢様のために取り分ける…。


「…義兄さん顔がやべーさ」

「黙れ。浸らせろ」

「な、なにに?」


そしてナチュラルにレオがお茶を淹れ、みんなに配っていく。

マーシャにまで「はい」とお茶を淹れる王太子。

それを素直に「ありがとうございますー」と受け取るポンコツメイド。

違う。

逆だろ。

それ本来お前の仕事だから、マーシャ。

…あとで説教だこいつ。


「…どうですか?」

「うん…。うん、確定」

「…………」

「うん?」


だが、その前に今日、レオは大事な『確認』がある。

この時、この瞬間が本日の最大の任務。

ズバリ、レオが持ち歩きを指示された魔宝石の核に宿る女神エメリエラによる『王族診断』である。

お茶出しのついでにレオがエメリエラにマーシャを『見せた』のだ。

俺とレオの会話に、マーシャ以外の全員が顔を見合わせた。

首を傾げるマーシャをよそに、俺たちの間に流れる「やっぱりか」な空気。

さーて……こいつぁとんでもねーことになったぞー。


「まあ、一度城に持ち帰る議題だから」

「へあ?」

「そうですわね」

「???」

「はあ、凄いことになったな」

「え? え?」

「な、なんだか緊張してきたな」

「いつも通りで構いませんよ、ライナス様。そんなポンコツメイド」

「んん⁉︎」

「…でも、良かったですね、レオ様、ヴィンセント」

「んんん???」

「そうだねー、だいぶ気が楽になったよねー」

「まあ、確かに」

「???」


マーシャにのみわからない会話。

スティーブン様の言う通り、すぐに結婚して子供を作れ、と言われなくなるのでだいぶ気が楽になった。

まあ、それはそれコレはコレと言われそうではあるけど。


「お邪魔致します」

「お、お邪魔します!」

「あら」

「おお、ケリー君! …それと君は…」

「私の従者でルークと申します。ヴィンセントの義弟で、私と同じクラスに通っておりますのでどうぞお手柔らかに」

「ええ⁉︎ ヴィンセント、義弟(おとうと)も居たのですか⁉︎」

「義父(ちち)が冬期休み中にケリー様の従者としてルコルレ街から引き取ったんです」


猫被り全開のケリー。

…これがゲーム内のケリーというわけだな…。

いやぁ、すっかりゲームの設定通りの上っ面紳士に成長したものだ。


「よくこの場所が分かったわね」

「親切なご令嬢の方々が教えて下さいましたよ、義姉様」


……うん、でもシスコンは治らねーな…。

絶対嘘だろアレ。

絶対上っ面で騙くらかして引き出しただろ…。

す、末恐ろしい…。


「わたし義弟(おとうと)が良かったですー」

「お前は何を言っとるんだ」

「と、歳上ですみませんマーシャさん…」

「いやいや、お前が謝ることではないからな? ルーク」

「主人と同じクラスということは、そんなに成績がいいのか?」

「クラス内の実力テストはどうだったの?」


入学後、席は成績順になる。

ルークの控え目な性格を思うとケリーに遠慮して手を抜いていそうだが…。


「じゅ、10位でした」

「…………。容赦ないな、お前…」

「え?」


マジかルーク…。


「俺が手を抜くなと言ったんだよ。…さすがに公爵家のご子息には敵わなかったな」

「ハミュエラとアルトか…。あの2人と同じクラスなのか?」

「え? あ、はい」

「…………すまない……」

「い、いいえ…」


なぜかケリーたちに謝るライナス様。

だが…去年マリアンヌ姫誕生パーティーで遭遇したライナス様の従兄弟3名…あの個性が突っ走り気味の姿を思い出すと…気持ちは分かる。

ケリーとルーク、あの2人と同じクラスなのか…。

わ、わぁ…。


「ケリー、貴方は?」

「俺は及ばず4位です」

「で、でもでも、お嬢様! 乗馬はケリー様が一番でしたし魔力適性検査では『高』だったんですよ! 馬を華麗に操るケリー様、カッコ良かったです…!」

