大変な事になりました




「………………………………はい?」



状況が訳わからなさすぎて旦那様を見て聞き返してしまう。

い、今なんと?


「…………ヴィ、ヴィニーが…王子…?」


ケリーの絞り出すような声に、俺はそれはもう狼狽えた。

いや、ちょっと待っておかしいありえない絶対ない。

え? 絶対ないよね?


「は、はあ…? そいつが、オズワルド殿下…?」

「ヴィンセント、王子様だったのですか⁉︎」

「ヴィンセント、お前王子だったのか⁉︎」


…ほぼ同時にエディンとスティーブン様、ライナス様も声を上げる。

ちなみにスティーブン様だけはすごく嬉しそうな顔をしていたのだが…理由はあまり知りたくない。

いや、いや⁉︎


「ちょ、ちょっとお待ちください旦那様⁉︎ おお、おお俺がなんですって⁉︎」

「ルコルレ街の大人は皆、口を揃えて教えてくれた。墓から助けた赤子はお前だそうだよ、ヴィンセント」

「ほああああ⁉︎」


街の大人たちの満場一致だと⁉︎

そりゃ、俺はあのスラムのおっさんおばちゃんたちの情けで生かされていたようなもんだけど…そんなバカな話があるかぁ⁉︎

俺が死んだはずの…王子…?

あはははははははははは⁉︎


「む、無理です無理、信じられません…! そ、それに、王族の方は金髪青眼なのではないのですか⁉︎」


俺、黒髪黒目です!

この国でも割と珍しいといえば珍しい色だが、金髪青眼程じゃない。

王族といえば金髪青眼、のはずでは⁉︎

レオもマーシャも国王だって金髪青眼じゃないか⁉︎


「…ユリフィエ様は黒髪黒目だ」

「ほわい⁉︎」


ディリエアス公爵の言葉に変な声出た。

嘘だろ⁉︎


「それに黒髪黒目は平穏と沈黙の女神『プリシラ』に愛されるという。黒髪黒目は女神プリシラに冬を越える加護が与えられるとされ、大切にされている」

「そ、それは聞いたことはありますが…」


あれだ、女神『ティライアス』が五穀豊穣・商売繁盛だとすると女神『プリシラ』は家内安全・無病息災。

…ではなく!


「…確かに…それならヴィンセントが魔力適性『極高』だったのも頷けるな」

「それに、見たこともない剣をすぐに使えるようになったのも…」

「…………‼︎」


ライナス様とエディンの呟きに、俺も…言われてみれば…と思ってしまう。

刀の使い方を知っていた…。

すぐに使えるようになった。

…あれが『記憶継承』の力。

魔力適性も、なぜか『極高』。

俺は…『ヴィンセント・セレナード』のはずなのに…。


…………あれ? そうだ。

俺は…『フィリシティ・カラー』の『ヴィンセント・セレナード』…のはず。

それが、なんで『オズワルド』という王子…?

は? わ、訳がわからない…。



ーーーー『アップデートか完全版を待つ』



………………まさか…まさかだよな?

ちょ、ちょっと待ってくれ…いや、俺も、それは…自分で思い出したこととはいえ、だ…。

それは、それだけは勘弁願いたい。

だって、もし…アップデートされた『トゥー・ラブ』…あるいは…更にパワーアップした『完全版』……最悪『続編』だとしたら…。

無理だ。

俺の知識では…。

そこまでネタバレ知らねーよ…!


「ヴィニー…」

「! お、お嬢様…」


気付くと頭を抱えた俺の手を、お嬢様が下へとおろす。

そして「落ち着きなさい」と凜とした声で告げる。

…で、でもお嬢様…この世界がもしも俺の知らない『アップデート後』や『完全版』や…最悪俺の死後に発売された『続編』だったりしたら…。

お嬢様のエンディングに…より悲惨な最期が加わっていたら…!


くそぅ! 死ぬ前に制作会社を訴えておくんだった…‼︎


「可能性が極めて高い、だけです」

「フォローになっていませんお嬢様ー!」

「ヴィニーがお兄ちゃんかぁ…」

「何を呑気な!」


わぁ、とほのぼのと周りにお花を飛ばす次期国王に頭が痛む。

そしてその横で死ぬほど嫌そうな表情のエディンが頭を抱えて「これが身内だとは…」と呟く。

うん? 身内とは?


「ど、どういうことですかエディン様」

「ユリフィエ妃は俺の母の姉。つまり俺にとっては伯母上だ」

「嘘だろう…」


その息子というと…エディンの従兄弟という事になる。

身内…身内か…。


「じゃあヴィニーは僕の異母兄(あに)で、エディンの従兄弟になるんだね」

「まだ確定ではありませんからね⁉︎ いや、俺はそんなの信じませんよ⁉︎」


わぁ、とまたお花を飛ばすレオ。

やめろ、そんな現実を突きつけるな!

そ、そうだ、俺が王子?

ありえない!

なんでマーシャより先に俺が王族って事になるんだよ⁉︎

はぁ? ない、ないだろ!

俺が墓から助けられた赤ん坊?

残念だが赤ん坊の頃の記憶は流石にねーな‼︎

大体、黒髪黒目は珍しいが全くいないわけじゃない。

…そうだ…!


「ロ、ローエンスさん! 黒髪黒目といえばルークも黒髪黒目ですよね⁉︎」

「うんでもあの子は母親が斑点熱に罹った状態であの街に来た時に連れていたと証言が出ているんだよね」

「くそう…‼︎」


当時からあの街にいた黒髪黒目は俺とルークだけだ。

黒髪黒目も珍しい色なので。


「…お父様、なぜこの場でヴィニーが王族の方であるという可能性をお話しになったのですか? ヴィニーが混乱するのは目に見えていたでしょうに…」

「宰相様に相談したら「その方が面白そう」って」

「ヴィンセント君が大混乱して狼狽えるところなんて楽しそう」

「楽しそう⁉︎」


やっぱ頭おかしーよー!

なんなのこの宰相、頭本格的にやばくない⁉︎

旦那様もなんで賛同しちゃうんですか⁉︎

俺に何か恨みでも⁉︎


「冗談はさておき、陛下はどうお感じですか?」


と、宰相様が陛下の傍に寄り、問い掛ける。

…うっ、もし俺が『オズワルド殿下』とやらだった場合…父親は国王になるのか。

…………。


「……………………」

「どうしたの?」


俺は今、猛烈に後悔していますローエンスさん。

アンタを「義父さん」と、一度でも呼んでおけばよかった…!

絶対ヤダ絶対ヤダ絶対ヤダ!

俺の知る中でど底辺のクズ野郎が父親だなんて絶対ヤダー!


「…どうと言われてもな…ユリフィエにはここ15年、会っておらぬ…。顔もどんなだったか…」

「結構似ておりますよ。……無表情の時は…特に面影が出る気がしますね。…誰かに似ているとは思っていたがまさか…」

「うむ…確かに誰かに似ている気はしていたが…ユリフィエ義姉様だと言われれば成る程…義姉様の息子というのなら合点がいく」


というのはディリエアス親子。

…そ、そうか、2人は身内。

そのユリフィエ妃にも会ったことが当然あると。

でも自分の妻に15年会ってないってどういう事だよ。


「や、やめてください。まだ可能性の段階なのでしょう…⁉︎ 自分が王族だなんて…そんな、恐れ多いです!」


あと、それが本当だとしたら俺はどうしたらいい?

話の流れ的に「可及的速やかに結婚して子供を作れ」だったよな?

冗談じゃねーよ、そんな事になったらお嬢様にご奉仕できなくなる!

そんなの死んでも嫌だ!

なんだその流れ! お断りだ!


「…………エメに聞いてみようか?」

「はい?」

「エメはウェンディール王家と契約した女神だから、契約者の血筋は分かるらしいよ。マリーのことも、初めて会った時に「王家の血が流れてないのだわ」って言ってた」


…だわ?


「で、殿下、それは本当ですか⁉︎ では殿下はその時点でマリアンヌ姫が偽物だとご存知だったのですか⁉︎」


先ほどまで慌てふためく俺をによによ見ていた宰相の顔色が変わる。

…………そういえばそうだよな?

はあ? じゃあレオは“確信を持って”マリアンヌ姫が偽物だと気付いていたのか⁉︎


「…知っていたけど…エメリエラに聞いたって言っても誰も信じないと思って」

「ぐっ」

「…………」

「そ、それは…」


宰相様、国王、ディリエアス公。

3人が3人とも目を逸らすこの事態よ…。

…誰にも姿が見えず、声も聞こえないエメリエラ…。

確かに、誰も信じない女神がそう言っているとレオが言ってもレオの立場が悪化していただろうな。

ん? エメリエラ…。


「そ、そうです! エメリエラ様です! 俺はエメリエラ様を見たり、お声を聞いたりは出来ませんでしたよ!」

「うーん、…王族でも魂の波長が合わないと見えないってエメは言ってたしね…」


くっ、魂の波長の問題か…。

いや、見えたら可能性がより跳ね上がるから見えなくていいけど。


「あ、でも存在が安定化すれば王族なら声くらいは聞けるかもって」

「そうなんですか⁉︎」

「ひえ…え? うん…そんなようなことは言ってた、よ?」


エメリエラ!

そうだ、なんでこんな簡単な試験紙を忘れていたんだ!

マーシャをなんとかエメリエラに会わせることができれば、エメリエラがマーシャを王家の血筋の者と断定してくれるんじゃないか⁉︎

噂じゃあ、最近『魔宝石』は肩こりを癒す力を発現して「女神ってほんとにいるのかも」的雰囲気になっているっていうし!