「お前も魔力適性検査は『高』だっただろう」

「あうううう…」

「…………っ…」


お嬢様の顔が…多分、俺にだけ分かる程度だが強張った。

うん…そうだよな…。

レオハール、エディン、俺、ライナス様…クレイ。

とりあえず『代理代表候補』としては面子はほぼ揃っている。

しかし、魔力適性検査でより『高』と判断された者がいる場合、その者が優先されるのは仕方がない。

なので、俺とレオは『代表』ほぼ確定。

残りの枠としては、戦巫女と、2人。

その一枠には今のところエディンが最有力候補。

俺としては残り一枠には是非クレイを、と思ってる。

だがそのあたりの話はまだしていないし、戦巫女も召喚されていない。

もし戦巫女がケリールートに入ろうものなら、二つの枠のうちどちらかはケリーになる。

…お嬢様…。


「ケリー! 約束通り材料費持ってきたよー! 俺っちとアルトにもグラタン乗せバケット売ってー!」

「離せハミュエラ! 俺は欲しいなんて言ってない!」

「…………マジで来やがったよ…」


ズザーッとなにかが勢いよく、場の雰囲気を破壊して入ってくる。

上っ面の剥がれたケリーの引きつった表情に果たして何人が気付いたか。

なんか喚く男を抱えたハミュエラ・ダモンズ。

あんな小柄なのに…さすが公爵家子息といったところか。

いや、それより…。


「ハミュエラ⁉︎」

「あれー、ライナスにいにお疲れ様でーす。ライナスにいにもケリーのお弁当強奪目的〜? 同士〜!」

「違う!」


…………安定のついていけないノリだな…。


「こほん、ハミュエラ様…今日はグラタン乗せバケットではないですよ。申し訳ないですが今日は普通にオムレツを作って参りましたので………」

「いっえーい! オムレツ大好きー! ケリー愛してるぅー!」

「だからやらねーよ!」


…………剥がれた…。

近々こうなる気はしていたが…。

思っていた以上に早かったな。


「えー、材料費払えば作ってくれるって約束したじゃーん! 嘘は良くないよケリー! 俺っちのことは遊びだったの⁉︎ 酷い! 人でなし! あんなことまでしておいて!」

「人聞きの悪いことを…!」

「いい加減離せハミュエラ! 下ろせ!」

「⁉︎ ア、アルト⁉︎ お前なんでハミュエラに抱えられているんだ⁉︎」

「オレが知るか! ライナス兄さん、助けてくれ!」

「ハミュエラ!」


ぽかーんとなるスティーブン様とエディンとレオとマーシャ。

…そういえばこの4人はハミュエラは初めてか…。

ま、まあ、そうだよな…初見はこうなるよな…。

あまりにも貴族らしからぬ…。

ある意味、ケリーもそうだがハミュエラとアルトはその比じゃない。

…ハ、ハミュエラ・ダモンズ…マジ空気クラッシャー…。


「え、ええと……、…ラ、ライナスの親戚の子…?」

「ハッ! も、申し訳ございませんレオハール様! 2人ともきちんとご挨拶をしろ!」

「………アルト・フェルトリーです」

「はぁーい! ハミュエラ・ダモンズでーす!」

「げ、元気だね〜…」


うん、フォローのしようがないほどに元気だな。


「あ! おいしそーなもの食べてるー!」

「ハミュエラ!」

「ぐえ! は、離せハミュエラ! オレは図書室に…」

「ルクたんルクたん、それはなに? 俺っち食べたーい」

「ひえ⁉︎ あ、これはただのチキンオムレツですよ…?」

「ルークも自分の分しか作ってきていない! ハミュエラ様、俺の従者の食事を奪うのはやめて頂こうか⁉︎」

「だ、大丈夫ですよケリー様〜。ぼくはあとで食堂で食べます。どうぞ、ハミュエラ様」

「やったー、ルクたん天使ー! いっただっきまーす!」

「ハミュエラ!」

「離せハミュエラ…!」

「ハミュエラ様!」


「………………………………」




カオス…!


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