「で、ではレオハール様がエメリエラ様を連れ歩いて本物のマリアンヌ姫様を探すことも可能なのでは⁉︎」

「おお! それは名案だ!」

「成る程、エメリエラ様は王族が分かるのだな。なら、例の乙女と共に本物の姫を探すこともできるかもしれません。殿下にアミューリアにお戻りいただいて…」

「女神祭でパーティーには来なかった、使用人の娘たちの中から乙女を探すか…。うむ…そういうこともできるのだな」


…あれ?

マリアンヌ姫より戦巫女探しに話が傾いてる…?

お城の大人たち(陛下と宰相様と騎士団総帥)は戦争が最優先なの?

ん、うーん…まあ、人間族の未来がかかってるしなぁ。


「…なんにしてもヴィンセント・セレナード、お前には近いうちに女神に謁見し真偽を問うてもらう。…確か、其方は『代理戦争』の『代表候補』であったな…?」

「は、はい」

「もし其方がオズワルドであるのなら、生き方は選んで良い。ヴィンセント・セレナードとして生きるも良いが、王族であったならば最低限の務めは果たしてもらうことになる。その覚悟はしておいてほしい。そして…例え其方が王族であっても王位はレオハールに与える。これは決定だ。…其方に王位を与えることはない」

「はい」


いらんわそんなもん!

そんなことになったらお嬢様にご奉仕ができねーだろうが!

つーか、俺が王族なはずあるか!


「レオハール、お前は『魔宝石』の核を今後持ち歩くようにしろ。戦巫女となる乙女と、本物のマリアンヌを探すのだ」

「…分かりました…」


顳顬(こめかみ)を押さえる国王は、深くため息を吐いた。

レオが近付いて「お休みになられては?」と声をかける。

そういえば体調悪いんだっけ。

まあ、王妃に選んだ女があんなにトチ狂ってれば…それはショックだよな…自業自得だと思うけど。


「……アンドレイ、レオハール、あとは頼む」

「はい」

「ゆっくりお休みください」


ヨボヨボと…旦那様と同い歳とは思えない。

その旦那様はにこにことしながら「ゆっくり休めよ」と声をかける。

…フレンドリー…。


「ふう…」


宰相様が付き添って一緒に退出されるとほぼ全員が肩の力を抜く。

さすがに国王の前なので皆が皆緊張していた。

…うちの旦那様以外。


「とりあえず保留ということでしょうか」

「エメに会うのは怪我が治ってからでいいんじゃない?」


やっぱり会うんだ…。

…まあ、俺が攻略対象『ヴィンセント・セレナード』である以上どうせ会うことになるんだけど…。


「自分が王族だなんてそんな馬鹿な…」

「そうね…突然そんなことを言われても…わたくしたちも信じられないわ。ヴィニーが王族の方…」

「まあ、ゆっくり自覚していけばいいよ。女神様とやらに診断して貰えばそれははっきりするのだろう? バルニールも生き方は選んでいいと言っていたんだ。そんなに深く考えなくて良いんじゃあないかい?」

「お父様…そんなわけには参りませんわ」


てすよね。

お嬢様は真面目だ。

そんなお嬢様の側に居たからこそ、もし俺が王族だったら…お嬢様は俺をお側に置いて下さらなくなる。

そんなの嫌だ!


「お嬢様にお仕えできなくなるなんて嫌です。そんな事になるなら血を全部入れ替えます!」

「なんか無茶苦茶言い出したな。まあ、落ち着けよ、ヴィニー。まだ可能性の段階だし、怪我も治ってないんだろ? どーせまだ冬期休み中だし、今はゆっくり休んで、のんびり考えれば良いんじゃね?」

「完全に他人事ですね、ケリー様」

「そんな事ねーよ? 色々打算的なものが働いてるだけで」


この腹黒悪餓鬼…‼︎


「執事として生きていたら実は王族の…! フフフフフフフ…! 素敵ですヴィンセント、まるで『角笛吹きの追い剥ぎ狩り乙女』に出てくるハンスのようです…!」


ふ、深く突っ込みませんよスティーブン様。


「しかし、そうなるとヴィンセントも早急に婚約者を探さなければならないな!」


バシ! とやたら良い笑顔で俺の肩を叩くライナス様よ、なんだその上から目線。

クッ、つい先日まで「婚約者を探さねば〜」と膝をついて悩んでいたくせに…!


「婚約者といえば、俺とローナの芝居の事もついでにまとめておくか? 父上たちの仕事の都合もあるし、今すぐでなくとも良いが…」

「私は構わん。リース伯爵…」

「そうだね、ローナはどうしたい?」

「そりゃ勿論お断りして終わりですよ! ねえ、義姉様⁉︎」





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